『蟷螂の島』   作:城元太

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⑫(終)

 窓の外に鉛色の雲が広がっている。島は雨期に入り、青空を見ることはできない。撮り貯めた写真の整理をしながら、デニスはそこに映っている斃れたディマンティスの骸を見つめていた。

 『グローサー』入社以来、彼にとって初めて単独で行った取材だった。彼が虫族ということだけで安易に割り当てられた偶然が、事件解決への糸口を与えることとなった。ウォルターを初め、多くの島民から感謝の言葉をもらったが、結果として島の荒廃を一層進めてしまったのではないかという罪悪感に苛まれていた。

 海に、山に、処理しきれないディマンティスの骸が累々と横たわり、傍らには針金状の蟲がのたうち回って息絶えていた。全ての残骸を処理しても、この島が元に戻るには長い年月がかかるに違いない。

 ここで起こった事実がどれほど衝撃的であったとしても、事件はダイノ島という西の果てでの出来事として、すぐに人々の記憶から忘れ去られるだろう。ゾイド自身によるゾイド社会の構築という試みは、人の放った寄生虫によって喰い散らかされ儚く潰えた。ゾイドは人に使われるものであって、人と対等の立場になる事は許されないという摂理を刻み付けて。

 ナイルズは、ディマンティスがやがて人間を喰い始めるから殲滅させなければならないと訴えたが、現実として一度も人を襲ってはいない。ダイノ島という限られた特殊な環境下にあったからこそ、変則的な大量発生に至っただけで、『ハーメルン作戦』のような刺激がなければ次第に安定に向かったのではないか。仮に大陸に渡ったところで、際限のない繁殖が出来るとなぜ断定するのだろう。現にレッドラストの遺跡では、今も野生化したディマンティスは一定数に保たれているというのに。

「全部ひとの都合じゃないか」

 だがそれを記事に記すことは躊躇われた。

 

 雨垂れが窓を打ちはじめた。熱帯低気圧が近づいていた。

 

 

『ダイノ島に於いて大量発生したディマンティス駆除の経過についての報告』

担当;グローサー新聞社 デニス・エクシグウス

概要:

 前大戦(第二次大陸間戦争)に於いて使用され、遺棄されたガイロス帝国開発のオーガノイドシステムを何らかの形で取り込んだアイゼンドラグーン製のSSゾイド、ディマンティスは、中古ゾイドを扱う古物商に捕獲された後、西エウロペ大陸の西岸にあるダイノ島にて農作業用として転売、果樹栽培作業に利用される。

 自律機能とオーガノイドシステムによって自我が芽生えていたことを混同したディマンティスの管理責任者(この場合農業従事者)は、そのゾイドが繁殖の為山間部に逃走していたことを重視せず、そのコアの産卵に気が付かなかった。

 逃走したままのディマンティスは山間部で繁殖を始める。最初の餌となるのは自ら仮死状態になった親の身体であり、後には島で産出する化石木を摂食するようになる。

 島の環境に適応したディマンティスは島内各地に営巣し、爆発的な大量発生をする。各個体が職能分化を始め、同時に飛翔能力に優れた群体相にも変化を始める。

 帝国の協力によりジャミングウェーブを利用した『ハーメルン作戦』は不発に終わり、増殖を妨げることに一度失敗をした。

 第二の作戦として、研究者と軍の協力により『ゴルディオス作戦』を敢行。

 ゴルディオスとは線形虫型の寄生生物で、金属生命体ゾイドである文字通りの「ハリガネムシ」である。スパイカー、ドントレス、カマキラー、パワーマンティス等の昆虫型野生ゾイドに寄生し、宿主の体躯に合わせた成長を遂げる。寄生された宿主は、一見通常と同じ生態で過ごすが、生殖機能を奪われ摂食行動のみに執着するようになる。その間、食糧であれば同族であっても無差別に摂取し成長を遂げる。ゴルディオスは宿主の中で充分に成長を遂げると、宿主の操縦系に一種の電気信号を送り水辺に誘導する。宿主はそのまま入水し、体外に水の存在を感知したゴルディオスが宿主の表皮を破って脱出、コア産卵のため初めて独自に水中に移動、繁殖する。ゴルディオスの生態は研究者の間でも未だ充分に解明されておらず、その胚にあたるコアの採集は困難を伴ったが、幸い最初期に機能を停止した農業主所有のスパイカーの石化地点からゴルディオスの繁殖地を発見、通常のゾイドと比べても非常に微細なゴルディオスのコアを採取、これの培養に成功した。

 作戦の第一段階では、帝国より貸与された有人操縦のディマンティスを利用し、ゴルディオスのコアを遺棄したディマンティスの残骸に移植し、然る後に他のディマンティスに摂食させた。親の身体を餌に成長する幼体もその殆どがゴルディオスの宿主となり生殖機能を失ったまま成長、ゴルディオスの放出後に石化して生涯を終えていく。

 作戦の第二段階として、本来の生態系であればゴルディオスは全ての宿主を絶滅させてしまうことはないが、人為的に寄生を促進し残ったディマンティスに摂食を継続させた。

 作戦の第三段階として、大量発生したゴルディオスを凱龍輝の荷電粒子砲で焼却。生態系のバランスの維持を行う。

結果:

 作戦は約半年に亘って展開。最初は仲間の残骸を摂食することに躊躇していたディマンティスだが、ゴルディオス寄生によって摂食行動に貪欲となった個体が増加すると、宿主となっていない個体も積極的に共食いを開始。場合によっては孵化直後の幼体を貪り喰う様子も見受けられた。ディマンティスの島内のコミュニティーは崩壊し、一時期飛翔体となって大陸への渡りを準備していた個体も消滅。島内のディマンティスの棲息密度が共食いによって下がる事により、個体職能分化も停止。単に仲間を求めて貪り喰う狂った野生ゾイドに成り果てた。半年後山間部に於いて最後のディマンティスを発見。だがそれもゴルディオスの繁殖地前で腹部よりゴルディオスをはみ出させたまま石化を始めていた。繁殖地に辿り着けなかった個体群は、海浜部に累々と残骸を晒していた。

 ダイノ島でのディマンティス大量発生事件は、こうして一応の終結をみた。

考察:

 人為的に再生されたオーガノイドシステムが、本来の生態系を破壊し、ダイノ島の美しい自然を失わせた。島の再生には時間がかかり、再び西エウロペのエメラルドが輝くには数十年の時間がかかると思われる。更には今回の騒動によって多くの島民が脱出し、再建には人材不足が懸念される。

 責任の所在を何処に持っていけばよいのか、私もわからない。今回の事件を通し、現実は常に無慈悲であることを痛感した。

 

 

「お疲れ様でした」

 降り頻る雨の中、埠頭にはルイだけが見送りに来ている。横殴りの雨に差し掛けた傘は意味を成さず、彼女は全身濡れていた。オレンジ色の髪が頬に纏わりつき、七分袖のブラウスが肩に貼り付いて褐色の肌を透かしていた。

 ナイルズは既にニューヘリックシティーに戻り研究に没頭している。

 ウォルターは島の再興の為、疎開した島民の呼び戻しに奔走している。

 ワイツゼッカーは転属となり、後任の指揮官が黙々とディマンティスの残骸撤去を指示していた。

 シェイラーはまたどこかで野良ゾイドの捕獲に明け暮れているのだろう。

 剥き出しになった山肌の斜面に雨垂れが打ち付け、流れ出した泥流が海を黄土色に染めている。

「いつかまた来て下さい。それまでにここを元の美しい島にしておきます」

 前髪から雨の滴を落としながらも、ルイは明るく微笑んでいる。

 熱帯の雨は温かい。

 デニスは無言で頷くと、デッキのタラップに脚を掛けた。

 

 いつまでも埠頭に佇む彼女の姿を見つめ、荒れ果てた島を後にした。そして想いを強くした。

 

 ダイノ島は美しい島に違いないと。

 

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