生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『アタシの伝手を色々と使って調べてるけど……今はやめた方が良い』
『なんでだよっ!』
『【ハデス・ファミリア】ってのがカエデ・ハバリの命を狙ってる』
『だったら余計にっ!』
『行ってどうするんだい。アンタが居ても足手まといだよ』
都市の南東の区画。数えきれない程の墓石の立ち並ぶ『第一墓地』。
数多くの者が富を、栄誉を、名声を求めて迷宮へと挑み、そして命を落としてきた。この場所には数多くの過去の冒険者達の墓標が立ち並び、神々が降り立って以降も増え続けている。『冒険者墓地』とも呼ばれ、都市外北方、小高い丘の上に第二、第三の墓地が存在している。
数多の墓標立ち並ぶその場所で、カエデ・ハバリは今回の深層遠征で命を落とした仲間の冒険者の名が刻まれた墓石の前で立ちすくむ。
時刻は既に昼過ぎ。日暮れ頃までに
横に立っていたグレースは欠伸交じりに口を開く。
「まあ、冒険者やってたら死ぬ事なんて珍しくないでしょ。運が悪かっただけよ。あんたが気にしても仕方ないと思うわよ」
「…………そうですね」
「それとも、怖くなった? なら冒険者やめてー……って、それが出来りゃ苦労しないか」
耳も尻尾も力なく垂らしたまま墓標から視線を外し、一つ息を零してグレースを見上げるカエデ。
カエデ・ハバリには残り時間が少ない。明確とは言い難いが、
寿命を延ばす為に
「怖いですよ。死ぬのは。グレースさんは違うんですか」
朝から、カエデですらしつこいと感じる程に
「そりゃ怖いでしょ。でもあたしはあんたじゃ無いし。頑張らなくても冒険者やめりゃ後はヴェトスが養ってくれるだろうから心配はー……あー、ヴェトスが冒険者続けるならいつ死ぬかわかんないし。なんとも言えないわね」
墓標の立ち並ぶ墓場で肩を竦め、グレースは適当に手をひらひらとしてから、カエデの垂れ下がる耳を摘まんで立たせる。
「それより、此処でぼーっとしてても何もないでしょ。人も居ないし。寂しい場所よね……ま、死んだらあたしも此処に入るんだろうけど」
平然と肩を竦めるグレースの姿に驚きの表情を浮かべたカエデ。どうしてそんなに軽く言えるのかわからないとグレースを見つめるカエデに対し、グレースは吐息を一つ零した。
「死んだら、あたしもあんたも一緒。早いか遅いかだけ。あんたは一年後に確実に死ぬっていうけど、今はあたしもあんたも明日死ぬかもしれないってのは一緒でしょ。冒険者になってんのよ? それぐらい、覚悟はしてるって事よ」
明日死ぬかもしれないから。言いたい事があるなら全部吐き出して。明日死ぬかもしれないから、やりたい事は全部やってしまおう。だからこそグレース・クラウトスという少女は、羞恥を噛み殺して
「ま、流石に軽率過ぎだったけどね」
ロキに目をつけられてしまった事を笑い、グレースは一つ頷いた。
「ペコラさん達と合流しないとだし」
【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンは今回の遠征の成果の報告書を作成しており、リヴェリアは遠征時に得た取得物の換金を行い、ガレスが団員達と共に損耗した武具の確認を行っている。
上位陣に分類されるジョゼットやラウル等は団長達に付き従い動いている中、ペコラ・カルネイロは疲労の溜まり切った団員の子守唄を唄う以外にやることがなく、唄ってあげる必要のある団員が居なかった事で暇をしていた。其処にグレースが声をかけて護衛として引き連れていたのだ。
「ほら、行くわよ」
カエデの耳を放して歩き出すグレース。それに続いてカエデが歩き出そうとして、墓標を振り向く。
数多に立ち並ぶ墓標、そしてそれに捧げられる供え物の数々。両手の指では数えきれない程の死が其処にあり、それがすぐ近くにあるのだと意識し、体を震わせてからグレースの後を追った。
西のメインストリート沿いに存在する喫茶店の窓際の席に座るカエデが道行く人々を眺めながらケーキを頬張る横で、二人の人物が会話を交わしていた。
「という事がありましてですね」
「へぇ、あの【ロキ・ファミリア】で初の死者ねぇ」
四人掛けの席に対しグレースとカエデが並んで座る対面。白毛の
その様子を見ていたグレースがおもむろに立ち上がり、モールを指さして口を開いた。
「なんであんたが居んのよ」
「あ、お構いなくー」
指差された本人は気にした様子もなくへらへらと笑ってから、紅茶に手を伸ばす。
それを見ていたペコラが減った紅茶をそれとなく注いでから笑みを零してグレースを見上げた。
「まあまあ、良いじゃないですか」
「いや、別に良いんだけど。というか、なんであんたが居る訳? ちょっと理由聞きたいんだけど。カエデも気になるわよね?」
「ふぁい……?」
ケーキを頬張り、話を全く聞いていなかったカエデが一瞬耳を立て、それから辺りを見回してうんうんと頷いた。
「この店のケーキおいしいですね」
「……話聞いてないじゃない。んで、本当になんで此処に居るわけ? 店の方は良いの?」
【恵比寿・ファミリア】の二人居る副団長の片割れ【
ペコラと合流した際にごく自然にペコラと共に居り、店に入って同じ席についていたモールに対し、ペコラは特に何を言うでもなく受け入れ、カエデの方は首を傾げていたもののケーキが出てきた時点で思考から外れ、唯一疑問を覚え続けたグレースであったが、疲れたようにため息を零して椅子に腰かける。
「店の方はねぇ。大丈夫だよ。品物が仕入れできなくて店開けないし」
「はぁ?」
「あれ? 知らない? ここ最近、輸送船が片っ端から落とされてて物資類の輸入が滞ってるんだよ。陸路の方もー結構容赦無く中継村なんかを潰されてるみたいでね」
ケーキを頬張っていたカエデが首を傾げつつ呟く。
「中継村?」
「あー、陸路で馬車なんかを使って商品なんかを輸送する場合に途中で立ち寄る村の事だよ。重要な所もそうでもない所もやたらめったらにやられててね。オラリオの冒険者雇っての防衛もやってたんだけどー……殆どのファミリアの団員が歯が立たない処か、犠牲者を増やすだけの結果で困ってるのさ。まあ、ここ一週間程は収まってるんだけどね?」
モールの困ったような表情にグレースが眉を顰め、ペコラが口を開いた。
「それで直接依頼をしたいらしいんですよねぇ」
生存者ゼロ。村人も防衛の為に配備したオラリオの冒険者も、輸送隊の面々も。女も、子供も、家畜の一匹ですらも残っておらず、完全に死体だけしか残らないという不可解な事件。
最近多発している【恵比寿・ファミリア】の輸送船撃墜事件と合わせ、現在のオラリオには外部からの輸入品が途絶えかけている。無くはないが輸送成功率は2割未満。其の為最近は物価が若干上昇し始めてしまっていると嘆くモールに対し、ペコラは首を横に振った。
「申し訳ないですが。ペコラさんは戦闘向きではないです。自分一人生き残るならまだしもー……あ、もしかしてなんですけど……」
何かに気付いた様にモールを伺いだすペコラ。対するモールは困った様に頷く。
「うん。ペコラ・カルネイロの
現状、犯人像が定かになっていない事件であるがゆえに、何が何でも犯人像を捉えたい【恵比寿・ファミリア】の言葉にペコラが眉を顰める。
「こっちも、出せるだけの護衛は出すからー。ダメかな?」
「ごめんなさい。お断りさせてください」
「もう収まってるんですよね? なんで今更?」
一週間ほど前から、被害がなくなっているらしい。飛行船の方は相も変わらず昨日も一隻落とされた様子であるが、村の襲撃事件の方については一週間前にぱたりと被害が消えうせたという。
それに対するモールは首を横に振って否定した。
「いや、たかが一週間収まった程度で解決したなんて言えないし。犯人もわからない、動機もー……いや、動機はわかるか」
「……? 動機がわかるなら犯人もわかるもんじゃないの? あたしは詳しくないけど、だいたいそんなもんって聞いたわ」
モールはミルクティーをかき混ぜるグレースに対し、半眼を向けてから肩を竦めた。
「君は創作の読みすぎじゃないかい。君らだってそうだけど、
天界に居た頃に様々な
それは天界では胡散臭い神としてしか知られていない【恵比寿・ファミリア】とて同様である。商業ファミリアの筆頭として恵比寿のファミリアが存在するのが許せないと妨害工作をしてくるなんぞ珍しくともなんともないのだ。
「ともかく、僕ら【恵比寿・ファミリア】への妨害だろうね。徹底的に
おかげ様で動きが鈍って仕方がない。オラリオ外への物資類の発注も滞っているし、正直言えば【ロキ・ファミリア】の遠征物資類を揃えられたのもかなりギリギリだったんだ。そう愚痴を零し、モール・フェーレースは立ち上がる。
「此処は奢るよ。ともかく、依頼についてはちょっと考えておいてくれると助かる」
「……そういう依頼はギルドを回せばよくない? もしくは団長に言うとかさ」
通常
今回の場合はモール・フェーレースからの個人依頼という形になるのだが、そうであるのならば違和感が残る。
ファミリアの存続に関わる様な重要依頼でありながら、それを個人依頼としてモールが持ち歩くのはおかしいのだ。其の違和感に気付いたグレースの言葉に対し、モールはへらへらと誤魔化す様に笑う。
「まあ、気にしないでよ。あー、じゃあ僕はこの辺で。元気でねー」
グレースが何かを言い返す前に足早に立ち去るモール。モールを見送ったグレースが思い切り眉を顰める。
「怪しいわね。ってあたしのケーキ何処に……」
「カエデちゃんが食べてましたよ」
「っ!? 食べてないですよっ! ペコラさんですっ!」
しれっとカエデに責任を被せつつもペコラがグレースのケーキを頬張り、頬を緩めている。その様子を見てケーキを食べ損ねたグレースは、深々とため息を零してから手をひらひらさせて口を開いた。
「もういいわ。別に今日はそうケーキ食べたい気分じゃなかったし」
「お、もうデザートは昨晩食べ終えたって事ですか。いいですねぇラブラブで」
「殴っていい?」
握り拳を示すグレースに対し、ペコラはへらへらと笑ってからケーキを頬張る。
そんなやり取りをしり目にカエデが喫茶店の窓から外を眺めていると、見覚えのある金髪が両手をポケットに突っ込んだまま周囲を睨み付けつつ歩いているのが見え、グレースの服の袖を引っ張った。
「グレースさん、あそこに、アレックスさんが歩いてますよ」
「はぁ? ……あっそう、もう関係ない奴だし気にしなくていいわよあんなの」
一瞥しただけで興味無さげに肩を竦めるグレース。ペコラの方はアレックスの方に視線を向けてから驚きの表情を浮かべ、手を軽く振っている。カエデはどうすべきか迷いつつも窓の外で周囲に睨みを利かせながら歩くアレックスの姿を見ていた。
ふと、そのアレックスの視線がカエデと交わる。窓越しに目が合ったアレックスに対し、どんな表情を浮かべようか迷うカエデ。対するアレックスはニヤリと笑みを浮かべ、唐突に両手を大きく振り上げて何かを呟き始める。
窓越しで聞こえないが、唐突に人混みの中で立ち止まり何かを呟くアレックスに対し、他の冒険者が文句を言って避けて通る姿が見えるが、アレックスは気にした様子もない。
「あの、アレックスさんは何を」
「っ!? ちょっ!? 街中で魔法ぶっ放そうとしてるっぽいですけどっ!?」
アレックスの呟きが、魔法の詠唱だと気づいたペコラが慌ててテーブルを盾にするように蹴り倒し、カエデとグレースを陰になる位置に引きずり込んで前に飛び出す。
次の瞬間には、喫茶店の店内が業火に包まれた。
肌を炙る熱の感覚に慌てて身を起こし、辺りを見回したカエデが目にしたのは一面の火の海だった。空を見上げれば黒煙で青空は見えず、息の詰まる様な熱に咽てしまう。濃密な
場所は、つい先ほどまでお茶をしていた喫茶店の店内ではない。何処だろうと周囲を見回せば、業火に包まれて焼け落ちる見覚えのある看板が見えて息を呑んだ。
つい先ほどまで、大通りにはそれなりの人が歩いていたはずで、その光景は確かにカエデの記憶の中に存在する。それもつい一分前の光景であり、それが今の惨状へと変化を遂げたのだ。足元に散らばる黒焦げのモノは、建物の残骸か、それともつい先ほどまで生きていた人間だったのか。
何が起きたのかさっぱりわからず、困惑していると、絶叫が響き渡った。
驚きと共に声の方向に視線を向けると、冒険者らしい格好をした人型が炎に包まれて踊っている。苦し気に、助けを求める様に両手を伸ばして、炎に包まれたまま右往左往している人型の姿に怯み、後ろに下がろうとして、腕を掴まれて引きずり倒された。
「大人しくしなさいっ! ったく、何がおきてんのよ。熱くて仕方ないわ」
腕を掴んだ者の正体は、焼け焦げたジャケットに右肘から肩にかけてに火傷を負ったらしいグレースである。
グレースに引きずり込まれたのはカフェのテラス席に置いてあったらしいテーブルの残骸の陰。近くには黒焦げの
この場所で楽し気にパフェを食べさせあっていた男女が居たのが、ちょうどこのテーブルだったのに思い当たり、カエデが身を震わせつつもグレースに問いかけた。
「グレースさんっ、その腕は、何が起きて……」
「知らないわよ。突然ペコラさんに引きずり倒されたかと思ったら、店の外に投げ出されて、気が付きゃ火の海ってね。ただ、其処らで転がってるのが全部そこら歩いてた一般人だってのがわかるぐらい。相当頭の可笑しいのが魔法発動したらしいわね。完全に無差別殺人よこれ」
グレースの言葉を聞き、カエデが周囲を見回せば、さきほど炎の中で踊っていた人影が倒れ伏して動かなくなっているのが見え、慌てて水を探そうとして違和感を覚えた。
周辺一帯が炎に包まれている。もしこの炎が通常の火であったのなら、カエデとグレースは既に酸欠で意識を失っているはずだし、そもそもの話、これだけ濃密な炎に取り囲まれた中で
現に、つい先ほど絶叫を上げていた冒険者を除けば、周囲には無数の焼死体が転がっているのだ。同じ火に包まれたにしては被害が少なすぎる。
「この炎、魔法でしょうか」
焼死体の臭いに吐き気を覚えつつもカエデが口を開けば、グレースが眉を顰めて立ち上がる。
「【ハデス・ファミリア】の仕業じゃない? あのファミリアならやりかねないわ。ペコラさんと合流しないと」
【ハデス・ファミリア】は遠征合宿の際に姿を見せて以降、一切姿を見せていない。彼のファミリアの仕業であるのであれば、カエデ一人を殺す為に一般人を巻き込んで街中を焼き尽くす事をしたと言える。理解しがたい事だが、あのファミリアならやりかねない。
「っ、ワタシの所為……」
「黙ってなさい。どっちにせよまだ犯人はーあいつは」
カエデが後ろ向きな考えに引きずり込まれそうになったのを強引に引っぱたいて戻し、焼け焦げたテーブルの残骸から周囲を警戒していたグレースは大通りの中央に立っている金髪の
「あいつ、なんで……」
「どうしたんですか」
「あそこ、アレックスが居るんだけど……あいつ、なんで平気そうな……」
グレースがぶつぶつと呟く横から、カエデが火の海に包まれているメインストリート中央にて堂々と立って笑みを零しているアレックスの姿に目を見開いた。
中央に立つアレックスの足元から外に向かって放射状に物が薙ぎ払われている。先程のアレックスの呟きと、ペコラの言葉を加味すれば、答えは自ずと見えてきた。
この惨劇を引き起こした犯人は、あの堂々と立っているアレックス・ガートルの仕業なのだと。
ふと違和感を覚え、もう一度アレックスを見据えるカエデ。すぐに冷や汗をかいてグレースの袖を引っ張る。
「グレースさん、さっきペコラさんが
「あん? 何を言って────
グレースが再度アレックスの姿を確かめようと身を動かした瞬間、アレックスの声が周囲に響き渡った。
「出て来いよ。何処に隠れても無駄だ。カエデ・ハバリィイッ!」
名を呼ばれ身を震わせるカエデに対し、グレースが眉を顰めてからカエデの頭に手をのせて立ち上がる。
「あんたは此処で隠れてなさい」
「でも……」
姿を晒して出て行こうとするグレースを引き留めるカエデに対し、グレースは肩を竦めた。
「ペコラさんが居ない今、
心配かけまいと笑みを浮かべ、グレースは護身用に持っていた短剣と、近くに転がっていた冒険者の焼死体から長剣を引き抜いてアレックス・ガートルの前に歩み出て行った。
メインストリート中央にて堂々とポケットに両手を突っ込んだまま立つ
「久しぶりね」
「あん? あぁ、テメェかよ。あの白毛の奴はどうした」
「ペコラさん? ペコラさんならちょっと野暮用よ」
気さくに、適当な事を口走るグレースに対し、アレックスは鼻を鳴らした。
「適当言ってんじゃねえよ。カエデ・ハバリは何処だよ」
「さあね、あの子ってほら、案外臆病だし」
今朝の構い倒してくる
「ところでさぁ、この炎の海ってあんたの仕業?」
「そうだよ。良いだろ、この魔法」
自慢する様に手を翳せば、アレックスの手の平に炎が現れ、零れ落ちた炎の雫が周囲に満ちる濃密な炎と同じようにアレックスの足元で火を起こし始める。
あの濃密な炎の中で、アレックスは平然そうにしているし、服も髪も肌も、焦げる気配は微塵も無い。対するグレースの方もあまり熱さは感じない。不可思議な魔法であるが、この魔法の出所が
「なるほど、どんな魔法なのか知らないけど、とりあえずあんたは潰すわ」
「あぁ? 雑魚が何粋がってんだよ。この炎に焼かれるぐらいの雑魚に、俺が負ける訳ねえだろ。大人しく
アレックスの言葉と共に、まるで生きているかのように炎が揺らめき、グレース・クラウトスを包み込んだ。
テーブルの陰に隠れていたカエデが悲鳴を零しかけ、口を塞ぐ。目の前でグレースが炎に呑まれた。
グレースを飲み込んだ炎は、うねる様にグレースの居た場所を覆い隠し、その姿は完全に見えなくなってしまったのだ。あの炎に包まれればどうなるのか、周囲に散らばる焼死体が証明してくれている。やはりグレース一人で行かせるべきではなかったと後悔しつつも、カエデが近場に転がっていたフェンスの残骸に手を伸ばした所で炎が
「あっつ……何この炎、すっごく熱いんだけど」
つい先ほどと変わらぬ姿のまま眉を顰めているグレースが、砕け散った炎の中から現れて文句を垂れる。対するアレックスは口元を歪め、不愉快そうに呟いた。
「ちっ、大人しく死んどけよ」
「あぁ? お断りよ。あたしが死ぬ時はヴェトスに看取って貰うって決めたし」
炎に包まれていたとは思えない程に
まっすぐ、何の小細工もなしに正面から突っ込んでいくグレースに対し、アレックスは面倒臭そうに腕を薙ぐ。
瞬時に炎がグレースとアレックスの間を遮る様に現れ、
「っ……くぅっ、何これ、物質化した炎? どんな魔法よまったく。これだから魔法は嫌いなのよ。意味わかんないし」
物理法則を軽々と無視して行われる現象に対し、嫌そうに眉を顰めるグレース。対するアレックスも魔法がうまく作用していない事に驚き、それから笑みを零した。
「お前は、強い」
「はぁ? 何言ってんのよ。当然でしょ」
唐突に口を開いたアレックスに対し、警戒して腰を落とすグレース。対するアレックスは楽しそうに喉を鳴らして顔を上げた。
「いいねぇ、お前をぶっ殺せれば、俺が
「………………」
「そうすれば、いつか
「…………はぁ」
「
陶酔状態に陥っているらしいアレックスに対し、グレースは深々と溜息をつき、それから無言でアレックスに突っ込んでいった。
「っ!?」
「目の前のあたしを無視すんな糞虎野郎っ!!」
今度はアレックスが反応できずに魔法の迎撃が行われなかった。しかしアレックスが腕に装備していたガントレットでグレースの攻撃が完全に受け止められている。至近距離で睨みあう。
最初に口を開いたのはグレースの方であった。
「あんたが、何考えてるのか知らないわ。けど────大勢の人が此処で死んでるんだけど。ナニコレ?」
「あん? なにこれだと? 決まってんだろ」
オラリオの西地区には【ファミリア】に加入していない無所属の労働者の多くが住居を構えており、彼らの家族も生活することで大規模な住宅街を形成している場所である。
当然、この西のメインストリートには数多くのファルナを持たない無所属の者達であふれていたのだ。
この場に転がる数多くの焼死体は、殆どがファルナを持たない無所属の者達だ。冒険者は、この辺りの安い宿を利用していたのか、無所属の家族に会いに来ていた少数ぐらいである。
そこで魔法を使ったのだ。無数の犠牲を出したのだ。其のことをグレースに指摘されたアレックスは、口元に笑みを浮かべて呟いた。
「
アレックスの言葉を聞き、グレースの頭の中でブチリと何かの切れる音が響く。
「よし、殺す。あんたは殺す」
VS暴走アレックス
なおナイアルは楽し気に望遠鏡で様子を眺めている模様。
・アレックスの使った魔法
長文詠唱の
ある程度アレックスの意図の通りに物質化した炎を操る事ができる魔法。
アレックスの持つ“死に対する恐怖心”の具現化。この炎は