IS使いの剣舞 Re.make   作:剣舞士

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久しぶりの更新。

皆さん覚えててくれたかな、話の流れ。





第6話 真夜中の剣舞

「うーん……やっぱり夜になると、学院の雰囲気も変わるもんだな」

 

「当然でしょ。夜は精霊達の時間なんだから……」

 

「はぁ……よかったぁ、精霊の森で野宿なんかしなくて……」

 

「あんた、そのまま野宿してたら、精霊達に襲われてたわよ?」

 

「そんな危険なところに学院建ててるのもおかしいけどな……」

 

 

 

 

深夜……。

昼間は貴族淑女たちの活気に包まれている学院だが、彼女たちが寝静まってしまうと、今まで出て来てなかった精霊たちが活発になっていく。

そのため、人とは違う気配が、学院のあちらこちらに確認できる。

今、一夏たちは精霊の森の中を少し入っていった場所を歩いていた。

先導するクレアの後を追って、一夏が追随するといった形だ。

その目的はただ一つ。

今夜行われるエリスたち〈風王騎士団〉(シルフィード)との決闘のためだ。

クレアはもちろん、同じく決闘を申し込まれたリンスレットも戦う気満々だ。

一夏は巻き込まれた形になったのだが、こればかりは仕方がない。

クレアには部屋に泊めてもらうという恩もあるし、なによりも “魔女” の策略によって、この学院に強制的に編入させられたのだから、いずれは戦わなくてはならない。

それに、一夏自身の目的でもある〈精霊剣舞祭〉(ブレイドダンス)を勝ち抜くためにも、昔の感覚を思い出さなくてはならないのだから……。

 

 

 

 

「にしてもよ、この学院内では決闘や私闘は禁じられてるんだろ? どうやって戦うんだ?」

 

「ええ、学院内では禁止されてるわね……だから、学院の外で戦うのよ」

 

「それってどういう……」

 

「いいから、ついて来なさい」

 

 

 

 

クレアにそう言われて、しぶしぶついていく一夏。

すると、草木生い茂る森の景色が、一瞬にして開けた。

 

 

 

「っ……! ここは……」

 

 

 

目の前にあるのは、まるで古代の遺跡のようなものだった。

イギリスの『ストーンヘンジ』、ギリシャの『パルテノン神殿』のような、古代の神話の時代からあったような遺跡。

しかし、ここは一夏の知っている世界とは全く別物の世界。

 

 

 

「これは……〈門〉(ゲート)っ!?」

 

 

 

〈門〉(ゲート)

それは、一夏やクレアたちのいる世界と、精霊たち本来の住処たる〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)とを繋いでいるものだ。

この門は世界各地に点在しているため、特に珍しいという事もないのだが、ここは学院の敷地の中にある。

 

 

 

「おいおい、〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)で決闘するのかよっ!? 大丈夫なのか?」

 

「大丈夫よ……。ここには低位の精霊しかいないわ。でなきゃ、学院が放置しているわけないでしょ?」

 

「まぁ、たしかにそうだな……。だが、封印精霊を祀った祠に、《門》まであるんだからなぁ……ここは秘密基地かなんかか?」

 

 

 

一夏は愚痴りながらも、クレアの後に続いて、《門》を潜っていく。

体が光の門を抜けた先には、どこまでも広がる広大な森の大地がひろがっていた。

〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)の世界ではよく見る《オーシャン・フォレスト》と呼ばれる場所だ。

一夏たちは〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)側の《門》の前に立っていた。

そこから、決闘が行われる会場になる小劇場へと向かう。

 

 

 

(こっちに来るのは……ほんと、久しぶりだな……)

 

 

 

見える景色……何もかもが懐かしい。

もう三年も前になるのだと、一夏は懐かしんでいた。

そうこうしているうちに、一夏たちは決闘の場となる小劇場へと到着。

構造的には、すり鉢状の施設……狭い野球場のような建物だった。

小劇場と言ったが、屋根はなく、吹きっさらしの状態だ。

そんな会場には、すでに先客がいた。

 

 

 

「遅いですわよっ、クレア!」

 

 

 

金髪の縦ロールの髪を弄りながら、優雅に佇む一人の少女と、その傍にいるメイド服姿の少女。

クレア同様に、エリスに決闘を申し込まれたリンスレットと、彼女のメイドであるキャロルだった。

 

 

 

「あんた達、随分と早いわね……!」

 

「ふんっ、あの騎士団長をギャフンと言わせれると思うと、やる気が漲っただけですわ……!」

 

「ふーん……まぁ、それはあたしも一緒ね。あいつらを完膚無きまでに叩きのめして、姉様を侮辱したことを後悔させてやるんだから!」

 

 

 

 

二人の意気や良し。

あとは、相手側であるエリス達を待つだけなのだが……。

 

 

 

「遅いなっ……8分も遅刻しているぞ、レイヴン教室!」

 

「っ!? エリスっ!?」

 

「一体どこにっ……!?」

 

 

 

 

突如として、小劇場に響き渡る、凛とした声。

これは間違いなく、騎士団長エリスのものだった。

そして、劇場内で反響する声の、その発声源の方へと視線を向ける。

ちょうど、一夏達とは対面する方向から現れた。

堂々たる登場。

綺麗な青髪をポニーテールで結った騎士団長エリスと、その両側面後方に控える、騎士団員二人。

長い髪を三つ編みに纏めている方の少女は、『レイシア』。短髪のボーイッシュな少女は、『ラッカ』という名前だったはずだ。

そんな三人が、劇場の最上部にて、毅然として立って登場した。

ほんと、一体いつのまに居たのやら……。

 

 

「なんだ、負けた時にでも言う言い訳でも考えていたのか?」

 

「チィ、いつからそこにっ……」

 

「ぐぬぬっ……わたくしよりも目立っているなんて……っ!」

 

「えっ、そこなのか……?!」

 

 

 

流石は貴族のお嬢様たち。

考えが少しずれているような……。

と言うよりも、この場合だと、別の可能性があるのではないだろうか?

一夏は呆れたかのように、エリスたちを見上げた。

 

 

 

「なぁ、エリス」

 

「なんだ、オリムラ・イチカ」

 

「もしかしてなんだけどさ……かっこよく登場する機会でも伺ってたんじゃないかなぁ〜って……」

 

「「「「「「……………………」」」」」」

 

 

 

その場にいる、一夏以外のメンバー全員の場の空気が静まり返った。

あれ? なんかやばいことあったかな?

しかしそんな空気も、クレアとリンスレットが容易くぶち壊した。

 

 

 

「プフッ……!」

 

「フッ、フフフフ……っ〜〜!!!」

 

 

必死に笑いを堪えているのが分かる。

体をかがめて、笑っている顔を見せないようにしているのか、下を向いた状態で、体だけが小刻みに動いている。

 

 

 

「ち、違うぞっ!? こ、これはそんな事のためにだなーーーー」

 

「そ、そうだっ! 別に、先に来て待っていたわけではないっ!」

 

「そ、そうよっ!」

 

(図星だったか…………)

 

「なんだその生暖かい目はっ……!! ほ、ほんとなんだぞっ!」

 

 

 

 

急に恥ずかしがり、取り乱す騎士団長以下3名。

そして、大いに笑ったクレアとリンスレットも、気分がいいのか、騎士団に対して挑発する。

 

 

 

「はあーあ……さっすがね、騎士団長♪」

 

「ほんとですわ……。団員のみならず、我々生徒の模範ともなるべき行動ですわね♪」

 

「っ〜〜〜〜!!! は、早く精霊を出せっ! 決闘だっ!」

 

 

 

まるで子供の会話そのものだ。

一夏はため息をついて、視線をクレアに向ける。

クレアの手には、いつのまにか〈炎の鞭〉(フレイムタン)が握られており、リンスレットの手にも氷の弓〈魔氷の矢弾〉(フリージング・アロー)が握られてていた。

 

 

 

「クレア、勝算はあるのか?」

 

「それはあんたの実力次第ね……」

 

「えぇ……」

 

「正直、エリスの実力は、騎士団員たちの中でもピカイチよ。伊達に騎士団長を名乗っていないわ。

それに、ほかの二人だって、それなりに手強いし……実力的には私たちの方が上だとは思うけど、騎士団の連携は侮れない。気を抜いたら一瞬でやられるわ……。

それに、私の《スカーレット》は、今朝の封印精霊との戦いで、だいぶ消耗しているところがあるし……。あまり無理はさせたくないの……」

 

「…………」

 

「っ、なによっ?」

 

「いや、中々の観察眼だと思ってな……。お前の性格からして、結構直情的なのかと思っていたんだが……」

 

「ヘェ〜……」

 

(あ、地雷だったかな……?)

 

 

 

 

出会ってまだ間もないのだが、クレアの目尻にシワが寄った笑い方をする時は、決まって怒っている時だ。

まぁ、そんな顔しかまだ見たことがないというのが本音であるが……。

 

 

 

「じゃああんたに、いっときの猶予と選択肢をあげるわ。前衛と丸焼き……どちらか好きな方を選びなさい」

 

「オーケー、前衛は任せろっ!」

 

「ふんっ!」

 

 

 

 

丸焼きを希望する者などいないだろうに……。

一夏はやれやれといった表情で、クレア達の前に立った。

意識を右手に集中して、今朝契約した封印精霊との意識をリンクしていく。

 

 

(ほんとは気が進まないんだけどな……)

 

 

 

一瞬、黒い手袋に覆われた左手が気になり、意識が疎かになるが、気を取り直して、もう一度集中していく。

 

 

 

 

「『冷徹なる鋼の女王 魔を滅する聖剣よーーーー」

 

 

 

〈契約式〉(サモルナ)

精霊との契約の時や、力を使う時などに使用する精霊語。

それを唱えながら、一夏は精霊とのリンクを確認していた。

だが……。

 

 

 

(んっ……? なんだ? いまリンクが途切れたような……?)

 

 

 

だが、今更召喚を止めることはできない。

一夏はそのまま続けて呪文を唱える。

 

 

 

 

「いまここに鋼の剣となりて 我が手に力を』っーーーー!!!」

 

 

 

眩い光が放たれる。

そして、その光が収まった時、一夏の手に、剣精霊が召喚されていた。

とても扱いやすく、軽そうな、“短剣” が……。

 

 

 

「「「「「「っっっ………………!!!!????」」」」」」

 

 

 

全員が再び沈黙に包まれた。

今の今まで、誰とも契約をしてこなかった学院内伝説の封印精霊。

それと契約を果たした、男の精霊使い。

その実力や、契約した精霊の姿を目にできると、内心誰もが期待を寄せていたに違いない。

しかし、その結果がこれだ。

一夏の手にしているのは、たしかに神秘的なオーラを纏った剣だったのだが、しかし、それが短剣というのはどういうことだろう。

クレアの話した事が噂になり、学院内では、一夏がすでに優れた “長剣” の精霊と契約したことは知っている。

だが、今手にしているのは “短剣” ……。

これは一体どういう事なのだろうか?

 

 

 

 

「ち、小っさ…………」

 

 

 

 

思わず、クレアがそう呟いた。

もの凄い肩透かし感を感じたのだろう……。

 

 

 

「ま、待て待てクレア! 見た目はこんなんだが、一応は封印精霊だぞ? なんか、もの凄い能力が秘められているかもしれないじゃないかっ!」

 

「そ、そうよねぇ〜! あれだけ凄い力があったんだもんねっ!」

 

「そ、そうだぜ! ほら、こんな岩なんて、多分スパーンッとーーーー」

 

 

 

パキィィィィーーーーン…………

 

 

 

近くにあった手頃な岩を見つけ、それに向かって短剣を振った。

しかし、刀身が当たった瞬間、短剣はものの見事に真っ二つにへし折れた。

 

 

 

「ほら…………パキィィィィンって…………」

 

 

 

汗が止まらない。

ジト目で睨んできて、ズンッ、ズンッという効果音が似合うような歩き方で、クレアは一夏に近づいていく。

そして、両手で制服の襟を掴むと、問いただすように顔を近づける。

 

 

 

「っ〜〜〜〜!!!!!!」

 

「あ、えっと……その、実は俺、精霊を使役するのは3年ぶりでな……その、まだ感覚が戻ってないっていうか……」

 

「はあっ!!? 何よそれっ! あんたあんなに凄かった精霊をいとも簡単に手懐けてたじゃないのよっ!!?」

 

「いや、それはだな……お前を助けようって思って、もう無我夢中だったんだよ……。

その、正直どうやって契約したのかなんて、覚えてないんだ」

 

「な、何よそれぇ〜〜っ!!!」

 

 

 

非常に残念そうに落ち込むクレア。

一夏はブランクのせいだと言ったが、正直な話、原因は他にもある。

 

 

 

(俺が負い目を感じて、召喚どころか契約も拒んでいたからかな……)

 

 

 

憂いを秘めた瞳の先にあるのは、手袋に覆われた左手。

そこには、とても大切な人との契約の証があるのだ。

彼女以外と契約するなんて、本来ならあり得ないし、する必要がないと思っていた。

 

 

 

「もうっ! なんなのよあんたっ!? あんたの実力を期待してたのにぃ〜〜!!!」

 

「痛ってぇっ!? ばっ、やめろっ!? 鞭で叩くな!」

 

 

 

クレアの容赦のない鞭攻撃を受けながら、一夏は近づいて来る二人の気配を感じ取った。

 

 

 

「ふふっ……可哀想ね《火猫のクレア》。精霊だけじゃなくて、入れ込んだ男にまで裏切られるなんてね」

 

「ふんっ、正直見損なったよ、男の精霊使い。その程度で我々に剣を向けるなんてなっ……!」

 

 

 

レイシアとラッカが、それぞれ自分の精霊を呼び出し、さらにはそれを武器へと姿を変える〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)を手にして近づいていた。

純化形態の中でも、より高度に最適化させられた形態。

レイシアの精霊の名は《オアンネス》。

そしてその〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)は、氷の刀身でできた細剣に近い形状の一振りの剣だった。

そして、ラッカの精霊の名は、地精霊《カブラカン》であり、〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)は柄の長い大鎚。

〈破岩の鎚〉(ロック・ブレイカー)だ。

二人はそれぞれの〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)を握りしめて、エリスは自身の腰に帯剣していた騎士団員全員が持っている騎士団の片手剣を抜く。

 

 

 

「まぁ……何はともあれ、舞台の役者は揃ったわけだっ……! さあぁ、夜が明けないうちに終わらせようっーーーー!!!」

 

 

 

騎士団員たちの士気も上がった。

しかし、肝心のエリスがまだ精霊を出していなかった。

 

 

 

「エリスは精霊を出さないのか……?」

 

「ふふっ……!」

 

「っ!?」

 

 

 

エリスのこぼした笑みを見て、一夏は「はっ」となった。

すると、それとほぼ同時に、強烈な風が吹き荒れる。

 

 

 

「すでに召喚している……。紹介しよう、私の契約精霊……魔風精霊《シムルグ》だっ!」

 

 

 

一陣の風が通り過ぎ、その姿を晒す。

鮮やかな緑色の毛並みが綺麗な大きな鳥だった。

風属性の精霊の為、動きは素早く、ましてや、《シムルグ》が通過した後には風の刃が吹き荒れるため、容易に近づけない。

 

 

 

「くっ、速いなっ……! うおっ!?」

 

 

 

《シムルグ》がまっすぐ一夏の頭上に落ちて来る。

一夏はとっさに飛び退いて躱しはしたものの、あまりの速さに、風までは避けきれなかった。

一夏の左肩付近が、風の刃によって斬り裂かれる。

 

 

 

「ぐっ、つぅ〜〜!!!」

 

 

 

〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)では、肉体による傷は存在しない。

そのかわり、精神へのダメージが蓄積されていくのだ。

そのため、血を流したりなどはしないが、受けたダメージは、一夏のいる世界と同様に、かなりの激痛を与える。

 

 

 

「ちぃっ……! 『神威よ 傷を癒せ』!」

 

 

 

精霊魔術を使い、一夏は即座に傷を治す。

だが、その間にも、高速で迫って来る《シムルグ》。

 

 

 

「一夏っ! さっさと〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)を展開しなさいよっ!

このままじゃ、ただやられるだけよっ!」

 

「わかってるっ!」

 

 

 

一夏はもう一度右手の甲に刻まれた精霊刻印に意識を集中するが、やはり、展開される武器は短剣だった。

 

 

 

「ちっ、こんなじゃ届かねぇだろっ……!」

 

 

 

一夏は短剣を左手に持つと、腰に差していた片手剣に右手を伸ばす。

片手剣の柄を握りしめ、抜剣。

片刃の直剣……直刀を振り抜き、構えを取る。

 

 

 

「『神威よ 我が刃に鋼の加護を』ーーーー!!!」

 

 

 

右手に握る直刀に、神威の光が流れ込む。

これにより、多少は丈夫な剣になった筈だ。

 

 

 

「あ、あんた、そんなんでどうするってのよっ!?」

 

「この短剣よりはマシだろうっ!」

 

「もうっ、仕方ないわねっ! 私が援護するから、あんたはーーーー」

 

「団長のところへは行かせないっ!」

 

「「っ!?」」

 

 

 

クレアは鞭の扱いと、精霊魔術には長けているため、中距離支援を行おうとするが、そこに鋭く割り込んで来た声が……。

それと同時に、氷の壁が出現する。

それにより、一夏とクレアは壁によって引き離された。

その壁を作り出したのは、言うまでもなく、騎士団員のレイシアだった。

 

 

 

「クレアっ!」

 

「あたしは大丈夫よ! それよりも、あんたはエリスをっ!」

 

「ああっ、わかった!」

 

 

 

連携すると言ったそばから、すでに両断されてしまった二人。

クレアの力量から、一対一の状況ならば、まず負けることはないだろうが……。

一夏はクレアの指示に従い、エリスの方へと駆けていくのだが、それを遮るように、一夏の頭上を覆いかぶさる影が……。

 

 

 

「団長のところには行かせないよっ!」

 

 

 

大鎚を持った精霊使いラッカが、一夏の頭上から思いっきり大鎚を振り下ろす。

 

 

 

「ちっ!」

 

「ふんっ、逃げているだけか、男の精霊使いっ!」

 

 

 

正直、単純な武術での勝負ならば、一夏はラッカに負けない自信があったのだが、問題は精霊を使役できるかどうかだ。

いかに神威で補強しているからといって、ただの直刀と純粋に精霊を使役して作り出した〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)とをぶつけたら、直刀の方が簡単に砕け散るだろう。

左手に持つ一夏の〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)は短剣であり、そしてあまりにも脆い。

この短剣では、たとえ普通の武器に当たったとしても、簡単に砕けてしまうだろう。

 

 

 

「逃げるなっ! ちゃんと戦え、男の精霊使いっ!」

 

「悪いがっ、お前の相手をしている暇は、ないっ!」

 

 

 

 

ラッカの放つ〈破岩の鎚〉(ロック・ブレイカー)を躱す一夏。

そして、重い一撃を放ったラッカの隙をついて、一夏はその場を離れた。

その瞬間を狙ったか、ラッカの胸部に、氷の矢が突き刺さった。

 

 

 

「ぐっ、ぐああーーっ!?」

 

 

 

〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)では、受けたダメージは肉体には現れない。

全て、精神へと蓄積されるのだ。

故に、胸に突き刺さった矢が、ラッカの意識を奪うだけで、血が流れたり、死んだりするわけではない。

 

 

 

「ふぅ……さっきは助かったが、なんで狙撃手のお前が、そんな目立つ場所にいるんだよ……」

 

 

 

一夏が振り向いた先にいたのは、蒼穹の弓を携え、優雅に立つプラチナブロンドの髪をかきあげる。

 

 

 

「うふふっ……わたくしがクレアより目立つのは当然ですわっ!」

 

「さすがお嬢さまですわーーー!!!」

 

 

 

キャロルが両手に旗を持って応援するその先には、自信に満ち溢れた瞳を向けてきた。

少女、リンスレット・ローレンフロストは優雅に一夏を見下ろす。

 

 

 

「あんたはいろいろ動き回って、援護射撃しなきゃでしょーがっ!!!」

 

「ご心配なく、あのうるさい鳥精霊も、わたくしが撃ち落としてあげますわっ!」

 

 

 

リンスレットは空を飛び回るエリスの精霊《シムルグ》に対して、氷の矢を番える。

 

 

 

「凍てつく氷牙よ 〈魔氷の矢弾〉(フリージング・アロー)っ!!!」

 

 

放たれた氷矢。

しかし、それを《シムルグ》は容易く躱す。

 

 

 

「くっ! ちょこまかとっ! ならばっ!」

 

 

 

単発でダメなら多弾ならばと、氷矢をいくつも生成していく。

 

 

 

〈魔氷の多弾〉(フリージング・バレット)ッ!!!」

 

 

いくつもの氷弾が《シムルグ》に向かって飛んでいくが、そこは風属性の精霊……持ち前のスピードで全てを躱し、逆にリンスレットに迫る。

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

「お嬢さまっ!?」

 

「ちっ!」

 

「一夏っ! あんたはエリスをっ!」

 

「ああっ!」

 

 

 

 

一夏は迷いなくエリスに向かって走っていく。

 

 

 

「エリスっ!」

 

「ふんっ」

 

 

 

一夏は左手の短剣をエリスに向かって投げる。

が、エリスはそれを容易く打ち落として、切っ先を一夏に向ける。

 

 

 

「随分と脆い〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)だな。それで? 今度はそちらの剣で来るわけか……っ!」

 

「はあああっ!!!」

 

 

 

右手に持っていた直刀を振り上げ、エリスの頭上から振り下ろす。

しかし、エリスはその斬撃を真正面から剣で受け止める。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「くっ!」

 

 

 

エリスの持つ騎士団の剣にもまた、神威が付加されている。

そのため、剣の切れ味、耐久性能では五分と五分。

ならば鍵となるのは、剣の腕だ。

 

 

 

「はああっ!」

 

「んっ!?」

 

 

 

一夏の重い剣戟を、体全身を動かすことで弾き返したエリス。

一夏は体勢を整えて、再び構えた。

 

 

 

(決して手加減はしていない俺の斬撃を真正面から受けて、あまつさえ弾き返した……。

それに今の動き、相当鍛練を積んだ者の動き……っ!)

 

 

 

エリスの家、ファーレンガルト家は武門の家。

それ故に、その娘たるエリスもまた、武術には秀でているわけだが……。

 

 

 

(彼女の能力を、少し見直した方が良さそうだな……!)

 

 

 

一夏がエリスを攻めあぐねている間に、クレアとレイシアの交戦も終えたようだった。

 

 

 

「はあああっ!!」

 

「やあああっーーーー!!!!」

 

「なっ!? ぐあああっ!!?」

 

 

 

 

氷の剣を振るい、クレアを仕留めようとしたレイシアだったが、逆にクレアの鞭が腕に絡みついて、そこから炎による精神的ダメージの蓄積によって、レイシアを戦闘不能に追い込んだ。

残る相手は、騎士団長、エリスただ一人。

 

 

 

「どうやら、言い訳を考えなきゃいけなかったのはあんたらの方だったわねっ、エリス!!」

 

「ふんっ……ラッカとレイシアの二人を倒した事は褒めてやる。だが、私がそこの二人のように簡単に倒せると思ったら大間違いだぞっ……!!」

 

「ヘェ〜? じゃあ見てみたいものね。あんたがあの二人に比べてどれだけ保つのか、をね」

 

「ふんっ、わかりやすい挑発だな。だが安心しろ……君の程度の実力では、私を倒すまでは至らないだろうからなっーーーー!!!!」

 

「っ〜〜〜!!! ヘェ〜、言ってくれるじゃない……っ!」

 

 

 

 

エリスを挑発したつまりが、逆に挑発に乗せられた。

クレアの額には、ピクピクと動く血管が……。元々貴族の上にプライドも高いクレアだ。

自分の実力がエリスよりも劣ると言われて、さぞかし頭に来たのだろう。

 

 

 

「ならっ、吠え面でもかいてなさい!!!」

 

 

 

クレアの右手に集まった炎。

それが巨大な火球となり、それをエリスに向かって放つ。

火属性の精霊魔術、〈灼熱の火炎球〉(ファイヤーボール)だ。

クレアが最も得意としている精霊魔術であり、火属性の中では、中級の精霊魔術。

火属性の攻撃魔術の中では基本的な技であるため、使い手の力量によって、威力などが変わるのだが、そこはクレアの実力も相まって、破壊力のある火炎球が放たれた。

いくらエリスでと、放った火炎球を真正面から受けて、無事でいられるわけもない。

しかし、エリスは避けようとするそぶりも見せず、ただただ自分の握っていた剣を鞘に戻し、右手を天空に向けて突き出した。

 

 

 

「『凶ッ風よ 怨敵の心臓を貫く魔槍となりて 我が手に宿れ』!!!ーーーー」

 

 

 

《シムルグ》の姿が虚空に消え、代わりに、エリスの突き出した右手に集まっていく。

エリスの唱えた展開式に従い、シムルグは姿を変え、一本の長槍へと変化した。

 

 

 

〈風翼の槍〉(レイ・ホーク)ッ!!!!!!」

 

 

 

その長槍は、見るからにその神威たる輝きを秘めていた。

色鮮やかな緑色……それは《シムルグ》の毛並みと同じものだ。

そして、穂先が三方向に分かれ、日本の十文字槍と類似の形をした槍。

それを華麗に回し、構えるエリス。

 

 

 

「我がファーレンガルト流の槍術と《シムルグ》の前にっ、切らぬ物などないっ!!!!」

 

 

 

上段からの一閃。

エリスの宣言通り、クレアの放った巨大な火炎球を一刀両断……いや、この場合は “一槍両断” と言うべきか……。

ともかく、ものすごく破壊力のあるクレアの火炎攻撃を、見事に断ち切ったのだ。

 

 

 

(クレアの精霊魔術も大概だが、魔装にしたら、そのクレアの炎すら断ち切るのかよっ……!

あれを食らったら、一撃で終わりだな……!)

 

 

 

そして、リンスレットとはまた違う、凛として品のある動き……。

槍を再び回し、背中に回して構えるエリスは、とても綺麗に見えた。

 

 

 

 

「綺麗だな…………」

 

「ふんっ……そうだろう? 君にもこの美しさがわかるか……」

 

「バーカ違ぇーよ。綺麗なのはお前の方だ」

 

「なっ!? なにっ!?」

 

 

 

一夏の言葉に、急に取り乱したエリス。

その顔をは真っ赤に染まっており、今まで凛として決まっていた立ち姿も、今やオロオロとしているため、なんとも格好がつかない。

 

 

 

「え、ええいっ! こ、こここの私が綺麗だとっ!? ふ、ふざけた事を言うな!

私を侮辱するかっ!!?」

 

「なんでだよっ!? 普通に綺麗だと思ったから、綺麗だって言ったのにっ……!」

 

「い、いきなり何を言うかっ!?」

 

「なんだよっ!? 褒めたんだぞっ!?」

 

「ええいっ! 黙れ黙れっ! やはり不埒で危険な存在だなっ、オリムラ・イチカっ!」

 

「なんで褒めたのにそんな評価になるのっ!!?」

 

 

 

 

武門の出ゆえに、している事と言えば槍の鍛練だ。

クレアやリンスレット……そのほかの貴族令嬢たちのように、女性らしさを磨くための所作をやっているわけではない。

無論、社交的な場にも出るため、ある程度の所作くらいは身につけているが、こと可愛いや綺麗などという言葉とは、無縁の世界で生きてきたと思っていた。

故に、今の一夏の言葉には、流石のエリスも狼狽えてしまった。

 

 

 

「そのような世迷言を吐けなくするためにも、君をここで倒して置かなくてはならないなっ!」

 

「くっ……!」

 

 

 

相手は〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)を展開していて、自分はただの神威を纏った直刀だ。

武器の性能からしても雲泥の差があるのに、武術の腕も相まって、いよいよ苦戦を強いられる事になった。

一応クレアがあるとは言え、生半可な攻撃では、先ほどのように簡単に断ち切られてしまう。

どの道、エリスと戦うのならば、それなりの覚悟をして置かなくては……。

 

 

 

 

「っーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

と、その時だった。

 

 

 

 

(なんだ、この感覚は……!?)

 

 

 

 

体全身に鳥肌が立つような……そんな感覚だった。

何か不吉なものが近寄ってきている……。

 

 

 

 

「なぁ、なんか空気が変じゃないか……っ?」

 

「何よ、怖気づいたんじゃーーーー」

 

「いや待て、クレア・ルージュ……確かに何かーーーー」

 

 

 

 

 

GUOOOOOOOOーーーーーー!!!!!!

 

 

 

 

「「「っ!!!???」」」

 

 

 

 

その場に響いた、奇怪な叫び声。

およそ人間の物とは思えない声だった。

そしてここは、〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)だ……。ならば、その正体はーーーー

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「え……」

 

「おいおい、嘘だろっ……!!?」

 

 

 

 

三人は、その正体を目撃してしまった。

決闘場に選んだ小劇場の最上段よりも上……虚空から、禍々しい姿をとった精霊が現れたのだ。

目や耳はなく、むしろ顔なんてどこにもない。ただあるのは、何もかもを食らいつくのではないかと思わせる、大きな口があり、そして、それがなんの精霊なのかもわからないほど、流動的な物になった肉体に、無数の腕。

 

 

 

 

「クレアっ……ここには低位の精霊しかいなかったんじゃないのかよ……っ!」

 

 

 

その精霊は、精霊使いならば誰もが知っている存在。

どの属性にも属さない、およそ人間の感性では知ることのできない生命体。

故に、この精霊と契約できる精霊使いは、ほとんどいない。

 

 

 

 

「なんでここに、《魔精霊》がいるんだよっ…………!!!」

 

 

 

 

 

 

 






次回はとうとう、一夏があの精霊と出会う話にしていきたいと思います……。

今は別の話も書いているので、また更新がいつになるのかみたいなのですが、できるだけ早く更新したいと思いますので、どうか、長い目で見ておいてください( ̄^ ̄)


感想、よろしくお願いします!


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