Zoitec社が運営するPMC『カンブロパキコーペ』がダイノ島に到着するのは、ナイルズの提案から3週間後である。予め島の農場には、野良ゾイド駆除のため農作業及び所有しているゾイドの野外での活動を禁止させ、極力外出も自粛するように呼びかけてあった。
軍から提示された資料により、ディマンティスの駆除に最適と判断されたゾイドはヘビ型ゾイドのステルスバイパーであった。その名の通り隠密性に優れ、低姿勢からの攻撃は地上小型ゾイドの天敵でもある。コンテナ収納の為に蜷局を巻いた形で陸揚げされたそれは、蜷局を解くとするすると素早く埠頭の基地施設に全身を現した。
ダイノ島東部の駐屯地で、『カンブロパキコーペ』の指揮官ハインリヒ・シジウィッグとワイツゼッカー達正規軍、そしてウォルターとナイルズがダイノ島の地形図を囲み駆除計画を確認する。北を上と見てひしゃげた二等辺三角形を逆向きにしたダイノ島の土地利用図には、耕作地が緑色、市街地が赤、山林および未開地が黄色に塗り分けられていた。
「大まかに言って地域は三つに分けられます。陸繋島に近い東側地区には平地が多い。中央のダイノ山地で分けられた北地区は北向きで陽当たりが良く、果樹栽培には最適の地域。その反対側の南地区は、海蝕台があり早くから漁港が開けていた。どちらかと言えば漁業が盛んだが、果樹栽培も行っている」
ワイツゼッカーが指し示しながら説明する地図には、びっしりと黒い点が標されている。シジウィッグが補佐官と共に覗き込む。
「この小さな黒い点が、野生ゾイドの目撃情報ですか」
「石垣および耕作地への被害発生状況です」
多少緊張気味のウォルターが、頻りとステルスバイパーを気にしながら答えた。
「皆さんの来るまでに、被害は更に拡大しています。この島は地下に化石木の層が広がっていますが、ディマンティスはあちこちで地層を掘り起したため表層の土壌流出が起こっています。果樹栽培用に腐葉土層を作ってきたのに、これでは農業が行き詰ってしまいます。一刻も早い駆除をお願いしたい」
『カンブロパキコーペ』は企業である以上迅速な活動を常とした。「わかりました」の返答と一通りの説明と共に、傭兵部隊が早速掃討に移行する。
官舎の屋上から、展開するステルスバイパーの姿を見降ろしていたウォルターは、傍らに立つナイルズが小刻みに人差し指で手摺を叩き続ける様子が気になった。
「何か気掛かりな事でもあるのですか」
鋼鉄の大蛇が森に消えていく姿を見送りながら、ナイルズは独り言のように呟いた。
「私が来てから暫くの間、発生事例が途絶えたのは奴らの食糧が不足していたからではないかと思ったのです。ではその時食糧になっていたのは何だったのか。今は化石木を食っているとして、その前に喰っていた物は……」
語尾が口籠り聞き取る事はできない。ウォルターは半年以上彼と接して来て、その言葉を追求しようとしても意味がないことも知っていた。彼の懸念が何であるかそれ以上聞くことはしなかった。
ステルスバイパーは一般道を通過し森林に潜伏すると、数機のディマンティスを発見した。鋼鉄の蛇は黄緑色の獲物にするすると寄り添う。
「何をしているのですか」
幹線道路から様子を窺っていたウォルターがシジウィッグに問いかける。
「野生体の名残りなのです。獲物を呑み込めるか自分の体長で計っています」
鎌首を擡げると狙い澄ました機首の小口径ビームが放たれる。たちどころに黄緑色の機体は四散した。パイロットは獰猛な毒蛇の本能を押さえつけ、駆除を優先した戦闘行動をとらせた。鬩ぎ合う衝動の中、ステルスバイパーはディマンティスを逃すことなく葬り続け、その進むところ無数のディマンティスの残骸を積み重ねて行く。自律機能によって行動するディマンティスは一切の抵抗をせず、ただ無為に撃破され続けていた。あまりの手ごたえの無さに、ステルスバイパーのパイロットは罪悪感に苛まれたが、職務としての掃討活動であれば感情を差し挟むことは許されず、黙々と標的となる黄緑色のゾイドを破壊して行った。蛇行する轍に沿って後続のビークルが破壊されたディマンティスに識別用のペイント弾を撃ち込み機数をカウントする。機械的な作業は夕刻まで続いた。
カウンターが300の数値を示した頃、西の海に夕日が沈んでいた。
初日の駆除が終了し、遺棄された残骸処理が問題となった。2機のステルスバイパーで駆除した数が計623。マルダーのトレーラーで運び出せる数は最大でも10。残骸処理だけで2か月かかる。
「止むを得ませんな」
予定通りに駆除を成功させたことに誰もが安堵の表情を浮かべていた。ひとりナイルズを除いて。
翌朝回収に向かったマルダーのパイロットは、そこで残骸がひとつ残らず消えていることに気付いた。空荷のまま戻ったトレーラーを見つめ、ナイルズが「やはり運ばれたか」と呟いていた。
PMC『カンブロパキコーペ』は5日間の駆除活動を経て撤収した。島では高額な契約料を支払ったが、目に見えてディマンティスの数は減少した。残骸の行方は追及されず、処理の手間が省けたことを思いがけない僥倖と無邪気に喜ぶ島民も多かった。翌日島の上空からダブルソーダーによって撮影された航空写真を見るまでは。
ダイノ島は強固な岩盤の上に化石木が積み重なり、地質学的な年月を経て地形が形成されている。惑星大異変によって地盤が崩壊し、巨大なクレバスとなった渓谷が幾つか存在していたが、その内の一つに無数の黄緑色と赤い複眼(スキゾクロアル・アイ)が吹き溜まっているのが確認された。低空で撮影された写真には、累々と重なるディマンティスの残骸が映っていた。
「これは一体どういうことなのだ」
写真を見ながらウォルターが呟く。
「奴らは大量の餌を手に入れ、本格的な営巣活動を開始したのです」
ワイツゼッカーの要請により緊急招集された委員会会員は、届けられた映像を前に驚きを隠せないでいた。
「もっと早く危険性を指摘しなかった私のミスです。ただこれで漸く確信が持てました。奴らの寿命が異様に短い事と、環境適応能力の速さの理由が。奴らは親の骸を餌として利用し、世代交代速度を早めていたのです」
何人かが露骨に眉を顰める。
「驚くことではありません。ある種のダニなどは母体の中で孵化した後、そのまま成長して母体を喰い破り繁殖します。親の身体を貴重な栄養源として活用するのは生物界では珍しいことではない。我々は今までミクロな世界でしかこの様な生態を知りませんでしたが、それがゾイドというマクロな生態に置き換えられただけのこと、生物多様性は人類の価値基準で考えては理解し切れないのです」
ナイルズは予め作成していたスライドを投影する。
「私の説明がわかりづらいのは判っているので準備しておきました」
スライドにはディマンティスの発生から交尾と繁殖までが閉鎖された系として描かれている。レーザーポインターの赤い点が図を追っていく。
「奴らがどうやって腸内細菌を受け取っていたか以前から疑問だったのが、遺された親の骸を摂食することによって取り込んだことが判明しました。嫌気性細菌は好気性に比べ爆発的な繁殖は不可能だが、それでも必ず増加します。親の身体から摂取された菌苗を体内で繁殖させ、より多くのエネルギーを化石木から吸収する機能を得る。奴らが自然に大量発生できたのは、指数関数的に増加する細菌の、親の躰を摂食することによる生物濃縮によって、より効率よく繁殖できるようになっていったのです」
「ちょっと待って下さい。まだあの残骸が集まった理由が説明されていません」
ロバート・ブラウンという島の農業委員会代表が挙手をした。
「わかりやすく言います。みんなでがんばって集めたのですよ。幸せになるために」
一斉に上がるどよめき。擬人化された表現に、批判的な言葉を口にする人々もある。
「この場合は専門的に説明するべきでしたね。お詫びしましょう。
以前互いに助け合って生きる向社会性については説明しましたが、それとは別の真社会性、つまり蜂や蟻などの集団で生活する昆虫に見られる社会形態を、奴らは独自に成立させたのです。
写真をよく見て下さい。残骸の所々に銀色のコアが見えます。
餌の近くに産み付けたのです。もし完全に死んでいれば石化するはずなのに、丁寧にコアを死滅していない機体を選んで産み付けている。孵化する幼体F1に新鮮な餌を与えるために選んだのでしょう。
親に当たる個体は身体の衰退を自覚すると直ちにコアを休眠状態にしてしまう。今回は攻撃によって大量の個体が休眠状態になりましたが、通常であればコアの産卵後には一様に休眠してしまい、次世代の幼体の孵化直後の聖餐として身を捧げる。
真オーガノイドは、周囲の環境に適した形で急速に進化する。エルンスト・マイヤが主張する『異所説』では、新種は母種から隔離された非常に小さな個体群から生じるといわれます。この小さな周辺隔離個体群に於ける種分化は、進化の標準からみて非常に急速で、世代を重ねるごとにその進化も加速する。だから奴らは長生きの選択肢を捨てた。ディマンティスはF2、F3と世代を重ねるごとに、親の身体を喰うだけではなく化石木を栄養にして成長できるように体組織を自己進化させた。
今は一時的に個体数が駆除されましたが、あの残骸を一斉処理しない限り、奴らは今度こそ爆発的に増加し、この島は奴らの巣になるでしょう」
ナイルズは自分の知識の専門性に気付かず、臨席する人々に事態の深刻さを充分伝えることの出来ない過ちを犯していた。多少の声が上がったものの、喧騒は直ぐに消える。人々はまだ、彼の予言を信じることができなかった。