「既に計画書は配布済みですが、念のため作戦の概要を説明します。帝国より譲渡されたディマンティス12機を、各小隊4機で運用し巣に攻撃を仕掛けます。後方にはシールドライガーを配備し、我々のディマンティスが仕留められなかった場合の護衛を務めさせ安全を確保させます。
この作戦の目的は奴らの共同体を崩壊させることです。仲間である筈のディマンティスが突然襲撃して来る――勿論その役割は我々軍の操縦するディマンティスです――ことによって、仲間に対する信頼関係を崩壊させる。その時敵数機を生き残らせ、我々のディマンティスが摂食をする仕草を見せます。奴らの発達した
仲間を殺して食べることを学習したディマンティスは、次第に共食いに対する抵抗感を無くし、互いに殺戮を始める様に仕向ける。この島に農作業用として使用され始めたばかりの頃、自律機能と誤解されたオーガノイドシステムが、他の機体の行動を模倣する事例が報告されているからだ。
破壊した残骸には『ゴルディオス』のコアを混入させ、営巣地帯に投げ込みます。そのまま餌場に運ばれれば、それを食べた幼体の中で必ず孵化し、生きた時限爆弾として秒読みを開始します。『ゴルディオス』に蝕まれた個体は生殖機能を失う一方で貪欲な食欲を伴い、やがて見境なく仲間を襲い始めます。そうなれば我々のディマンティスで襲撃する必要もなくなり、奴らを自滅に導くことができるはず。個体密度が減れば、群生相の出現も減り渡りも行えなくなる。
仕上げに行うのは、島で唯一の淡水湖に集中するであろう『ゴルディオス』を、コアを採取する個体を除き荷電粒子砲で適宜焼却することです。何か確認することはありますか」
形通りの確認の後に、次々と儚げな黄緑色の機体が出撃を開始する。紙が擦れ合うような独特の軋みが耳に残っていた。
いよいよ始まる。
デニスは、あの農場主ウェイクフィールドの証言を思い返していた。
「……まるでスパイカーの腹の中から針金が生えてくるように、そいつはどんどん水面に伸びていって、あっというまに20mぐらいの長さになって水面を泳ぎだしやがったんだ。いや、泳ぐなんてもんじゃない、うねうねとのたうち回っているんだ。ゾイドは金属生命体だから金属光沢を持つ生き物なんて珍しくはないが、あの目もない口もない針金みたいなゾイドを見たのは初めてだった。
『ゴルディオス』という名はあんたに聞いて初めて知ったが、そんなペガサス型ゾイドみたいなもんじゃない。どうみてもあれは『針金蟲』という名前の方がぴったりだ。そのまま蟲はどこか水中に沈んで行って、目の前では腹を食い破られたスパイカーが泡をブクブクと出しながら浮かんでいた。蟲が逃げたから正気に戻ったのかもしれないが、懸命に俺のいる岸に向かって戻って来たんだ。もしかしたら助かるかと思ったけれど、無理だった。岸にハイパーサーベルをつけたと同時、身体の石化が始まった。そのまま白くなって死んだよ」
その証言は彼の記憶に重なっていた。
幼い日、虫族の村で飼われていたドントレスが暴走し、操縦者を振り落として村の溜池に身を投じるのを目にしていた。
腹部からぬるりと這い出した針金状の物体。
口も無く手も無く何もない
ただうねうねとのたうち回るだけの物体。
全長4.7mのドントレスの全長を遥かに上回る10m以上の細く伸びる物体。
「『ゴルディオス』が憑いていたんだ」
傍らに立つ父が呟く。人の一生で一度見られるほどの稀な生物と聞いた。それは幼い少年の心に不気味な思い出として刻まれた。
いつしか人々は土の香りを忘れ、自然に蠢く異形の物を忘れ去って行く。しかしディマンティスが無限の増殖を始めたように、生命は油断なく繁殖の機会を狙っている。
自然は常に美しいものではない。ましてそれがひとの価値観で測れるようなものでもない。
「人為的にコアを増殖させた為、この『ゴルディオス』も生殖機能を持たない一世代限りの物となる。ディマンティスの体内に寄生して成長するだけ成長すると、自らの繁殖場所を求めて宿主を水辺へと誘導する。水分の存在を察知し入水、水中で宿主の腹を破って飛び出して繁殖の為に水中に移動し、孵化しないコアを産み落として命尽きるのだ。『ゴルディオス』の培養は難しく、生態も充分にわかっていないが、スパイカーに寄生していたオリジナルが湖から採取されたことは幸いだった。デニス君には感謝しなければなるまい」
泡立つ培養液で無数の『ゴルディオス』のコアが培養されている。掌ほどの太さをもつ透明な円筒の培養漕の中で、成長し切らない内に強制的に繁殖の誘発操作をしている。それもまたオーガノイドシステムの応用で、崩れた生態系を示すものでしかない。デニスは「毒を以て毒を制す」という事に素直には納得できなかった。
一方のナイルズは喜々として培養漕を見つめていた。待望のディマンティス殲滅の方策を得た喜びなのだろう。だがそこには生命への畏敬など片鱗も感じられない。生命を殺戮の道具としか見ていないのだ。
この島と、この惑星が救われても、大切な何かが失われるような気がして、デニスは施設を後にしていた。
デニスは記事にすることのない、私的な記録に惨状を書き留めた。言い知れぬ無力感。戦争とは違う殺し合い。人類の生存と引き換えに、無数のゾイドが犠牲となった現実。
行き場を失った虚しさが、若い記者の中で駆け巡っていた。
「森の中では至る所で凄惨な殺戮が繰り返されていた。片方の鎌を失い、片眼を潰された機体と、半身を失い前半分だけで這い寄る機体がある。双方が弱まったとみるや、茂みの中から一斉に別の機体が飛び出し止めを刺すと、斃れた機体を貪り喰らう。残された腹部からは繁殖の機会を失い止む無く飛び出したゴルディオスが伸び始めている。ずるりと抜け出すと無為に激しくのたうち回る。本来の棲息域であるはずの水中に逃れることができず、ただ死を待つのみの断末魔の如くに。激しい動きは次第に弱まり、やがて放置された針金と区別がつかなくなり息絶える。
営巣された区画は秩序を失い、子育ての世話をしていたはずの若い個体が孵化直後の幼体を次々に殺戮し摂食を行う。幼体用に蓄積されていた仮死状態の親の骸は喰い散らかされ、赤い翅と複眼だけが無数に転がっていた。
時折銃撃が響き渡る。2連装バルカン砲を装備しているのは我々の操るディマンティスしかいない。未だに攪乱を続けているが、それは最早生命を弄んでいるだけの行為にしか思えない。斃れた身体に空かさずゴルディオスの微細なコアを潜ませ、群れの中心に投げ込み摂食行動を誘発させる。仲間の身体を貪る姿は餓鬼道に落ちた亡者の如き姿だ。正視に堪えない。
島で唯一の淡水湖でも無数の殺戮が繰り返されている。ゴルディオス脱出直前の個体は最後の餌を求めて、同様に湖に集まった別の個体を襲い喰いまくる。熾烈なサバイバルを生き残り湖の畔に身を投じても、湖底には凱龍輝から分離した水中用ブロックス月甲が待ち構えていた。ずるりとはみ出した銅色の針金は湖底に逃れようとするものの、水面下から月甲に追い立てられ沈むことが出来ない。
一閃の光芒が湖面の生命を焼き尽くす。待機していた凱龍輝本体が荷電粒子砲を放ったのだ。パチパチと焼けて弾ける音だけが森林に響き、やがて静寂をもたらす。立ち昇った火葬の煙はやがて雲を呼び、熱帯の雨が辺りを覆う。何度も何度も荷電粒子砲で蒸発しても、島の中心の湖には雨水が集中して水を湛え、次の生贄を待ち侘びる。
方向感覚を失い、湖に辿り着けなかった個体は一様に海に向かう。海水では生存が出来ない為、ゴルディオスはディマンティスの身体からはみ出したまま共に息絶える。複眼を光らせ、ハイパーファルクスで祈りを捧げる機体が多い。まだ生きている。しかし、死んだも同然だ。見れば海岸線に累々と死骸が横たわっている。
土壌が剥き出しとなった西エウロペのエメラルドに往時の面影はない。この島は死んでいく。無数に繁殖したゾイド共に」