生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

99 / 130
『ふむ? ロキの所から依頼? 手紙の解析?』

『…………出来そうか?』

『出来なくはない。だがやりたくはないな』

『だろうな』

『トート、誰が好き好んで血濡れの手紙の解析なんてしたがる? というか呪われてたりしないだろうな』

『呪われてはいないが私も嫌だ。だが、受けてしまったのだ。頼むアレイスターよ』

『勘弁してくれないか……?』



『人形』

 雑多な人々が思い思いの日常を描くオラリオの街並み。石畳の上を軽快なステップを踏みながら進む羊人(ムートン)の女性に手を引かれる幼い狼人(ウェアウルフ)の少女。二人の姿を見る人々の視線に含まれる様々な感情を感じ取り、耳も尻尾も垂れ下がり、小さな体をより縮こまらせる狼人(ウェアウルフ)の姿に、後ろを歩き続いていたハイエルフの女性は吐息を零した。

 

 ハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴはフィンから聞いていたオラリオにおける【ロキ・ファミリア】及びにペコラ・カルネイロ、カエデ・ハバリの評価が嘘偽りないものであった事に落胆の吐息を零し、前を見据える。

 ペコラに誘われてオラリオの街中を半ば強引に引っ張りまわされているカエデの姿。全くもって楽し気とは言えない雰囲気を身にまとい、囁かれる言葉の数々に身を震わせる。

 いっそのこと、ダンジョンに潜っている方が平穏であると言える状態に苛立ちも募るとリヴェリアが再度吐息を零しそうになったところで、ペコラが目的の店を見つけたのかカエデの手を引いて入っていく姿が確認できたため、リヴェリアは目を細めてその店の看板を眺めた。

 

 石材や煉瓦を使った建造物が一般的なオラリオの街中において、()()()な雰囲気を醸し出している木造の建造物。【恵比寿・ファミリア】の支店の一つである店舗。中に見受けられるのは雑多に置かれた品物の数々。

 暖簾をくぐり店に入ったリヴェリアは入った瞬間に目に入ってきた人物に眉を顰める。それに気づいた店主らしき老いた狸人(ラクーン)は咥えていた楊枝を手に取り、リヴェリアの方へ突き付ける。

 

「よぉ。ハイエルフさんや。何時もの茶葉か? 悪いが今は品切れでな」

 

 リヴェリアの前で、けだるそうに杖を手に立ち上がったその狸人(ラクーン)。【恵比寿・ファミリア】の団長であり、【八相縁起】という二つ名が有名な彼は、よく茶葉や茶菓子の類を注文するリヴェリアの事を『ハイエルフさん』と呼ぶ。そんな知り合いである彼は、ギシギシと軋む音を立てて立ち上がり、杖に凭れ掛かりつつもリヴェリアの前に立った。

 リヴェリアより頭一つ分低い背丈。両足は義足となっており、正常な頃と比べて背丈は低くなっている。元よりリヴェリアより長身であった訳ではないので変わりはないが。

 

「今日は別件だ。ペコラとカエデが入ってきたはずだが」

「あぁ、あの噂の」

 

 狸人(ラクーン)の男は目を細め、深々と溜息を零してから手で店の奥を指し示す。

 

「あっちの方の雑貨類を見てるだろうよ」

「そうか。感謝する。……一つ、聞いても良いか?」

 

 リヴェリアの言葉に片眉を上げ、【八相縁起】は口を開いた。

 

「噂についてだろう? 【トート・ファミリア】の新聞にも載ってたが。相当らしいな」

 

 【ロキ・ファミリア】に対する不平不満。いつの間にか【ナイアル・ファミリア】に向かうべき矛先が逸らされて降り注ぐ姿に憐れみを覚えたのか肩を竦め、【八相縁起】は頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 店の中は棚で埋め尽くされ、その棚には雑多に収められた商品の数々が見て取れる。短剣や長剣、斧や槍、軽装鎧や重装鎧まで武具類も品揃えこそ【ヘファイストス・ファミリア】の支店に劣るものの武具類も数多置かれている。

 そんな中、カエデが真っ先に手を伸ばしたのは樽に無造作に入れられた大剣類である。今日の目的が頭の片隅にちらつくのを意図的に無視してその大剣の品質を見極めようと光に翳す。

 そんなカエデの頭にペコラが無造作に手刀を落とし、呆れ顔でカエデの手から大剣を奪い去りつつ口を開いた。

 

「今日は女の子らしい小物を見に来たのであって、こんな物騒な物は触っちゃダメです」

 

 『めっ』と可愛らしくカエデに注意するペコラの様子に、カエデがそれとなく視線を逸らす。

 可愛らしい小物を買う。そんな目的で訪れた【恵比寿・ファミリア】の支店の一つ。カエデの目に映るのはペコラが差し出してきた小物の類。

 キメ細やかなレースの編み物がリボンの様に連なるカチューシャを差し出され、カエデはそれを見て呟く。

 

「頭にこういうものはつけたくないです」

「……なんでですか? 可愛らしいじゃないですか」

 

 違和感がある。何よりも耳の動きに干渉してくる。煩わしさを嫌うカエデらしい言葉にペコラが眉を顰める。うんうんと唸りだし、即座に別の小物に手を伸ばしてカエデに見せるも、カエデの反応は芳しくない。

 次々とカエデの前に差し出されるのは、可愛らしい装飾のなされたバッグ、レースの編み込みの美しいリボン、小物を収めておけるガラス細工の小箱。どの小物を見ても、カエデは首をかしげるばかり。

 流石にペコラもカエデの反応に困惑しはじめた頃になった頃、リヴェリアが追い付いてきた。

 難しい表情を浮かべながら近づいてくるリヴェリアにカエデが首をかしげるが、リヴェリアはなんでもないと誤魔化し、即座にペコラの表情に気付いて口を開いた。

 

「どうした。なにかあったのか?」

「なんていうか、カエデちゃんは女の子として死んでる気がするのです」

「……?」

 

 首を傾げるリヴェリアの前、なんで『死んでる』等と言われなければならないのかと眉を顰めているカエデの前に、ペコラがバッグを突き付けた。

 ちょっとした物を収めて持ち運ぶ程度なら十分な小さなバッグ。可愛らしいハートマークの装飾のなされたそのバッグを前に、カエデが首を傾げる。唐突に差し出されてもとカエデがペコラを伺えば、ペコラは呆れ顔で質問を飛ばす。

 

「これ、どう思いますか?」

 

 リヴェリアの方にもそれとなく視線を向けて問いかけるペコラの様子にリヴェリアは目を細める。

 薄い桃色のバッグであり、装飾も見事と言える。ハートマークという少女染みた雰囲気はリヴェリアの様な女性には合わないだろうが、カエデの様な幼い少女にはよく似合うだろう。独特の幼い雰囲気を持つペコラにも似合うに違いない。リヴェリアが内心そんな考えをする中。カエデの口から飛び出した言葉に頭痛を覚えて額に手を当てた。

 

「こんな小さな鞄じゃ短剣も入れれないです。買うならこっちの方が良いです。丈夫そうですし、投げナイフも取り出しやすそうで、回復薬の保護用の緩衝材も入ってて……これ買っちゃだめですか?」

 

 カエデが棚から手に取ったのは冒険者向けの飾り気の一切感じられない革製の背負い鞄。ついでに腰のベルト類にも目を通してナイフポーチ類の方にまで視線を向けている。

 実際、カエデの言った通りだろう。ペコラの示すバッグでは、まともに回復薬もナイフも持ち運べない。だが、今回求めているのは女の子らしい小物であって、冒険者向けの武骨な道具類ではない。

 

「カエデ……、可愛いとは思わないか?」

 

 リヴェリアの問いかけにカエデが首を傾げる。それを見たリヴェリアが頭痛を堪える様に頭を振り、ペコラの方を見た。視線が合ったペコラは眉を顰めつつも硝子細工の施された小箱をカエデに見せる。

 

「どうですか?」

「……? すぐ壊れちゃいそうです」

 

 違うそうじゃない。ペコラとリヴェリアが二人同時に頭を抱え、カエデが意味がわからないと首を傾げた。

 カエデの目に映るのは過剰な装飾の施された、非常に脆そうな品物の数々。他にも様々な()()()()()()雑貨があるが、それらを見たカエデの感想は『なくても困らないですよね?』である。

 実際、ペコラの指し示す小箱や小物類は無かった所で死にはしない。処か邪魔にしかならない装飾まで施されている様に感じられ、値段も相応に高い。言ってしまえばカエデの理解の外側にある様な品物ばかり。

 ()()()とは何か。いまいちよくわからないと首を傾げるカエデに対し、ペコラが其処らから人形をとってカエデに手渡した。

 

「ほら、この兎の人形。可愛くないですか?」

 

 手渡されたのは真っ白な毛に、赤いくりくりとした瞳。ピンと立った長い耳にふわふわとした尻尾。人気商品なのかいくつも同じ物が棚に置かれているのを見たカエデが嫌そうに人形をペコラに返した。

 

「こんなもの欲しがるんですか?」

 

 カエデの脳裏に浮かんだのは石から削り出した様な見た目の天然武装(ネイチャーウェポン)である片手斧を手に、キィキィと言う耳障りな叫びを上げながら殺意に満ちた瞳を向けてくる迷宮の怪物。アルミラージの姿であった。

 角が無い等の多少の違いはあれど、ペコラの手渡してきた其れはアルミラージに良く似ていた。

 到底理解できないとカエデが眉を顰めるのに対し、ペコラが顔を引き攣らせ、リヴェリアが溜息を零す。

 

「本気で言ってます?」

「だって殺しにかかってくるんですよ?」

 

 カエデの言葉にペコラがもう一度人形を眺め、目を細めて溜息を零した。

 ダンジョン内のモンスターの中では、アルミラージはそこそこ人気のあるモンスターである。可愛らしい外見から女性冒険者の大半が『仲良くできたらなぁ』という思いを抱く。とはいえモンスターはモンスター、冒険者に殺意を向け、殺しにかかってくる想像しか出来ない姿に好感を抱くのは不可能というものだ。

 カエデの知る世間一般で言われる『可愛らしい容姿を持つ兎』は『殺意に満ちたモンスター』でしかない。

 

 そこでリヴェリアが気付く。カエデの考え方や思考の構築を読み取り、目を細める。

 誰しもがアルミラージを眼にすれば『可愛い』と感じるだろう。それは『兎』という生き物と同じ容姿をしているからに外ならないのだ。

 

 普通の人であれば、兎と言われて何を思い浮かべるか。野山を駆ける小さな体躯を持つ小動物。その姿は人によっては癒しを感じられるであろう。一部の人は店先に並べられた兎肉を想像するか。

 猟師であれば、兎と聞けば『獲物』と言うだろう。幼い頃よりそういった思考をしていれば、自然とそれが当たり前となる。

 

 カエデの身の上からして、兎とは時折森の中で仕留めて夕食として食す()()であり、兎の姿を見れば迷わず弓を片手に追い掛け回すのが普通であった。

 カエデの言う『兎』とは決して可愛い等と愛でるモノではなく、弓で追い掛け回す食材。その程度の価値しか見出していない。そこにダンジョンでモンスターとして兎の姿をしたアルミラージと出会ったのだ。

 元が『ただの食材』であった其処に加わった『凶悪な怪物』という印象はカエデの中から『兎=可愛い』という考えを悉く駆逐していったのだろう。

 

 であるならば、とリヴェリアが別の人形に手を伸ばす。ペコラが兎の人形を手に固まっているさ中、リヴェリアが棚から手にとったのは『猫』と『犬』の人形。一般的に愛玩動物としても、良き隣人として人と共に歩んできた生き物を模した人形。流石にこれであればカエデも良い反応が出てくるだろうとリヴェリアがカエデに人形を差し出した。

 

「これはどうだ」

「…………? はい」

 

 カエデが戸惑いがちに受け取り、犬の人形を見て盛大に眉を顰め、猫の人形の方に反応は示さず、カエデは渡された人形を手にリヴェリアを見上げた。

 

「どう、とは?」

「……可愛さ、を感じるか?」

 

 リヴェリアの質問に対し、カエデが少し考えこみ、ぽつりと呟きを零した。

 

「可愛いって、何ですか?」

 

 哲学の様な質問に対し、リヴェリアが口を閉ざす。

 どう説明したものかと考えこみ、頭を振った。

 

「すまない。なんでもない」

 

 どれだけ言葉を以て『可愛いとは何か』を説明しても、カエデ自身がその感覚を知らない限りは()()()()()()()。余裕を持たせるべく女の子らしい部屋にする為に小物を買いやってきた店の中で、カエデが悩まし気に猫の人形を眺めるのを見て、ペコラとリヴェリアが顔を合わせる。

 カエデに余計な悩み事を増やしたのだとペコラが角を撫でて困った様に笑い、リヴェリアが眉を顰めて吐息を零す。

 二人の様子に気付かなかったらしいカエデが、人形を棚に戻そうとしたところでカエデは棚に置かれた物に目を引かれ、思わずといった様子で手を伸ばした。

 

「これ……」

「どうした?」

「何かありました?」

 

 カエデが手にしたのは真っ黒い箱状の物体。飾り気は一切ない、真っ黒い物体である。箱状なだけで箱ではないのか、継ぎ目が見当たらず、見ようによっては黒い石材を箱状に加工したモノにも見えるその物体を抱えたカエデの様子にペコラが首を傾げる。

 

「なんですかそれ」

 

 カエデの嫌いそうな()()()()()()にしか見えないそれに疑問を口にすれば、カエデが箱を裏返したり表面を撫でたりし始め、リヴェリアも意味がわからないとカエデの様子を眺める。

 何度かカエデが箱状の物をひっくり返したりしているさ中、【八相縁起】がギシギシと義足の軋む音を響かせて棚の影から顔を覗かせた。

 

「その箱はアレだ、狐人(ルナール)の【古代の遺物(アーティファクト)】だとよ」

「あーてぃふぁくと? それって収集家(コレクター)が集めてる物ですよね? なんでこんな所に?」

 

 【古代の遺物(アーティファクト)】とは、千年以上前に作られた人工の代物である。現代の技術では再現不可能な効力を持ち合わせており、古物収集家等がこぞって収集している。

 地上に存在する古代の遺跡から時折見つかるのみ。

 効果は非常に珍しい物から、どうでもいい様な物、ただの装飾品としての価値しかない物まで、さまざまな種類存在し、その中でも古代において最も優れた技術を持った狐人(ルナール)の【古代の遺物(アーティファクト)】は大半が珍しい効力を持つ事が多い為、数千万ヴァリスで取引される事もある。

 そんな珍しい代物がなんでこんな【恵比寿・ファミリア】の支店。それも雑多に置かれた雑貨の中に紛れているのか。普通ならその筋の収集家の元へ売り渡される代物が置かれているのか。疑問を覚えたペコラの言葉に【八相縁起】は眉を顰めて呟く。

 

「確かに狐人(ルナール)の【古代の遺物(アーティファクト)】なのは間違いないが……」

 

 そりゃ効果も不明な()()()()だよ。呆れ顔で愚痴を零す【八相縁起】。

 恵比寿が意気揚々と遺跡の発掘隊から買い取った代物であるのだが、なんらかの魔法的効力が付与された物(マジック・アイテム)なのは間違いないと断言できるのに、その肝心の効力が不明である。

 何しろ、燃やそうが叩こうが砕こうとしようが傷一つつけられないだけのただの黒い箱状の物体である。継ぎ接ぎ一つ見受けられないその箱を前に、殆どの鑑定士が両手を上げてこう言うのだ『ガラクタじゃないか』と。

 しかもその黒い箱状の物体はそこそこ出回っている。何の効力か不明の、継ぎ接ぎの無い【古代の遺物(アーティファクト)】。唯一、その付与されている魔法の性質が狐人(ルナール)の扱う妖術に近しい事から、狐人(ルナール)の【古代の遺物(アーティファクト)】であると断言できるのみ。

 数が出回っており、効力は不明。収集家が求めるのは希少(レア)な物であって、効力もわからない、数も出回っている希少性の無い様なガラクタではない。其の為、完全に売れ残り店の雑貨の中に放り込まれる羽目になったのだ。

 

「そういう訳だから、そいつは二束三文でもいいから売れてくれって感じで置いてある。買うか?」

 

 なんならじゃが丸くん価格(50ヴァリス)で良いぞ。そう言って定位置のカウンターに戻っていく【八相縁起】を眺めてから、リヴェリアがカエデの方に視線を戻せば。カエデが箱の匂いを嗅いでいた。

 

「……カエデちゃん?」

「はい」

「それ、買うんですか」

「買います」

 

 迷わずにカエデが購入を決め込んだその黒い継ぎ目のない箱状の物をおかしなものを見る様な目で見つめるペコラ。可愛らしさも微塵もない品物を即決で買うと決めた理由がわからずに首を傾げる。

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)『黄昏の館』の門番は不思議な光景を目にした。

 カエデが黒い箱状の物体を大事そうに抱えながら帰ってきたのだ。何を大事そうに持っているのかと目を凝らせば、継ぎ接ぎの無い、鉱石の様にも見えるそれ。リヴェリアとペコラが疲れた様な表情をしているのも相まって、理解できない光景である。

 

「おかえりなさい。その、リヴェリア様とペコラさん、何かあったのですか?」

 

 門番を任されていた第二級(レベル3)団員の言葉にリヴェリアが首を横に振り。なんでもないと答え、ペコラは笑みを零してから死んだ様な目でカエデの後姿を見る。

 

「なんかカエデちゃんがどうしても欲しいってあれを買ったんですよね」

 

 継ぎ接ぎの無い黒い箱状の物体(あれ)を指さして呟くペコラの様子に、門番が首を傾げて意味がわからないと呟いてから、まぁいいかと考えを投げ捨てて口を開いた。

 

「それより、今日はジョゼットさんが人形配ってますよ」

 

 少女らしい趣味を持て。そうリヴェリアに言われてジョゼットがお菓子作りや手芸を始めて以降。作ったお菓子や手芸の作品を団員達に譲り渡すといった事が何度も行われており、今日も作りに作ったジョゼットの人形なんかの作品が配られている。その事を門番に伝えられたペコラがばっと顔を上げて門番の両手をがしりと掴んで上下に振る。

 

「ありがとうございます!」

「え? あぁ、うん。どういたしまして?」

 

 唐突なペコラの行動に虚を突かれて呆然とする門番と、考え込んでいるリヴェリアを置き去りにしてペコラが駆けだしていき、入り口の扉を開けて中を覗き込んでいたカエデの首根っこを掴むとそのまま本拠(ホーム)内へと滑り込んでいった。

 呆れた様子で肩を竦め、直ぐにリヴェリアも後を追う。

 

「門番ご苦労。ではな」

「はい」

 

 

 

 

 

 本拠(ホーム)のエントランスの片隅、木箱とテーブルが並べられた其処でジョゼットが団員達と談笑しつつも人形を配っていた。

 置かれた木箱の数は二十を超え、それぞれ団員達を模した人形が詰め込まれている。趣味で作るそれらは、作り過ぎてはこのように配るといった事をしている事もあり、団員達からは見慣れた光景である。

 其処に飛び込んできたのはカエデの首根っこを掴んだペコラである。

 

「ジョゼットちゃんっ!」

「ペコラですか。こんにちは。もうすぐこんばんはの時間ですが」

 

 生真面目そうなジョゼットの言葉にカエデもぺこりと頭を下げる中。ペコラは迷わず木箱に近づいて中身をあさり始める。その様子を見ていた団員達は苦笑しつつも礼を言って人形片手に去っていく。

 唐突なペコラの行動に呆れつつも、ジョゼットは目の前に置き去りにされたカエデに声をかけた。

 

「こんばんは、今日は買い物に行くと聞いていましたが。何かありましたか?」

「こんばんは。はい、これがありました」

 

 ばっと目の前にさしだされた真っ黒い箱状の物体を眼にしたジョゼットは一瞬息を詰まらせ、ゆっくりとした動作でその箱状の物を受け取り、観察しはじめた。

 

「これは……魔法が付与されていますが。効果は何ですか?」

「秘密です」

 

 嬉しそうに尻尾を振るカエデの姿にジョゼットが眉を顰めるさ中、リヴェリアが歩いてきたのに気付いてジョゼットが敬礼をリヴェリアに向ける。

 

「おかえりなさいませ、リヴェリア様」

「ただいま。今日も私の人形は無い様子だな」

 

 挨拶もそこそこに並べられた木箱をちらりと眺めるリヴェリア。リヴェリアの見た木箱の中には、丸々としたシルエットに布製の大斧を担いだ姿勢のドワーフの人形が木箱の中にいくつも残っている。

 木箱のすぐ横には『団長』『副団長』『ガレスさん』といった走り書きのメモが張り付けられており、木箱の中身が【ロキ・ファミリア】の三人であったことがうかがえる。現在はガレスが一人取り残されている様子ではあるが。

 

「多めに作りはしたのですが……」

 

 毎回、エルフ達がこぞって持っていく為、リヴェリア様の人形が残る事は無いと苦笑と共にジョゼットが語る。

 エルフ達に敬われているリヴェリアの人形は、当然の如くエルフ達に人気である為に残る等といった事は一度も無い。団長であるフィンは常にとあるアマゾネスが真っ先にやってきて回収するか、女性団員達がこぞって持っていく為残らない。

 唯一、ガレスの人形が残ってしまうのだ。他にも目立たない団員の人形なんかもそこそこ残っている。

 カエデが木箱の中身を眺め、ガレスの人形を手に取った。

 

「おぉ、ガレスさんです」

「私の人形もあればよかったのだが……む、ロキの人形はあるみたいだな」

 

 リヴェリアは木箱の一つに入っていた神ロキを模した人形を手に取り、口元に笑みを浮かべてからカエデに差し出した。

 

「貰っておくといい」

「……? いいんですか?」

「いいだろう?」

 

 ジョゼットに確認をとるリヴェリアの言葉にジョゼットが頷く。

 

「お好きに。燃やしたり的当てに使うとかしなければ別に構いませんよ」

「燃やす?」

 

 首を傾げたカエデの姿を見て、ジョゼットが不愉快そうに眉を顰めて口を開いた。

 

「その、アレックス・ガートルの人形を、燃やしたり的当ての的にしたりと……」

 

 ジョゼットは一通りの団員の人形を作っていたのだが、人気の無い団員として常に木箱の中に取り残されていた人形の中に、彼のアレックス・ガートルの人形があったのだ。

 それを見つけた一部の団員が恨みをはらそうと燃やしたり的当ての的として使ったりと、作成したジョゼットからすれば不愉快な使われ方をしたのだ。無論、ジョゼットとてアレックスに思うところはないとは言わない。けれど人形に罪はないのだから。

 

「へぇ……」

「……その団員は誰だ? その行動は流石に見逃せない」

 

 嫌そうなカエデの顔を見て、リヴェリアは溜息を零した。ジョゼットが『既に団長が対処しました』と報告すれば眉を顰めつつも納得したのかリヴェリアは口を閉ざす。

 火で焼かれたというアレックスの人形の姿を脳裏に描いて不愉快になったカエデの目の前に、真っ白い人形が突き出されて、カエデは思わずのけぞる。

 

「見てください。ペコラさんとカエデちゃんですよ」

 

 いつの間にか近づいてきていたペコラの手にはペコラを模した人形とカエデを模した人形があった。思わずカエデが手を伸ばせば、ペコラはそのままカエデに人形を手渡した。

 持ち切れなかったガレスとロキの人形を台の上に置き、カエデとペコラの人形を受け取ったカエデが感嘆の吐息を零すのを見て、ペコラが小さくよしと呟く。

 いくらなんでも自分の人形になら反応を示すだろうというペコラの予測は間違いではなかった。

 

「凄いですね」

 

 緋色の水干に、手足には暗色の手甲や金属靴の様な防具。真っ白い髪に真っ白い尻尾。背に背負われているのは『ウィンドパイプ』を模した物。浮かべられている表情は口元を引き結んだ真面目そうなもの。

 誰が見ても『カエデ・ハバリの人形だ』と答える程に良くできた人形である。

 ペコラ・カルネイロの人形も、ペコラを知る者が見ればペコラの人形だと口を揃える程に特徴の捉えられた造形をしている。ただの布と綿で作られてはいるが、それでも素直に『すごい』と口にしてしまう程の出来に驚くカエデ。

 その様子を見ていたペコラがにやりと笑みを浮かべてから、隠していた人形をぱっと取り出した。

 

「ラウルさんとベートさんの人形もありますよ」

 

 差し出されたのはごく普通の男性冒険者を模した人形。に見えるラウルの人形。ラウルを知る者が見れば『ラウルの人形』だとわかるが。知らぬ者が見たら皆が想像する『普通の冒険者の人形』と答えるであろうそれ。

 もう一つは灰色の毛並みの目つきの悪さがしっかりと表現されたベートの人形。見るからに目つきが悪く、強気な笑みを口元に浮かべた人形である。

 

 カエデの腕に強引に押し付け、ペコラが胸を張る。

 

「これらの人形を飾っておけば、少しは女の子らしい部屋になりますよ」

 

 人形を飾っておけば女の子らしい部屋になると豪語するペコラの言葉を聞きつつも、カエデがジョゼットを伺う。

 ガレスの人形、ロキの人形、カエデの人形、ペコラの人形、ラウルの人形、ベートの人形と六つも貰って良いのかとカエデがジョゼットに聞けば、ジョゼットはどうぞと笑みを浮かべる。

 

「一人で団長の人形を全部独り占めにしようとするようなことをしなければ好きにどうぞ」

「ありがとうございます。ジョゼットさんとリヴェリア様、団長の人形ってないですか? 後、アリソンさんとかグレースさんとか」

 

 カエデの質問に対し、リヴェリアが笑みを零す。つい先ほど行った店での人形に対するカエデの感想から懸念していた事が解消されたのだ。

 

「……すいません。アリソンさんの物は確かこの辺りに。私の物は……そういえば自分の人形は作った事がありませんね。今度作っておきます。リヴェリア様は人気なので……今日はもうないですね。グレースさんとヴェトスさんの人形は既にグレースさん本人が持って行ってしまったので」

 

 人気のあるフィンやリヴェリアの人形は多めに作るが、貰い手が見つからない可能性の高い団員の物は一つしか作らない事が多い。其の為、グレースやヴェネディクトスの人形は一つしか用意していなかったのだ。

 

「……そうですか」

「今度作っておきますので、それまで楽しみにしておいてください」

「はい、ありがとうございます」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。