IS使いの剣舞 Re.make   作:剣舞士

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更新が遅くなり申し訳ない( ̄▽ ̄)




第4話 猫と狼と騎士

「はぁあ……ひどい目にあった……」

 

 

 

学院への編入が済んだ日の夜。

一夏は用意されていた宿舎の中に入った。

まぁ、宿舎といっても、簡易的に作られた掘っ建て小屋なのだが……。

だが、意外と中はしっかりと作られていた為、そこはエリスの生真面目さに感謝しなくてはならないかもしれない。

 

 

 

「まぁ、家畜臭いっていうのが難点なんだが……」

 

 

 

隣は馬小屋な為、どうして家畜の臭いが凄い。

これは慣れるしかないと思いつつも、この学院での扱いがひどい事には変わりない。

一夏は考えることをやめて、藁葺きのベットに横になった。

一応は藁のフカフカさが生きている為、寝心地は悪くない。

 

 

 

「にしても、たった二ヶ月で昔の感を取り戻せとはな……随分と無茶言ってくれるぜ、あの婆さん」

 

 

 

今日、このアレイシア精霊学院への編入を言い出した張本人である、グレイワース・シェルマイスから、一夏はある情報を得た。

 

 

ーーーー《最強の剣舞姫》が戻ってきて、少女の姿をした闇精霊を連れていた。

 

 

《最強の剣舞姫》……それが意味する名を冠する精霊使いは、この世にたった一人だけだ。

三年前の精霊剣舞祭の時、まるで彗星の如く現れた、無所属の13歳の少女。

闇属性の精霊を使役し、その精霊魔装である漆黒の魔剣を振るい、圧倒的強さで世界を魅了した人物。

その名は、レン・アッシュベル。

だが彼女は、精霊剣舞祭が終了したのとほぼ同時に、忽然と消えてしまった……。

そんな彼女が、再び戻ってきたと言う……。

しかも、一夏の探し人と共にいるというのだ。

 

 

 

「くそっ……どの道、他に手がかりなんて無かったし、ちょっと癪だが、魔女の話に乗せられてやるか」

 

 

 

本当はグレイワースの言葉に踊らされているのではないかとも思ったのだが、魔女は真実を口にしない代わりに、絶対に嘘はつかない。

故に、本当である可能性が高いわけだ。

ならば、早く代表メンバーになってくれる生徒……つまり、五人一組のチーム戦を行う為の、メンバーを集めなければならない。

だが、今日起こった出来事のせいで、その行為自体がら難しくなった。

不可抗力とはいえ、女性に押しつぶされてしまい、クラスメイトたちには警戒され、はたまた勝手に奴隷精霊扱いするクレアからは鞭による暴行までもらった……。

もはや、五人どころか一人を集めるのも至難の技になりつつある。

そして、最後に大暴れしたクレアは、担当であるフレイヤ教諭によって説教されて、今は説教部屋で反省文でも書かされているのかもしれない……。

 

 

「はぁ〜……これからどうしろってんだよ……」

 

 

 

ぎゅううう〜〜……。

 

 

 

「…………くそぉ〜〜……腹減ったなあ……」

 

 

 

そう言えば、今朝から何も食べてないのを思いました。

いや、一応昼は何か口に入れようと思った。

しかし、肝心の食堂に行き、メニューを見た瞬間に、一夏の目は飛び出そうになった。

 

 

 

「なんだよあの金額……っ、0の桁がおかしいだろ……スープ一杯が平民の1日分の平均賃金っておかしくない?」

 

 

 

だがまあ、このアレイシア精霊学院がお嬢様たちが集まる乙女の花園である限り、これくらいが当然なのだろう。

あいにく、一夏には全くわからない世界ではあるが……。

 

 

 

「うーん……明日はエリスに学院都市を案内してもらおうかな。いずれ生活していくなら見ておかなきゃいけなくなるし……」

 

 

そしてそこで安い食材などを買い込めば、数日、いや、一週間は堅い。

それに久々にまともな料理というものをしたいと思っていたところだ。

いつもいつも焼き魚や焼いた肉なんかを食べていた為、少しは揚げ物やパスタなんかも食べたい。

 

 

 

「パスタか……うーん、ベーコンとキノコのトマトスパ。トマトは缶詰でいいとして、パスタと残りの食材は……」

 

 

 

ぎゅううう〜〜〜〜!!!!

 

 

 

「くそぉ〜〜……余計に腹が減ってきたぁ〜〜」

 

 

 

もう食べ物のことは忘れて、すぐにでも眠ろうと藁にうつ伏せになった、その時だった。

 

 

 

「クンクン…………この匂いは……っ!」

 

 

 

微かに香ってくる匂いに、一夏の鼻が反応した。

ほのかな香り、食欲をそそるような、それでいてスパイスの香りも強い……。

 

 

「なんだ……?」

 

 

匂いの発する方を辿って行ってみる。

どうやら、小屋の入口の方から匂ってくるみたいだ。

一夏は恐る恐るドアをスライドさせて、外を確認する。

すると、摩訶不思議な光景がそこにあった。

 

 

「…………は?」

 

 

何もない地面に、たったひと皿のスープ。

それもとても高そうな皿に入ったスープだ。

鶏肉の手羽元部分を使って、香ばしい焼き目とスパイスの香る『鶏肉と野菜のスープ』。

 

 

「なんだこれ……! 幻覚……か? もしかして、とうとう俺にも天の御恵みが来たってことか……っ!?」

 

 

 

まぁ、それが何であれ、貰っておけるのなら貰っておいて損はあるまい。

一夏はゆっくりとスープの乗った皿に手を伸ばし、それを一掴みしようとした時……。

 

 

 

ヒョイ。

 

 

「あれ?」

 

 

ヒョイ。

 

 

「…………」

 

 

 

 

何故だろう。皿の方から一夏の手を逃れるように動く。

これはよくあるイタズラなのではないか……そう思った一夏は、すぐに視線を上にあげた。

 

 

 

「ふっふっふ……どうやらお腹が空いているようですわね、織斑 一夏?」

 

 

 

そこにいたのは、先ほどクレアと共に一夏を奪い合い、騒動を起こした要因にもなった人物の一人。

綺麗な長い金髪を優雅に搔き上げて、這いつくばる一夏を堂々と見下ろしている一夏のクラスメイト。

リンスレット・ローレンフロストの姿がそこにあった。

 

 

 

「…………何の用だ?」

 

「ふふっ……そんな態度を取っていいんですの?」

 

「どういう意味だ?」

 

「だってあなた、お腹が空いているのでしょう?」

 

「ああ」

 

 

一夏は素直に頷いた。

 

 

「ならば、『ワンっ』と鳴いてわたくしの下僕になると誓えば、このスープをさしあげますわ」

 

 

 

得意げに胸を反らしてみるリンスレット。

ならば、一夏の答えは……

 

 

「じゃあ、いいや。バイバイ」

 

「あっ! ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!」

 

 

閉めたドアをドンドンダンダンと蹴りつける音がする。

一夏はため息を一つついて、再びドアを開けた。

 

 

「なんだよ……スープくれるのか?」

 

「ええ。わたくしの足を舐めさえすれば……あっ、だからなんでドアを閉めるんですのっ!」

 

 

再びドアを閉めようと思った瞬間に、リンスレットは自分の足を割り込ませて、強引に開こうとする。

 

 

「ええいっ、お前は借金取りかっ!?」

 

「わたくしの慈悲を無下にするなんて……っ!」

 

「何が慈悲だよ……っ!」

 

「っ、い、痛いっ〜!」

 

「だあぁぁ〜、もう! 足入れるからだよ」

 

 

痛がっているので、一夏はドアを開けた。

後ろから付いてきていたメイド……後で名前を聞いたが、『キャロル』という名前らしいが……。

そのキャロルがリンスレットの元へと走ってくる。

 

 

「だ、大丈夫ですか、お嬢様っ!?」

 

「ううっ〜〜」

 

 

リンスレットは相当痛かったのか、若干涙目でこちらを睨みつけてきた。

 

 

「わたくしの慈悲の手を拒むだなんて……っ! なんで無礼な男ですのっ!?」

 

「どこに慈愛が入っていたんだよ……」

 

 

 

ここのお嬢様たちはみんなこんなのしかいないのかと思うと、少しばかり落胆してしまう。

まぁ、人間よりも精霊と一緒にいる機会の方が長いから、そういうのに疎いのはわかるが、少しどころか結構感覚がズレているように見える。

 

 

「って、あなた……」

 

「うん?」

 

「な、なぜ、馬小屋で寝泊まりしているんですの?」

 

 

若干引きつったような顔で見てくるリンスレット。

さすがに貴族のお嬢様には、このような場所で寝泊まりするのは考えられないのだろうか……?

 

 

「馬小屋はあっちだ。それで、ここが俺の宿舎なの。ほれ、意外と住めば都だぜ?」

 

「…………」

 

「いや、そんな可哀想なものを見る目はやめてくれよ……なんだか悲しくなってくるじゃんか」

 

 

 

憐れみ……も含まれているだろうな、これ。

リンスレットはため息をこぼし、呆れたように一夏を見る。

 

 

「全く、こんなところで寝泊まりなんてせずに、わたくしの部屋にきなさいな。

その代わり、あなたはわたくしの下僕になるんですのよ」

 

「素敵ですねぇ〜。メイド服なんて着せたら、きっとお似合いですよ〜!」

 

(なるわけないじゃん……。っていうか、この子も結構ひどい事言うな)

 

 

天然が入っているのか、はたまたわざとなのかはわからないが、キャロルの発言に一夏は耳を疑ってしまう。

だがまぁ、確かに、ここで彼女のいいなりになれば、食事と寝床は確保できる……。

だが…………。

 

 

「悪いが、お断りさせてもらうよ。プライドまでは捨てる気になれない」

 

「ふんっ、後々後悔しても知りませんわよ」

 

 

 

さっ、と振り返るリンスレット。

しかし、その手に持っていたスープだけは、一夏の前に置いていく。

 

 

「えっ?」

 

「せっかくキャロルが作ってくれたのに、余らせるのはもったいないと思いましたので」

 

(ん?…………もしかして)

 

 

一夏はリンスレットの行動に不審を感じたのだが、もしも、一夏の考えが正しかったのならば……。

 

 

 

「なぁ、リンスレット」

 

「っ!? な、なななんですのっ!? いきなり名前で呼び捨てなんてっ…………!」

 

「お前、本当は心配して来てくれたんだろ?」

 

「うっ……そ、そんなんじゃありませんわっ! わたくしは、あなたをわたくしの下僕にするために来たんですのよ!」

 

 

 

顔を真っ赤にして、真っ向から否定するリンスレット。

しかし、その後ろではメイドのキャロルがクスクスと笑っている。

下僕にするかどうかはともかくとして、本当は心配して来てくれたんだろう。

 

 

 

「べ、別にわたくし、あなたのことなんて全然心配はーーーー」

 

「ありがとう、リンスレット」

 

「っ〜〜!!!!」

 

「なぁ、リンスレット」

 

「な、な、な、なんですの…………」

 

 

 

完全に茹でダコのように顔を赤くしてしまっている。

とりわけ何かをやったわけではないのだが……。

 

 

「俺、お前の下僕にはなれないど、友達にならなりたいな」

 

「へっ?」

 

「いや、ここじゃあ俺はよそ者だからさ、何か分からないこととか、困ったことになったら、相談出来るような相手が欲しくってさ……。

だから下僕は無理だけど、友達としてなら、俺は大歓迎だぜ?」

 

「な、なな……っ!」

 

 

 

やはり男に対する免疫がないのか、ちょっとやそっとの言葉で顔を赤くしてしまう。

これはこれで面白い……。

 

 

 

「ま、まぁ? あなたの方からわたくしにお願いするというのであれば? わたくしとしては問題ありませんわよ?」

 

「ああ、それでいいよ。これからよろしくな、リンスレット」

 

「え、ええ。よろしくですわ……」

 

 

 

照れた表情を隠すように、リンスレットは一夏に背を向けた。

 

 

 

「リンスレット・ローレンフロストッ!」

 

 

と、そこにもう聞き慣れたあの声が聞こえてきた。

一夏は内心、「あー、またややこしいのが来たなぁ〜」と思いながら、声の主の方へと視線を向けた。

焔のような紅いツインテールをなびかせて、クレアはこちらに向かって走ってくる。

どうやら、フレイヤ教諭の説教は終わったらしい。

 

 

 

「あたしの奴隷精霊を勝手に餌付けするなっ! この泥棒犬っ!」

 

「なっ!? ど、泥棒犬ですってぇっ?!」

 

(まぁーた始めやがった……)

 

 

ため息をつきながら、一夏は二人のやりとりを傍観する。

 

 

「なによ、あんたの家の家紋は犬じゃない」

 

「なっーーローレンフロスト家の家紋は犬でなく、誇り高き白狼ですわっ‼︎」

 

「白狼? チワワにでも変えた方がいいんじゃない?」

 

「っ!」

 

 

そんなクレアの挑発に、リンスレットが受けて立った。

 

 

「クレア・ルージュ……っ、本気でわたくしを怒らせましたわね……!」

 

 

低い声で唸ったリンスレット。

その声に反応してか、周りに霜が降り始め、あたりの気温が一気に下がり始めた。

 

 

「お、おい、まさか精霊をーーっ」

 

 

クレアの時は空気が変わり、灼熱が吹き荒れたが、リンスレットの使う精霊は氷の属性。

ゆえに、大気は凍え、地面は少しばかり凍てつく。

 

 

「凍てつく氷牙の獣よ、冷徹なる森の狩人よ! いまこそ血の契約に従い、我が下に馳せ参じ給え!」

 

 

リンスレットが召喚式を唱えると、あたりに激しい氷の嵐が吹き荒れる。

そして、その中から現れたのは、白銀の毛皮を纏った美しい白狼が一匹。

 

 

「あれは……」

 

「リンスレットお嬢様の契約精霊ーー魔氷精霊《フェンリル》ですわ」

 

 

キャロルがにっこりと笑いながらそういった。

白狼……フェンリルから漂う雰囲気は、そんじょそこらの低位精霊とは違う。おそらくは中位……Bランク精霊と見て間違いだろう。

 

 

 

「ふん、相変わらず毛並みだけは立派な犬ね」

 

「なっ!? ま、また犬と言いましまわね、この残念胸っ! ローレンフロスト家の侮辱は、絶対に許しませんわっ!」

 

「誰が残念胸よ! スカーレット、行きなさいっ!」

 

 

クレアも負けじと応戦する。

炎の猫と、氷の狼が激突する。

相反する二つの属性を持った二体の精霊同士、どちらも優れた精霊であるのだが、若干クレアのスカーレットが押され気味だ。

 

 

(まぁ、今朝の剣精霊との戦いで、だいぶ消耗しているだろうしな……それでもこれだけの力を持っているなんて……)

 

 

 

スカーレットとフェンリルがぶつかり合うたびに、激しい衝撃が襲う。

 

 

 

「今日こそは叩き潰してあげますわ! そもそも、毎回毎回あなたは目障りなんですわっ!」

 

「それはどっちがよ! 毎回毎回あたしに突っかかってくるのはあんたの方でしょうっ!」

 

 

 

もはや勝負や決闘というよりも、ただの喧嘩にしか見えない。

 

 

 

「うふふっ、お二人とも仲がよろしいですわね」

 

「それは皮肉なのか?」

 

 

一夏の隣で微笑むキャロル。

これが仲がいいと言えるのだろうか?

 

 

「お二人は、小さい頃からこんな感じですよ?」

 

「あいつらは、昔からこんな事やってたのか……」

 

 

呆れてものも言えない……。

一夏がため息をついたその時、なにやら変な匂いがした。

そして、なぜかパチパチと何かが弾けているような音も……。

 

 

「なんだ? なんか焦臭ーーーー」

 

 

後ろを振り向いた瞬間、一夏の顔が絶望に染まった。

 

 

「ああああああああぁぁぁぁっーーーー!!!!? 俺の家がぁぁぁぁぁッ!!!!!?」

 

 

豪快に燃えている……一夏がこれから住むはずだった掘っ建て小屋が……。

 

 

「スカーレットの火が移ってんじゃねぇかぁぁぁぁッ!」

 

「ちょ、リンスレット、ストップストップッ! 火事よ、火事!」

 

「ふっ、そんなことでこのわたくしを油断させようなどと……って、あらまぁ、本当ですわね」

 

 

パチパチと燃えている掘っ建て小屋の入り口付近に倒れていた剣を、一夏は急いで回収し、今度は火を消すための水を探す。

 

 

「おいっ! なんとかしろよ! お前が燃やしたんだろう!」

 

「し、知らないわよ! あたし水なんて出せないし!?」

 

「仕方がありませんわね」

 

 

 

そう言って、優雅なステップを踏んで、リンスレットは一歩前に出た。

そして、右手をパチッと鳴らすと、フェンリルの姿が虚空へと消え、リンスレットの左手に、蒼い長弓となって現れた。

今朝にも見せてもらった氷の精霊魔装だ。

 

 

 

「凍てつく氷牙よ、穿て!《魔氷の矢弾(フリージング・アロー)》ッ!」

 

 

 

氷の矢が生成されて、それを放つリンスレット。

氷の矢弾は高速で飛翔しながら、細かい無数の氷柱状に変形し、燃え盛る一夏の宿舎に命中した。

 

 

「うおっ!?」

 

「ふっ……まぁ、ざっとこんなものですわ」

 

 

ふあさっ、と髪をかきあげながら、誇らしげに言うリンスレット。

しかし一夏は両膝を着いて落胆し、クレアにいたっては呆れた様な表情でリンスレットを見ていた。

 

 

「なにが『ざっとこんなもの』よ……。あんた、力の加減も出来ないわけ?」

 

「ん……?」

 

 

 

クレアに言われて、改めてリンスレットは目の前の光景を確認した。

確かに火は消えた。

しかし、それと同時に、一夏の宿舎までも全壊させてしまったのだ。

 

 

 

「お……俺の、家が………」

 

 

 

木っ端微塵になった家を前に落ち込む一夏。

その後ろでは、今でもクレアとリンスレットの喧騒な声が聞こえる。

あまりの仕打ちにとうとう何か言ってやろうかと思ったその時だった…………。

 

 

 

「何を騒いでいるんだ、お前たちはっ!!」

 

 

 

こちらに向けて放たれた鋭い声。

この声にも、聞き覚えがあった。

凛々しくも可愛らしさが残るアルトボイス。

青い長髪をポニーテールで括り、伝統である騎士団の甲冑を身につけた少女が、軽快な足取りでこちらに向かってきた。

《風王騎士団》団長のエリス・ファーレンガルトだ。

 

 

 

「お前たち、学院内での決闘は禁じて……な、ななっ!?」

 

 

 

決闘の仲裁に入るのは昔からあったが、今エリスは目の前の状況に絶句していた。

自分が作ったはずの掘っ建て小屋が、見るも無残に破壊されていたからだ。

焼け焦げたような臭いと、木っ端微塵になった掘っ建て小屋の残骸……その周りを覆い尽くす水。

何がどうしてこうなったのかと、問いただしたい所だったが、その掘っ建て小屋の前で両膝をついていた一夏に視線がついた。

 

 

 

「き、きき貴様ぁぁぁぁぁッ!」

 

「うおっ!?」

 

 

 

腰に下げていた剣を抜き、思いっきり一夏に斬りかかる。

一夏も咄嗟に手に持っていた直刀を抜き、エリスの斬撃を止める。

 

 

 

「ちょっ、なんでっ?!」

 

「これはどういう事だ! せっかく私が作ってやったというのにっ……! これはあれか? 私に対する抗議なのか? そうなのだなっ!?」

 

「落ち着けよ! 掘っ建て小屋の出来は意外に良かったから文句なんてなかったよ!? それよりも、これ壊したの俺じゃないしッ!」

 

「な、なに……?」

 

 

 

一夏の言葉に、エリスは首を捻った。

では一体誰が……?

そんなエリスの疑問に、後ろに控えていた二人のお嬢様方が答えてくれた。

 

 

「このバカ犬が吹っ飛ばしたのよ」

 

「先に燃やしたのはこの残念胸ですわ」

 

「なによっ、残念胸ってッ!」

 

「あなたこそ! バカ犬とは聞き捨てなりませんわねッ!」

 

「また貴様らか……レイヴンの問題児」

 

 

 

クレアとリンスレットの態度に、エリスはため息をついた。

しかし今度は二人がエリスに対して不機嫌な視線を送る。

 

 

「“また” とはご挨拶ですわね、騎士団長」

 

「“また” だろう? 全く、君たちはいつもいつも問題を起こしてくれるな」

 

 

本当に迷惑していると言わんばかりに、エリスは頭を抑えて苦渋の顔をする。

まぁ、確かに……。

すでにクレアとリンスレットという問題児が二人いるわけで、その他にもレイヴン教室の面々は、いろいろと問題児が多いとエリス自身が言っていた……。

 

 

「団長〜!」

 

「ここにいましたかっ!」

 

「遅いぞ、ラッカ、レイシア」

 

 

と、エリスの後方から、新たに二人の騎士団員がやってくる。

長い髪を三つ編みに結った少女と、活発そうな雰囲気を持つ短髪の少女の二人。

三つ編みの方が『レイシア』で、短髪の方が『ラッカ』というらしい。

 

 

「あっ! レイヴンの問題児!」

 

「火猫のクレアと、氷魔のリンスレット!」

 

 

キッ、とクレアとリンスレットを睨みつける団員の二人。

どうやらエリスだけではなく、他の団員にも目をつけられているらしい。

 

 

「あんたが男の精霊使いかい?」

 

「ん? あぁ、そうだ」

 

「ヘェ〜」

 

 

一夏の事が気になったのか、ラッカとレイシアは一夏に近づく。

 

 

「男の精霊使いなんて初めて見たけど、中々いい顔してるじゃない」

 

「団長から聞いてはいたけど、本当にいるんだな……」

 

「ちょっと! そいつはあたしの奴隷よっ、勝手に近づかないで!」

 

「いいえ、わたくしの下僕でしてよ」

 

 

と、今度はクレアとリンスレットが絡んでくる。

リンスレットには先ほど下僕にはならないと言ったばかりなのだが……。

 

 

「あらあら……誰ともチームを組んでもらえなかったからって、今度は男を誑かしに来たわけね。

さすが、辺境の田舎貴族は、やる事がせこいわね」

 

「なんですって……?」

 

「ふんっ、火猫の方なんて、貴族どころか “反逆者の妹” じゃないかっ。なんでこんな奴が学院にいるんだよ……」

 

(反逆者の妹……? どういう事だ?)

 

 

 

この学院にいるのは、由緒正しい貴族のお嬢様たちばかり。

クレアの名前は偽名であるというのはわかるが、貴族どころか反逆者の妹と来ては…………

 

 

スパァーーーン!!!!

 

 

 

だが、そんな思考も、クレアの鳴らした鞭の音によってかき消されてしまう。

 

 

 

「黙りなさいっ……消し炭にするわよ……ッ!」

 

「「っっ……!!」」

 

 

 

燃え盛る煉獄の炎のような目をしていた。

それがただ単に睨みつけているわけではないと、一夏は瞬時に理解した。

あれは、本当に殺意を持った者の目だった。

 

 

「お前たち、もうやめろ。さすがに言いすぎだ……。だが、この事は学院に報告しなくてはならない。我々も忙しいのでな、もうこれ以上暴れまわるのはやめておけよ……」

 

 

騎士団長として、エリスはラッカとレイシアの二人を止める。

このまま穏便に済ませれる……そう思ったのもつかの間だった。

 

 

「あら? 逃げるの?」

 

「…………クレア・ルージュ。いま、なんと言った?」

 

 

その場を立ち去ろうするエリスに、クレアが突然後ろから殴りつけるような言葉で挑発する。

 

 

「あら〜?聞こえなかった? 騎士団も案外拍子抜けなのねって言ったのよ」

 

「…………騎士団への侮辱は、さすがに見過ごす事は出来んぞ?」

 

「上等じゃない……! あたしはもとよりそのつもりよ……。あたしの事は、どんなに蔑んだって構わない。

でも、姉様の事を悪く言う奴は、絶対許せないわっ……!」

 

 

クレアはキッと表情を強くし、エリスたち騎士団に対して、右手人差し指を突き出した。

 

 

「決闘よっ、エリス・ファーレンガルトっ! そこの二人もね!」

 

「ほうっ?」

 

「わたくしもその意見には賛成ですわ、クレア・ルージュ」

 

「リンスレット……」

 

「ローレンフロスト家への侮辱は、わたくしに取っても不愉快極まりないものですので……。

それに、『ローレンフロスト家の名を愚弄した者には復讐の牙を』……我が家の家訓ですの」

 

 

 

クレア、リンスレットがともに騎士団へ決闘を申し込んだ形になった。

ここまでされては、さすがのエリスも我慢できなかったようだ。

 

「ここで決闘を受けずに、逃げたと思われては、騎士団の名折れ……。

いいだろうっ! その決闘、受けて立ってやる! さすがにここ最近の君たちの行いには、目に余るものがあると思っていたところだ……っ!」

 

「あらそう。あたしだって、騎士団の横暴には嫌気がさしていたところよ……っ!」

 

「わたくしも、ですわ……っ!」

 

加熱する三人の間に、一夏が割って入る。

 

 

「おいおい、私闘は禁じられてるんだろう?」

 

「“学院内での私闘はな” 。無論、ここでやりあうつもりない」

 

「はぁ? どういう意味だよ?」

 

 

 

首をかしげる一夏を無視して、エリスは続けた。

 

 

 

「試合形式はどうする?」

 

「一対一……は面倒ね。三人一組でどう? そっちの方がわかりやすいでしょう」

 

「いいだろう……。では深夜二時……〈門(ゲート)〉の前だ。そこで決着をつけてやるっ」

 

「いいわ、やってあげる」

 

 

 

ようやく交渉が終わった。

エリスはラッカとレイシアの二人を扇動してその場を離れ、その後ろ姿を見ながら、クレアとリンスレットはエリス達の言葉に憤慨していた。

 

 

「わたくしとわたくしの家に対しての侮辱となると言葉を吐いた事、すぐに後悔させてあげますわ」

 

「あたしもよ……。特にあの短髪の奴は許せないわっ……!」

 

これは、クレアにしかわからない事なのだろうが、相当怒り狂っているように見えた。

 

 

「というわけで、今回はあんたと組む事になるけど、これはあくまで一時的になんだからねっ!」

 

「当然ですわ。こんな事がなければ、誰があなたなんかとチームを組むものですか」

 

「はぁ……飯は食えず、家も壊され、しまいには決闘騒ぎかよ……勘弁してくれ……」

 

 

 

ここに至っても、この二人は相変わらずと見える……。

しかし、そこで疑問が一つ……。

 

 

 

(ん? 三人一組って言ったよな……?)

 

 

 

決闘を受けるのはクレアとリンスレット。

向こうは確かにエリス、ラッカ、レイシアの三人いたが、こちら側のあと一人のメンバーは一体誰が……?

 

 

 

「というわけで、さっそくあんたの力、見せてもらうからね!」

 

「やっぱりそうなるよねぇ……」

 

 

ここにいる精霊使いもまた三人。

クレア、リンスレット……そして、世界でたった一人しかいない男の精霊使い……織斑 一夏。

学院編入初日から、とんでもない騒動に巻き込まれてしまったと、一夏は肩を落としながらため息をついた。

 

 

 




感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)


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