始まりは両親が死んだ日だった。
住んでいた村はドがつく様な田舎。ビルもなければ電化製品も何一つありゃしねえ。山で獣を狩り、畑で野菜を耕す。たまに近くの村々と交流するぐらいの、何の変哲もないちっぽけな村だった。
家族は両親、妹、俺の四人で、人が少なくなった他所の村から知り合いの伝手を頼ってこの村に越して来たばかり。村ってのは余所者はあまり歓迎しないからか、初めは少し距離を置かれていた。
だが腕のいい狩人だった両親が、獲った獲物を皆で分けあったりして徐々に打ち解けていった。俺は近くの牧場で見習いとして働かせてもらい、妹は他の家の子どもと一緒に編み物を習う。
代り映えのしない、平和な日々を過ごしていた。
だがこの村に来てから二度目の冬、両親が狩りをしている山で雪崩が起きた。俺と妹は直ぐにでも探しに行こうとしたが、二次災害を恐れた村人たちが行かせる筈もない。
そして両親が見つかったのは、山の安全が確認できてから数日も後。冷たくなったその体は、まるで氷の彫像を見ているような気分だった。
狩人として、冬の山の危険性は両親もよく知っていた。それでも無理を押して奥へと獲物を探しに行ったのは、村の備蓄が冬を越すのには不安があったから。
ただそれでも、切り詰めれば無理というほどでもない。だけど両親へ無茶を承知で狩りを頼んだのは、村の中でも発言力のある年寄り連中。逆らえば村に居ずらくなると考えた両親は、俺たちのこともあり断ることはできなかった。
葬式では流石に年寄り連中は苦い顔をしている。だが逆に、諸々の事情を知らない若い連中は違った。
「……調子に乗るからんな事になんだよ」
普段ならとても小さな、それでも静かな葬儀中にはやけに通る声だった。
村の狩人、特に若い男連中はいきなり村に来た俺たち家族にいい感情は持っていなかった。余所者っていうのもあるが、狩人として両親に良いところを取られたと思い込んでいたからだ。
そしてそんな中、両親が死んだという知らせ。連中からすれば、備蓄もあるのに調子に乗って狩りに行ったら死んだ。多分その事で、溜まっていた苛立ちがつい溢れ落ちちまったんだろう。
決して、見逃せる理由にはならねぇとしても。
「てめぇ、今何つった」
「ああ?」
目の前の男を、俺は知っていた。年寄り連中の内一人の孫だからって、昼から酒を飲んで碌に働きもしねえ。そしてそうにもかかわらず、上達させる気もない狩りの腕を持つ両親を何時も態々聞こえるように陰口をしていた。
そんな男が、俺たちの両親を嗤った。事情を知らないとはいえ、俺たち家族や村のことを想って動いた両親のことを。両親とは、人として比べる価値もないこの男が。
「何つったって言ってんだよ!!」
頭の中は、怒りで一色に埋め尽くされていた。ただそれは、両親を嗤った男だけじゃねえ。男を咎めることのない他の村人たち、村人を心配させまい、なんてのたまって真相を伏せた年寄り連中へも向けて。
抑えようのない怒りが、紅に燃え上がった。
「うわっ、何だよこれ!? 誰か消してくれ!!」
それは決して比喩なんかじゃなかった。横たわる両親を嗤った男へ向けて、真っ赤な炎が俺から溢れ出す。その勢いは留まることを知らず、むしろ徐々に増してさえいた。何故か一切の熱を感じない俺を中心に。俺の近くから離れた他の村人とで、まるで火柱を囲んでいるかのようになっている。
もちろんこんな炎を出すつもりはなかった。というより、出るとは思ってもいなかった。怒ったら体から勢いよく炎が迸る。当たり前と言えばそうだが、予想できるはずもねえ。
そして本当にいきなりの事で俺は驚き、逆に頭が冷えて冷静になっていった。
「うぅ……」
そのせいか俺から出ていた炎も、男に纏わりついていた炎も収まった。だが、見たところ男には一生消えることのないだろう火傷が残っている。体の至る所が焼け爛れたその男は、見るも無残という言葉がよく似合った。
――俺が、やったのか。
気づき、ハッと辺りを見渡す。ついさっきまで俺を火柱として囲んでいるかのようになっていた村人たち。今では正真正銘、俺を取り囲むように立っていた。
どいつの目にも映っている恐怖感、体も緊張に硬く強張らせている。葬儀ともあって銃や農工具を持っている者はいない。だがもし持っていたのなら、構えたその先には俺がいたに違いねえ。
村が頼る両親は死に、俺はひと一人を燃やした。
漠然としたものだが、この先どうなるかはよく分かる。頭の中では両親が亡くなったショックで家に引きこもっている、たった一人の家族の姿が思い浮かんでいた。
「……あ、悪魔の炎だ」
今日から妹を守れるのは、俺だけだ。
俺達兄妹は村人から敬遠され、遠ざけられた。
俺はまだ狩人としての知識を少ししか両親に教わっていない。だからまだ、自分達の分すらまともに獲物を得ることも出来なかった。
仕方なく未だに牧場で働かせて貰っているが、期間は朝早くから晩遅くまでずっと。それも今までよりも少ない報酬で、よりつらい重労働のみをやっている。
通りがかりに聞いた話だと、何かあった時に抵抗する余力を残さないためだとか。
村人は未だに俺を怯えているが、あれから炎を出す何て事ないってのに。俺が言うことじゃないんだろうが、少し過剰だとは思う。だが過剰だろうと何だろうと、働かなければ俺達兄妹は暮らしていけねぇ。
妹も俺の炎のせいで仲間外れにされちまった。お陰で好きだった編み物をする事すら出来ず、つまんねぇ家事だけをこなしてる。
……妹には、本当に悪いと思ってる。何も狙ったわけじゃねえが、それでもまだ幼い妹には辛いだろう。ただ多少は暮らし辛くともいつだったかみたいに、時間をかければまた仲良くは出来んだろ。そんな事を考えながら、その日もまた仕事に向かった。
また時間が過ぎて数年。
今日は働き先の牧場から久しぶりに休みを貰った。まだ俺に怯えている大人達は何人もいるが、少しはマシになったんだろう。今日だけでなく、他の日もたまに休みを貰って狩りに出ている。
両親程ではないが、歳を重ねて俺の狩りの腕も上がってきたように感じる。それは今回でいつにもまして大量の獲物がとれたことからも確か。だが、そんな事は今じゃもうどうでも良かった。
捕らえ、縄で縛ってきた獲物を落としたが気にも留めない。何時だったかの俺と村人たちのように。往来でナニカを取り囲むように輪になっている、妹と同い年の餓鬼共を押しのけてその中心にまで辿り着く。見ればそこに――。
打撲痕が身体中に残る妹が横たわっていた。
無言で近づき脈をはかる。けれど既に脈はなく、身体は冷たくなっていた。
「お、俺は悪くねぇぞ」
「急に何言ってんだよ。一番やってたじゃねぇか」
「こいつら兄妹悪魔の子なんだろ? 大体、何人かに見られたけど誰も怒ってこねえぜ」
「なら別に良いじゃねぇか。兄貴の方も動かねぇしついでにやるか?」
餓鬼どもはやったことなど知らないとばかりに、口々にその虫唾が走る声を上げていた。その意味はやっていないという嘘が一つ、やったことが悪くはないという戯言で二つ。
ただ、そんなことはどうでもよかった。手の内にある赤く濡れた角材に、いつかの男のような胸糞の悪い戯言。これ以上一秒たりとも、何一つ聞くつもりはなかった。
俺は一言、吐き捨てるだけでよかった。
「――燃えろ」
またあの日、両親が死んだときと同じだ。頭の中が怒りに染まり、目の前が悪魔の炎とやらで真っ赤に燃え上がる。
前と違った事と言えば、その規模が尋常ではなかったこと。逃げることも、叫ぶことすら許さないその炎は、俺の目に映る全てを燃やしていく。気がつけば人も、村も、森も、山にも広がっていた。
やっぱり熱を感じることのないその炎は、俺からすれば胸糞の悪さしか感じない。俺から出てるってことを考えても、そもそもこうなった原因はこの炎から。好きになれるはずもない。
だから何を考えることもなく、ただ燃え盛る炎を眺める。そのうち灰色に染まった世界に、俺と俺が抱える妹だけが残った。
もう動く気力も起きず、そのまま次の日の朝を迎えた頃。灰だけが残る地に足音が聞こえる。
視線だけをその方向に向ければ、二人の人間がこちらに歩いて来ていた。一人は全身真っ白の餓鬼、もう一人は緑色の髪の優男。
「お気を付けて。恐らくあの男がそうでしょう。この近辺の荒れ具合からみてかなりの力です」
「大丈夫、話すだけだからね」
そんな会話をしながら俺の前で立ち止まった。
「さっさと元いた場所に帰りやがれ」
俺に用があるみたいだが、そんなのは知らねぇ。もう、放って置いて欲しかった。これ以上何も。ただこの場で燃え尽きるように、静かに妹と終わりたかった。
だが、全身真っ白の餓鬼がそれを許さなかった。そいつは俺の目の前に手を伸ばした。指輪が嵌められている以外は至って普通。何がしたいのか分からなかったが、そんな俺の考えは直ぐに吹き飛ぶ。
燃えたのだ。
指輪から、勢いよく炎が噴き出した。俺は驚きに目を見開きながら、炎が噴き出し続けている指輪を見つめる。俺の出していた赤い炎とは違う。オレンジ色をした、どこか温もりすら感じさせる炎を。
それでも一目で分かった。
これは俺の炎と一緒だ――と。
もしかしてと思い、餓鬼の少し後ろにいた優男の方を見る。男は視線に気づいたのか、特に勿体ぶることもなく片手を俺へと伸ばした。やっぱりその手には指輪がはめられていて、今度は紫色の炎が噴き出した。
色こそそれぞれ違うが、どうしてだろうか。どれも別物だとは思えない。年寄り連中が話していた悪魔の炎ってのは、一体何だったっていうのか。そうしていきなり現れた同類の二人に驚愕していると、真っ白の餓鬼が話し始めた。
「僕はこの炎の事を知ってる。この場所があなたの炎で起こったという事も、僕はそんな人達を集めてるんだ」
「あぁ警戒しないで、利用とかじゃないよ。中にはこの炎の事を知らずに暴走を起こす人もいるから、そんな人達に炎をコントロールするやり方を教えているんだ。そうすれば暴走を起こす事も無くなって炎をコントロール出来る」
真っ白の餓鬼はそう言った。
俺の炎はどうやらコントロールできるらしい。初対面の奴等が言う事だが、同類のせいかやけに納得出来た。正直な話、悪魔の炎なんてオカルト染みたやつよりかはよっぽど信じれる。
だからきっと、言ってることは本当なのだろう。
「……俺の炎は、コントロール出来るのか」
「そうだよ」
「そうか。そりゃ、よかったなクソが……!!」
「ッ!?」
「な、貴様何をする!?」
妹を寝かせると素早く立ち上がり、全力で餓鬼の頬目掛けて拳を振り抜く。狙いは外れず餓鬼の頬に直撃し、灰の敷かれた地面へ体が吹っ飛んだ。
優男の方が何か喚いているが、餓鬼の言う事を聞いているらしい。馬鹿正直に動こうとしねえから放っておき、餓鬼の元まで歩くと胸ぐらを掴む。灰に汚れたその顔面に、生意気にも真っすぐ俺を見つめてくる餓鬼に向かって腹から声を張り上げた。
「コントロールだぁ!? 今この場を見てよくそんな言葉俺に向かって吐けたな! んなもん必要ねぇんだよ、見て分かりやがれ!!」
「もう全部終わったんだよ! 終わった後にノコノコ出て来やがって! ふざけてんじゃねえぞ!!」
「そんなもん――今更どうしろってんだ!!」
吐き出した声は、文字通り空気を震わせていた。出している俺が分かるほどに、ビリビリとした感覚が餓鬼の肌を突き刺していく。
だが餓鬼は、全く堪えた様子じゃねえ。変わらず俺へと、光ある二つの瞳を向けていた。そんな餓鬼に、俺は言いようのない苛立ちを覚えた。
するとさっきの男が、俺たちの方へ叫んでいるのを背中越しに感じた。なんだと思えば、視界の端に揺らめく紅い影。それにああ、そうかと一人納得する。あの炎が、性懲りもなくまた出て来やがったんだ。
餓鬼どものように指輪からじゃなく、体全体から噴き出す俺の炎。それは確かに、俺が抑えつけている餓鬼を燃やしていた。
同類だからか、村人のようにすぐさま燃え尽きはしない。ただ痛みに歪んだその表情、黒く焦げだしてきた餓鬼の白い服。辛くない筈がなかった。
――この、餓鬼……。
ただそれでも、餓鬼は俺を見つめていた。言いようのない何かを感じさせるその力強い視線は、変わらず俺へと向けられている。
気づけば空気の震えが止んでいた。次に遅れて、俺がもう叫んでいないことに気づく。何度も行われる荒い呼吸に、今までにない程胸が大きく痛む。限界を超えてなお叫び続けていたせいか、少なくとも視界に映る中では炎も既に鎮まっていた。
だが声が掠れようと、言葉は自然と繋がった。もう、ついさっきまでの力強さは嘘のように。ただ他のなにより――
「なんで、もっと早く来てくれなかったんだ」
餓鬼の顔が大きく歪んだ。かと思えば、頬を何かが伝う感触。目から熱い何かが滲んできていた。拭えば餓鬼の顔が元に戻った。すぐに歪んだ。また拭った。拭えども拭えども、それにキリはなかった。
胸ぐらを掴んでまた殴るつもりが、腕に力が入らなくなったせいで餓鬼がまた地面に落ちる。すると餓鬼は、自分の上に馬乗りになっている俺に面と向かって話し出す。その顔には、ただただ後悔の念しか浮かんでなかった。
昔からの友人でも、産まれた時から一緒の家族ってわけでもねえ。ついさっき会ったばかりで、いきなり殴り飛ばしてきた俺に向かって。
「……本当にごめん、僕はまた間に合わなかった。もっと早くここに来ることも出来た筈なのに、覚悟が出来たつもりだったのに。まだ、僕には無理だった。どんなに危険でも仲間を信じる主人公のようには、やっぱりなれてなかった」
「だからお願いだ。綺麗事なのは分かってる。上手くいく保証何て殆んどない、こんな情けない。いつか必ずいなくなる無責任な僕だけど――」
「助けて、くれないかな」
本当は、わかってんだ。さっきから俺が言ってんのは、ただの八つ当たりにしか過ぎねえって。こいつがもっと早く来たならとは、思わねえって言えば嘘になる。だが暴走したのは、結局俺自身だ。
にしても大の大人が殴って怒鳴って、泣きながら弱音吐くなんてな。自分のせいのくせして、自分より一回りも小せぇやつにだぜ? おまけにビビって炎出したと思ったら、それも直ぐに鎮まりやがって。
あぁ、情けねぇったらありゃしねぇ。
だから、しゃあねぇから――。
「ザクロだ」
「ついて行ってやるぜ、バーロー」
もう後悔はしねぇ。今度こそ守ってみせる。