生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

97 / 130
『あのヒューマンの男、殺し損ねたのう。まあ、あの傷では助からんじゃろ』

『おんやぁ? 逃がしたんですかぁ? あの()()()()()()がぁ? ただの()()()()をぉ?』

『黙れクトゥグアっ! それ以上余計な口を聞けば殺す』

『おお怖い怖い。だけれどもがな? 俺を殺すと困るのはそっちだろうに。寿命の限界ギリギリまで生きてるんだから無茶しなさんなや』

『……神々を殺し尽くしたら、最期にはお前も殺す』

『構わんよ。ナイアルが悔し泣きしてる姿が見れれば俺はそれでいいしな』

『ヌシ等は何を言い争っておるのだ……』

『何を他人事のように、あの神の下僕に手紙なんぞ託しおって……アマネッ! 貴様は今まで何をしていたっ!』

『…………手紙? ワシはそんなもん知らんが? はて……?』

『惚けるなっ!!』

『すまん、本当に覚えが無い。何のことだ?』

『まぁ落ち着けよ。こいつマジで覚えてないっぽいぞ? 嘘言ってないし』


『血濡れの手紙』

 『騒動の引き金、引き起こされたオラリオの惨劇』

 【ナイアル・ファミリア】の冒険者【強襲虎爪】アレックス・ガートルによるオラリオ西のメインストリート上で行われた魔法行使の被害者数は二百名を超え、現在でも行方不明者が数十名は残る。

 加害者であるアレックス・ガートルは、居合わせた【ロキ・ファミリア】の冒険者【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリ、及びに【激昂】グレース・クラウトスの両名によって鎮圧行動が行われるも、戦闘中に加害者自身の放った魔法によって焼き尽くされて死亡した模様。

 

 今回起きた事件について、【ナイアル・ファミリア】主神の神ナイアルは以下の通りの証言を行った。

 

『アレックスを制御しきれなかった事については深く反省しています。ついては()()()()()()()()()止めてくれた【ロキ・ファミリア】の冒険者、【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリ、およびに【激昂】グレース・クラウトス両名には多大な感謝を。オラリオの皆さまに迷惑をおかけしたことを此処にお詫び申し上げましょう。つきましてはわたくし、ナイアルは此度の被害総額五百万ヴァリスを我がファミリアの貯蓄より補償致します。本拠の売却、及びにオラリオ追放を持ちまして皆さまへの謝罪とさせて頂きます』

 

 以上の発言の後、ギルドに対し被害額五百万ヴァリスと、復興資金四百万ヴァリスを提供したのちにオラリオを去っていった模様。神会を開き、ナイアルの責任を追及すべきとの声が上がったものの、既にナイアルはオラリオを立った後である上、ギルドの表の責任者であるロイマン・マルディール氏が独自に承認を行った事で『冒険者ギルド』の裁定にて【ナイアル・ファミリア】のオラリオ追放は決定済みとされており、今回のナイアルの呼び戻しに『ギルド』は応じない姿勢を示している。

 

 我々【トート・ファミリア】の独自調査の結果、マルディール氏は神ナイアルより内密に資金提供を受けている事を掴んだ。この件に関してマルディール氏は『事実無根』であると()()()()()()、これ以上の追及はギルドに対する反逆であると脅しをしかけてきた。

 真実をあるがままに、面白おかしく皆に伝える。それが我々【トート・ファミリア】の指針である以上、この件に関してはより深く掘り下げていきたいと考えている。

 今後の展望に期待されたし。

 

 

 

 

 テーブルに置かれた紙切れをグシャリと握り潰し、ロキが大きく舌打ちを零す。

 ロキの私室に集まったフィン、リヴェリア、ガレスはロキの舌打ちを聞き、フィンが眉間をもみ、リヴェリアが腕を組む。ガレスは眉を顰め、口を開いた。

 

「まあ落ち着けロキ」

「落ち着けやと? あの邪神、カエデに囁くだけ囁いてさっさととんずらこきおったんやぞ? 今は落ち着いとるからええけど、今後カエデたんに何かあったらナイアル八つ裂きにせな気が済まんわ」

 

 ロキの怒りの言葉を聞き、リヴェリアが眉を顰めた。

 

「確かに、あの場において神ナイアルの仕出かした事は許せない」

 

 あの場、アレックス・ガートルの暴走によって発生した魔法の炎。その炎に包まれた西のメインストリートにて起きた一件についてだ。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が避難誘導をし、街の住人を避難させる横でロキが神ナイアルを問い詰めているさ中、唐突にナイアルは『もう大丈夫みたいですね』と発言し、()()()()()()()()()()()

 その馬鹿げた行動にロキが驚いている間にも、ナイアルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 呆然と見送ってから、炎が無力化されている。というよりは()()()()()()()()()()()()()()()()に気付いたロキがナイアルを追おうとするも、リヴェリアがロキ一人では危険だと止めた。

 そうしている間にも炎が徐々に弱まり、完全に火が消えて黒煙立ち昇るのみとなった段階でようやくロキはナイアルを追う事が出来た。

 ロキがナイアルに追いついた頃には、カエデが膝を突いて『ワタシは殺してないっ』と泣き叫ぶ横でグレースが『その口を閉じろぉっ』とナイアルを強く睨み付けているという光景が広がっていた。

 

 ナイアルはその場でこう言い放ったのだ。

 

『カエデ・ハバリ、貴女に最上級の感謝を。()()()()()()()()()()()()ありがとうございます』と

 

 ナイアルという神は、邪神である。その言葉は眷属にとって毒であり、下手に耳を貸せば狂気を埋め込まれてしまう。狂気の欠片を埋め込まれた団員は【ナイアル・ファミリア】の眷属たちの様に最終的に狂ってしまう。

 あの場で、カエデに狂気の欠片が埋め込まれた。そうでありながら、ナイアルはカエデに囁こうとしたのだ。

 狂気を埋め込むだけに留まらず、その狂気をその場で発芽させようとした。ロキが止めなければ、カエデはあの場で狂わされていただろう。当然、ロキはナイアルを殺す積りだったのだ。

 

 そうであるにもかかわらず、ナイアルは悠々とオラリオを後にした。

 

 その場でナイアルが【ガネーシャ・ファミリア】の団員に参考人として拘束され、その後ギルドに拘留される事が決まり、ロキが手出しできないと苛立っている間に、ギルドの管理をしていたロイマン・マルディールがナイアルから個人的な()()を受け取る事でナイアル追放処分をギルド公認の措置として認めた為である。

 結果、ギルドが用意した馬車で神ナイアルは唯一の眷属であったアルスフェアと共にオラリオを去った。

 

 その事が発覚したのが事件発生から一週間経ったつい先ほどである。ギルドに何度も『ナイアルを引き渡せ』と要求していたにも関わらず『取り調べ中の為、引き渡す事は出来ない』という定型文を一週間聞かされてからの事の発覚により、ロキの怒りは最高潮に達している。

 【酒乱群狼(スォーム・アジテイター)】ホオヅキの様にギルドのエントランスを滅茶苦茶にしてやろうかとも考え、実際に団員の何人かを集めて実行に移す寸前でフィンとリヴェリアが止めたのだ。

 

「まあ、カエデの狂気は既に払い除けたって話だろう? 今は他にも話し合う事が多すぎる」

 

 フィンがテーブルの上に乗せたのは今回の深層遠征における被害や情報などをまとめた物。カエデ・ハバリの第三級(レベル2)から第二級(レベル3)への器の昇格(ランクアップ)に関する書類。それから()()()()()()

 

「深層遠征については、次回の準備についてまとめるぐらいだけれど」

 

 深層遠征については次回の準備、いつ行うか等の予定立てを行うのみ。現在は【ロキ・ファミリア】の『深層遠征』における初の死者の発生により浮足立っている現状の為、次の遠征については見送りが決定している。

 その他の問題、カエデ・ハバリが第三級(レベル2)から第二級(レベル3)への器の昇格(ランクアップ)をした事。それと同時にカエデの使用した魔法がアレックス同様の()()()()であった事。

 初めての新種の魔法がテロ行為に使用された事もあり『領域魔法』についてはあまり良い印象はない。とはいえ新種の魔法という事でギルドからは『最低限の情報の提供を求む』といった要請が来ている。

 

「ギルドからの要請は無視や無視、ウチの頼み無視しとったんや。無視されんのも理解しとるやろ」

 

 それにナイアルがペラペラ情報は零しただろうから、自身の可愛い眷属(こども)であるカエデの魔法について話す等という事はしない。ナイアルが勝手に『カエデ・ハバリも領域魔法を習得しています』等と発言し、カエデの情報をギルドに漏らしたことを思い出してロキが憤り、【トート・ファミリア】の発行している新聞をぐちゃぐちゃに握り潰すだけに飽き足らず、びりびりに破り捨て始める。

 困った様にフィンが破れた新聞の一切れに手を伸ばし、呟く。

 

「アレックス、か」

「…………フィン?」

 

 リヴェリアがフィンを伺えば、フィンは首を横に振ってから顔を上げた。

 

「アレックスはもう僕達とは無関係だ。彼は、【ナイアル・ファミリア】の眷属だからね」

 

 元【ロキ・ファミリア】の眷属。どういった流れを辿り【ナイアル・ファミリア】に流れ着いたのかはわからないが、既に【ナイアル・ファミリア】の眷属として行動していた。故に、無関係であると断じ、ロキを伺う。

 ロキは口元を引き結んだ後、深々と溜息を零し、肩を竦める。

 

「アレックスはええ。カエデに余計な傷残して死におったんは迷惑千万やけど、死んだ奴にこれ以上なんか言うてもしゃーないし」

 

 とはいえ、アレックスの死がカエデに与えた影響は大きい。ここ何日か、カエデは周りの制止を振り切ってダンジョンに入り浸り、片っ端からモンスターを斬り伏せて回っている。

 器の昇格(ランクアップ)で寿命が延びた事を喜ぶでもなく、ただ『ダンジョンに行ってきます』とだけ言って一人でダンジョンに潜ったのだ。その後も何度も一人でダンジョンに潜り、時折怪我をして這いずる様に地上に帰還してくるという事をしでかしている。

 カエデのステイタスもここ五日で敏捷Cにまで駆け上がるわ。発展アビリティの《剣士》が初期のIからGにまで上がっているわ。カエデの跳躍するようなステイタスの伸びも著しい。とはいえアイズの様にダンジョンに篭り気味になり始めているのでどうにかしなくてはならない。

 

「カエデは、今日は流石にダンジョンには行ってないだろう」

「ティオナにはカエデがダンジョンに行こうとしたら止める様にお願いしたけど」

 

 深々と溜息を零すガレスの姿を見て、リヴェリアとフィンもつられて溜息を零す。

 

「ベートの方は、何か言っていたか?」

「……あー、あの日からなーんも。カエデと関わる事もせぇへん」

 

 あの日、ベートはティオナ、ティオネと共にダンジョンに潜っていた。休息を言い渡されたはずなのにダンジョンに潜っていたアイズ・ヴァレンシュタインを探す為である。

 ベートが地上に戻ってくれば、焼け焦げた匂いが街中に漂っており、何事かとファミリアへ帰還してきた所で今回の件について聞いた。ベートの反応は、至っていつも通りと言えばそうであった。

 まずアレックスについては『……誰だそいつ』と眉を顰めていた。

 

 そして殺しを拒み、最期まで手を伸ばそうとしたカエデに対しては……。

 

『それでテメェが死んでも良いのか』

『それでも、殺すのは……』

『そうかよ、だったら、俺に近づくんじゃねぇ。不愉快だ』

『っ! ベートさ──

『近づくなつったのが聞こえなかったのかよ』

 

 苛立ちに満ちたベートが、カエデを突き放した。

 アレックスの一件のあった次の日、カエデとベートの鍛錬のさ中にベートがキレた。『妙な手加減すんな』と、それは結果的にアレックスを死なせてしまったカエデがほぼ無意識に行っていた加減だ。今までは、ベートなら大丈夫という安心感を持って()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、アレックスの死後は()()()()()()()()()()()()とどこかストッパーがかかり、攻撃の手が緩む。

 それがベートの目にとまった。其処から口論、一方的にベートがカエデを貶し、ベートはその日以降カエデを無視し始めたのだ。無視されたカエデの方はダンジョンに篭り、ベートも同様にダンジョンに潜る。

 この問題については、カエデが自己解決する他無い。それとなくカウンセリングの真似事をリヴェリアやフィンがしているが、ペコラが夜に付きっ切りになっているので安定はしてきている。

 結局、アレックスが死んだのはカエデの所為であるという考えは抜けきらない様子であるが。

 

「で、問題はこの手紙か」

「…………ディアン・オーグが届けてくれた手紙、なぁ」

 

 テーブルの上に乗せられた書類やびりびりに破れた新聞等を差し置いて、一際存在感を放っている物。血に塗れた手紙、それに手を伸ばし、ロキは悲し気に呟いた。

 

「なんでディアンは狙われたんやろな」

「……運が悪かったとしか言えないかな」

 

 深層遠征から帰還したその日の晩。夕食の席を終えて自室でくつろいでいたロキの元を訪れたディアン・オーグという少年は、まっすぐにロキを見つめ言い放った。『ファミリアを抜けたい』と。

 いくつか言葉を交わし、ロキはディアンの意見が変わらないと理解してファミリアを抜ける許可をした。

 即日に出て行かずとも、次のファミリアが見つかるまで部屋は自由に使っていいと許可したにも関わらず、一晩の内に荷物を纏め、次の日の朝早くにギルドで『行商馬車の護衛依頼』を受けてそのままオラリオを立つと言い、彼はファミリアを後にした。

 立つ鳥跡を濁さず。部屋は綺麗に片づけられ、最低限の荷物以外は全て路銀に変えられ。思い出深い武具を纏い出て行ったディアンは、その日の内に護衛依頼のさ中、何者かに襲撃を受け死亡した。

 

 正確に言うなれば、致命傷を負い馬にしがみついた状態でオラリオの門まで帰還し、門番を務めていた人物に『ロキに渡してくれ』と血塗れの手紙を手渡して息を引き取った。

 ロキがその事を知ったのは三日前。オラリオで起きたアレックスの事件の方にかかり切りであり、ディアンの死を伝えられて初めていつの間にかディアンに授けた恩恵が途切れている事に気が付いたぐらいなのだ。

 

 ロキが手紙に手を伸ばし、その血に濡れて渇いたそれを見る。

 

 血に浸され、乾ききり、黒く変色した血の所為で宛名の部分しか読めない手紙。中身がどうなっているのかも確かめようのない程に、血に塗れてしまっている。

 ロキが目を細めてから、手紙をリヴェリアに差し出した。

 

「すまん、ウチじゃ破ってしまいそうや」

「……一応、やってみるが期待はするな」

 

 一言添えてからリヴェリアが慎重に手紙の封を切り、中身の便せんを取り出そうとしている。

 その様子をフィンが見ながらも、宛名の部分を見て呟いた。

 

「神ロキへ、か。差出人はわからない、だったかな」

「せや。差出人の部分は血がべぇーっとりついとって判別できへん」

 

 ディアンが致命傷を負いながらもオラリオに送り届けた手紙。普通に考えるのなら、差出人はディアン本人であろう。だが、ディアンの性格を知る者からすれば不思議でならない代物である。

 

「……ディアン、読みは出来るけど書きの方はアウトやったしなぁ」

 

 田舎の出身であったディアン・オーグという凡庸な冒険者の少年は、読みは出来るが、書きの方は自分の名前を書けるのみであり、『神ロキへ』等といった事までは書けないはずである。

 故に、ディアンにこの手紙を渡したのはディアン以外の人物である。とはいえ、血塗れになってしまっている手紙に何が書かれているのかわからない限りは何とも言いようがない。

 もしかしたら、ディアンの仇討に繋がる手がかりになるかもしれない。そう考えてこの手紙を受け取ったのだが、ここ最近の忙しさゆえに後回しになっていたのだ。

 

 リヴェリアが軽く吐息を零し、取り出した便せんをロキに手渡す。角の部分が少し破れてしまっているが、凡そ文字の書かれているであろう部分が無事な便せん。その便せんを受け取り、ロキは深々と溜息を零した。

 

「あかん、何が書かれとるかさっぱりや」

「……これは、まあ想像通りだったね」

 

 べっとりと染みついた血が黒く変色し、中に書かれていたであろう内容の大半を塗り潰している便せんを手に、ロキは読み取れる部分が無いかを目を細めて確認しはじめる。

 ガレスが期待外れかと紅茶に手を伸ばそうとしたところで、ロキが目を剥いて呟いた。

 

「『赤い髪の』『近づけ』『殺せ』」

「……ロキ?」

「ここんとこ、汚れとるけどギリギリそう読めなくはないで」

 

 ロキの呟きに反応し、リヴェリアとフィンが揃って便せんを覗き込めば、確かにロキの指摘通り、その文字が書かれている。リヴェリアが目を細めて『確かに』と呟き。フィンが『見た事が無い文字だね』と呟いた。

 

「こりゃ極東の方の文字やな」

「ああ、昔に見た事がある。極東の、主に狐人(ルナール)狸人(ラクーン)の使っていた古代文字だったと思う」

 

 共通語(コイネー)ではない極東の、ごく一部地域でかつて使われていた古びた文字。その内容を目にしたロキはさらに深く溜息を零し、紅茶に手を伸ばした。

 

「わけわからんわ。何が言いたいねん」

 

 手紙の表に書かれた共通語(コイネー)の『神ロキへ』という文字。そして中身の極東の古い文字で描かれた内容。興味を持って調べていなければわかりっこない内容である上、支離滅裂ともいえる内容である。

 

「他に読み取るのは……難しそうだな」

「せやなー……しゃーないから【トート・ファミリア】に解析にだすかぁ」

 

 情報系ファミリアである【トート・ファミリア】であれば、このように血で濡れて汚れた手紙から内容を読み取るといった事も出来るだろうとロキが便せんを摘まみとり、リヴェリアに渡す。

 リヴェリアがそれを丁重に受け取り、破れない様に箱に納めて目を細める。

 

「オラリオの外も、中も、今は滅茶苦茶だな」

「せやな」

「そうだね」

「そうだのう」

 

 肯定の言葉を零す三人の言葉を聞き、リヴェリアは目を細めた。

 

「今日はカエデはグレースと共に行動しているはずだが、大丈夫だろうか」

「ティオナも一緒に居るんやし、流石に今日はダンジョン行かんやろ」

 

 だと良いがな、ガレスの呟きを聞き、ロキとリヴェリアが眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 寒々しい雰囲気の中、カエデは花束を手に墓地の中をうろうろと歩き回っていた。

 探しているのは、アレックスの墓。せめて、花を手向けようと共同墓地を訪れ、最近の死者の名が刻まれた墓石にアレックスの名が無い事に気が付いてうろうろと探し回っているさ中である。

 そんなカエデの後姿を眺めつつ、グレースは同じくカエデの後ろをついて歩いていたティオナ・ヒリュテに声をかけた。

 

「アレックスの墓ってさ、何処にある訳?」

「うーん、罪人墓地の所、じゃないかなぁ」

 

 一般人や冒険者の墓が立ち並ぶ、共同墓地にはないのではないかとティオナが呟けば。グレースはその通りかと納得と共に、カエデの背中に声をかけた。

 

「カエデ、アレックスの墓、此処にないっぽいから別の場所行きましょ」

「……何処にあるんですか?」

「罪人墓地らしいわ。……罪人墓地ってどこ?」

 

 カエデの質問に答えたはいいモノの、何処にあるかまで知らずにティオナに問いかければティオナも首をかしげる。

 

「いや、そういう罪人用の墓地があるとは聞いたけど、何処にあるかまではわかんないや」

 

 罪人を弔うといった事をした事が無い上、わざわざ罪人となった者に花を手向けようとする物好きも殆ど居ないが為にそういう場所があると囁かれるのみ。場所を知るのはギルドのごく一部の関係者のみであろう。

 

「あんたさ、器の昇格(ランクアップ)第二級(レベル3)になったんだから、もっと喜びなさいよ。あんなのの事なんて忘れてさ」

「……アレックスさん、についてですか」

「そうよ。あれは、あいつが勝手に死んだだけ。だからあんたは何も────

「『偉業の欠片』を手に入れたのに?」

 

 寒々しい風が吹く、墓標立ち並ぶ墓場に立つ白毛の狼人の少女。彼女の言葉を聞きグレースが思いっきり眉を顰める。

 あの日、アレックスが死んだのは誰が悪いのか。それに対してグレースは迷わずあの馬鹿(アレックス)が悪いと答える。それ以外に答え等持ち合わせてはいない。

 だが、カエデはあの日の事について『自分が悪い』と考えている。あの日、アレックスに攻撃を繰り出さなければ。

 よく考えれば、『呼氣乱し』という技の危険性に気付けたはずだ。『呼氣法』の基礎を学んでいなければ、乱れた呼氣を戻せずに死に至ると考えが至ったはずだ。考えが浅すぎた、あの一撃がアレックスを死に追いやったのだと。

 それを更に裏付ける様に、『偉業の欠片』を入手してしまった事。結果として第二級(レベル3)への器の昇格(ランクアップ)に至った。記録をぶっちぎり、約一か月での器の昇格(ランクアップ)

 嬉しさ以上に、あの一撃はそれほどの意味を持っていたのだとカエデが考えたのだ。

 

「それはー、偉業の欠片はしょうがないでしょ」

 

 『偉業の欠片』も『偉業の証』も、どちらも()()()()()()()()()()()()()()で手に入れるものだ。その内容に善悪はなく、あるのは()()()()()()()()()()だけである。

 カエデの神がかった受け流し技術が認められた。少なくともグレースはそう考えている。

 自身よりもレベル2つ分上の力を振るうアレックスに対し、カエデはほぼ無傷で三度の攻撃を受け流していた。それが『偉業の欠片』相当に認められたのだと。

 故にアレックスを死に追いやったことは関係ない。そう何度も口にしたにもかかわらず、カエデはそれを認めようとしない。

 

「まぁまぁ、とりあえずクレープでも食べようよ。なんならじゃが丸くんでもいいよ」

「ティオナさん……まぁいいか。とりあえず帰りましょ。アレックスの墓に花を手向けても良い事ないでしょ」

「……行くなら、二人だけで行ってください」

 

 せめて花を手向けたい。そう口にして歩き出したカエデの背中を眺め、グレースが溜息を零し。ティオナは何も言わずにカエデの後を追った。

 

 

 

 

 

 苛立ちをモンスターにぶつける。蝙蝠型のモンスターが何匹も天井付近を舞う中、アイズ・ヴァレンシュタインと共にベート・ローガはただ只管にモンスターを狩りつくさんとしていた。

 あの日、深層遠征のさ中に起きた出来事。脳裏に描かれたあの場の出来事を忘れたいと、ただ只管に蹴りでモンスターを殺す。殺して、殺し尽くす。

 

 忘れない。忘れもしない、忘れられない日となった。積み上がった後悔の上に、さらに一つ出来事が重なった。たったそれだけ。

 あの日、引き返すべきだったか? 否だ。引き返すなんて軟弱な選択を繰り返していては、永遠に前には進めない。

 あの日、本当に仲間を救えなかったのか? 否だ。もっと強ければだれ一人死なせる事はなかったはずだ。

 本当にそうか。強ければ、誰一人犠牲を出さずにあの場を乗り越えられたか。

 

 否だ。自分一人強くても、守るべき対象が最低限身を守ってくれなければ、()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

 目の前に迫った牙。考え事に気を取られていたせいか蝙蝠型モンスター、『ライダーバット』の牙が頬をかすめて行った。即座に首を捻ったからこそ掠めただけで済んだが、頬を流れる血の感触に舌打ちし、自身に傷をつけた個体を目で追えば、アイズが斬り捨てている光景が目に入り、ベートは地面に降り立ってようやく動きを止めた。

 気が付けば、アイズが斬り捨てた個体が最後の一体だったらしく、夥しい量の死体が床に降り積もっている光景が残るのみ。

 肩で息をするアイズを他所に、ベートはナイフを取り出して魔石を適当に抉り取っていく。頬を流れる血の感触に舌打ちしていると、いつの間にか近づいていたアイズがベートに回復薬を差し出している。

 

「……ありがとよ」

「…………ベートさんは」

「あん?」

「今のベートさんなら、あの時、皆を守れた。んですか?」

 

 アイズの戸惑いがちの質問に対し、ベートは鼻で笑い、答える。

 

「無理だな」

「……どうして?」

「雑魚を守るなんて不可能だからだ」

 

 吐き捨てる様に言い放ち、ベートは回復薬で頬の傷を治し、魔石の回収を続ける。

 後姿を眺めていたアイズも静かに魔石を集め始め、無言で肉を裂き魔石を抉る音が響く中。ベートは取り出した魔石の一つを握り潰し、いら立ちを隠す。

 

 『誰も殺したくない』カエデはそう言った。ベートは鼻で笑ったのだ。

 ただでさえ【ハデス・ファミリア】に命を狙われているのだ。そうであるにも関わらずカエデは『人を殺したくない』等と甘ったれた事を抜かした。

 それだけなら、まだ容認できた。

 

 朝の鍛錬。カエデと行う鍛錬は、ベートにとってみればただのお遊び。最初はそんな感覚であったが、カエデの動きを見ている内に考えが変わった。

 

 カエデの一撃は()()()()

 

 他の団員との鍛錬のさ中に感じる事のない感覚だ。カエデの一撃は、油断すればベートも危うくなる一撃ばかりだ。無論、ステイタス差で圧し潰せる力量でしかない。それでも、あの技量をそのままにステイタスが追い付いてきたら、ベート・ローガではカエデ・ハバリに勝てない。

 そう理解した日から、ベートはカエデの動きを観察し、自分の動きに取り入れる様にした。そうすれば、前以上に動けるようになった。

 あの準一級(レベル4)ですら恐ろしさを感じる一撃。

 それが失われた。

 

 攻撃が当たりそうになる瞬間。当たる当たらないにかかわらず、カエデが攻撃を逸らすのだ。

 

 それとなく、本当に些細な動きで、攻撃が逸れる。ベートがあえて動きを止めた瞬間に、寸止めする様に剣が止まった時、ベートはカエデに言い放った。

 

『遊んでんのか? 鍛錬には付き合うが、遊びに付き合う気はねえ』

 

 カエデが震え、『遊んでいない』と気丈に振る舞う。その姿が、気に食わない。ふざけてんのかと怒鳴りそうになり、なんとか冷静にカエデと言葉を交わせば。

 

『人を殺したくない』

 

 あろうことか、【ハデス・ファミリア】に命を狙われているカエデがそう言った。その甘さは、その考えは、カエデの死に繋がる。考えを変えさせようと言葉を交わそうとし、それが不可能だと悟った。

 カエデ・ハバリの頑固さは、ベートも良く知っている。知っているからこそ、言葉では変わらないと理解し、カエデから距離をとった。居ない者として扱う。

 

 だから、ベート・ローガは言ってやったのだ。

 

『人殺しは嫌だなんて甘ったれた事言ってんだったら。巣に引っ込んでろ。二度と出てくるんじゃねえ』

 

 あのままだと、カエデ・ハバリは碌な抵抗も出来ずに命を落とす。気に食わない。モンスター相手なら、死にはしないだろう。けれど、カエデを狙うのはモンスターだけではない。冒険者となった以上、【ロキ・ファミリア】の眷属となった以上、他ファミリアの冒険者と刃を重ねる事もあるだろう。

 

「けっ、頑固過ぎんだろ」

「何か言いましたか」

「なんでもねえ。それより魔石は全部集まったか?」

 

 袋一杯に集まった魔石を見て、ベートは目を細めて呟く。

 

「【ハデス・ファミリア】か」

 

 見つけ出して潰してしまえば、後顧の憂いは断てるだろう。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。