ちょっと箸休め的な感じで、前の作品では、ちょっと発展させるのが難しいなと思ったので、リメイク版として書きました!
大歓声が轟く会場。
コロッセオのような決闘会場には、たくさんの人たちが詰めかけた。
大人から子供、男女問わずある精霊使いを見ていた。
若干13歳にして、無所属で登場した若き精霊使い。
誰もが見ても息を呑むような美しさと、しかしそれとは裏腹に、左手には漆黒の剣が握られている……。
相手は、オルデシア帝国代表《静寂の要塞》という異名を持つヴェルサリア・イーヴァ・ファーレンガルト。
方や、無所属の少女の名は、レン・アッシュベル。
ヴェルサリアは優勝候補の一角として言われている……無所属の少女が勝つのは、正直難しいものだと誰もが思った……だが……
「ッーーーーーーー」
「っ…………っ!?」
一瞬の交錯。
《城砦精霊》を使役するヴェルサリアが、圧倒的物量で砲撃する。
一瞬で消し飛んだと思った。
だが、次の瞬間には、ヴェルサリアの胸を剣が貫いていた。
『勝者! レン・アッシュベル‼︎』
アナウンスの宣言とともに、再び大歓声が轟いた。
この瞬間、この大陸に、新たな伝説が誕生したのだ……。
しかし、それももう、3年も前のことになる……。
「っ…………!!!!?」
「あーー、えっと……」
豊かな緑が生い茂る、広大な森の中を、ある一人の少年が歩き回っていた。
その服装は、いかにも旅人のような格好だ。
動きやすそうな灰色のズボンに、両肩のあたりで裾の切れた黒いシャツ。
それを覆い隠すように、黒いローブを纏った少年。
何故か左手にだけ、黒い革製の手袋をはめている。
年齢的には、十代半ばあたりの年齢に見えるが、その雰囲気は、どこか大人びて見えた。
さて、ここで一つ、問題が発生した。
森の中を散策しながら歩き回っていた少年、名を『織斑 一夏』と言う。
旅を続けてきたと言わんばかりの服装と、その腰には、鞘に収まった、細長い直剣がぶら下がっていた。
そんな彼が、今目の前で起きている現状を理解するのに、少々時間を要している。
数日前、ある知人から手紙をもらった。
その手紙には、ある場所に来いと書いてあった。
その場所は、深い森の中にあるため、こうして森の中を散策していたわけなのだが……。
今、一夏の目の前には、信じられない光景が写っていた。
「ひっ……!」
短く悲鳴をあげる少女。
そう、水音が聞こえると思い、休息を兼ねて水場があるところに向かったところ、そこには、燃え上がるような炎を連想させる真っ赤な髪を濡らした、全裸の少女がいたのだ……。
そう、全裸なのだ。
一部の狂いもなく、素っ裸なのだ。
予期せぬ光景に、一夏は黙ったまま固まってしまったが、ようやく正気に戻り、まず弁解を述べた。
「まっ、待ってくれ! これは不幸な事故っていうか、決して、わざとではない!
そ、それにーーーー」
ここで明確な答えを出して、きっちり誤解を解いておかなければ……。
「俺は、健全な男子だ! 子供の体になんか興味はないから、安心してくれ!」
「っ……!?」
「今見たのは忘れる! だから、どうか許してほしい……!」
あまり見続けるのも失礼にあたると思い、一夏は少女から背を向けた。
そして、精一杯の謝罪の気持ちと、許しを懇願した。
さて、少女の返答やいかに……。
「じゅ……くさい」
「えっ? な、なんだって?」
「あたしはっ! 16歳!」
「え……? ええええぇぇっ!?」
16歳……同い年だ。
しかし、あまりにも小柄で、幼い体つきから察するに、歳下だと思っていたため、驚きを隠せない。
「嘘だろっ!? 16歳でその残念な胸ってーーーーあ……!」
「っ〜〜〜!!!!」
やばい、今のは失言だったと思い、もう一度弁解しようとしたのだが、さすがにこれだけやられては、許してくれなかった。
「い、いい度胸……本当にいい度胸ね……! このクレア・ルージュの水浴びを見た挙句、あ、ああ、あたしの体を〜〜〜〜っ!!」
「わああっ!? 待て待て! ごめんって!」
「うるさい! この覗き魔! 変態! 淫獣ぅぅぅぅ〜〜〜ッ!!!!!」
なんで『淫獣』なんて言葉を知っているんだろう……?
そんなことを頭の片隅で考えていたが、それすらも吹っ飛ぶくらいの現象を、一夏はその目で見た。
「っ!?」
周りの大気が、少女、『クレア・ルージュ』に呼応したかのように、激しく吹き荒れる。
「紅き焔の守護者よ、眠らぬ炉の番人よ! 今こそ血の契約に従い、我が下に馳せ参じ給え!!!!」
「これは、《召喚式|サモルナ》っ!? ってことは、お前、精霊使いかっ!?」
《召喚式》
精霊と契約を交わす時や、力を行使する時に発する精霊語。
その言葉通り、クレアの右手には漆黒の鞭が顕現し、その鞭から、灼熱の焔が吹き荒れる。
「《精霊魔装|エレメンタルヴァッフェ》までっ?! こいつ、できるな……っ!」
この世界には、人間や亜人種……その他にも、様々な生物が生きている。
この世とは違う全く別の異世界《元素精霊界|アストラル・ゼロ》と呼ばれるところに存在する生命体……。
それが、《精霊》と呼ばれる存在だ。
そして、その精霊と契約を結び、その力を自在に使いこなす存在……それが、純潔の姫巫女にのみ与えられた特権である《精霊契約》であり、それを使う者を《精霊使い》と呼ぶ。
「この変態! 消し炭になりなさい!」
「うおっ!? ちょ、まっ!」
炎の鞭が一夏の横を通り過ぎる。
一夏の周りには、立派に育った樹木なとがたくさんあるのだが、クレアの鞭は、それをいとも簡単に溶断した。
これはさすがに……死ぬ。
「待てって! 落ち着け!」
「うっさい! 避けるな! さっさと消し炭になりなさい!」
「あっぶねぇ……っ!」
クレアは今、自身の体を覆い隠すような姿勢になっているため、鞭を自由自在に動かせているわけではない様子だ。
それゆえに、攻撃の手は緩く、一夏はなんとか動き回って、その攻撃を躱し続ける。
だが、どうにも先ほどから気になって仕方がない事があったので、それをクレアに対して言い放つ。
「あのさー! どうでもいいんだけどよー!」
「何よっ!」
「隠すならちゃんと隠してくれ! 指の隙間とか! 微妙に隠しきれてないんだよ!」
「ッ!!!!!?? ひゃんッ!」
一夏は注意のつもりで言ったのだが、クレアはまた見られたのだと思い、即座に《炎の鞭|フレイムタン》を投げ捨てて、両腕で胸を隠し、その場にうずくまってしまった。
だが、最悪なことに、その鞭が、クレアの背後にあった巨木までも溶断してしまった。
「っ!? クソッタレがッ!」
「はっ……!?」
近づいてくる一夏に気づき、そして、自分の頭上に落ちてくる巨木にも気がついた。
死ぬ………。
そう思った瞬間、一夏の顔が、自分の目と鼻の先にあった……。
「間に合えぇぇぇぇッ!!!!!」
水場に飛び込み、クレアを抱きしめるようにして倒れ込む。
間一髪で、巨木の下敷きを免れた二人。
その二人の顔は、今にも触れ合いそうなほど近く、互いに見つめ合うようにして硬直していた。
「あ……えっとその……大丈夫か?」
「へぇ?」
「その……怪我とかは?」
「あ……うん……」
なんとか気を取り戻して、一夏はクレアに尋ねた。
クレアも少々気が動転しているらしく、曖昧な返事しかしないが、見たところ怪我をしている様子もないようで、一夏は安心して、クレアから離れようとした。
だが…………。
むにゅ。
「ひゃん!」
「ん? なんだ……?」
むにゅむにゅ。
「これは……?」
「ひゃあああっ!?」
右手に伝わってくる感触。
少々硬いが、程よい弾力のある物体。
それが何なのかは、言うまでもなかった。
「な、何すんよーッ!!!!!」
「うわあっ!? ご、ごめーーーー」
スパァーーーン!!!!
「うおっ!?」
謝るよりも先に、炎の鞭が飛んできた。
鞭の触れた水面が、一気に蒸発する。
「ま、待てっ! それは本当に死ぬって!」
「消し炭になりなさぁぁぁぁいッ!!!!!」
「ぐおおおおおおッ!!!!!???」
勢いよく振り上げられた鞭が、容赦なく一夏の頭上から降ろされる。
とてつもない衝撃と反動で、一夏はその場で気を失った。
「三春……本当に受験する気なのか?」
「うん……もちろん。私の意志は変わらないよ」
とある家の一室で、顔立ちの似た二人の女性が話し合っていた。
一人はレディーススーツに身を包み、ロングヘアーを毛先近くで結んだ成人の女性。そしてもう一人は中学校の制服だろうか、紺色のセーラー服を着て、肩あたりまで伸ばした黒髪の少女。
「三春……お前の気持ちもわからなくはないが……」
「お姉ちゃんは信じてるわけ? 兄さんが死んだって……」
「それは……」
「だって確証がないじゃん! 死んだという痕跡がなかったんでしょう? なら、生きてる可能性は十分にあるよ!」
「だが、あれからもう何年経っていると思っているんだ……五年以上は前の話だぞ?
その間に、世界各地で一夏の捜索が行われたんだ……。なのに、見つかっていないというのは……」
「見つけられなかったってだけかもしれないし! それに、五年以上経ってるって言うなら、兄さんの風貌が変わってる可能性だって……!」
「…………」
妹、織斑 三春の言葉に、姉である織斑 千冬は、頭を悩ませていた。
今から五年以上は前のことになるだろうか……。
ここ、織斑家には、もう一人の兄妹がいた。
名を『織斑 一夏』と言う……。
しかし、ある日、三春にとっての兄である一夏は、姿を消した。
「あの時は、私に責任がある……。お前が気に病む必要はない」
「別に病んでなんかないよ……。ただ、世界が兄さんのことを忘れてるって言うなら、私が探せばいいだけのことだよ」
「お前は自分のやりたい事をすればいいんだ! なにも、IS学園に入る必要はーーーー」
「それが私のやりたいことなのッ!」
「っ!? 三春…………」
「………………じゃあ、私……勉強しなくちゃいけないから……」
そう言って、三春は千冬に背を向けて、リビングを出て、二階にある自分の部屋へと戻っていった。
取り残された千冬は、盛大なため息をついた後、ソファーに飛び込んで、深々と座った。
目尻を押さえ、天井の方へと顔を向ける。
そして目を開いて、テレビの横に置いてある戸棚の上の写真に視線を送った。
そこには、家族三人で撮った写真があり、そこに写る三人は、まっすぐ前を向き、満面の笑みで写真に写っていた。
「一夏……。今お前は、どこにいるんだ……?」
消えた弟の事を思い、千冬はそのまま、ソファーに横になった……。
その千冬の問いかけに答える者など、誰もいなかった。
ーーーーごめんなさい。
ーーーー待ってくれ! 行っちゃダメだ!
ーーーー本当に、ごめんなさい。
ーーーー待って! 待ってくれッ!
ーーーーさようなら……。
ーーーーレスティアァァァァッ!!!!!
「はっ……!?」
嫌な夢を見たような……そんな気がした。
闇色のドレスに、漆黒の長い髪と翼を持った少女。
ずっと一緒にいると約束した、大切な少女だ。
だが、その少女は、何処かへと消えてしまった……どこに行ったのか、なにをしているのか……。
それを探るために、今まで旅を続けてきたというのに……。
また、同じ夢を見ては、取り戻せずにいる。
自分は一体……なにをしているのだろうか……。
「んっ? なんだぁ……これ?」
と、そこで一夏はある事に気がつく。
なぜか息苦しいと思っていたが……なにやら黒い何かが首に巻きついている。
手を首まで持って行き、首に巻きついている物の正体を確かめる。
だが、それよりも早く、巻きついた物がより首を絞める。
「ぐえっ!?」
「やっと起きたのね……覗き魔の変態!」
「ん?」
地面に横たわっている状態であるのはわかっていた。
そして、自分の視界上方から、あの時助けた少女……クレアの声が聞こえた。
今回は全裸ではなく、ちゃんと服を着ていたが……。
「お前……」
「ふんっ……感謝しなさいよね。私が手加減していなかったら、今頃あんたは消し炭よ」
「あのなぁ……俺、一応お前のこと助けたんだけど?」
「まぁその事に関しては、私は公平な貴族だから、一定の評価を下してあげるわ。あんたは普通の変態よりもちょっとグレードの高い『ハイグレード変態』よ」
「それ! 余計に悪くなってるからなっ!」
なんだよ、ハイグレード変態って……。
一夏のツッコミが出たところで、クレアはどこかもじもじとし始めた。
一体どうしたのだろうと考えていたが、顔を赤くしている事から、なにやら恥ずかしがっているのか……?
と考えつく。
「な、なによ……! どさくさに紛れて、わ、私の胸揉んだくせに……っ!」
「ん?…………はは〜ん」
「な、なによ!」
一夏は、クレアについて、ある一つのことがわかってしまった。
(こいつ、初心だな……)
そもそも、『精霊使い』と呼ばれる姫巫女の少女たちは、清らかな乙女でなくてはならない。
そのため、その大半は、男慣れしていない超がつくほどの箱入りお嬢様たちが多いと聞く。
現に、クレアが今身につけている服……白を基調とし、レースのフリルなどをあしらった独特の制服は、精霊を使役する姫巫女たちを育成する機関……《アレイシア精霊学院》の制服だ。
学院に所属する生徒は、その大半が名家のお嬢様たちだという……。
ならば、クレア同様に、学院の生徒たちもまた、男に対しての免疫がない初心な者たちが多いはずだ。
(どうりでこんな初心っぽそうな反応をするわけだな……)
「な、なんとか言いなさいよっ!」
「えっ?」
「『えっ?』じゃないわよ! なにをニヤニヤ笑ってるのかって聞いてるのよ!」
「いや……今お前が来ているその制服を見てな。お前、《アレイシア精霊学院》の生徒なんだよな?」
「そ、それが何よ……!」
「あの学院に通っているのは、清らかな乙女のみ……。男を知らない、超箱入りお嬢様ってところか」
「何よ! バカにしてるわけっ?!」
「別にしてないよ……ただ、ちょっと意外だなぁ〜って思っただけだよ」
「ん?」
「………いや、その大胆だなぁ〜って…………髪の色と同じとはな」
「?…………ひゃんっ!」
なんの事を言っているのか分かってしまったクレアは、また鞭を放り捨てて、両手でスカートの裾を押さえる。
「み、見たっ!?」
「見たっていうか……見えたというか……」
「あ、赤なんて履いてないわよッ! 白よ、白ッ!」
「へぇ〜……白なんだ」
「なっ?!」
嵌められた事に気付き、怒りをあらわにするかと思いきや……。
「う、うううっ〜〜〜〜!!!!」
「う……っ!?」
涙目になり、その場でシクシクの泣き始めた。
これはやり過ぎたと思い、一夏はすぐさまクレアを慰める。
「うわぁぁ、ごめんって! ほんの冗談のつもりだったんだよ……だから、泣くなって! な?」
「ひっ、ぐぅ……!」
「その……水浴びを見てしまったのも、胸を触ったのも、ほんとっ、悪かった! だけど、決して悪気は無かったんだ!
だから、その、ごめんな……」
ぽん、とクレアの頭に手を乗せて撫でる。
クレアは涙を拭い、元に戻った強気の瞳で、一夏を見返した。
「なによ……。大体、なんで男のあんたが、こんな所にいるのよ」
「あー……えっとだな。俺は、グレイワースに呼ばれて、ここに来たんだよ」
「グレイワース……? 学院長に?」
「そ。ここで学院長やってるって書いてあったから、ここまで来たんだけど…………ほら、これが証拠」
そう言って、一夏はクレアにグレイワースから一夏宛に届いた手紙を見せた。
クレアら訝しそうにそれを受け取り、手紙の包みを念入りに調べる。
「うーん……確かに、これは学院長の名前に、『帝国第一級紋章印』ね……。それに、神威に偽装は施されてないみたいだし……。まぁ、この事に関しては信じてあげるわ。
にしても、なんだって学院長は、あんたを呼んだの?」
「さぁな……それは、グレイワースの婆さんに聞いてくれ。俺だって戸惑ってるんだ」
「ば、婆さんですってっ!? 精霊騎士を目指す姫巫女たちが、最も憧れる御方を、婆さんって……っ!」
「まぁ、グレイワースとはちょっとした知り合いでな……。それで、こんなところまで呼ばれたはいいんだが……ここの敷地が広すぎてな……」
アレイシア精霊学院の敷地は、信じられないほど広大だ。
あたり一面が全て森。
何しろ、山の麓にある学院都市を包括し、さらにその周囲に広がる《精霊の森》を丸ごと所有しているというのだから……。
「もしかして、森の精霊に惑わされたの?」
「うーん……」
「…………ぷっ」
「……笑うなよ……しょうがないだろ?」
「まぁ、そうよね。男のあんたなら、迷っても仕方ないわね」
「まぁ、とにかく人に会えてよかったよ。精霊の森で迷子とか、マジで死ねるからな……。
それで、学院には、ここからどこに向かえばいいんだ?」
「どこにって……あのね、言っとくけど、学院は今いるここから徒歩で二時間はかかるわよ?」
「なにっ!? そんなに遠いのかっ?!」
そんなに歩いていると、また森の精霊に惑わされかねない。
てっきり、クレアがいたので、かなり近くまで来ていたのだと思っていた。
「じゃあ、あたしは行くところがあるから、あとは自力で脱出してね」
「えっ? ちょっ、おい!」
そう言って、クレアはそそくさと全く別の方角へと向かっていく。
せっかく見つけた学院の場所を知る者を、ここで失うわけにはいかないと、一夏もクレアのあとを追っていく。
「なんで付いてくるのよ」
「お前がいないと、学院までの道がわからないだろ?」
「なによそれ……。まぁ、別に付いて来てもいいけど、死ぬかもしれないわよ」
「…………お前、一体なにするつもりなんだよ……? っていうか、あんなところで、なにしてたんだ?」
あんなところ……と言うのは、当然先ほどクレアが水浴びをしていた場所のことだ。
「《精霊契約》のための禊をしてたに決まってるじゃない」
「《精霊契約》…………ん? でもお前、さっき炎の精霊使ってなかったけ?」
「まぁね。でも、あたしには、もっと力がいるのよ……!」
そう言ったクレアの言葉は、どこか重みを感じた。
そうやって会話をしながらの徒歩行軍。
二人は、ようやく目的の場所へとたどり着いた。
そこにあったのは、なにやら、祠のような場所だった。
「これは……結界か?」
入り口には、誰も入れないように結界が施されていた。
という事は、ここにいる精霊は、少々厄介なものだというのが見てとれる。
「ここには、かの聖剣……《魔王殺しの聖剣|デモン・スレイヤー》が封印されているらしいわ」
「デモン・スレイヤー…………魔王《スライマン》を討ち滅ぼしたっていう、あの《セヴァリアンの聖剣》が、ここに封印されてるのかっ……!?」
「馬鹿ね、本物なわけないでしょ? そうやって祀っているところなんて、大陸各地にたくさんあるし、村の象徴として村起こしなんかで飾ってるところなんて言うのも聞いたことがあるわ。
でも、ここにいる《封印精霊》は、間違いなく強力なものよ。
学院創立以来、何人もの精霊使いが、契約に挑んだらしいけど、ことごとく拒否された伝説の精霊らしいから」
「って言っても、《封印精霊》なのは間違いないんだろ? やめとけよ、《封印精霊》っていうのは、隙あらば自分の主人をも殺そうする危険な存在なんだぞ?」
「へぇ〜? 男のくせに詳しいじゃない……。でも、私には目的があるの……その為に、強い精霊がどうしても必要なのよ」
「どうしてそこまで拘るんだ……? お前が使っていた炎精霊も、かなり強力なものだったろう……。
そいつを育てればいいじゃないか……」
「…………《スカーレット》は大事な友達よ……。でも、それとこれとは話が別」
クレアはなにやら呪文のようなものを唱えると、指先で封印に触れた。
その瞬間、ガラスが割れたような音が聞こえ、目の前の封印が解けた。
「っ?!」
封印を解除するほどの神威と、その呪文を知っているとなると、クレア自身が、優秀である事を証明している。
祠の中に入っていくクレア。
一夏はそれを後ろから見て、ため息を一つ……。
その後、クレアの後を追って、一夏も祠の中に入っていった。
中は暗く、光が射していない。
まぁ、当然といえば当然なのだが、クレアは右手を出すとその手のひらに小さな炎を灯した。
「炎よ、照らせ」
ボウッ、と火が起こり、辺りに明かりを灯した。
「なんで付いてくんのよ。どうなっても知らないわよ」
「さっきもいったろ? お前がいないと、学院までの道がわかんないんだって」
「まぁ、別に付いて来てもいいけど、本当に死んでも知らないからね?」
「ああ……。自分の身くらいは自分でなんとかするよ……」
そう言って、一夏は腰にぶら下げていた剣の柄をコツンと叩く。
「そういえば、なんなのその剣?」
「ああ、これか? ここに来るずっと前に、ちょっと変な奴らに絡まれてな。
しょうがないから、そいつらをぶちのめした後に、中々の業物だったんで、戦利品として俺が貰った」
「…………呆れた。覗きの変態に付け加え、泥棒とはね」
「聞き捨てならないな。相手は山賊だったんだ……なら、自分の持ち物が奪われることくらい、覚悟の上だろうさ」
「ふん……」
そっぽ向いて、スタスタを歩いていくクレアを、一夏は後から追う。
「しかし、本当にやるのか? 《封印精霊》との契約なんて……」
「あんたもしつこいわね……。そう言うあんたも、死にたくないなら帰れば?」
「…………なに、大丈夫だろ。手懐ける自信が、お前にはあるんだろう?」
「あ、当たり前じゃないッ!」
「なら、ついていっても問題ないよな?」
「勝手にしなさい」
少々意地を張っている様にも聞こえたので、少し心配になる。
そう言っている間に、暗い洞窟を抜けて、二人は《封印精霊》が封じられている祭壇へと到着した。
「…………」
「あれが……このに封印されている精霊か……」
祭壇には、台座の上にまっすぐ刺さった剣が一振り。
封印されてから、かなりの年月が経っているのか、どう見てもボロボロのガラクタにしか見えないが……。
「すー……ふぅー……」
「おい、一応気をつけろよ?」
「わかってるわよ……!」
クレアはゆっくりと祭壇へ近づいていく。
「行くわよ……クレア・ルージュ……ッ!」
自分自身を奮い立たせる様につぶやく。
そして、左手で剣の柄を握り、そこに思いっきり神威を注ぎ込む。
それと同時に、契約の儀式へと入った。
「古き聖剣に封印されし気高き精霊よ、汝、我を主君と認め契約せよ。さすれば我は、汝の鞘とならん!」
突如、激しい光が噴き出し、辺りに強い衝撃を生む。
「っ……! 凄まじい神威だ……! 言うだけのことはあるな!」
「我は三度汝に命ずる‼︎ 汝! 我と契りを結び給え!!!!」
光がより一層強くなった。
そして、その左手には、引き抜いたと思われる聖剣の姿があった。
「ぬ、抜けたっ?! 抜けたわッ!!!!」
「マジかよ……っ!?」
これは正直誤算だった。
《封印精霊》はそう簡単に契約できるものではない……いくらクレアが優秀な精霊使い出会ったとしても、賭けとしては分が悪かったはずだ……。
だが、こうして抜いたということは、精霊の方もクレアを認めたということに…………
キンッ…………
「ーーーーえっ?」
認めたということには…………ならなかった。
「危ないッ!」
「きゃあっ!?」
剣の切っ先がクレアに向いていたので、もしかしたらと思い飛び込んだが、案の定、クレアの顔めがけて、剣は高速で移動してきた。
あのままクレアを庇って飛び出していなかったら、今頃クレアは串刺しになっていただろう……。
「おい、大丈夫かっ!?」
「ううっ……な、なに? あたしの封印精霊は?」
「……なんつーか、こいつは主君に忠誠を誓うなんて感じじゃないぞ……!」
クレアの後方に突き刺さったままの聖剣は、また一人でに浮き上がると、その姿を変えていった。
先ほどまでボロボロの刀身と姿をしていた聖剣は、まるで脱皮するかの様に、周りの外装をパラパラと剥がしていく。
そこから現れたのは、『伝説の聖剣』……そう謳われてもおかしくないレベルで研ぎ澄まされた剣の姿だった。
「っ! やばっ、伏せろっ!」
「ふぁあっ?!」
聖剣の美しさに魅了されていたが、また襲ってきた為、一夏はまたクレアの体を捕まえ、地に伏せる。
その頭上を、再び聖剣が通過する。
「ちょっ! 何勝手に触ってのよぉ〜!」
「うるせ……! あまり騒ぐなよ……。くっそぉ……完全に暴走してんぞ、アレ……!」
一夏はクレアの手を取り、祠の出口へと向かって走った。
「ふぁっ!?」
「いちいち可愛い反応すんな! さっさと逃げるぞ!」
「か、可愛いってなによっ!?」
「今のうちここから出ないと、こんなところで襲われたらシャレにならーーーーうおっ!?」
外に出た瞬間、真横から剣の切っ先が一夏の顔面付近を通る。
咄嗟に身を仰け反って、剣の直撃を避ける。
「反抗的な子ね……! キッチリ調教してあげるわ!」
「お前な……!」
「あんたは逃げなさい。あたしは、あいつをなんとしてでも手に入れる……っ!」
「よせ、今はまだ寝ぼけているが、完全に覚醒でもしたら、間違いなく死ぬぞ!」
クレアの手を取り、聖剣から遠ざけようとするが、クレアはその手を振り払う。
「邪魔しないで! なにも知らないくせに!」
「なんで……! なんでそこまで、強い精霊にこだわるんだ!」
「あんたになんか、わからないわよ…………。あたしには、強い精霊が必要なの……どんな精霊にも負けないっ……最強の精霊がッ!」
彼女の言葉には、重みと、何か覚悟に似た何かが見て取れた。
「紅き焔の守護者よ! 眠らぬ炉の番人よ! 今こそ血の契約に従い、我が下に馳せ参じ給えッ!!!!!」
「あれが……炎精霊の本体か……!」
精霊魔装《炎の鞭|フレイムタン》から、炎が吹き荒れ、その炎の中から、紅い火猫が現れる。
「狩りの時間よ、スカーレットッ! 引き裂けッ!!!!!」
「ニャーッ!」
空中をかける火猫。
自由に飛び回る剣めがけて、スカーレットは猛ダッシュだ。
反抗として剣の方から攻撃を仕掛けてくるが、スカーレットは自慢の牙と爪、反射を生かして、果敢攻めていく。
「ニャオー!」
「ナイスよ、スカーレット! くらえッ! 《灼熱の劫火球》ッ!」
クレアが生み出した火炎球。
高威力の炎の塊を、剣に向けた放った。
直撃した瞬間に、大爆発。
爆破の衝撃がその場に響く。この威力は、そうそう出せるものではい。
「凄い威力だな……!」
キィィィ…………
「っ……?」
やったかと思ったが、突然、剣の方から不協和音が聞こえた。
キュオオオオオーーーーン!!!!
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
耳をつん裂く様な高音。
スカーレットに限らず、その場にいた一夏とクレアも両耳を抑える。
「ッ……高周波っ!?」
あまりの音に身を固める二人。
その間に、聖剣は姿を変え、ただの片手剣だったものが、片刃のバスターソードへと変わる。
(っ! …………あの精霊、自分の意思で姿を変えられるのかっ?!)
聖剣は高速で飛翔し、高周波の影響で体勢が崩れているスカーレットを斬り裂く。
「ニ”ャーー?!」
「スカーレットッ!」
斬られた部位に、弱々しく灯る炎。
斬られた衝撃で、ほとんど動かずに落ちてくる相棒を、クレアは急いで駆けて受け止める。
「スカーレット!?」
弱ったスカーレットが、現世に留まれなくなったのか、小さな炎を噴き上げて、クレアの前から消えていった。
「そ、そんな……っ!」
(たった一撃で、現世に顕現する力を奪ったのか……っ!?)
大切な相棒が、今目の前から消えたのだ。
その損失感は、自分の半身が消えた様なものだ……。
「桁違いじゃねぇーか……っ! 完全に覚醒してる……そのまま寝ぼけてて良かったものを……!
おい、何してるっ! 早く逃げろッ!!」
スカーレットの損失のせいか、クレアはその場で座り込んでしまう。
そんなクレアの背後から、聖剣の切っ先が向いた状態で、ものすごいスピードで落ちてくる。
「くそっ! やるしかねぇかッ!」
選択肢は……無かった。
右手を突き出し、聖剣の切っ先に対して向ける。
「古き聖剣に封印されし、気高き精霊よッ! 汝、我を主君と認め契約せよ、さすれば我は汝の鞘とならんッ!!ーーーー」
額に汗を浮かべながら、決して口にしてはならない精霊契約のための《契約式|コンダクトル》を詠唱する。
まっすぐ向かってくる剣の切っ先が、一夏の右手の手のひらの皮膚を穿ち、激痛と共に、赤い鮮血が飛び散る。
「ぐああぁぁぁぁッ!!!!?」
凄まじい神威を体全身に叩き込まれ、風圧で押しつぶされそうになる。
加えてかなりの激痛が襲うため、意識が一気に飛びそうになるが、ここで堪えなければ、一夏はクレア共々真っ二つになる。
「ーーーー我は三度、汝に命ずるッ!」
「うそ……! 精霊契約っ!?」
一夏の背中を見ながら、クレアが驚きの声を上げた。
そして、より一層強い神威を全身に浴びる一夏。
最後の力を振り絞って、契約式を唱えた。
「ーーーー汝ッ! 我と契りを結び給えぇぇぇぇッ!!!!!」
その刹那の瞬間。
剣の刀身が青白く輝き、激しい閃光と轟音によって、一夏の意識は塗りつぶされてしまった。
「ねぇーーーーねぇ、大丈夫?」
「んっ……んんっ……!」
体を揺らされる感覚と、わずかに聞こえた少女の声。
一夏はゆっくりとまぶたを開ける。すると、その視界には、真っ赤な髪が映った。
この髪の持ち主は、一緒にいたクレアのものだと、すぐにわかった。
何かを言っているようだが、先ほどの轟音のせいで、あまりよく聞き取れない。
しばらく休んだ後、一夏は己の右手を見た。
(やっちまったなぁ………)
右手の手の甲には、くっきりと、精霊契約に成功した証である《精霊刻印》が出ていた。
二本の剣が交錯したような形の刻印。
間違いなく、先ほどの《封印精霊》のものだろう。
(彼女との約束を、完璧に破っちまったなぁ…………)
罪悪感からなのか、左手が疼いたような気がした。
かつて、自分と共に歩んだ彼女と交わした約束を、ここで破ってしまった……。
だが、ああしなければ、クレアが死んでいた。
あの時は、こうする他なかったのだ。
クレアは一夏か目覚めたことに気づくと、いきなり襟首をつかんで、ぐっと顔を近づけた。
「ど、どうしてよ……!」
「え?」
「どうして、男のあんたが精霊と契約できるのよっ!」
「…………」
一夏は答えることなく、ゆっくりと立ち上がった。
無視されたと思い、クレアはむっとなって、一夏を睨みつける。
「あ、あたしの剣精霊はっ!?」
「悪いな……たった今、俺が契約しちまった」
そう言って、一夏はクレアに己の右手を見せる。
そこにくっきりと表れた、精霊刻印を……。
「な、なな、な、なぁ〜〜〜っ!」
(まぁ、当然の反応だよな…………)
精霊契約は、本来、清らかな姫巫女にしか与えられない特権。
男で精霊と契約した者など、この大陸において、たった一人しかいない。
千年前、世界に破滅と災いをもたらし、《魔王》という呼び名をつけられた精霊使い。
その名も《魔王 スライマン》だ。
そんな彼と同じ性質を持つ一夏は、クレアたち姫巫女にとって、恐怖の象徴になっただろう……。
一夏はクレアの事を考え、その場から立ち去ろうとした……のだが……。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「ん?」
「あ、あんた…………」
魔王の生まれ変わりなの……? とでも聞きたいのだろうか。
当然、答えはNOだと告げたいが、それで信じてもらえるだろうか……。
だが、彼女から出た言葉は、あまりにも予想外な物だった。
「あんた、あたしの精霊を横取りしたんだから、ちゃんと責任をとりなさいよねッ!」
「………………はぁ?」
「だ、だから! 責任よ、責任! 本当はそれ、あたしが手に入れるはずだったものよ! それをあんたが横から掻っ攫って行ったんだから、当然じゃない!」
「…………ごめん、お前何言ってんだ?」
「だからっーーーー」
クレアは、ビシッと人差し指を一夏に突きつけて、はっきりと言った。
「あんたがあたしの契約精霊になりなさいっ!」
「兄……さん……」
勉強を中断し、自分のベッドに横たわる三春。
その手には、兄と一緒に写っている写真があった。
二人とも、剣道場の道着を着ていて、手には竹刀を握っている。
「兄さん……どこ? どこにいるの……っ?」
双子の兄は、突然姿を消した。
何も、自ら消えたわけではない。
ある事件があり、それ以来、兄・一夏の姿を見た者が、世界中どこにもいないということだ。
世間は兄の捜索を諦めた……でも、三春は……。
「私は見つけるよ……必ず……っ! 兄さん…………」
どこに行ったかもわからない兄のために、三春は、IS学園への進学を、確固たる決意で決めたのだった……。
更新は……まぁ、ぼちぼちという感じで行こうかと思います。
今のメインは、ソードアートの方なので、そっちを進めつつ、気になったら、こっちも更新していくような感じで……。
こんな物で申し訳ないのですが、今後とも、よろしくお願いいたします!
感想、よろしくお願いします!