「――なるほど、各員の考えは十分に理解した。今後とも忠義にはげ――」
モモンガがそう言い、転移使用とした直前、カランコロンという下駄の音が、自分の後方にある通路から聞こえた。ありえないことである。召集した守護者たちは全員目の前にいる。ギルドのメンバーたちは、自分以外にはいないはずだ。では、いったい誰がたてる足音だろうか。モモンガは念のため、立っていた場所から、守護者たちの近くへ移動した。守護者たちも、自分が敬愛する至高の存在の行動に、足音を立てる存在へ警戒を強める。足音は止まることなく近づき、そして、ついにその足音の発生者が姿を現した。足音の発生者は、こちらを警戒する者たちを一通り見回すと、小首を傾げて呟いた。
「え~と、これはどういう状況なの?」
私は一人、深い眠りから目覚めた。気分は爽快。これならば、溜まりに溜まっている仕事も、難なく片付けることができるだろう。
「って、あれ?」
そんなことを思いながら、寝ぼけ眼をこすっていた私は、不思議なことに気づいた。部屋の様子が違う。どこがどう違うとかいう小さな違いではない。部屋全体が違うのだ。まず、私が住んでいたのは都内のマンションで、部屋はどこにでもあるような、フローリングの床に白い壁であったはずだ。しかし、私が見ている光景は、和室そのものだ。畳張りの床に、部屋を区切る障子。普通は置いていない薬箪笥も、この部屋には合っている。私が寝ているのは、床に敷かれた布団だし、枕元には行灯が灯っていた。
「ここはいったい――」
そこまで言って、私は思い出した。
「そういえば、昨日はゲームのサービスが終了するからって、ログインしたまま寝落ちしたんだったかしら?」
そうなのだ。昨日は、私のやっていたDMMORPG[ユグドラシルオンライン]のサービスが終了するといことで、早めに入ったはいいが誰も来ず、ギルド拠点の自分の部屋で寝落ちすることに決めたのだった。
「ということは、ここはゲームの中かしら」
そう思ったが、変である。サービスの終了は24時。私が寝落ちを決めて布団に入ったのが21時。こんなに爽快な気分で起きられるほど寝たのだから、たった三時間しか経っていないはずはない。しかし、ここはゲームの中である。
「サービス終了は延期になったのかしら。それとも、新しく始まった第二段?」
私はしばらく考えたが、まったくわからなかった。
「まぁ、いいでしょう。考えてもわからないし、とりあえず堪能しましょうか」
そう思った私は、部屋に飾ってある幾つかの装備の中から、今日の気分にあった物を選び、寝巻きから着替えていく。
「着付けが大変だけど、今日はこれにしましょうか」
私が選んだのは、毎日のようにプレイしていたときに愛用していた、着物装備である。足には下駄を履き、小道具の煙管も携帯する。最後に、帯に武器の扇子をはさめ、着物を肩が露出する程度に着崩す。
「よし、これでいいわね」
部屋に置いてある鏡台で、自分の姿を確認する。おかしなところはない。完璧な姿である。
「それじゃあ、ナザリック探検といきましょうか」
そう呟いて、私は一つの装備を取り出す。
「これを使うのも久しぶりね」
リング・オブ・アインズウールゴウン。ナザリック地下大墳墓内の名前のついている部屋なら、自在に転移可能という便利アイテムである。
「まずは第一階層に行きましょうか」
最初からゆっくり見ていこうと決めた私は早速、指輪を使って転移する。一瞬のブラックアウト。そして、次に目に入ってきたのは、入り組んだ通路だった。
「たしか、一階層から三階層までは、迷路みたいな作りだったかしら?」
記憶を頼りに、造りを思い出し、トラップを避けながらなんとか進んでいく。途中、見慣れない物も幾つかあったが、忘れているだけか、自分が辞めた後に足された物かは判別できなかった。
そして、新しい発見などに心を躍らせながら進んでいくと、階層守護者が待ち受ける場所へと到達した。
「第一から第三までの守護者は、シャルティアちゃんだったかしら?」
シャルティア・ブラッドフォールン。真祖の吸血鬼であり、階層守護者の中で、一対一の戦闘であれば、最強の強さを誇っている。
正直、かなり好みである。吸血鬼という時点で大好物なのに、見た目の幼さと、つけられた設定が拍車をかける。製作当時は、生みの親であるペロロンチーノさんを絶賛していた。そして、暇があれば見に来て、その後一時間は眺めていた。
「シャルティアちゃーん♪」
久し振りに会える彼女にウキウキしながら、扉を開ける。しかし、そこには誰もいなかった。
「あれ、私の記憶違いだったかな?」
しかし、記憶をたどれば、この部屋で何時間も過ごした出来事が蘇ってくる。
「やっぱりここよね~」
考えられる可能性は三つ。一、外部から来たプレイヤーに倒された。しかし、サービス終了まじかに、このダンジョンを攻略しようというもの好きはいないだろう。その二、以前倒されて放置されていたという可能性。この可能性は大いにあり得る。今の所、この可能性が有力である。その三、階層守護者の配置換え。これは十分にあり得る事だ。しかし、その場合はシャルティア以外の誰かが、この場所に配置されているはずである。
「う~ん。どれも推測の域を出ないわね。とりあえず、他の階層を回りながら探してみましょう」
そう言った私は、再び歩を進めた。
第四階層、発見できず。第五階層、発見できず。また、この階層の守護者も発見できなかった。そして、第六階層にたどり着いた私は、円形闘技場の通路で声を聴いた。
「あら、誰かいるのかしら?」
距離があって聞き取りずらいが、誰かが話している様だった。私は、敵である可能性も考慮し、帯に挿していた扇子を引き抜く。そして、意を決して、声のするゲートの方に歩き出した。
モモンガは守護者たちに守られる形で、現れた人物を眺めた。入ってきたのは、女性。艶のある長い白銀髪に、吸い込まれるように澄んだ青い瞳。完璧に均整の取れた顔に、透き通る様に白い肌。着物に包まれた体は、豊満でありながらも、括れるべきところは括れている。世の男たちが一目見ただけで虜になるような絶世の美女であった。しかし、彼女は美しくても、人ではなかった。頭から出た、人ではない狐の耳。着物の裾から見える九本の尻尾。アインズ・ウール・ゴウンに所属する彼女も、漏れなく異業種であった。彼女の種族は妖狐。それも、最強クラスである、九尾の狐である。つまり、普段の人型は、変化した仮初の物なのである。
「
モモンガが呼んだ名前に、女性が反応する。
「あら、モモンガさん?」
そして、モモンガの姿を認めると、確認するように名前を呼んだ。
「お久しぶりです!お元気でしたか?」
モモンガの声は喜びに満ちていた。
「ええ、元気でしたよ。モモンガさんも元気そうで何よりです」
そう答えた彼女は、モモンガの方へと動き始めた。
そして、自然な動作で、モモンガの近くにいたシャルティアを抱きしめた。
「な、何でありんすか!?」
「きゃーー!すっごい可愛いー」
突然の事にうろたえるシャルティアを他所に、狐月はシャルティアを抱きしめ続け、仕舞には頬ずりまでし始めた。
「こ、狐月様。恥ずかしいでありんす」
「良いではないか♪良いではないか♪」
一見、美女と美少女が戯れているだけであるが、美女の表情がアウトであった。モモンガは「前にもこんなことあったなぁ~」などと、暢気な事を考えながら、暫く傍観していた。
「ふ~、堪能したわ。それで、これはいったい、どういう状況かしら?」
シャルティアを堪能した狐月は、登場したとき同じ質問をモモンガにした。
「ああ、そうでしたね。とりあえず説明するので、ゆっくりと話せる場所に行きましょうか」
そう言って、モモンガは歩き出そうとした。
「お待ちください!」
しかし、守護者統括であるアルベドから、呼び止める声がかかった。
「私たちはこの後、どうすればよいのでしょうか?」
「むっ、そうであったな。守護者たちよ、皆の考えは十分に理解した。今後とも忠義に励め」
モモンガが再び発した言葉に、守護者たちは跪き、至高の存在への敬意を示した。
それをみとめると、モモンガと狐月は、第九階層へと転移した。
メニューから装備を取り出し→部屋に飾ってある幾つかの装備の中から、今日の気分にあった物を選び、
「本当なら、着付けやら帯びやらいろいろあるけど、ゲームならメニューからすぐに着られて簡単ね」→「着付けが大変だけど、今日はこれにしましょうか」
変更しました。