白蘭
それに一緒に住んでる私や桔梗にデイジー、それとザクロは大喜び。
昨日なんて久しぶりに帰ってきた白蘭さんを玄関先で待ち伏せ。クラッカーを鳴らして驚かせた後、みんなで作った料理を食べたりしてお祝いした。
それから次の日になって、今日はまたみんなで一緒に遊ぶ日。今まで論文とか新入りの世話とかで忙しかった分、暫くはいっぱい遊んでくれるって聞いてた。
集まる場所は私の部屋。住んでる家の中でも白蘭さんの部屋の次に大きくて、住むことになったときザクロと散々揉めて
ただ自分から誘ったはいいんだけど、改めて見たらすごく汚い。服は脱ぎっぱなしで、本やゲームも散らばって床の上。流石の私も焦ってみんなに手伝いをお願いする。それにザクロだけは少し渋ってたけど、最後にはなんだかんだみんな手伝ってくれた。
掃除は私とデイジーで手分けして、お菓子や飲み物の買い出しは桔梗とザクロ。みんな朝ごはんを食べ終わったらすぐにやってくれて、今は約束の時間まで待機。まだ時間はあるし、一応主役の白蘭さんもきてない。だけどみんな私の部屋で何をするか話してた。
昨日も少しやってた、トランプにすごろくやテレビゲーム。最近はまだ夕方も明るいし、時間があったら外に行くのもいいかもしれない。
そう言って私の部屋だっていうのに、いつだったかみたいに皆でわいわいガヤガヤ。約束してた時間を、皆で楽し気に白蘭さんを待ってた。
だけど、白蘭さんは時間になっても来なかった。
朝ごはんの時は一緒に食べてた。だからまだ寝てるわけじゃないと思う。
なら案外、普通に遅刻なのかもしれない。普段は時間にしっかりしてる。だけど自分の部屋にいた時に限ってよく時間を忘れて引き籠ってたから。
「ちょっと見てくる」
みんなに言い残して、返事を聞かないまま部屋を出る。そうやって駆け出す私が向かうのは、当然この家にある白蘭さんの部屋。
この家にある部屋の中で、一番大きくて狭いところ。場所は階段を上がって、そのまま突き進んだ廊下の一番奥。中には沢山の本棚と、中央にぽつんと置かれた二人掛けのソファ。
普段あまり本を読まない白蘭さんは、なのに部屋を決める時わざわざこの部屋を選んだ。部屋自体は大きいけど、いっぱいの本棚のせいでむしろとても狭い部屋を。
『図書室が部屋ってなんかいいよね』
私達はよく分からなくていつもみたいに苦笑い。だけど気にせず、子どもみたいな事を言いながらわらう白蘭さん。私達は仕方ないなって、またそんな白蘭さんを見てた。
全くと言ったら違うけど、正直心配はそこまでしてなかった。白蘭さんに限って、まさかこの家で、何が起こるのかってはなし。
そんなことならむしろ、時間を忘れてた方がまだ信じれる。確かに普段はしっかりしてるし、約束だって今まで破ったことはない。だけどやっぱり、ちょっと抜けてる所もあったから。
そう考えながら部屋の前。私はためらいもなく、その両開きの扉に着けられてる取っ手を掴んだ。そしてそのまま、両手を使って力任せに勢いよく開く。びっくりして目を丸くしながら、私の方を驚いたように見る白蘭さんを想像して。
そしてその時、ふと思った。
――そういえば、これで二回目だ。
私の目に入ってきた部屋の中、置いてある幾つもの本棚。それは一度目に入った時――白蘭さんがこの部屋を選んだ時と何も変わらない。扉からは真っすぐに見えるソファの置かれた部屋の中央、そこを囲うように何重にも置かれた大きな本棚たち。
一度目に来た時と、何も変わらない。
「なに……これ」
思わず口に出た。でも私が見てるのは、本棚なんかじゃない。確かに私は本に興味何てないし、それ
だから私が驚いたのは、もっと別のもの。
私が開けた扉から、真っすぐ見た先に置かれてるソファ。それに私の方へ背中を向けて座ってる白蘭さん。疲れてるのか背もたれに深く体重をかけて、仰いでるみたいに高さのある天井の奥を見つめてる。だけど、私が見て驚いたのはこれでもない。
それはそんな白蘭さんの目の前、私の視線の先にいるひとりの人。座る白蘭さんと向かい合うように立ってる、天井ギリギリまである大きな身長の人。温かみも、冷たさも感じない。ただそこにいて、ただそれだけが全てのように思える人。
ただ、その人はまるで――。
「――やあ、ブルーベル。もしかして……時間過ぎてたかな」
聞き覚えのあるその声に視線を少し下げる。そこには肩越しに疲れた顔で、気まずそうに私を見てる白蘭さんがいた。
「来ないから、呼びにきたんだけど……」
途中まで言って言葉につまる。それだけじゃなくてチラチラと。意識した訳じゃないのに、視線が何度も大きな人の方に動いた。
白蘭さんはそんな私に気づいたみたい。私から見ても無理をしたような、とってつけたようなえがおで答えを返した。
「ああ、これかい? やっぱり怖いよね」
だから、もう少し聞いてみた。
「
見間違えはしない。私の知っているのは目の前にいる、私と喋ってる人で間違いない。だけどそれも、間違いなく白蘭さん。身長も、目つきも雰囲気も全然違う。だけど何故か、白蘭さんに違いないと思った。
「うん、これは別のパラレルワールドの僕だよ」
――パラレルワールド。
あまり聞きなれたとは言えないその言葉に、自信なさげに繰り返し呟く。
それを拾った白蘭さんの説明は簡単に、私にでも分かりやすいように一言。今この世界とは、何かが少しでも違う世界――と。ていうことは、それはまた別の世界の白蘭さんってこと。でもそれなら、また不思議に思うことがある。
「なら、なんでここにいるの?」
それは単純に、ただの興味本位からの疑問。別の世界の自分が、自分と一緒の世界にいる。あまり詳しくは知らない私だけど、それがおかしいことは何となく分かった。
そう思ったのは多分、白蘭さんも同じ。疲れたような顔をいっそう強くして、うんざりしたような口調だけど答えてくれた。
「僕以外の僕は、なんていうかヤバくてね。色々と伝えても『それならそれでいいんじゃない?』って、人の話なんて全く聞かなくてさ」
「最後にはこれなんだけど。他と違う僕に興味湧いたらしくて、自分のいた世界に連れてかれかけたんだよね」
そんなことよりみんなの所に行こっか――
だけど私はそんな白蘭さんを待たない、どころか自分から近づいてく。パタパタと、そんな音がつくぐらいの小走り。白蘭さんはそんな私を不思議そうに、キョトンとした顔で見て来るけど気にしない。
そして目の前で一拍、空けて大きく声を上げた。
「気をつけ!!」
言った後、白蘭さんの前へ後ろへと大慌て。体にどこか可笑しなところがないか、気にせずペタペタ触って確認していく。白蘭さんはそんな私に少し驚いてるみたいだった。石像か何かみたいに固まったまま、慌てる私にされるがまま。
そうやって一通り確認した後、真正面から白蘭さんを見る。身長に差があるから見上げるような形。だけど自分でも、これでもかってぐらいに力強く睨み付ける。
睨み付ける私に、白蘭さんは少したじろいだように見えた。そんな白蘭さんが一歩下がって、私が二歩進む。二歩下がったなら、今度は三歩進んだ。そうやって何度か繰り返せば、私と白蘭さんとの距離が殆どなくなる。
上目遣いに睨み付ける私。
冷や汗を流す白蘭さん。
足を治して、居場所もくれた人。そんな人に嫌な態度はとれないし、それもあって名前に
だけど、私はそんなことも忘れるぐらいに怒ってた。それこそ初めて白蘭さん達と会った時、何も考えずに怒鳴り散らしていた時なんて比べ物にならない程。だから私は――。
私は――勢いよく抱き着いた。
「……バカ。本当に、バカなんじゃないの」
初めこそ小さく、それこそ蚊の鳴くような声で。それから背中に回した腕にもっと力をこめて段々と強く、口から出てきた言葉を繋げてく。
「分かってないんだから。私も他の皆も、今更あんた抜きで生きていけるわけないじゃない」
「もっと、自分のことも考えてよ。残る私たちの事も……考えてよ」
はじめは戸惑ってた白蘭さんも、言い終わる頃には私の頭に手を伸ばしてきた。
多分、このまま撫でてて誤魔化すんだと思う。誤魔化して、今回のことを有耶無耶にして、また普段みたいに
「必要なんでしょ、私達のことが」
――させないんだから。
私の頭に置かれた、今にも優しく動こうとしていた白蘭さんの大きな手。それが不自然に、急に固まって動かなくなる。
「桔梗やザクロに聞いたし、デイジーだって知ってる」
「
頭に置いてる手とは逆の手を、私の背中に回して力をこめられた。いきなりだったから少し声を上げて、私たちの距離はもう本当になくなった。
一緒に引き寄せられた私の顔が、包み込む白蘭さんのお腹に埋もれた。そうなったら当たり前だけど、喋れなくなった私の代わりに白蘭さんが話し出す。
「……僕は確かに、君たちが必要だ。君のいた病院に行ったのも、元々はそのためだった」
「ひどいよね……足を治させて欲しい、なんてさ。僕なんかじゃ想像もつかないぐらい大切なことで、僕は君の事を……利用しようとしたんだ」
声は小さいのに、大きく震えてる。
体は大きいのに、小さく潰れそう。
こんな白蘭さんを見るのは久しぶり。私と、デイジーと初めて会った時の二回だけ。今にも壊れちゃいそうな、そんなどこか危ない雰囲気。
いつだって、どこか強がってる感じはあった。だからこんな格好を見せてくれるのは、信頼されてるみたいで素直に嬉しいとも思う。だけどいつだったかよりも、もっと弱々しく感じる白蘭さん。
なにも泣いて欲しいわけじゃない。
無理してわらって欲しいわけじゃない。
そんな顔、して欲しいわけなんかじゃない。
私は――。
「もしかしたら、数年後には僕じゃない誰かがブルーベルのことを――っ!?」
話してる途中で白蘭さんが変な声を出した。それもそのはず、私が白蘭さんのほっぺたを勢いよく両方から叩いたから。抱きしめられてた私は、抜け出してから挟んでそのまま。呆然としてる白蘭さんの顔を両手で私の顔近くまで持って来る。
文字通り目の前にいる人は、私のやったことに目を白黒させた。多分自分がなにをされたのか、いきなり過ぎてよく分かってないんだと思う。だけど、私はそんなことも気にせず――叫んだ。
「話はまだ終わってないのよ!!」
白蘭さんの目が、それこそ本当に丸くなる。悲しそうな、偶に白蘭さんが話す中ボスみたいな雰囲気はどこかに吹き飛んだ。それにとりあえず満足した私は、またゆっくりと話し出す。
「何となくだけど、分かってたわよ。大体理由もないのに、会ったこともない私を治すわけないじゃない」
「その理由が私の力で、私を戦わせるため? いいわよ。義務なんかじゃなくて、私自身が目的で会いに来てくれたんだから。それだけで――私は嬉しかったから」
私は少し、自分の足を見た。
「リハビリは大変だし、もう少し時間がかかるかもしれない」
「でも、色々とアドバイスしてくれる桔梗。不愛想だけどなんだかんだ手伝ってくれるザクロ。転んだ時一番に心配してくれるデイジー。いつも忙しいのに、わざわざ私の部屋にまで遊びに来てくれるあんた。そのためなら――私は何が相手だって戦える」
もう一度、目の前にある顔を見た。
「だけど……ちゃんと治ったら離れなきゃいけないと思うと、もう会えないと思うと辛かった」
「そんな時、桔梗とザクロに聞いたわ。これから起こる戦いの事も、あんたがこの部屋で力を使ってるってことも。私もデイジーも、悲しくなんてない。むしろ、これからも一緒に居られることが嬉しかった」
「だからそんな、私だけ仲間外れみたいなこと言わないでよ。そんな、私が行けないような所へ連れてかれかけたのに――
言い終わると、ほっぺたを挟んでた私の手が握られた。大きくて、暖かい白蘭さんの手で。
握られた手はゆっくり下ろされる。それに合わせて白蘭さんは腰を下ろしていって、その目線が私のものと重なった。
「心配してくれてありがとう。でも、本当にもう大丈夫だよ」
「僕自身よく分からないけど、僕の方が格が上だったのかな。連れてかれないように踏ん張ってたら、呼んでもないのに向こうがこっちに来ちゃったんだ。流石に他の僕もああはなりたくないみたいで、それから何もしてこなくなったし」
聞いて安心した。
だって、白蘭さんは嘘をつかない。
また来るって言ったら、本当に来てくれる。
足を治すって言ったら、本当に治してくれる。
だから――。
「私達の前から、いなくならない?」
「ごめん、それは出来ない」
これも、きっと嘘じゃない。
「今すぐにじゃないよ。だけど僕は、いつかみんなの前からいなくなる」
「どうなるか、何時になるかもよく分からない。だけど僕は、いなくならなきゃいけない。でも、これだけは約束させて欲しい――いや、約束する」
「桔梗もザクロにデイジーも。これから会う仲間たちに、もちろんブルーベルだって。絶対に、幸せになれるようにしてみせる。だから、いつか僕がいなくなるその日まで――」
「僕のそばにいて、ついてきて欲しい」
目に涙を滲ませながら。
握る手を震わせながら。
絞り出すような声で、そう私に言って来た。
別に泣かせる気なんてなかったのに、これじゃ私が悪者みたいじゃない。途中から扉近くで隠れてるみんなに後でからかわれそうだし。
本当に、そんな顔をして欲しい訳じゃなかった。
でも、どうしてもそうなるなら――。
「仕方ないわね」
「だから
私たちが、笑わせてあげなきゃね。