「デススティンガーは、真オーガノイドシステムを装備した悪夢のゾイドでした。その後改良された機体が何機か戦場に投入されましたが、オリジナルを越える物は現れませんでした。当然でしょう。自己再生、自己増殖、そして自己進化。古代ゾイド文明を滅ぼしたといわれる怪物に匹敵する機体など、出現されては困ります」
口を噤んでいる二人を前に、ナイルズは滔々と語り続ける。
「野生ゾイドはその生涯に於いて1~3のゾイドコアを産み落とします。寿命の長い大型ゾイドに関しては成長に時間がかかり、それだけ貴重で強力となります。
一方寿命の短いゾイドについては、世代交代が早い分、多くのコアを残すことができます。一般に、ゾイドはその親に当たる機体の形質をそのまま受け継ぎ発生しますが、このディマンティスは2機が互いに経験した生得情報を交換し合う生殖行動――生物学的に言えば同時的雌雄同体による交尾――を行い、より環境に適した子孫を残す機能を充実させているのです」
「聞いたことが無い」
ウォルターが小声で呟く。代表者として、島で起きている事態に当惑する感情を隠せない。
「それは研究者である私も同じです。最大の疑問は、もしオーガノイドシステムを取り込んでいるとしたらなぜこの島のディマンティスは温和なのか。この謎を探るためにも私が要求するのはサンプルを入手し解析、その生態を研究すること。並行して数機に発信器を取り付けその行動を研究することです」
「了解しました。早速捕獲用にアロザウラーを、そして発信器を希望数準備しましょう」
ワイツゼッカーが応接室の電話を手に取り手短に手配を済ます。受話器を置いたあと、その温厚そうな軍人はそれまで抱いていた疑念を口にする。
「可能性の問題は納得しました。だがこれまでにディマンティスによって襲撃を受けたという報告は一切無い。あなたの言う凶暴性こそがオーガノイドの特徴であれば、これは前例を著しく逸脱しているのではないか」
ナイルズが言葉を選んでいるのがわかる。
「科学者として、確信の持てないことは言えません。しかし、確信を得てからでは遅すぎることもある。これは私の推測ですが、この島のディマンティスは、向社会性の形質を獲得することにより、繁殖と繁栄の可能性を高めたのではないかと思うのです」
再びワイツゼッカーとウォルターが顔を見合わせる。二人の目が「もう少しわかり易く言ってくれ」と訴えている。
「自己増殖、自己進化が、オーガノイドシステムの脅威であることは御存知ですね」
二人が同時に頷く。
「コア情報の交換からも、この島のディマンティスは互いに協力し合って繁殖を行っている。つまり人でいうところの助け合いをして、自己増殖のための自己進化を成し遂げたのではないかと思うのです」
「ゾイド同士の助け合い?」
幾分語尾を上げ気味に、ウォルターが告げる。
「たかがゾイドだろう。そんな話も聞いたことが無い」
だがその言葉には、ありありと焦りの感情が顕れている。彼は自らの懸念を振り払うために、敢えて声を荒げていることがわかる。
「これまでゾイドは自ら戦う意思を持ち、人類に付き従って来ました。特に小型のディマンティスは集団戦に投入され、協同での作戦を何度も実施しています。どの様な形でオーガノイドシステムを取り込んだかは知りませんが、自己の子孫を残そうとする本能が強ければ、互いに殺しあう弱肉強食の社会より、互いに助け合って生きる向社会性――宗教用語でいう利他的行動――の方が遥かに有意なのです。
我々人類はそうやって文明を積み上げてきたことにゾイドが気付いてもおかしくはない」
浜風が応接間のカーテンを揺らす音が聞こえる。時折波止場の作業員の声が風に乗って届いていた。
「まずはサンプルの到着を待ちましょう」
顔を上げたナイルズの視線の先に、無数の野良ゾイドが潜む深緑の森林が広がっていた。
まるでナイルズの到着を警戒したかのように、ディマンティスによる被害発生は鈍化した。彼が島に来て3か月ほどは目立った動きも無く、季節は巡り何度かの果物の収穫時期を経て島の平安は続いていた。その一方で島の家屋を熱帯低気圧の暴風から護っていた化石木製の石垣が崩される事件は断続的に発生し、「ディマンティスが、石垣を齧っていた」との目撃例が相次ぐ。削り取られた石垣の傷跡は明らかにディマンティスの口吻の型を刻んでいたが、人的な被害に及ぶことはなかった。ゆったりと流れる島の時間に呑まれ、軍を含め人々は事態の深刻さを認識することができなかった。
軍のアロザウラーによって捕獲されたサンプルが届き、ニューヘリックシティーでの詳細な解剖(解体)分析の結果を携えたナイルズが島に戻って来たのはそれから更に2か月後である。発信器を取り付けたディマンティスの行動経過と併せ、この時漸く様々な事実が判明した。
「奴らの集合複眼は
白衣に顕微鏡、乱れた頭髪に眼鏡という科学者のステレオタイプそのものの姿でナイルズは説明を始める。
「いわゆる腸内細菌という奴だが、嫌気性だから酸素を必要としない。有機生物と違いゾイドコアが脱酸素活性を行い化石木に含まれる金属成分を還元し、更に共生細菌が硫黄を代謝に用いて鉄の沈積を促し、ゾイドの体を構成する栄養素を提供、成長させていたのですよ」
彼の目の前には、一方的な説明に当惑するウォルターと記録の為に随伴してきた若い女性事務員ルイ・バラデューク、そしてワイツゼッカー達軍関係者が並んでいる。互いに目配せをし、ウォルターが尋ねる。
「もう少し、わかり易くお願いします」
ナイルズは短く「失敬」との謝罪の後、簡潔に告げた。
「ディマンティスは化石木を喰って成長する、ということです」
低い驚愕の声が席上に響いた。
「この種の細菌が地中にごく微量存在することは確認されていたが、これほど腸内に大量に共生させ、積極的に消化吸収に利用する金属生命体は初めてです。問題はこの細菌を奴らが何処から手に入れたかだ。菌種となるものが砂漠の古代遺跡から持ち込まれたとしても、嫌気性だから酸素に触れれば死滅する。いくらオーガノイドシステムを取り込んでいたとしても微生物の合成までは不可能だ。一体どんな方法で腸内に取り込んでいるのかがわかりません」
二つの意味での沈黙が支配する。頻りに首を捻る者と、ナイルズの説明により脅威を理解した者の二者である。後者が圧倒的に少ない。
「ところで、発信器を打ち込んだ機体の行動について、何かわかったことは」
ナイルズは視線を伏せながら首を横に振る。
「ゾイドとしては寿命が異様に短いことだけは判明しました。だがそれだけに長期の追跡調査ができず、餌場と巣とを行き来していたとしかわかりませんでした」
彼が取り出したファイルに表が掲載されている。
「最も長期間生存を確認できた個体で僅かに2か月。その他は平均1か月で発信を停止しています。解剖結果の解析から、奴らはもっと長く生きられるはずなのに」
表の数値を指でなぞり、ページを幾つか捲った後、ファイルの表紙を音を立てて閉じる。
「軍は直ぐに駆除に動いて欲しい」
ワイツゼッカーに身体を向ける。軍人の返答は煮え切らないものだった。
「敵の攻撃を受けたわけでもなく、人的被害が発生したわけでもない。議会の承認がまだ出ていない以上、我々はまだ出動できないのだ」
「やはりそうですか」
予想された答えにナイルズが驚くことはなかった。次に彼が振り向いたのはウォルターだった。
「PMC(民間軍事会社)に依頼できませんか」
「Zoitecのことか」
東方大陸由来のその企業は、ブロックスゾイドの開発を含め戦後処理からテロ集団の鎮圧など幅広く任務を請負い急激に成長を遂げていた。エウロペの西の果てダイノ島にとって、東方大陸は大洋“東ゼロス海”を挟んで対岸にある。ナイルズの提案は財政的には余裕のあるダイノ島にとって、遠く離れたヘリックシティーと交渉し返答を待つよりも迅速であった。
「やってみましょう。中佐、あなたならお知り合いもいる事でしょう。御人脈を使って手続きをお願いしても宜しいですね」
正規軍を動かせない心苦しさから、ワイツゼッカーは精一杯の協力姿勢を示した。
「我々駐屯部隊が収集した資料は持てる限り提示します。交渉に自分も同席させて下さい」
「お願いします」
説明を行っていた研究施設から、慌ただしく軍人達が駆け出して行った。