生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『あー、アレックスがランクアップ? 余計、手をつけられなくなるから反対だ。そのままランクアップ更新せずにいてくれ』

『ですが戦力増強にはなりますよ』

『命令無視をする戦力は戦力とは言わないんだよナイアル』

『えぇー』

『ヒヅチ・ハバリはオラリオの外に行くように指示したし、カエデ・ハバリとは接触しないようにした。後は僕達も外に出るだけ……って、ギルドに提出する書類は出来たのかい?』

『それがですね。恵比寿が手回ししてるのかオラリオから外に出る為の手続きをさせてくれないんですよ』

『……どうするんだよそれ』


『痕跡』

 ダンジョン第一階層。『始まりの道』と呼ばれる入口直ぐ近くにある横幅が限りなく広い大通路に辿り着き、皆が大穴の底から上を見上げていた。

 白毛の尻尾を不安そうに揺らしながらも大穴の淵に設けられた螺旋状のスロープを見上げていれば、上から吊り下げ式昇降機が下りてきて、それに荷車を固定していく。

 テント等の野営道具類は十八階層で【恵比寿・ファミリア】に返還した為、今回の【ロキ・ファミリア】が手に入れた魔石やドロップアイテムが満載になった荷車と、少量の荷物と、仲間が積まれた荷車が其処にある。

 手早く荷車が固定されると、鎖の軋む音を立てて引っ張り上げられていく様子が見え、その段階になってようやくカエデ達が上に上がる様に指示された。

 

 総勢60名2人欠けて58人、三班に分かれているのでおおよそ20名ずつの編成である冒険者が一気に入口に殺到するのを避ける為に並んでいた列が進み始める。カエデだけではなく他の面々も同じ様に上を見ていた。

 もう出口だ。この緩やかな螺旋階段、それを登り切ればそこに広がるのはバベルの地下。頭上には本物と見紛うような美しい蒼穹の天井画が広がっている光景が広がり、周辺の冒険者がざわめきだす。

 

 【ロキ・ファミリア】の深層遠征に向かった者達の帰還。周囲の冒険者から向けられるのは羨望の眼差しだ。

 うっとうしい位に感じる視線を振り払う様に、前に進んでいく。本物と見紛うような美しい蒼穹の天井画ではあるが、やはり本物に比べれば見劣りする事は否めない。

 ただ前に、前に、前を歩くフルエンの後ろを歩いていけば、外からの光が皆を包み込む。後ろでは荷車を下ろす作業をしている者達も居るが、カエデは久々に感じる光に誘われるようにバベルの地下から地上に通じる階段を駆け上がった。

 

 広がる街並みは、未だに見慣れない。けれども、地上に帰還したと言う事実に心が震えた。生きて、帰ってこれた。四十一階層での惨状が脳裏にこびり付いて剥がれない。けれども、生きて帰る事が出来た。それだけで足から力が抜けて座り込みそうになる。

 入口で座り込むのは邪魔になると隅っこの方に移動しようとした所で、カエデの首根っこをフルエンが掴んだ。

 

「おい、気持ちはわかるけど先行き過ぎだ。団長の点呼があるからもう少し待て」

「うっ……ごめんなさい」

「はぁ、ベートさんに怒られるだろ……。十八階層出てからベートさんが凄く不機嫌だから大人しくしててくれ」

 

 十八階層。そこであった事を思い出したカエデが眉根を寄せる。其れを見たフルエンが深々と溜息を吐いた。

 何があったのかは知らないが、ベートが不機嫌になる様な事があったのは確定であり、その影響でベートの睨みがいつも以上に鋭く、フルエンも気が気でなかった。元々、四十一階層での出来事以降、口数が減った所か完全に口を閉ざしたベートが、さらに不機嫌になったと言うのはフルエンにとっては地獄に等しい。

 

「まったく……」

 

 軽く溜息を零しつつもフルエンが後ろを確認すれば、スロープの上をガタガタと軋む音を立てながら荷車が引っ張り上げられている光景が目に入ってきた。

 其処に積み込まれた軽い荷物を脳裏に描いてフルエンが吐息を零す。今回の出来事の影響は、かなり響くだろう。これがどう今後に影響するのか。それを考えるのは自分ではないと首を横に振ったフルエンがカエデの首根っこから手を放す。

 

「ほら、あっちに集合するぞ。ガレスさん達も直ぐ来るだろうし……カエデ?」

「っ! 待ってっ!」

「あっ、おいっ! 何処行くんだっ!」

 

 唐突に叫び、カエデが弾かれたように走り出す。一瞬だけ反応が遅れたフルエンがカエデを掴もうとするも、カエデの防具の袖口に指が掠るだけで掴み損ねてしまう。

 後ろを振り返り、他の団員が何事かと此方に注視しているのに気付き、フルエンは口を開いた。

 

「カエデがどっか行っちまった。捕まえてくるからベートさんに説明たのむ」

「あ? あぁ、わかった。俺らも行こうか?」

「いい、俺一人居りゃ充分だろ」

 

 片手を上げ、フルエンは唐突に走り出したカエデを追うべく鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 走り出したカエデが目にしたのは、遠く離れた街中に見えた金色の髪。最初は見間違いだと思った。だから何度もその金色を見て、脳裏に残るその面影と照らし合わせた。

 有り得ない。あの雨の日に居なくなった。皆が死んだと口にしていた人物。

 

 ヒヅチ・ハバリが街中を普通に歩いている姿を見つけてしまった。

 

 居ても立ってもいられない。ただ弾かれるように走り出したカエデ。その背が消えて行った路地裏に迷わず飛び込み、匂いを嗅ぎ取る。

 ほんの少し、空気に混じる臭い。風通りの悪い埃っぽい臭いに混じり、確かに感じた。懐かしい、ヒヅチ・ハバリの匂いを。

 

「っ! ヒヅチっ!」

 

 弾かれたように走り出す。其処に居る。会いたかった人が、確かに居る。匂いを追って、裏路地を走り抜けて行く。迷う事等ありはしない、ただ匂いを追えば良い。ついさっきまで確実に、ヒヅチが此処に居たと分かる証拠があって、その後ろ姿を見つけたのだ。

 会いたい。今すぐにでも、会いたい。頑張ってオラリオまで辿り着いた事。女神フレイヤに狙われているらしい事、インファントドラゴンとの死闘。全然伸びなかった寿命。深層遠征で起きた出来事。言いたい事、伝えたい事、聞きたい事が溢れてくる。ただ、会いたい。

 

 匂いを追い、走る。ゴミの詰ったゴミ箱を蹴倒し、積みあがった木箱の横を走り抜け、座り込んだ浮浪者の前を風の様に擦り抜ける。

 匂いはある。確かに残り香があるのに、つい先ほどはその背を見たと言うのに、追えども追えども、姿所か影すら見えない。速く、早く、走って、走って、そして立ち止まった。

 

「匂いが……」

 

 古びた宿や看板の無い店。人通りが完全に存在しない石畳の道を見て再度意識を集中する。少しの音も、匂いも逃さぬ様に。

 確かに居たのだ。ヒヅチが、其処に居たのだ。見つけなくては。会わなくては。会いたい、直ぐに会いたい。話したい事がある。伝えたい事がある。お礼が言いたい。助けを求めたい。だから、見つけなきゃいけない。

 それなのに、匂いが途絶えてしまっている。まるで()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「ヒヅチ……」

 

 途方に暮れ、立ち尽くすカエデが、耳も尻尾も伏せて震えた。せっかく、見つけたのに。

 

「カエデ? あんた此処で何して────っ!? ってあんたここで何してんのよっ!?」

「……グレースさん?」

 

 唐突に聞こえた声に、カエデが振り向けば古びた宿屋から出て来たグレースの姿があった。グレースは引き攣った笑みを浮かべ、驚いてからカエデに詰め寄る。

 

「あんた此処が何処だかわかってんのっ!?」

「……? 此処はー……何処ですか?」

 

 無我夢中にヒヅチ・ハバリの匂いを辿って走ってきたカエデは、一瞬だけ自分が何処に居るのかが分からずに考え込み。自分が走り抜けて来た道とオラリオの地図を照らし合わせて答えを導き出した。

 

「歓楽街、【イシュタル・ファミリア】の本拠近く?」

 

 脳裏の地図が正しければ、カエデが今いる現在位置は【イシュタル・ファミリア】が取り仕切る歓楽街の一角。主に()()()()宿()が立ち並ぶ区画であり、近場の娼婦通りで引っ掛けた娼婦を連れ込む宿の立ち並ぶ場所であったはずだ。地図でそう書かれていた事を思い出す。娼婦を引っ掛けると言うのがどういう意味かわからずにリヴェリアに質問したら『お前には早い。決して近づくな』と言われた場所であった事を思い出してカエデが震えた。

 無我夢中になっていたとは言え、近づくなと言われた場所に足を踏み入れてしまった事に罪悪感を感じつつも、カエデはグレースを見上げた。

 

「グレースさんは此処で何を……?」

「え? あたし? あたしはー」

「グレース、あんまり騒ぐと────カエデ?」

 

 グレースと同じ宿から出て来たヴェネディクトスが驚いた様な表情を浮かべてから、引き攣った笑みを浮かべて片手を上げた。

 

「やぁカエデ。その、久しぶりだね」

「えっと、お久しぶりです。ヴェトスさんと一緒だったんですか?」

 

 カエデの質問に対し、グレースが爆発した様に顔を赤らめ、カエデの両肩をガシリと掴んだ。

 

「っ!? カエデ、此処であたし達と会った事は誰にも話さないでっ!」

「え?」

「良いからっ! 特にロキに伝えるのはダメっ! 分かったっ!!」

「あ、はい……」

 

 よしっと呟くと同時に、グレースが赤くなった頬を叩いて誤魔化そうとし、ヴェネディクトスが『いや、多分もうダメだろう』と呟いている。訳がわからずに首を傾げるカエデ。

 頬を叩き終え、未だに頬を赤らめたままのグレースがカエデの方に向き直った。

 

「んで、なんであんたが此処に居るのよ。リヴェリアが知ったら……と言うか、あんた遠征は? どうしたのよ」

「え? えっと、ついさっきダンジョンから帰還しまして、それで……っ! ヒヅチっ! ヒヅチを見ませんでしたかっ!」

 

 自身がヒヅチの跡を追ってきた事を思い出してグレースに掴みかかるカエデ。掴みかかられたグレースは変な顔をしたのちに、ヴェトスの方を見た。

 

「あたしは見てないけど、金髪の狐人(ルナール)よね?」

「はいっ!」

「ヴェトスは?」

「……見てないよ。ついさっき此処から出て来たばかりだからね」

 

 首を横に振る姿に落胆するカエデ。その様子を見てグレースとヴェトスが顔を見合わせる。此処に長居するのはある意味ではまずい。特にカエデの様な幼い少女とこのような歓楽街に居たと言うのが広まれば、グレースならまだしも、ヴェネディクトスは社会的に死にかねない。

 その事に気が付いたヴェネディクトスが肩を竦め、グレースと視線を交わした。

 

「はいはい。アンタは先に行きなさいよ。カエデはアタシが何とかしとくわ」

「頼むよ。じゃあカエデ、本拠で」

「……?」

 

 ヴェトスが素早く離れていくのを見送っていると、後ろから足音が聞こえた為にグレースとカエデが其方に視線を向けた。

 

「やっと追いついた。お前足速いなぁ。んで、歓楽街の連れ込み宿まで走ってきて何がしたかったんだ?」

 

 追いついてきたのは猫人(キャットピープル)の青年。跳ねた髪を揺らしながら不機嫌そうにカエデを睨んでいるのはフルエンであった。

 

「えっと、ヒヅチを見かけて……それで、追いかけてきたんですけど」

「此処で見失ったっぽいわよ」

「……? クラウトスが何でここに? あー、いやなんでもない」

 

 グレースが笑顔で拳を握りしめて示せば、フルエンが両手を上げて降参を示し、それ以上の追及をやめる。直ぐ近くにある()()()()宿()とグレースの体に僅かに混ざる男性の匂いから察したフルエンはそれ以上何を言うでもなくグレースが首根っこを掴んだカエデを受け取る。

 

「勝手に動くなって。ただでさえお前は【ハデス・ファミリア】に狙われてんだからよ」

「……ごめんなさい。でもヒヅチが」

「見間違いじゃない?」

「見間違いじゃないですっ! 匂いだって────……匂いがしない?」

 

 グレースに言い返し、匂いを確認しようとして、先程まで薄らと残っていたヒヅチ・ハバリに良く似た匂いがかき消えているのに気が付いて首を傾げる。

 その様子を見ていたフルエンが吐息を零し、カエデの頭に手刀を落とした。

 

「勝手に行動するな。とりあえず戻るぞ……ベートさんにどやされなきゃいいけどなぁ」

「あー、じゃあカエデの事は任せるわ。あたしはこれで……」

「おう、とりあえずお前は風呂に入ってから戻った方が良いぞ。()()()()()()()

「っ!? マジ? おっかしいわね。ちゃんと洗ったはずなんだけど……」

 

 不思議なやりとりに首を傾げるカエデを掴んだまま、フルエンが走り出す。見送るグレースが手を振り、最後に自分の匂いを嗅いだ。

 

「獣人って鼻が良いのよね。もう一回何処かで湯浴みしてから帰るか……あー、ヴェトスにも伝えないと不味いかも……」

 

 

 

 

 

 唐突な行動。カエデが勝手に行動した事について、カエデはたっぷりとリヴェリアに説教される事が決まった。理由は納得のいく物であったとは言え、狙われている本人がまさか不用意に走り出すとは思ってもみなかったフィンは苦笑していたが。

 

 【ロキ・ファミリア】本拠へと帰還を果たした面々を出迎えたのはロキの笑顔。フィンの帰還報告を聞いた後、ロキの前に置かれたのは二つの棺桶。

 骸となっての帰還となったドワーフとアマゾネスの二人にロキは悲しげに眼を伏せてから、笑った。

 

「まあ、しゃあないわ。ダンジョンでは何があるかわからん。全滅せえへんかっただけマシや。すまんな、天界は暇やろうけど、ウチはもう少し地上(こっち)を楽しむ予定なんよ。暫くは会えへんけど、()()()()()()()()。それまで天界で楽しんでてな」

 

 死んだ人間は、天界で裁きを受ける。それが普通の事であるのだが、神の眷属となった者は死後、天界のその神が仕切る場所へと送られる。美味しい食べ物があり、ゆったりとした時間を過ごせる()()()退()()()()()であるが、神ロキが地上に飽きて天界へと帰った時、その眷属本人が拒まない限りは其処に居続ける事が出来る。故にロキは()()()()()と知っている。

 

「皆も、ご苦労やったな。疲れとるやろ。風呂の準備は出来とるから、皆しっかり休むんやで」

 

 ロキの労いの言葉を聞き、団員達が帰還を喜び合う中、首根っこを掴まれたカエデがロキの前に連れて行かれた。

 

「ロキ、少し報告事がある」

「なんやリヴェリア、どしたん?」

「……カエデが、()()()()()()()()()()()()()()()と言っていてな」

 

 リヴェリアの言葉にロキが眉を顰め、カエデの方に視線を向ける。視線を向けられたカエデが身を震わせてから、呟く様に答えた。

 

「地上に戻って直ぐに、見えたんです。歓楽街の方に消えて行く姿が。匂いもしたんで、追いかけたんですけど……見失いました」

「…………嘘やない。けどなんかの幻術か? にしては匂いまで再現っちゅうのは厳しいか。わかった、ちょいと調べとくわ。もう休んでええで」

 

 ロキの言葉を聞き、ようやくカエデが解放される。足が地面についたのを確認してから、カエデは頭を下げて他の面々と共に本拠へと入って行った。

 それを見送り、ロキはフィンに声をかけた。

 

「失敗か?」

「あぁ、失敗だね」

 

 ロキの主語の無い問いかけ。その意味を知るフィンが肩を竦めれば、まあ急には無理やろうなと苦笑を漏らすロキ。

 今回の件、ダンジョンの悪意によって団員を失う事となった事もそうだが、カエデと狼人(ウェアウルフ)達の確執をどうにかすると言う目的も、上手くいっていない。

 良い事が何一つ無かったと言う程ではないにせよ、あまり喜べる状況でないのに気付いて肩を竦める。

 

「ウチが見た限りやとー、多分5人やな」

「僕も同じかな。5人」

 

 どの程度の団員が、ファミリアを抜けるか。したくない予測をしたフィンとロキは肩を竦めあった。

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の食堂に集まった団員を見下ろし、ロキが拳を振り上げて叫ぶ。

 

「今回の遠征、成功やっ!」

 

 ぱらぱらとまばらに上がる歓声は、普段の深層遠征の物に比べればいささか小さい。今回の遠征に於いて犠牲者が出てしまった事が最も大きいだろう。あの犠牲も相まって、今回の遠征は成功とは言い難い雰囲気になってしまった。それでも、本来の目的は達成できたのだから、もっと喜ぶべきである。

 

「さて、今回の遠征で【ロキ・ファミリア(ウチ)】から初めて犠牲者が出てもうた。悲しい事や……せやけど、これはしゃあない事や。他のファミリアを見てみい? 深層遠征一回で何人犠牲が出とる? 確実に2~3人は死んどる。あの【フレイヤ・ファミリア(フレイヤんとこ)】でも犠牲無しには成功せえへんのが深層遠征や」

 

 今までが運が良かっただけ。そう口にしてからロキは顔を上げる。

 

「今回の遠征で、ビビッた子も居るやろ。もし、もしもファミリア抜けたい言うんやったら。この後ウチの所に来るとええ。改宗(コンバージョン)可能状態にしたるわ。ギルドで次のファミリア見つけるまでは部屋も使ってええ」

 

 ロキの言葉に団員達が顔を見合わせはじめる。その様子を見ていたロキは口元に笑みを浮かべた。

 

「当然やろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 挑発する様な言葉に騒然となる。ここでふるい落とされるなら、それまでだった。ここでふるい落とされないのなら、冒険者である。それだけの言葉に団員達の目に決意の光が灯る。

 その中に、()()()()()が幾人か交じっているのをロキは見逃さない。口元に浮かべた笑みとは別に、内心で悲しむ。此処まで共に来た子らが、離れていく事に悲しみを覚えた。

 

「さて、つまらん話も此処までや。こっからは楽しい話をしようや」

 

 にぃっと口元を吊り上げ、ロキは団員達を睥睨した。その視線を向ける先、エルフの青年とヒューマンの少女に狙いを定める。既に情報は揃えてある。楽しくない(つまらない)話はここまで、こっからは、楽しく団員をいじろう。

 

 

 

 

 

 ロキが()()()()()()()()と言い出した途端にグレースが青褪め、身を震わせ、顔を真っ赤にすると言う妙な反応を見せたのに気付いたカエデとアリソンがグレースに問いかけた。

 

「グレースちゃん、どうしたんですか?」

「グレースさん?」

 

 並んで座っていたジョゼット、カエデ、アリソン、ペコラの四人の視線がグレースに集まる。肝心のグレースは身をプルプルと震わせて耳まで真っ赤になったまま『何でもない』と呟くのみ。

 明らかに異常な様子にカエデが心配そうにグレースに尋ねる。

 

「本当に大丈夫ですか? お腹痛いんですか?」

「……子供じゃないんだからあんたと一緒にしないでよ」

「でも、顔真っ赤ですよ」

 

 『気にしないで』と強めに言うと、グレースはグラスを手に取り飲み物をあおった。

 首を傾げるカエデとアリソンの姿に対し、ペコラとジョゼットが何かを察した様に憐れんだ視線をグレースに向ける。その視線に気付いたグレースが二人を睨み返せば、ジョゼットが『お気の毒に』と呟いた。

 

「うっさいわね」

「本当にどうしたんですかグレースちゃん」

「だから何でもないって言ってるでしょ。しつこいわよあんた」

 

 カエデとアリソンが首を傾げて顔を見合わせるのを無視し、グレースが唸る。その様子を見ている間にもロキが皆の前で高々と拳を振り上げて口を開いた。

 

「ウチのファミリア内で、カップルが出来たでーっ!」

 

 その言葉に団員達がざわめきだし、一体誰と誰が等と囁き合い始める。ファミリア内での恋愛は()()自由である。自由ではあるが、無論だが見つかればロキに弄り倒される。たとえば、団員達の前で面白半分に発表されたりだとか。それが嫌で付き合わない等になる程度の恋愛感情なら、最初から無いも同然と言う話である。

 要するに恋する二人に対する神ロキの試練であるのだ。無論、ロキも半分以上は()()()()()()()とやっている事だが。

 

 カップルが出来たと言う言葉を聞き、アリソンが目を輝かせ、カエデが首を傾げる。グレースは信じられないと言う表情を浮かべてから深呼吸をして『違う、バレてない。大丈夫』と自分に言い聞かせはじめる。

 その様子を横から眺めていたペコラとジョゼットが哀れむ視線を向け、呟いた。

 

「ロキ相手にその手の話がバレないと思うのは安直ですねぇ」

「まあ、ロキは気付くでしょうね」

 

 団員達は各々好き好きに誰と誰が付き合い出したかを予測し始める中、カエデがアリソンの袖を引っ張り質問を飛ばす。

 

「カップルってなんですか?」

「んー、そうですね。恋愛関係になった二人組って意味ですよ」

「れんあい?」

「そうです。好きって想いを抱きあった人達がなる関係ですね」

 

 途中で興味を失った様子のカエデに対し、アリソンがぐっと拳を握りしめてカエデに詰め寄った。

 

「ちょっとカエデちゃん。女の子ならもう少しがっつかないとだめですよ」

「……私は別に、良いです」

「ほら、カエデちゃんは十二分に可愛いんですから」

「アリソンさん。カエデさんが困っていますのでその辺で」

 

 ジョゼットの言葉にようやく引き下がったアリソン。ほっと一息零したカエデが前を向き直ればニヤニヤとした笑みを浮かべたロキに対し、リヴェリアが深々と溜息を零している様子があった。

 

「さぁて、皆気になるカップルの発表やで。まず一人目、男の方や」

 

 団員のざわめきが広がり、誰だ誰だと犯人捜しの様な状態に至り男性団員達が互いに睨み合い始める。誰が抜け駆けして女の子と付き合いだしたのか。それを気にする男性団員達の激しい視線のぶつけ合い。

 そんな中、カエデは興味無さ気に既に食事に手をつけているベートの姿を見つけた。

 

 ベートの方もカエデに気付いて視線を交差させ、不機嫌そうに鼻を鳴らして視線を逸らされてしまう。

 昨晩の狼人(ウェアウルフ)達との一件以降、ベートが戻ってきてからベートが不機嫌になり、カエデに話しかける事もなく、カエデと視線が合うだけで逸らされてしまう様になったのだ。悲しいし何故だと言う疑問を覚えつつも、直接質問できずにカエデが溜息を零す。

 

 そんな中、ついにロキが一人目の名前を声高らかに発表した。

 

「一人目、ウチの中で不相応にも彼女を作ったうらやま怪しからん奴はーヴェネディクトス・ヴィンディアっ! アンタやっ!」

 

 びしりと、ロキが指差した先に居たのはエルフの青年。引き攣った表情を浮かべた真面目な雰囲気のエルフ。第三級(レベル2)冒険者、【尖風矢】ヴェネディクトス・ヴィンディアであった。

 真面目で、エルフ特有の価値観から女性関係には五月蠅いあのヴェネディクトスが、何時の間にか彼女を作っていた。その事に驚き、羨ましいと呟く団員達。周囲の団員達が一瞬目を見開いて驚き、次の瞬間にはヴェネディクトスを睨みつけて『捥げろ』だとか『爆発しろ』だとか罵りはじめ、何人かの団員がヴェネディクトスを引っ張りだして前に立たせた。

 半ば強引に席から立たされ、前に引っ張り出されたヴェネディクトスが溜息を吐きながらロキの前に立った。

 

「何処でバレたのか聞いても良いかい……」

「んなもん、外出記録と外で逢引しとるのを他の子に見られとったからに決まっとるやん。バレへん思うて調子に乗り過ぎたんよ」

 

 引き攣った笑みのヴェネディクトスが深々と溜息を吐き、諦めたように俯く。

 その様子を見ていたアリソンが小声で喋りかける。対するグレースは顔を伏せたまま反応は無い。

 

「ヴェトスさん? 付き合ってたんですか。知りませんでした。一体誰なんでしょうねグレースちゃん。……? グレースちゃん?」

 

 嘘だ嘘だと呟くグレースの様子を見てアリソンが首を傾げるさ中、ロキが高らかに声をあげた。

 

「んで、ヴェトスと付き合いだしたのはー、グレース・クラウトスやっ!」

 

 カエデの横でグレースが『嘘でしょ』と悲鳴を上げるのを聞き、カエデがグレースの方を窺えば顔が真っ青になったグレースの姿があった。

 

「グレースさん?」

「え? グレースさんとヴェトスさん……付き合ってたんですかっ!?」

 

 周りの団員達も信じられないと言った表情を浮かべてグレースとヴェネディクトスを見比べる。

 

 粗野な態度で男勝りな雰囲気を持つグレース・クラウトス。これがアリソン等であれば男性団員達の嫉妬の炎でヴェネディクトスが焼き殺されていた所だろうが、()()グレースが彼女であると言われた瞬間に団員達から憐憫の視線を投げかられ、ヴェネディクトスが眉を顰める。

 

「グレース、はよ出てきいや。証拠は揃っとるんやから。逃げられへんでー」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたロキに対し、グレースは椅子を蹴倒して立ち上がると俯いたまま歩き出す。驚いた表情のアリソンと訳がわからないカエデがきょろきょろと辺りを見回し、ジョゼットとペコラが同情の視線を向ける。

 不幸なお知らせを吹き飛ばす様な、()()()()()()として利用されてしまったグレースとヴェネディクトスに同情するジョゼットとペコラ。他の団員達は好き好きになんでグレースと等と囁き合う。

 

 ふらふらと、覚束ない足取りでロキの前に辿り着いたグレース。ヴェネディクトスの横に並んだグレースが一歩踏み込み、ロキの胸倉を掴んだ。

 

「なんでわかったのよっ!」

「せやから外出記録と他の子からの告げ口に決まっとるやろ」

 

 グレースがギリリッと奥歯を噛み締め、ロキを放すと同時にカエデの方を睨んだ。

 

「カエデェッ!! あんたっ! ロキには教えないでって言ったでしょっ!!」

「えぇっ!? ワタシ何も言ってないですよっ!?」

 

 カエデが身に覚えのない事で糾弾され始めたのを見て、ロキがグレースの肩を叩いた。

 

「ウチはカエデから聞いた訳やないで」

「っ!? じゃあ誰からっ!」

「秘密や。せやけどカエデやないのは確かやで。んで、カエデは()()()()()()んやろなぁ」

 

 にやけた笑みを浮かべ、墓穴を掘ったグレースを弄り始めるロキ。その様子を団員達が笑い、グレースが頭を抱えて蹲った。

 

「外出記録って……」

「グレース、アンタ意外とまめやから、外出記録はちゃんと記載しとるやろ?」

 

 誰が、何時、ファミリアを出たのかと言う記録。他の団員の中にはその記録を提出せずに居る団員も多い中、普段の言動が粗野であるにも関わらず意外とまめな性格をしていたグレースはしっかりと外出記録を提出していた。

 当然、真面目なヴェネディクトスも同様に、しっかりと外出記録を提出していた。

 

 其処を照らし合わせればあら不思議。二人の外出時間がほぼぴったり重なっているではないか。これは怪しいと居残り組の団員の中から諜報活動に長けた団員を差し向ければ、そこには仲睦まじく喫茶店の店先で甘味を食べている二人の姿が。

 しかもその後に『外泊する』と言う報告を二人同時にあげ、そのまま歓楽街方面に消えて行く二人。想像するのも容易すぎる二人の安易な行動でモロバレであった訳だ。

 

 グレースが絶望した様に座り込み、悲痛な声を上げた。

 

「もういっそ殺してくんない……」

「グレース、諦めよう。不注意過ぎたんだよ……」

「二人とも仲ええなぁ」

 

「あんたの所為でしょうがっ!?」

 




 相関図が欲しいとの事なので、裏方面で動いてる子らの情報をざっくり此処に記します。わかり辛かったら申し訳ない。
 他、誰が気になるとかあったら、メッセージの方から質問飛ばしてください。




 『ヒイラギ・シャクヤク』
・アマゾネスの傭兵と行動を共にしている(レベル2相当)
・『ホオヅキ』から自分と『カエデ』の出生について聞いている
・オラリオに向かおうと画作しているが失敗続き
・【ナイアル・ファミリア】【恵比寿・ファミリア】【クトゥグア・ファミリア】に追われている
・現在、潜伏中


 『ヒヅチ・ハバリ(?)』
・現在【ナイアル・ファミリア】に捕縛され、オラリオの外で行動中
・正気を失っている(?)
・目的は『カエデ』を殺す事(?)


 『ホオヅキ』
・『ヒヅチ・ハバリ(?)』の手によって封印状態に陥っている。行動不能
・現在【トート・ファミリア】に保護されている
・村の惨劇についての情報を知っている
・『ヒヅチ・ハバリ(?)』についての情報を得ている


 【ロキ・ファミリア】
・【ハデス・ファミリア】と敵対中
・【恵比寿・ファミリア】を警戒
・【フレイヤ・ファミリア】を牽制
・【ヘファイストス・ファミリア】【ゴブニュ・ファミリア】と協力関係
・【デメテル・ファミリア】【恵比寿・ファミリア】と協力関係(?)


 【ハデス・ファミリア】
・オラリオ全てのファミリアと敵対中
・『カエデ・ハバリ』を殺す為に邁進中
・十八階層にて起こした騒動以降、潜伏中
・神ナイアルの手によって主神と主立った団員は()()()()()()()()()()()


 【恵比寿・ファミリア】
・【デメテル・ファミリア】と同盟関係
・【ナイアル・ファミリア】と敵対関係
・【クトゥグア・ファミリア】を敵視中
・保有していた戦力の半数を失っている


 【ナイアル・ファミリア】
・【クトゥグア・ファミリア】と敵対している。
・団員は『アルスフェア(レベル2)』と『アレックス(レベル2)』の二人
・『ヒヅチ・ハバリ(?)』の身柄を確保した後、都合の良い様に動かしている。


 【クトゥグア・ファミリア】
・【恵比寿・ファミリア】と敵対している。
・オラリオ外で活動している。
・『ヒヅチ・ハバリ(?)』を捕縛&操作していた(途中でナイアルに奪取されている)

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