『ダイノ島は美しい島である。
深緑の果樹林に実る黄色やオレンジ色の果実と、島に散在する家屋を囲む白亜の化石木の石垣が海の色に映え、人々はこの島を「西エウロペのエメラルド」と呼んでいる。島民はそう呼ばれることに誇りを持ち、恵まれた気候を生かした果樹栽培に励んでいる。(後略)』
新聞社に就職したての新人に初めて与えられた仕事は、ヘリック共和国領エウロペ地域に関する観光案内記事を仕上げることであった。実際に訪問したことは無くとも、資料を調べて纏め上げることが社から与えられた課題である。彼は半日以上図書館に篭り、懸命に資料を調べ、原稿を書き上げた。
それは二日後の新聞紙面の中ほどの、僅かな一画を埋めるだけの記事であった。しかし、彼は記念となるべきその記事が誇らしく、何度も何度も読み返していた。
それが彼とこの島との出会いであった。
ダイノ島にディマンティスという小型ゾイドが見られるようになったのは、ネオゼネバスとの戦争も終わり、一応の平和が訪れたころである。
島の農民と中古ゾイドの取引で大陸を行き来していた古物商シェイラー・マイヤーズが、ある農業主の要望により小型のカマキリ型ゾイドを輸送して来たことが始まりだった。
陸揚げされたディマンティスの機数は3。積載されていたコンテナから解放され、赤い
背部に装備されていたガトリング砲座は戦闘ゾイドとして使用出来ないように予め撤去されていた。島民は見慣れない小型ゾイドに多少の興味を抱いたが、それが代わり映えもしない農作業用の機体と知ると、長く立ち止まることも無く通り過ぎて行く。シェイラーは依頼していた埠頭の運送業者に連絡を取り、3機のディマンティスをトレーラーに積み込む。
「シェイラーさん、ネットでの固定終わりましたよ」
「販売用にせっかく洗浄してきたんだ、くれぐれも泥汚れが付かないように運搬を頼む」
装甲式コクピットで島の契約パイロット、アンドリュー・バレットが出発の確認をする。斜面が多く道幅が狭いダイノ島では、機体幅も狭く登坂能力に優れているカタツムリ型のマルダーがトレーラーの牽引をしていた。シェイラーは火器が撤去されたマルダーの中央砲座に座り、牽引される荷台を見下ろしながら出発の合図をした。
大異変以降極端に個体数を減らしたマルダーをこの島に持ち込んだのもまたシェイラーの貢献である。彼は要求されたゾイドを、エウロペに限らず中央大陸や遠くニクスにまで買い付けのネットワークを持つ人物であった。
マルダーの中央砲座を開放し、シェイラーは額に浮いた汗を拭った。地表に近い頭部コクピットと違い心地よい微風が彼の頬を撫でていく。
ダイノ島の気候は年間を通して温暖で降水量が少ない。西エウロペ大陸の西岸、南半球の低緯度地帯に位置するが、海流と惑星風の影響により地球で言う気候区分の地中海性気候に相当する。惑星大異変より数年後に移民が開始され、この頃には日々繰り返される豊かな暮らしの営みが育まれていた。
島に上陸をして最初に目につくのが巨大な果樹林である。日当たりの良い島の北の斜面には高さ10mから30mの柑橘類の巨木が屹立している。これは、この島の気候が地球産の柑橘類の栽培に最適と判断した入植者たちによって、地球由来の遺伝子情報を解析し再生された種(しゅ)を移植した結果である。違っていたのは、この島の環境に合わせて果樹が形態を変化させたことである。
ダイノ島は熱帯低気圧の通り道であり、年間を通して5~10の熱帯低気圧が上陸する。暴風対策の為に島で産出する化石木を積み上げ、家屋の防壁として石垣を組んでいるのはその為である。そして果樹は風雨に耐えられるだけの巨大な幹を発達させた。
幹の発達に併せて樹高も伸びていく。それは実った果実を収穫する場合、人の背丈では到底届かない高さになっていった。必然的に人々は収穫する道具を使う。この星の人類の隣に、常に寄り添うように存在しているのが金属生命体ゾイドであり、多分に漏れず収穫作業に人々はゾイドを利用した。枝の剪定や果実収穫の為の高所作業など、農業用に改良されたゾイドが果樹林を闊歩する姿は、島の風物になっていた。
「ウィリアム・ウェイクフィールド……この先の家だな」
ゆっくりと進むマルダーの砲座の中、シェイラーは送付されていた注文書を手に、その裏側に描かれた略地図を凝視していた。彼もゾイドの操縦はできるが、果樹林に囲まれ斜面の多いこの島では自信が無い。商品を傷つけることのないように、わざわざアンドリューを雇ったのだ。
伝声管を通して操縦席からアンドリューの鼻歌が聞こえて来る。陽射しが心地よい。微風を受け、シェイラーは軽く微睡んでいた。
ダイノ島の農業主は概して富裕である。その背景にはこの島の産する豊かな果実にあった。戦火はエウロペの西の果ての島まで及ぶことはなかった。ロブ基地とニクシー基地を巡る激戦のあった北エウロペと、ニューヘリックシティーとガイガロス、そしてガリル遺跡を巡っての争いのあった南エウロペに比べ、両軍の通過地点となっただけの西エウロペの、更に西のダイノ島は戦争中も農作物の栽培と販売を継続し、両軍との食糧取引で島の経済を潤わせた。宝石の様な果実はまさに果樹園の宝石として島の人々に富をもたらしていたのだった。
マルダーの進む先に農業用倉庫とゾイド格納庫を兼用した建物が見えてくる。シェイラーは地図を一瞥し、伝声管を使ってアンドリューに確認をした。
「あれが注文主の家かい。山間なのに随分と豪勢な建物だな」zzzzz
「以前からゾイドは使っていましたから。実入りが良いんですよ、この島の農家ってやつはね」
アンドリューが幾つかの操作を行い、トレーラーを牽引したマルダーはウェイクフィールドの格納庫前に荷台を停止させる。擦れ合う連結部の騒音を聞き付けたのか、建物の中から麦わら帽子を被った男性が現れる。待ちかねたと言わんばかりにトレーラーに積載されていた3機のディマンティスを見上げ、少し怪訝そうな顔をした。
「こいつはスパイカーではないな」
マルダーの装甲コクピットが開くのを見ながら、麦わら帽子の男性はコクピットから降りようと片足を上げたシェイラーに問いかけた。
「さすがに初期ゾイドを見つけるのは難しくて。でもこのゾイドはスパイカーよりも優秀ですよ」
シェイラーは自分の職業に誇りをもっていた。堅実に注文主の要求に応えようとする彼の姿勢を疑う者も少ない。納得したウェイクフィールドがそれ以上未練がましく話をすることはなかった。この星の住民は誰しも新しいゾイドに出会った時は心が躍るものである。ウェイクフィールドは早速ディマンティスの頭部へよじ登り、操縦席部分を跳ね上げた。
入りきらない麦わら帽子を脱ぎ捨て、新たな主人となるべき男性は操縦席に座り込む。
「コクピットがやたらと狭くないか。俺の両足がはみ出てしまう」
「SSゾイドという奴はそういう設計なんですよ」
陽射しを乱反射させる赤い複眼(スキゾクロアル・アイ)を付属させた頭部コクピットが、パイロットを呑みこむように降りる。人の操縦を受け入れた黄緑色のカマキリ型ゾイドはゆっくりと始動した。
腹部から伸びる2対の歩脚は、昆虫型ゾイド特有の複雑な動きで機体を進ませる。コクピットに座るウェイクフィールドは、このゾイドが極めて軽快に操縦できることに驚愕していた。数回跳躍を試みると、前翅と後翅を交互に羽ばたかせ10m弱の高さまで浮上する。捕脚に備えられたハイパーファルクスを一頻り振り回すと、農業主は満足そうな笑顔でコクピットから降りてきた。
「安全のため、イオンブースターでの飛行機能は切断してありますから」
しかし、満足しきっているウェイクフィールドには、シェイラーの話も殆ど伝わってはいない。地に着けたハイパーファルクスを拳で軽く叩き続け見上げている。
「あんた、このゾイド何処で手に入れた」
「企業秘密……と言ったら申し訳ないかな。北エウロペの古代遺跡で野生化していたのです。おそらく『プロイツェンの反乱』後、遺棄されたゾイドが棲み付いていたのだと思います。気に入ってくれましたか」
「妙な蟲はいないな、スパイカーの時は酷い目にあったからな」
「島の検疫で確認済みです。ほら、証明書ですよ」
麦わら帽子を拾い上げ、幾つかの書類に目を通す。ウェイクフィールドは差し出された納品書を一瞥すると、3枚の用紙に一気にサインを入れていた。
「3機とも頂こう」
シェイラーの顔にも満面の笑みが溢れる。捕獲の労と島までの輸送費を鑑みた時、売れ残ったゾイドを島から引き上げるのもまた輸送費がかかるだけで、3機全て販売しなければならなかった。最初の取引にして全てを販売できたことは最高の営業成果であった。
「ありがとうございます。これで今夜は美味いものが食えます」
多少の色を付けた日当を手にして、アンドリューも上機嫌である。空っぽのトレーラーをマルダーに曳かせ、シェイラーが農場を後にしたのはその1時間後であった。