Chaos;child 短編   作:たぬきんぐ

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宮代拓留がすべての罪を背負ってから半年以上が過ぎようとしていたある日、いつものように彼のトレーラーハウスを掃除しに来ていた伊藤真二は思わぬ人物と出会う。拓留に取り残された親友が思う事は……


静かな空の後、残された者達が思うものは

(そろそろ、か)

 伊藤真二は軽めの掃除用具を持って宮下公園の一角へと足を運んでいた。

 彼の親友が住んでいた場所、トレーラーハウスがでかでかと置いてある場所へと。

「ったく、どうして埃っつーのはこうも溜まっていくんだぁ?」

 ハタキを使って軽い力で中の家具や窓の縁なんかを叩いてやる。その手つきは昨日今日初めてやるものではない。ここへ定期的に訪れて、いつになるかも分からない家主が戻ってきた時に備えて行動しているというのが伺える。それを始める時久野里澪に言われた通り、一メートルは超えるへんてこな機械には触らないよう細心の注意を払う。

(あの人怒るとこえーからなあ……)

 雷が落ちたと錯覚するほどの罵声はもうこりごりだ、とため息をついていると、窓の外には見慣れた懐かしくも悲しい顔がキョロキョロと辺りを見回していた。

(尾上……!?)

 さあ、どうするかと考えたがそれは既に遅く尾上世莉架と目が合ってしまう。いつかはこういう日が来るだろうと覚悟は決めていたがいざその時が来ると、声をかけに行く足が震えていた。

 すぅと深く深呼吸をして鉄製の扉を開ける。

「どうかしました?」

 極めて優しく、まるで初めて会う人かのようにそっと声をかける。彼女は少しだけ考えてから何かを言おうとしたがやめてしまう。

「あ、いえ……すいません」

 それは踵を返すと同時に小声で聞こえるかもわからないような声量だった。

「何か!……用事があってきたんじゃないんですか?俺……ここの家主と知り合いだから言伝があれば伝えておきますよ」

 どうして叫んだのか彼自身わからない。ここで引き止めなくちゃダメだ、そんな思いがよぎり思わず大声を出してしまったが、後に続く言葉は目に見えるほど弱々しくなっていった。

 かつての友人に対する話し方、宮代拓留との関係、そしてこれから、思うところが多すぎて表しきれないそれらが相まり彼の中ではもう気持ちという気持ちがぐちゃぐちゃに混ぜられ形など保っていなかった。

 

 

 その後の事はもう覚えていない。

 気がつくとトレーラーハウスの前で一人寄りかかり湿った雲から大粒が降り始めていた所だった。

「なぁ、宮代……。本当にこれでよかったんだよな……」

『尾上世莉架とは赤の他人として付き合っていくこと。事件のことに関しては一切教えてはいけない』

 真二が事のすべてを聞き終えた後に、開口一番言われたことだった。

 あんなに楽しく笑いあっていたのに、他人行儀に話すことがここまで辛いものだとは予想もしていなかった。それに彼女とはそれだけの関係じゃない、⦅ニュージェネの再来⦆その第六の事件……。

 彼女に、厳密には共犯者である佐久間恒であるが洗脳されていたというのが未だに信じられていなかった。

 当然二人を憎みもしたし、それと同時に己の無力さにも深い苛立ちを覚えた。

 真二にとって橘結衣は拓留ほどでないにしろ家族同然のような愛情を持って接していた一人だ。今となっては精神的なカウンセリングも受け時間が経ったことでこうして過ごせているが、生涯忘れることの出来ぬ一件なのは間違いない。

 今でもたまに"あの"感触を思い出し、胃の中を戻してしまうことだってある。それも少ない頻度とはいえない。

 法的に咎められなかったとはいえ、あの出来事はあまりにも大きな傷を真二の中に残していってしまった。

「……………………」

 雨は知らない間に止んでいた。ドス黒い雲がかかっているくせに通り雨だったらしい。

(俺は今こうして普通の暮らしを送ることで救われていると感じている)

(宮代……お前は何に救われているんだ、何に救われようとしているんだ)

 彼のあまりにも残酷な運命はある意味で真二にとって支えになっていた。自分が崩れてしまったらそれこそ誰も拓留を支えてやれなくなってしまう。そう考えることで少しづつ、本当に少しづつ気持ちが前を向くようになっていた。

『おい、伊藤。情報強者がそんな顔しててどうする?散々僕にリア充じゃない、なんて言っておいてそれじゃあ自分も同じじゃないか』

「うるせ」

 どうしようもなく心が沈んでしまった時だけ現れる空想上の"彼"、イマジナリーフレンドというやつらしい。

『…………』

 今日の出来事はイマジナリーフレンドの"彼"でさえ黙るような気の落ち込みようだったのかもしれない。お互い喋らなくなって生まれた沈黙は"彼"がかき消していった。

『お前は……僕が信頼する唯一無二の親友なんだ。僕が救われる事があったならそこに君もいなくちゃいけない。だからどうかこんな所で止まっていないで上を向いて歩いていってくれないか』

 頬を涙が伝っていた。イマジナリーフレンドというのはどうも自分に都合が良いように立ち振舞ってくれるらしい。ただ、いつもの"彼"より格段と落ち着きのある少し特殊な存在に真二は心を動かされていた。

「あぁそうだ!宮代、お前は俺の親友だからな!出所祝いは豪勢に振舞ってやる!」

 いつまでも待ってるからな、そう呟くと錆び付いたトレーラーハウスを後にした。その足取りに不安や恐怖はなく、とても凛々しい姿が分厚い雲からひょっこり除く太陽が照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 来るな来るなと言われているのに、何故か分からないけど自分に関係してる事があるんじゃないかと足を運びたくなる渋谷。以前はそんな漠然とした目的だったけど、今回は違う。記憶がなくなる前の事、⦅ニュージェネの再来⦆に関してある程度思い出していた。

 今回はそれの重要人物、自分と深く関わりのある"彼"の周りを探索してみたくなった。あまり好ましい事じゃないのはわかっているつもりだし、実際渋谷に行ったせいで命の危険にも遭遇してしまっている。

 不思議な感覚だった。"彼"の気持ちは痛い程に理解できるしそれを大切にしていきたいとも思っていて、現に新たな人生をめいいっぱい謳歌している。

 それでも彼女、尾上世莉架は少しだけ、ほんの少しだけ過去に戻りたいそんな気持ちがあったのかもしれない。確信がある訳じゃない、それでも例えどんな小さな確率でもそれが、あるかもしれない、そんなふうに考えたら確かめざるを得なかった。

 彼の住んでいた所に行けば何か分かるかもしれない。世莉架は一人で、あまり深く考えずに宮下公園に辿り着いていた。

(確か彼のトレーラーハウスは……)

 辺りを見回しているとそれらしき物を見つけることができた。出来たのだが、視線の中には予想外の人物まで入り込んでいた。

(伊藤……真二……!)

 記憶を完全にではないが思い出していからというもの、それに悩まされる日々は少なくなかった。それでもそこまで精神的ストレスになっていないのは、やはり"彼"の力がとても強かったおかげなのだろう。

 自身が真二にやらせたというよりは、"前の"自身がやらせたという認識が彼女の中にはあるので比較的落ち着いていられる。

 だが今にもトレーラーハウスから出てきそうな彼と話したいかというと、それはまた別の話だ。

 これからの人生は宮代拓留という人間に関わりたくない、関わってはいけないのだから。周りの人間にも近づきたくないのが本音だ。

(……あれ?)

 世莉架は気付かぬうちに泣いていた。それがどういう感情により流れたのかはわからなかったが少なくとも目の前にいる人間のせいだというのは確かなことだった。幸い真二はまだ扉を開けていない為涙を見られる心配はなかった。

 ガチャりと開き、彼は一体どんな言葉を投げかけてくるのだろうか。もしかしたら私を迎え入れてくれるのかもしれない。心臓がひっくり返りそうなほど激しく脈打っているのがわかった。だが、

「どうかしました?」

 そのあまりにも他人行儀な態度、言葉に落胆の色を隠せなかった。よく考えてみれば分かることだった。向こうだって世莉架に事件を思い出させるような事はしないに決まっている。当然「よう尾上、元気だったか?」なんて以前から知り合いですと情報が伝わるような真似はしない。

 しかし、その真二の振る舞いが世莉架を冷静にさせてくれた。ここでもう帰ろう。余計なことはしない方がいい。

「あ、いえ……すいません」

 軽く会釈をして帰ろうと思った。自分の心を偽っているとも知らずに。

「何か!」

 歩みが止まるほどの大きな声。

「……用事があってきたんじゃないんですか?俺……ここの家主と知り合いだから言伝があれば伝えておきますよ」

 徹しきれていないその声が、世莉架の気持ちをこの場所に引き留めてくれていた。

 彼から迎え入れてくれる言葉を期待した気持ちは本当なのだろうか。

(私はここに戻りたいのかな……、ちょっとだけ確かめさせて)

 誰に対してでもなく許しを請う。

「えと、用事ってほどでもなくて」

 ゆっくりと呼吸を整える。言葉を間違えないように。

「なんとなく、本当になんとなくこの場所を観て肌で感じてみたいな、なんて思いまして」

 えへへと軽く仄めかしながら紡いでいく。

「もしかしたらこの辺りに私が最近感じている、求めているモノがありそうな気がして散歩してたんです」

 このあたりに本当の居場所があるのかもしれない。記憶に残る人々が与えてくれるかもしれない。

「そう、ですか」

 しかし真二の口から出た言葉は残酷で、どこまで交わることのない道を行く二人を尊重していた、とても優しいものだった。

「多分あなたが探している場所はここらにはないですよ、目新しいモノだとか遊びに行けるような所もどこにでもあるような一般的なものだし。かといって観光地ってわけでもないですからね」

 明らかな拒絶を、言葉自体は柔らかいものなのに一切の交わりを拒否した感情を言葉の端々に感じられた。ここに君の居場所はないんだよ、と。

 突き放すような真二の言葉は、けれど彼女のことをどこまでも想っているもので、それが分からない世莉架ではなかった。

「そうなんですかー、何か面白そうなモノが見つかると思ったんですけどねー残念」

 精一杯強がりを見せる、彼の前で泣くことは許されない。

「それじゃあ私はそろそろお暇させてもらいますね、世間話に付き合って貰ってどうもでした」

「ええ、さようなら。お気を付けて」

 このホームレス街に似つかわしい彼女の姿を消えてなくなるまで真二は見つめ続けていた。

 最後まで他人行儀を貫いてくれたのは世莉架にとって幸いだった。下手に過去を持ち出されていたら今頃どうなっていたかわからない。

「うわ、雨だ」

 粒は大きめで生憎傘は持ってきてはいない。

 近場に店があったのが幸いして中に入らずとも雨宿りはできる。

(ふふっ一切の余地なしかあ)

(これじゃ戻ろうとしたって戻れるわけないね)

 "彼"が私の為にすべてを犠牲にしてくれたこと、その周りの人もそれに助力している。

 その環境を崩したい、などとは微塵も思わなかった。むしろそこまでして作り上げたこの新しい人生を絶対に壊してはいけないと、心の在り方がまとまっていき渋谷に来る前感じていたモヤモヤは綺麗サッパリなくなっていた。過去に囚われて止まっていてはいけない、と。

 雨はすぐに止み、雲の隙間から光が照っていた。まるで前に進み続けろという意思を感じながら、尾上世莉架は今日も普通の女の子として進んでいく。

 決して"彼"交わることのないないこの道を




ラブちゅっちゅのtrueと本編trueは別世界だという考察が自分の中にあるんですけど、ほかの方はどう思っているんでしょう。
そんな訳で本編true SILENT SKY ENDの後の話、伊藤と世莉架が会ったらどんな感じになるのかなーなんて思ってみたりして考えついたやつです。
想像、妄想はもう嫌ってほど膨らんでいくんですけどいやはや文字に起こすのは難しい、色々と自分なりに考えていることがいっぱいあるのでそれを発信していけたらいいですねー、大好きな作品なので。
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