彼を思う   作:お餅さんです

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一話 「荒れ狂う嵐の夢」

 気づいた時、また俺はここで目を開いた。目を開く前、最後に覚えているのはベッドの上。アホ牛と芝生頭の世話に疲れ、一旦仮眠を取ろうと自分の部屋のベッドに向かったところ。その時にあのアホ共はサボりだとか言ってきたが、カンガルーに蹴り飛ばされた上に牛の突進。流石の俺も体の限界を感じずにはいられなかった。

 ただそれは自分が思っていたより、それ以前のも含めてよっぽど体にガタが来ていたらしい。体の所々で響く痛みや鈍い関節の動き、そんな不快感を感じながら俺は自分のベッド寝転がる。そうして一番に感じたのは、尋常じゃないぐらいに重量を増した二つの瞼。そして次に、これはもう寝るな――なんて自覚したことすら朧気な記憶。それらはただ単に、修行で疲れた時のようないつも通りの感覚なんかじゃない。意識が今までにないぐらいに、どっぷりと沈み込んでいくような気がした。

 

 ただ、意識が本当に薄れていく一瞬の間。疲れを取るため寝にきたのとは裏腹に、満足のいく休憩にはならないだろう――そんなことを考えながら、それでも俺から望んで寝に入ったのも確かだった。

 

 そうして寝に入った事を感じた次の瞬間、俺の目がこの見覚えのある部屋で見開く。そこは間違っても俺が寝に入った場所、ボンゴレ地下基地の部屋の一つなんかじゃない。まだ夜も明けてすぐなのか、閉じたカーテンの隙間から薄っすらと差し込む日色の光。それが、今俺がいる部屋が地上にあることを教えていた。

 

 体が慣れたようにこの部屋の、俺が目を開いたベッドから抜け出る。その後左右に少しふらつきながら、ノロノロとしたペースで歩き出した。まだ寝ぼけてんのか、自然に目をこすりながらカーテンで閉められている窓の近く。そうして辿り着けば、両手で視界を遮るカーテンを勢いよく開く。開いて見えたのは想像していた通り。昇り出している朝日、そして眼下に広がる幾つもの建物。

 眩い光に顔が無意識にしかめられた。ただそのお陰で、多少は頭も回ってきたらしい。さっきまでよりも心なしかきびきびと動きながら、自分の体が自然と今日という日の準備を始めようとする。

 その時朝早いせいか少し曇った窓に映る、産まれてから今までも散々見て来た俺の姿――それは覚えているよりも、ほんの少し若く見えた。

 

  このおかしな()を見始めたのは、覚えている限りじゃメローネ基地から帰ってきた辺り。

 

 寝に入ったかと思えば、普通ならいるはずのねえ部屋の中。そうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こうして考えるだけならともかく、見始めた時試したように怒鳴り声一つ挙げることもできない。

 ただ自分の姿は当たり前だが、この部屋にも見覚えがない訳じゃなかった。無駄に装飾の多い、成金なんかが好んで住みそうなこの部屋。それは一時期――俺が十代目と出会う前に過ごしていたホテルの一室と同じ。他にも覚えてる今より若く見える自分に、多少違いはあっても覚えのある日常を送ろうとする自分。

 

 意識を保ったまま、過去のことを夢見ている。

 そう考えたのは一度目、夢の終わり頃だった。

 

 それでも今の時期、白蘭達による何らかの幻術攻撃だと考えなかったわけじゃねえ。ただそれにしては、何でこんなことをする必要があるのか分からなかった。

 確かに俺の意識とは無関係に、覚えがあるとはいえ勝手気ままに動く自分は気味が悪い。ただ、それだけ。意識があるとはいえ痛覚を感じなければ、二度と現実で目を覚まさないわけでもねえ。精々が夢のキリがいいとき、同時に現実で起きた時にうなされた程度の疲れが残るぐらい。白蘭達がチョイスでという約束を破り、わざわざ敵陣のど真ん中で眠る俺に過去の夢を見せる――それに何の意味があるのか、俺には見当もつかなかった。

 

 このことを十代目、あるいは十代目に負担をかけないようリボーンさんに相談することも出来た。実際ただの夢にしては、明晰夢にしてもはっきりしすぎているこの夢。文字通り未来をかけた戦いを前に、少しの憂いも残さないのは当然だった。

 ただ俺は、この夢を誰に対しても相談することはなかった。余計な負担をかけたくはない――そんな考えは確かにある。それだけは間違いねえ。ただそれ以上に、夢のあらましを聞かれた際に言いづらいことがあった。

 

 それは合わせて二つ。

 そしてその一つが、丁度今この時の事。

 

 準備も終わったのか、部屋を出た俺は受付を通してホテルをチェックアウトした。そしてそのまま、見るからに治安の悪そうな裏路地へと進む。何もそこに用事があった訳じゃねえ。意識を保ってるとはいえ、勝手気ままに動く俺の考えが分かるなんてこともない。ただそんな俺でも、過去に幾らか経験があるから今の状況はよく分かる。

 というのもホテルを出た俺は、歩いてすぐのところから今も何人かの男達に囲まれている。俺もこの付近で過ごしていた時期、よく似たやつらに絡まれていた。治安の良くない所では割とある、ホテルで泊まれるような金持ち連中を狙うチンピラたち。見た目から、俺に交じっている東洋の血に絡みやすいとでも思ったんだろう。チンピラたちはニタニタと笑いながら、その内の一人が路地裏に進めと命令してきた。

 そしてそれに俺は、一つ頷くだけで躊躇いもなく路地裏に進んでいく。せかそうとでも思っていたのか、チンピラたちは膨らんでいるポケットに手を突っ込みながら驚いた表情をしていた。だがそれも直ぐに収まる。いいカモだとでも思ったのか、また下種な笑いを始めながら先を進む俺に着いていったからだ。

 

 俺の時はこういった連中を、躊躇いなくシメてきた。一度でも素直に言うことを聞いて舐められれば、この先ずっと付き纏ってくるのがこいつら。当時の俺は既にボンゴレの一員だっただけに、舐められるようなことはファミリーの名を考えても出来るはずがねえ。

 ただそれだけに、やり過ぎないようにも注意していた。この時期の俺は荒れていたが、それでも自分の所属するボンゴレの名を意識してはいた。だから決して舐められないように、ただそこいらのチンピラに本気になったなんて思われないように。決してやりすぎないようにとだけは決めていた。

 

「果てろ……!!」

 

 だが、夢の俺は違った。

 

 路地裏に入り、そのままどんどん奥へと進んでいく俺。そうして行き止まりまで歩調を一切緩めずに来た時点で、チンピラたちはおかしいと気づくべきだった。

 その結果がこれ。俺の目の前には、五体満足のチンピラは一人もいない。誰しもの、どこかしらの四肢には深い火傷の跡。そこらにチンピラたちの悲鳴が響くが、ホイホイと着いて来たここは路地裏のさらにその奥の突き当り。悲鳴を誰かが聞きつけるなんてことはあり得ねえ。

 

 そしてその事実を知っている夢の俺は、躊躇いなくまたチンピラたちの四肢を焼いたダイナマイト――その導火線に火を点す。

 浮かべているだろう表情は、間違っても目の前の光景に対するものなんかじゃねえ。それは傍から見ればきっと、歪んでいた。目は愉悦に、口元は嘲笑に。不気味なほどに歪んで、(いびつ)なぐらいに弧を描いている。今でこそ見えてはねえが、前回もまた似たことがあった夢を見た時。偶然近くの割れた鏡に、そんな見たこともねえ俺の表情を見てしまった時を思い出す。

 

 これが相談できない、一つ目の理由。初めて見た時は、聞こえもしねえだろうに怒鳴り散らした。その次には動く筈もねえのに、必死に止めようとした夢の中の俺の行動。少なくとも殺さないようには手加減していた。それは俺にも分かる。ただそれでも、未だにチンピラ同士のケンカの域を出ないこれにダイナマイト(簡単に人を殺す武器)。俺にはどうにも、ただ恥を晒しているようにしか思えねえ。

 そうして思い浮かぶのはリング争奪戦で十代目に教えて頂いた、勝利以外の大切な事。状況や相手に場合、そのどれもがあの時とは違う。だが夢の中の俺がしていることは、間違いなく十代目の顔を歪める。たとえそれが他愛のない夢の話だとしても、話すことなんざ出来るはずもなかった。

 

 そして、続けてもう二つ目。

 

「そのへんにしとこうよ」

 

 阿鼻叫喚ともいえる中、ダイナマイトを握っていた俺の手を横から止めるように手が添えられる。

 

「……チッ」

 

 俺は一度、いつの間にか消えていた導火線を見て舌打ち。その後手を大げさに振り払い、自分のやっていることを諫めて来た相手を真正面から見る。それは一人の、青年と言っていいぐらいの男だった。

 男の格好自体は至って普通。この状況を止めようとするぐらいなら、ガタイのいい黒服を来たマフィアみたいな野郎がまず想像つく。だが男はそれこそ、そこらにいる学生が偶然迷い辿り着いたような見た目。ただあえて一つ、何とか挙げるとするのなら――。

 

「じゃないと死んじゃうよ?」

 

 雪のように真っ白なその白髪。

 それは男――白蘭で唯一普通とは言えなかった。

 

 俺は真正面から見るその白蘭を、穴が開くんじゃねえかってぐらいに睨み付けた。その白蘭にしても、睨み付けるまでとはいかねえが黙って俺を見つめ返す。ただ心からかどうかは兎も角、その表情からチンピラたちを心配しているのだけは分かった。

 

「……悪かったよ」

 

 先に折れたのは俺だった。

 

「別に……なんて言っていいかは分からないんだけど。あんまり気にすることじゃないよ。これぐらいなら全然正当防衛の内に入るだろうしね」

「てめえにかかれば足が吹っ飛ぼうがくっつくしな」

 

 口では何でもねえように言う白蘭だが、その視線はチラチラとチンピラたちの方を向いてる。それを見た俺は一つため息を吐き、自分でやっておいてだがさり気なく助けを促していた。

 もちろん、前より健康にしてみせるとも――それを知ってか知らずか、白蘭は自身満々に言いながらどこかへと電話をかけ出す。そしてそれを見た俺は呆れたようにだが、さっきとは比べ物にならねえ穏やかな笑みを溢したのが分かった。

 

 これが二つ目。夢の中の俺は、何故か白蘭と知り合い。それも互いに気心の知れた仲のようだった。

 これには、すわ新種のUMAの仕業かと内心期待してもいた俺も驚く。そして十代目に忠誠を疑われることこそねえだろうが、夢だろうと想像できねえそれにますます相談をする気は失せた。夢は人の欲しいもの、望んでいることが思い浮かぶとか聞いたことがある。過去の夢を見るぐらいならまだしも、次に戦う敵の親玉と仲良くなりたい。十代目の右腕として、そんなもん俺自身が認めれるはずもねえ。

 

 そしてこの夢の中で俺と白蘭が知り合った理由だが――それは分からない。何故なら俺の見る夢は産まれてからこれまでを見ているわけじゃなく、あくまで十代目と出会う少し前の時期。それも時折見かけるカレンダーとかの日付を見て分ったことだが、必ずしも続けた日を見ているわけでもねえ。

 だからどういった風に出会ったのか、どうしてこうも仲が良くなっているのか。何故夢を見るたびに必ず現れるのか。そのどれもが分からねえばかりだったが、それでも少しだけ分かったこともある。

 

「大丈夫だよ」

 

 それは白蘭が電話で呼んだ、チンピラたちを治療するために回収した男達も去った後の言葉。

 

「僕はね獄寺くん、君の考えていることが分かるわけじゃない。だけど将来、君は誰しもに誇れる君になってる。そんなことが僕には分かる。そうなると、他の誰よりも断言できる」

 

「そりゃあ、失敗することだってあるさ。間違え何て僕にとっても日常茶飯事だよ。でも君は、そこから立ち上がれる。立ち上がって、ボロボロになって。それでも帰ってくることができる、すごくかっこいい人だ」

 

「ただやっぱり、一人じゃ無理なんて物語じゃよくあることだよ。主人公でもそんなことは無理なんだから。だから、その時は――」

 

 

「その時はいつでも、僕を頼って欲しいな」

 

 

 笑う白蘭の言葉は確証もなにもねえ、ただの絵空事だった。それに薄っぺらくもあった。俺の知っている白蘭とは似ても似つかない、話に聞いていたカリスマも感じねえ。そこらの三流小説によくある、ごく平凡な励ましのように思った。

 姿かたちが俺の、俺たちボンゴレの敵だっていうのもあるかもしれねえ。俺がもう既に九代目に拾われ、十代目に忠誠を誓ったって言うのもあるのかもしれねえ。当の俺は無理やり見させられている感覚に近かったから、そうだからなのかもしれねえ。

 

 ――そうだから、なんだろうか。

 

 そんなありふれた、今までにいくらでも使いまわされたような言葉。理に適っているわけでも、しっかりとした説得力もねえ言葉。第三者だからこそ、客観的に感じることの出来た言葉。だからこそ、分かった気がする。それは少なくとも、当時の俺がなにより望んでいた言葉だった――と。特別でも何でもない、一人の人間として言われたかった言葉だったのだ――と、そう改めて気づいた。

 それからこの白蘭は、ボンゴレを潰そうなんぞ思わねえ。ましてや好き好んで誰かを害そう何て思いもしねえ。ただ普通に、平凡に。何気ない、変わり映えのしねえ毎日が良く似合うように感じた。

 

「……馬鹿じゃねえの」

 

 ぶっきらぼうに、顔を隠しながら言う俺。

 

 俺と仲の良い理由が、少し分かった気がした。

 

 

 

 

 

 視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 視界の暗転――それは普段なら夢の中の俺が寝に入って、現実での俺が起きる時の合図。それが何故か、夢の中の俺が起きている間。それもかなり中途半端な所で始まった。

 できもしねえだろうが、身をすこし引き締める。自分でも詳しくは分からねえし、分かるわけもねえんだろう。ただ何となく――かなり嫌な予感がした。

 

 目が開くと、そこはさっきまでと変わらねえ路地裏だった。ただ変わりないっていうのも、それは場所に限って。違う点を挙げるんなら、それは天気と状況。

 さっきまでは昼間だった。路地裏ってことで薄暗くはあったが、それでも所々で日が差し込んでいた覚えがある。けれど今は夜。月明りこそあって、昼間と見える範囲にそこまで大差はねえ。だがそれでも、昼間とは比べ物にならねえぐらい雰囲気が落ち込んでいる。それからついでに言えば、さっきまでは雨が降っていたようだった。暗くて分かり辛いが、俺を中心に大きな水溜り。そしてそんな()()()()()()()俺を覗く白蘭の白髪が、悲痛そうな顔へ無造作に張り付いていた。

 

「どうして、こんなことをしたんだ……」

 

 白蘭が言葉を詰まらせながら、俺にそう聞いてくる。だが前後の状況を知らねえ俺には、夢の俺が何をしたかも分からない。ただ白蘭の目に映る夢の中の俺は、心から申し訳なさそうな顔をしていた。ただそれだけが、今の俺に分かる全てだった。

 

「一体、どうして――」

 

 何も話そうとしねえ俺に、それでも白蘭は聞いてきた。さっきまでの飄々としたような、穏やかな印象は欠片もねえ。追いつめられ、取り返しのつかねえことをしてしまった時のそれ。そしてその内容は俺としても気になっていただけに、文字通り他人事とは思えねえほど真剣に聞き耳を立てる。

 だが俺は、直ぐ後にそのことを後悔した。言葉を遮れねえまでも、ただ自分の耳にだけは入らねえよう怒鳴り散らしていれば――と。もしくは全く別の事、起きたら次はアホ共に何を教えるか。そんな他愛もねえことを考えてればよかった――と、俺は強く後悔した。

 

 ただ俺は、聞いてしまった。

 この夢を、ただの夢として思えなかったから。

 この夢を他人事とは――思えなくなったから。 

 

「どうして、ボンゴレ十代目を殺したんだ……!!」

 

 まず俺は、叫ぶように言った白蘭の言葉の意味が分からなかった。いや、むしろ分かっていて考えることをやめたのかもしれない。それから少しでも意識の纏まった俺は次に、誰が何を――と。聞こえもしねえだろう疑問を、答えの知っている問いを一人で呟いた。

 そして最後、人知れず呟いた俺の疑問。それにはっきりと答えるには、まだ俺には時間が足りなかった。ただそれでも、夢の俺が言う心からの言葉。それに俺は、また嫌でも現実()に引き戻される。

 

「……誇りに、なりたかった」

 

 顔をいつものようにしかめながら出たのは、それでも絞り出したような、とてもか細い声だった。

 

「てめえと……出会う前まで、俺は荒れてた。いや……会ってからも、大して変わらなかったが。ただそれでも、ボンゴレ九代目のお眼鏡に適わなかった俺には……確かに生きる気力になったんだ」

 

 夢の俺自身が口にした言葉。呆けていた俺はそれに――勘違いをしていたのが分かった。

 

「いつか、聞かせてくれたよな……? 誰しもの、誇りになれるって……。こんなチンピラ紛いの俺に、そんなことを言ってくれたやつは……てめえが初めてだった」

 

 それはそもそも、俺と夢の中での俺は前提としていたことが違ったということ。

 俺はともかく、夢の俺は()()()()()()()()()()()()()。ただ荒れた状態で拾われず、そしてそのまま生き続けて――この白蘭と出会った。

 

「……それからこの路地裏での後、アルコバレーノに会った」

 

 徐々に明瞭になっていく事のあらまし。そしてその言葉に凡そのことが把握できた俺は、意識だけの筈なのに血の気が引いていく感覚がした。

 そうして無意識にでも思い浮かんだことが一つ。それは俺が十代目と出会い、初めて忠誠を誓った時の事。そして夢の中の俺が話すアルコバレーノ――恐らくはリボーンさんが言った言葉。

 

「十代目候補を殺せば……俺がボンゴレ十代目だと」

 

 俺はリボーンさんに言われたとき、その言葉を本気では取らなかった。それは十代目という地位よりも、自分の上に立つ男がどれほどか気になったというのが強かったから。むしろ、それ以外には興味がなかったと言ってもいい。

 だからこそ十代目に全力で挑みはしたが、元からつい最近まで一般人だった男を殺そうとは思わなかった。だが夢の中の俺が悔やむように話し続けるその言葉。そこから夢の俺は本気で殺しに行ったんだろうことが、痛いほど伝わってくる。

 

「てめえに教えられた……ミニボムや三倍ボム、ロケットボムまで使った。元一般人の男一人殺すのに、暴漢を痛めつけるのすら躊躇う……てめえの教えてくれた技で。……それで、このざまだ」

 

 この時期には使っていなかった技を俺が使っている。だがそんなことはどうでもよかった。このざま――そう言った俺の言葉に視線を自分の体へと向ける。

 見ればそこに幾つもの銃創。まだ真新しく、服はそこから真っ赤に染まっていっているのが分かる。そして水溜りだと思っていたもの。よく考えれば遮蔽物の多いこの裏路地に、水が溜まるほど雨が降り注ぐはずもなかった。そうして薄暗く分かり辛かったそれは、紛れもない俺の血。

 日本で十代目を殺し、ここイタリアに戻ったところを狙われた。その相手がリボーンさんなのか、そこまでは分からねえ。その時白蘭に助けられたのかも、もう報復が終わった後なのかも分からねえ。ただ、俺がもう死にかけているのだけは分かった。

 

「でも、だからって――」

 

 分かっているだろうに。それでも認めたくないのか、そう聞いてくる白蘭の言葉を俺が遮った。

 

()()()()、誇りになりたかった」

 

 ただそれはどちらかと言えば、白蘭が譲ったと言った方が近かった。何故ならもう俺の声は、会話のさなかでそんな心配をしてしまうほどに、脆くも弱々しい様子だった。

 

「他の奴らは、どうでもいい。ただ……ボンゴレの十代目になることが、それで誰かの……誇りになれるのならよかった」

 

「そうすれば、きっと俺は――俺自身を誇れるようになる。そしてそんなチンピラ紛いだった俺が、てめえの誇りになれたのなら――」

 

 声は、息も絶え絶えがいいところだった。俺は喋っているのが分かるが、顔を覗き込むだけの白蘭に全部聞こえていたのかどうか。それが疑問で仕方なかった。

 ただ出来るのなら、届いて欲しくねえと思った。それは敵の白蘭を意識してでも、十代目を殺した俺を意識してでもねえ。夢の俺の残した言葉。そして俺だからこそ分かる――俺が残していくだろう言葉。それは紛れもねえ、俺自身の本心なんだろう。ただそれだけに、この優しくどこにでもいるような――平凡な(白蘭)には重すぎると思った。

 

 ただそれも、(白蘭の友人)ではねえからなのか――。

 

 

 

「俺は――お前に頼って欲しかった」

 

 俺にはもう、分からなかった。

 

 

 

 その言葉を最後に、視界がまた暗転していく。少なくとも起きてこの後、午後からの修行は中止にしようと決めた。それから何となく、暫くはまともに寝れねえだろうとも思った。

 

 そうして現実で目を開こうといった時。

 

「■■■■■■■■」

 

 誰かの声が、聞こえた気がした。 

 

 

 

 

 

 チョイスも終わり迎えた夜明け――最後の戦い。

 

 それは少し後味の悪さを感じながら、それでも戦いは終わった。最後の白蘭と、十代目のX(イクス) BURNER(バーナー)の打ち合い。それを制した十代目のX BURNERが、あの白蘭を打ち抜いたことで。

 

 これで少なくとも、この世界で白蘭の世界征服はなくなった。けれど詳しくはいつだったか、チョイス目前に十代目に謝り倒しながら話した夢の話。それを今改めて思い出す。

 十代目と戦っていた白蘭は、夢の中で見た白蘭とは何もかもが違っている風に見えた。チョイスでは唯一6弔花と(リアル)6弔花を()()()()()()幻騎士を桔梗に命令して殺し、最後の戦いでは現れていきなりザクロとブルーベルを持っていた銃で()()()()()

 それからそのことに対して募る俺達になにをしたかと思えば、天使のような翼を生やして唯一生き残った桔梗に悪魔と呼ばせる。復活(リ・ボーン)()()()()()()()()ユニへの暴言にしても、そもそも人とすら思ってもいねえようなもの。それとこれは少し違うが、結局分からなかった雷の真6弔花が誰だったのかも気になった。

 

 ただ、それももう終わった。後味は、確かに悪い。俺だけじゃなく他の夢の白蘭を知っているだけに、どうしても十代目と戦っていた白蘭と重ねてしまっていたから。

 それでも戦いの終わった今は、ただ喜ぶ以外にねえ。十代目や他のやつらと一緒に、誰一人欠けずにこの世界から十年前の世界へ――平和な過去へ戻ることが出来るから。

 

「十代目! お体は――」

 

 ご無事ですか――そう続けようとした声が止まる。それは今までにねえ、さっきまでの白蘭と相対していた以上の圧力を感じたせいで。

 こっちに来てからの修行の成果か、無意識にその圧が放たれている方へ視線が向く。ユニの炎のバリアを破ろうとした時のせいで炎こそ残ってねえが、それでもいつ何が来てもいいように構えもとる。向ける視線の位置こそ変わらねえが、それは視界の端に見える他の奴らも同じ。俺と同じで何かを感じてるのか、炎が残ってねえだろうに構えを固めて解こうとはしていない。

 

 それはこの世界最大の敵、白蘭を倒したにしては過剰に過ぎていたかもしれねえ。ただそれは、()()()()()()()()()という話。

 確かに十代目のX BURNERが白蘭を打ち抜いていくところ。それは俺以外にも誰もが見ていた。ただ俺たちが今見ている、その視線の先。そこは未だに土煙が上がって詳しくは見えねえが、白蘭が十代目に打ち抜かれたところと寸分の狂いもなかった。

 

「あ~、危なかったなあ」

 

 緊迫した空気の中、間延びしてとぼけたような声が流れた。俺たちはその声が聞こえた方向、土煙の向こうから片時も目を離そうとしねえ。

 

「でもまあ、とりあえず――」

 

 土煙が徐々に晴れてくる。見えてきたのは白。その色が、薄く土煙が舞っているせいかさっきまでよりも余計に映えているように感じた。

 白は事もなげに俺たちの方へ、正確には十代目のいる所へ歩いてくる。小走りすらすることなくゆっくりと、自分を待つのは当然だってぐらいに堂々と。そしてその白は――。

 

 

「第2ラウンド、始めよっか」

 

 

 浮かべているのは、いつかの俺のような歪な嗤い。夢で見た白蘭と瓜二つの姿で、夢で見た白蘭は絶対にしねえよな嗤いを浮かべていた。


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