生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『はぁ? 街中で魔法ぶっ放した阿呆が居る?』

『そうみたいだね。僕は()()()巻き込まれなかったけど、カエデ・ハバリ、ペコラ・カルネイロ、グレース・クラウトスが巻き込まれちゃったみたい』

『……ペコラ・カルネイロ、か。彼女は生きてるのかい?』

『一応ね、魔法で焼かれてるっていうか、炎にまかれてるけど』

『ナイアルは?』

『この騒動に紛れて姿を消す可能性もあるかなぁ』

『はぁ……あの当たりにはー、行商人が来てたよね?』

『……多分、死んだかな』


『煉獄の底』《中》

 オラリオ中心部にそびえ立つ巨塔の頂。【フレイヤ・ファミリア】が貸切る最上階層の一室。オラリオの街並みを見下ろせるその場所から確認できる獄炎を目にしたフレイヤは嫌そうに眉を顰める。

 

「酷い光ね」

 

 女神フレイヤの目に映るのは恐怖に怯え、それでも叫び続けようとする魂。あまりにも苛烈な光ではあるが、美しさは全くと言っていい程感じない。あるのは、恐怖に染まらぬ様に叫ぶ無様な虎人(ワータイガー)の姿。

 そして、その虎人(ワータイガー)の仕出かした惨事を困った様に眺める神ナイアルの姿。

 

 思わず口元に笑みを浮かべ、フレイヤはグラスを掲げた。あのナイアルの困った表情は、今のフレイヤにとっては何事にも勝る程見たかった表情である。

 そんな笑みを零すフレイヤの背後に、音もなく近づいたオッタルはフレイヤに耳打ちをした。

 

「カエデ・ハバリが巻き込まれている様ですが、如何なさいましょう」

「なにもしなくていいわ。あの程度の炎ではあの子を傷つけられないもの」

 

 なにもしなくていいとは口にしたものの、正確にいうなれば『何も出来ない』というのが正しい。

 狐人(ルナール)の女性、ヒヅチ・ハバリと名乗った彼女の手によってオッタルが敗れ、ナイアルには密約を交わす事を強要された。『ナイアルに関わらない事』、その一つの所為であの虎人(ワータイガー)の引き起こした出来事には、手出しできない。

 あのナイアルが、カエデ・ハバリに忍び寄ろうとしているのも知っている。其の上で、女神フレイヤは何もできないのだ。

 

「カエデ・ハバリ。あの子なら、大丈夫よ」

 

 

 

 

 

 一面に広がる炎の海、燃え残った建造物の骨組みと、燃えカスとなった人々の残骸の間を縫い歩き、カエデ・ハバリは行き止まりに直面した。

 

「ここも、通れない」

 

 尻尾を引っ張られる感触と共に、目の前の炎は()()()()()()()()()なのだと理解し、別の道を探して歩き出そうとする。そこで遠くから響く轟音に耳を傾け、申し訳なさそうに耳を垂らし、すぐに首を横に振って前を見据える。

 

「早く、出口を見つけないと」

 

 グレースが一人でアレックスを止めている間に、カエデ・ハバリがこの炎の性質の調査と出口の捜索を行っている。ペコラ・カルネイロの捜索もしているが其方は完全に行方不明。何処に消えてしまったのかもわからないが、この炎の性質についてはある程度予測できた。

 

 まず、第一に、この炎は冒険者には効き辛い。冒険者、神の恩恵(ファルナ)を受けていないとまともに活動が出来ない。それだけならまだしも、なんらかの切っ掛けで冒険者も民間人も問わずに焼き尽くす。

 グレース・クラウトスやカエデ・ハバリ、他にも幾人か生きている者は居た。つい先ほどもこの炎の中でどうすれば良いのか右往左往していた冒険者が居たのだ。居たのだが、カエデが第三級(レベル2)冒険者が暴れていると教えた途端、その冒険者の体を炎が包み込み、そして死んだ。

 一瞬の出来事で理解が及ばず、目の前で炎に包まれて絶叫しながら焼けていく冒険者の姿に鳥肌が立ち、慌てて近くにあった水桶の中身を冒険者にぶちまけたが、炎は消えなかった。水で消えないのだ、この炎は。

 死んでしまった冒険者に謝り、すぐに出口を下がる。道端に転がる小柄な黒い人間だったものは、小人族(パルゥム)なのか、それとも他の種族の子供だったのか、考えるだけ無駄だと言い聞かせて探し回り。

 この炎に対する結論が出た。

 

 この炎はアレックスが魔法を発動した中心点から凡そ400M半径の領域を焼いている。そしてこの領域の端には()()()()()()()()()()が立ちふさがっている。

 その炎の壁は他の炎と違い、無差別に焼き尽くす。領域内に満ちる炎は、カエデにとってほんの少し熱い程度の代物で、害らしい害はない。一般人にとっては地獄の業火であるので、この領域内で生き残っている一般人は居ないだろうが。冒険者は平気である。

 だが、冒険者も特定条件を満たすと焼き殺される。アレックスを知る事が条件かと考え、すぐに否定する。もしアレックス・ガートルについて知る事が条件であるのなら、カエデもグレースもただではすまない。

 つまり他の要因があるはずなのだが。其方は現状不明。

 そして、炎の壁は条件を満たさずとも無差別に焼き尽くす。これはカエデの勘であるが、ほぼ確信している。この壁に触れようとすると、炎の壁は揺らめいて絡みつこうとしてくるのだ。試しに投げ入れた木片は瞬く間に消し炭にされた事も相まって、この炎の壁の切れ目を探す羽目になり、結果としてぐるりと一周するだけで収穫らしい収穫は不自然な場所に存在した行商露店の武器ぐらい。

 店主らしい人物の焼死体が転がるその商店の前に転がっていた大剣を貰い受け、背負って走る。

 向かうのはアレックスとグレースが未だに闘い続けている中心部。何処かから悲鳴と絶叫が響いてくるが、ギルドからの応援は一向に来ない。疑問を覚えつつも、火の手のあがる建物の陰から剣撃の音の響く大通りを覗き込む。

 

「るぁっ!!」

「食らうかよぉっ!!」

 

 長剣とナイフでの二刀流をそつなくこなすグレースに対し、アレックスは防戦一方に見える。歯噛みするグレースに対しアレックスは笑みを零し続け、腕を振るう。

 物理的な形を伴う炎の拳がグレースを捉え、グレースが大きく吹き飛ばされて近場の建物にたたきつけられた。

 

「ぐぅっ……痛ぅ。あぁもう、その炎本当に意味わかんない。熱いのに熱くないし。そのくせ固いし、なんなのよそれ」

「はんっ、知る必要なんかねぇよ。テメェは此処で死ぬんだからな。テメェを殺して──カエデ・ハバリの奴も殺す。そうすりゃ、()()()()()()()()()()

 

 まただ。彼、アレックス・ガートルは()()()()と何度も口にしている。まるで自身に言い聞かせるような彼の言動にカエデは違和感を覚える。

 建物の陰から様子を伺うカエデを前に、グレースとアレックスは気付かずに言葉を交わす。

 

「つか、あんた器の昇格(ランクアップ)でもしたわけ? あたしの攻撃が全然効かないんだけど」

 

 グレースの言葉にはっとなり、アレックスの様子を確認する。

 グレース・クラウトスは第二級(レベル3)の冒険者である。器の昇格(ランクアップ)から一か月も経っていないとはいえ、ステイタスは相応に高い。そのグレースと剣を打ち合わせるアレックスの方は、無傷。

 傷らしい傷はなく、しいて言うなれば少し苛立っている様に見えるのみ。本来、この不可思議な炎の守りがあったとしてもレベル差を覆すのは難しいはずである。それなのに第二級(レベル3)のグレースと互角に渡り合っている。

 それはアレックスがレベル差を覆す程の技術を身に付けているのか、それとも────

 

「はん、その通りだよ。俺は第二級(レベル3)になった。いいだろ?」

「はぁ、厄介な事ね。ま、あんたをぶっ殺す事に変わりはないけど」

「余裕ぶってんなよ。すぐに殺してやるからよ」

 

 グレースを信じ、一人残して調査をしている事に罪悪感を覚えつつもどうすべきか迷い、カエデは剣の柄に手を添えたまま建物の陰から二人の闘いを見つめる。

 

 打ち合わされる剣と手甲、弾け散る火花に交じり、炎の欠片がゆらりと揺れ、直ぐに業火となりグレースを襲う。対するグレースはその炎が大したダメージにならない事を知っているが故に、一切の怯えなく真正面から炎を受け止めた。物質化した炎に押し出され、グレースが姿勢を崩すが即座に立て直してアレックスに切りかかる。

 アレックスは直接グレースを殴りつけたりといった攻撃を一切行わないが、魔法の炎でグレースを押し出す様な闘いばかりを繰り広げている。対するグレースは力任せにぶん殴る様な勢いで切りかかるのみ。

 攻略の糸口を見いだせないグレースが焦りと怒り、そして周囲の炎によって徐々に消耗していっている。アレックスの消耗は、全くない。不可思議な事に、アレックスはこれだけの大規模な魔法を使っておきながら消耗らしい消耗をしていないのだ。

 

「ちっ、仕方ねェな。あの糞ガキに見せつける為にとっとく積りだったけど、やめだ」

「あん?」

 

 唐突に、アレックスが両腕を下ろし、口元に浮かべた笑みを歪める。気色の悪い笑みを浮かべたアレックスに対し、グレースは警戒した様に腰を落として立ち止まる。

 このまま怒りに任せて突撃しても無意味だと悟り、その悟りが再度怒りを燃え上がらせてグレースの力が上昇していく。既に準一級(レベル4)冒険者に届きうるまでに力を増幅させたグレースに対し、アレックスは深く息を吸って、吐くのを繰り返し始める。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その光景を見て、カエデは尻尾を掴まれた感触を感じて叫ぶ。

 

「グレースさんっ!! 逃げてくださいっ!!」

 

 叫びに反応したグレースがカエデをちらりと見て、腕を振り呟く。

 

「逃げられる訳ないでしょ。こいつは此処で殺さないとだめよ」

 

 叫びに反応したのはグレースだけではない。カエデの居る方に背を向けていたアレックスすらも反応して肩越しに振り向き、口元を大きく歪めた笑みを浮かべた。

 

「よぉ、特等席から観戦か? いい身分だなぁ? おいぃ?」

「っ!」

「あんたの、相手は、あたしだっつってんのよっ!!」

 

 肩越しにカエデの方を向き、グレースから視線を外したのを見逃さず、グレースが一直線にアレックスに突っ込んでいく。

 カエデは息を呑み、すぐに大剣を引き抜いて同じようにアレックスの方に走り出した。

 

 前後から接近してくるグレースとカエデを見て、アレックスは笑みをより深めた。

 あの狐人(ルナール)から学んだ技法。カエデ・ハバリが持ち、アレックス・ガートルが持ち合わせなかったもの。それを手に入れた。アレックス・ガートルは()()()()()()()()()()()

 

 腹の奥に燻る炎に、一気に息を吹きかける。燃え盛る炎が形となり、アレックスの片腕から濃密な炎が形となり現れる。目の前に迫ったグレースと、背中に切りかかろうとするカエデ・ハバリ、どちらも────遅すぎる。

 

 振るわれた剛腕は、グレース・クラウトスを瞬く間に消し飛ばし、今度は数軒の建造物を貫いて飛翔するグレースの体は、倒壊する建物から立ち上がる炎によって視認できなくなった。

 瞬く間に行われた出来事に反応出来ないカエデに対し、ゆっくりとした動きで振り返ったアレックスは、そのままカエデに対し力任せに()()()()()()

 

 腕が、ぬるりと逸れる様な、力をどこかに逃がされている様な不可思議な感触と共に、アレックスの一撃はカエデ・ハバリによって逸らされた。対するカエデはアレックスの攻撃を受け流しながらその横を走り抜け、グレースの元へと駆けていった。

 それを見送ったアレックスは自身の腕を見て笑みを零した。

 

 つい先ほどまで受け止めるので精一杯だったグレースの一撃を()()()()()()()()()()。強くなった。強くなっている。

 

「くはっ、いいなこれ、良いぞ。こりゃいい。あの糞ガキにゃあ勿体ないぐらいだ」

 

 こういうのは、俺みたいな強い奴が使うもんだと、アレックスはカエデとグレースを追うでもなく高笑いを響かせた。

 

 

 

 

 

 オラリオ西地区、ファルナを持たない無所属の一般労働者等が暮らす居住区の隣接する大通りにて発生した()()()()()()()()使()によって、オラリオ西地区の大通りを分断する炎の壁が形成されていた。

 周辺の一般人たちの避難が進む中、避難する者達を避けて数多くのファミリアがこの騒動を収めるべく集まってきている。

 

 そんな中、炎に触れようとした冒険者が燃え盛る炎にまかれ、周囲の者達が必死に水をかけるもその甲斐なく焼けた冒険者は焼死体となるという現象がいくつも発生していた。

 

 この炎の壁に触れると、焼死する。

 

 そんな話を聞いた鎮圧の為に集った冒険者達があからさまに恐怖心から引き始め、この炎の壁の向こう側に家族のいる冒険者がなんとか助けようと水をかけたりなどしているが、消える気配はない。

 集まった冒険者の中心軸として動く【ガネーシャ・ファミリア】がこの炎は何なのかを調べようとしているが、触れたら問答無用で燃える以外にわかる事がなく手づまり。水をかけても消えない、風を吹きかけても無意味。魔法の水ならばと水を呼び出す魔法を使ってみても蒸発するのみで効果はない。

 内部で何が起きているのかを調べようにも、炎の向こう側は赤く揺らめくのみで内部で何が起きているのかさっぱりわからない。

 火精霊の護布(サラマンダーウール)を使えば被害を軽減できるとはいえ、一度燃えると消えない性質の為、中に侵入しようとしてそのまま焼死した者もいる。厄介な性質故に調査は難航していた。

 これだけの規模の魔法を発動するには、相当な魔力を必要とするはずである。当然、こんな現象を引き起こせる魔法使いなんて数える程しかいない。その筆頭、【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者、【九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴはロキを連れ添いその炎の外周を歩きつつ目を細める。

 

「……これは、魔法だが、制御されていないな」

「ほう? 制御されとらん魔法の暴走っっちゅー事か? ハデスん所の奴やないのは確定やけど」

 

 【ハデス・ファミリア】に所属している冒険者の中に、このような大規模な炎の魔法を扱える程の魔力を持つ冒険者は一人も存在しない。ゆえにこの魔法の犯人は【ハデス・ファミリア】ではないはずだ。

 無論、【ハデス・ファミリア】がギルドに対して虚偽報告をしていれば、話は変わってくるが。

 

「制御を必要としない魔法、だがこれでは術者本人も無事ではすまないだろうな」

「ほう? どういうことや?」

「術者諸共すべてを焼き尽くす魔法だ。発動すれば、術者本人も焼かれるだろうな」

 

 第一級冒険者であっても、この炎に近づけばただではすまない。それはペコラ・カルネイロが証明している。

 炎の壁の淵で、ペコラ・カルネイロは立っていた。()()()()()()()()()()()

 

「んで、術者の場所はわかるか?」

「全然だな。制御されているのなら、魔力の流れを辿れば発見できただろうが、制御されていないから無理だ」

 

 魔法の制御がなされていないにも関わらず、魔法としての効果を発揮する理解不可能な魔法。間違いなく前例のない新魔法であるそれにリヴェリアもお手上げである。術者の位置を割り出す事も出来ず、悔し気に歯噛みするリヴェリア。ロキは溜息を零して()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ペコラー、気分はどや?」

 

 炎に包まれ、全身を焼かれながらも平然としているペコラ・カルネイロの様子に周辺の冒険者はドン引きしている。だが、ペコラ自身は割と本気で困っているのだ。声を出せないという問題があるのでハンマーの柄で地面にがりがりと文字を書き、意図を伝える。

 

『むちゃくちゃ熱い』

 

 ハンマーの柄で石畳に書かれた言葉を見て、リヴェリアが眉を顰めた。なんとかしてあげたいが水をかけても無駄。砂をかけても無駄。水桶に頭から突っ込んでも火が消えない。体は濡れているのに、火は燃え続ける。ペコラ自身、スキルの効果がなければ焼け死んでいたと断言できる程の効力を持つ炎。

 解決の糸口が見つからず、不用意に近づけば犠牲者を増やすのみ。ペコラ曰く、カエデとグレースもこの中に囚われている様子なのだが、ロキの感覚では二人とも無事に生きている事がわかるのみ。内部で何が起きているのか確認できず、魔導士としてのエキスパートであるリヴェリアもお手上げ。

 ペコラ曰く『アレックスが犯人だと思う』との事だが、他の者たちは【ハデス・ファミリア】が犯人ではないか等という者もいれば、【九魔姫(ナインヘル)】でもないとこんな魔法は扱えないとリヴェリアを疑う者もいる。複数のファミリアが集まっている影響か、互いに疑い合うファミリアも出始める始末。

 もし犯人がペコラの言う通りアレックスだというのなら、ナイアルが出てこないと話にならない。その肝心のナイアルもファミリアの本拠には居らず、行方不明だという。

 

「……カエデは無事やろか」

 

 

 

 

 

 燃え盛る瓦礫を押しのけ、グレースは大きく息を吸って、叫ぶ。

 

「痛っぁあ……」

 

 引っこ抜いた右腕が本来の方向とは真逆の方向に曲がっているのを見て眉を顰め、腕を掴んで元に戻す。肘が真反対に曲がっていたのを戻し、手を握ろうとするも痺れて力が入らない。完全に右腕を使用不可能にされたことに怒りを露わにし、瓦礫を殴りつける。殴りつけた瓦礫に罅一つ入れられない事実に舌打ちをし、ようやく考え始めた。

 先程の一撃、少なくともグレースの感覚では準一級(レベル4)に届くほどの一撃を繰り出せたと感じていた。しかし、自称第二級(レベル3)のアレックスによって攻撃を受け止められる処か、完全に押し切られた。それも真正面からである。

 アレックスの性格上、第二級(レベル3)になったというのは嘘ではないだろう。だが、第二級(レベル3)にしては力が強すぎる。それに魔法に至ってはリヴェリア並みの魔法を扱っているのだ。ありえない、つい最近まで同じファミリアに居たアレックスについて、グレースが知る限りでは『調子づいた馬鹿』『実力はある』『格闘技しかできない』という感じであり、決して魔法が使えるタイプではなかった。

 

 疑問を浮かべつつも瓦礫の中から這い出し、自身の体にまとわりつく炎を叩き消す。他の冒険者や一般人が消そうと躍起になって転がりまわっても消えない炎が、グレースの手で簡単に払い消せる事に疑問を覚えるが、魔法で生み出された代物に物理法則を当てはめても無駄かと、再度アレックスの元へ向かおうと足を向け、カエデが追い付いてきたのに気付いて片手を挙げた。

 

「カエデ、無事だったのね。あの阿保は?」

「アレックスさんは追ってきてないです。怪我は?」

「あー右手が使い物にならないかも。あと、あ、剣がないわ」

 

 右手で握りしめていたはずの長剣がなくなっているのに気づいて溜息を零したグレースに対し、カエデが首を横に振った。

 

「グレースさん、もう戦わない方がいいんじゃ」

「あん? 逃げろっていうの? 冗談じゃない。ぶっ潰すわ」

 

 苛立ち交じりにカエデを睨むグレースに対し、カエデはゆっくりと戸惑いがちに口を開いた。

 

「アレックスさんが……『烈火の呼氣』を使ってました」

「あん? 烈火の……それって、あんたが使ってたアレ? 嘘でしょ」

 

 カエデがあの時アレックスに感じた感覚。深く呼吸をし、胸の内の炉に息を吹き込むという形で炎を育て、力を全身にいきわたらせる技法。ヒヅチ・ハバリより授かったその技法を、アレックス・ガートルが使っていた様に見えた。勘違いではないかと疑ったが、アレックスの一撃は、重かった。ベートの放つ一撃に僅かに劣る程の威力を持つ一撃。ベートとの鍛錬で受け流しなんかの技術を磨いていなければあのまま潰されていただろう一撃だった。

 少なくとも第二級(レベル3)が普通の方法で出せる一撃ではない。グレースの様に怒りで力の増幅をするといったスキルでは考えづらいほどに、一瞬で力を引き上げて見せた。

 カエデも知る技法だからこそ、あの技法は『烈火の呼氣』であると断言できる。

 

 その説明を聞いたグレースは眉を顰め、溜息を零した。

 

「応援が期待できない以上、あいつをぶっ殺す以外に方法はないわ。あたしはあいつを殺す。あんたはどうすんのよ」

「どうするって……」

アレックス(あいつ)を殺すの? 殺さないの?」

 

 このまま、じわじわと炎で焼き殺されるのがいいか、あのアレックスを殺す事でこの魔法を終わらせることを選ぶか。グレースが選択を迫り、カエデは困惑した様に返した。

 

「殺さずに済む方法は」

「知らないわ。少なくともあれは生かしておいても反省なんてしないだろうし。サクッと殺すのが一番よ」

 

 聞く耳持たずなグレースの様子にカエデが怯み、首を横に振った。

 

「出来ません。ワタシは、ワタシが師から学んだ技法は、ヒヅチが教えてくれた剣は、誰かを殺す為にあるんじゃない。たとえ、どれだけ嫌いでも、剣を向け、殺すなと」

「甘ったれんじゃないわよ。じゃああんたはここで尻尾抱えて震えてなさい。あたしはあいつを殺す。手伝う手伝わないかは好きにしなさい」

 

 苛立ちのままにカエデに怒鳴り、グレースが瓦礫の中から棒状の金属、焼け落ちかけた建物の建材の一つだろう鉄製の棒を右手に握りしめ、左手にナイフを握り。互いに打ち鳴らしてからアレックスの居る方向に歩き出す。

 カエデが引き留めようと手を伸ばそうとし、グレースに睨まれて手を止めた。

 

「あんた、あいつが何処でその烈火のなんちゃらを覚えたのか気にならないの?」

「────っ!?」

 

 グレースがカエデを睨みながら発した言葉に、カエデが硬直する。

 

 気になるか気にならないかで言えば。カエデは『気になる』と即答するだろう。

 もしかしたら、ヒヅチ・ハバリへとつながる手がかりへとなるかもしれないし、自身と同じ技法を扱えるようになった経緯も気になる。アレックスと別れてから二週間と少し、それだけの短期間で『呼氣法』をモノにしたというのは目を見張る出来事だから。

 

 迷う姿を見せるカエデに対し、グレースは肩を竦めた。

 

「気になるなら、とりあえず手伝ってくんない? とどめはあたしが刺す。あんたは足止めをして。あたし一人だときつそうだし」

「…………」

「嫌ならここでまってなさい」

 

 背を向け、今度こそ話す事は何もないと行こうとするグレースに対し、カエデはぎゅっと目を瞑る。

 

 アレックスを殺すのか? とどめをグレースが刺す。たとえそうだとしても手を貸した以上、カエデも共犯者となるだろう。だからこそ迷う。

 アレックスに、その呼氣法を何処で習ったのか、誰に教えてもらったのか。聞きたい、知りたい。けれど、アレックスを殺す為に行くことはできない。

 カエデ・ハバリはヒヅチ・ハバリを師と仰ぎ、剣を学んだ。剣を学ぶ上で、扱いも学んだ。剣は容易く命を奪う。怪物も、人も、同じ様に命を奪える。もし怪物と人の区別がなくなれば、その時剣を握る者は化け物に堕ちる。

 化け物にならぬよう、人を切るな。人切りを覚えるな。それがヒヅチ・ハバリの教えである。

 

 けれど、グレースの考えもわかるのだ。

 

 この魔法を解くにはアレックスを止める必要がある。けれど、アレックスはきっと、言葉では止まってくれない。剣を以て、下すしかない。そして、アレックスは命を落とすその瞬間まで、負けを認めない。下ってくれない。ゆえに、命を奪うのが最も効率的で、唯一の方法なのだ。

 

「ワタシは……」

 

 歩みを一切止めず、炎の海を割り進むグレースの背中を見上げ、カエデは剣を握りしめた。アレックスの一撃を受け流しただけで罅が入り、砕けかけた拾い物の大剣を握り。震えながらグレースに宣言する。

 

「行きます。でも、殺しはしません。()()()()()()()

 

 殺さない。命を奪わずに、アレックスを止めてみせる。そう宣言したカエデに対し、グレースは肩越しに振り返り、カエデを睨み付けた。

 

「あんたが止めれなかったら、あたしが殺すわ。止めないでよね」

「はい、グレースさんがアレックスさんを殺す前に、ワタシが止めてみせます」

 

 グレースの目に映る苛立ちが呆れに変化し、グレースが深々と溜息を零した。

 

「あっそう、じゃあ行きましょ。せいぜい、あたしに手を汚させないでよね」

「はい、アレックスさんを止めましょう」

 

 あたしはとどめを刺す方だけどね、そう呟くグレースの隣に並び立ち、カエデはアレックスが居るであろう方向に視線を向けた。

 

 カエデは、揺らめく炎の中に、ヒヅチ・ハバリの背中を幻視した。




 全身を炎に包まれたファイアーペコラさん。

 ペコラ・カルネイロのスキルは『全ての損傷(ダメージ)を物理衝撃へ変化』と『衝撃損傷(ダメージ)の割合軽減』です。
 簡単に言うと火で焼かれようが、剣で切り裂かれようが、全てのダメージを物理衝撃ダメージに変換して、衝撃ダメージの割合軽減効果でほぼ無効化するという形。
 素の耐久も高いので炎で焼かれてる間全身をポコポコ殴られてる感覚になる程度でダメージはほぼゼロ。流石に長時間は耐えられないですがね。

 軽減率はペコラの衣装の“もこもこ度”で変化します。もこもこしてる程軽減率は高くなる。要するに金属製の鎧なんか身に着けるより、セーターみたいなもこもこした衣類を着てる方が強い。炎に弱くなるので、当然ですが火にたいする耐性を持つ素材を使用したもこもこのセーターを身に着けてます。

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