駆除圧という用語がある。果樹栽培などでは「間引き」と呼ばれ、充分な成長が期待できない果実を剪定するとより良い果実の収穫ができる。無為にステルスバイパーの掃討に倒れ、個々の反応に疎い個体が駆除された結果、より優秀な個体だけが生き残り繁栄する場合がある。斃れた死骸は新たな世代を育む貴重な栄養源として運び去られ、一時的に個体密度の減少した島では、ディマンティスによる被害が沈静化していたのは僅か1週間ほどでしかなかった。
敏捷な動作と若干体躯が大型化したディマンティスが島内を闊歩しだした。それまで軍のゾイドはもとより、民間の農業用ゾイドにさえ驚き逃げ去っていたディマンティスは、より巧みに石垣や耕作地の地下を掘り起し、より多くの摂食を始めた。耕作地は荒れ、数多くの果樹林が薙ぎ倒される被害が続出し、無人ではあるものの人家の敷地に入り込み、家屋を破壊する行動をとる個体も現れた。
ダイノ島のディマンティス大量発生の報せは遠く首都まで届いた。物見高い外部からの訪問者と報道機関が大挙して押し寄せ、島は喧騒に包まれる。一方耕作地を荒らされ、毎日が見世物の様な生活に辟易した島民の中には、蓄積した財産を費やし大陸に戻る者も現れた。戦後の後継者不足と、もともと移民をしても世代が重なっていない為、島を去る事に抵抗を感じない農場主が多かったのだ。
主に見捨てられた農場は荒れるに任され、宝石のような果実は収穫される事無く腐って溶け落ちていく。無人となった耕地にハイパーファルクスが突き立てられて、醜く土地を掘り起こしていた。荒廃した家屋には無遠慮に報道機関が入り込み、中には未収穫のまま放置された果実を許可なく奪う無頼の輩も流れ込んでくる。
西エウロペのエメラルドは次第に輝きを失っていった。
首都に本社を持つ新興の新聞社『グローサー』から記者兼カメラマンのデニス・エクシグウスが取材の為派遣されてきたのは、既に島がディマンティスに覆われていた時である。
派遣の理由は、虫族の村で育った彼は昆虫型ゾイドに関する知識が他の社員より秀でていたこと、そして彼自身もこの島への出向を希望したからである。彼が初めて任された仕事はこの島の観光記事執筆であった。実際に訪れたこともなく記事を書いて以来、彼の心の奥底で後ろめたい気持ちが澱んでいた。今回の取材を千載一遇の機会と捉え、真っ先に名乗り出たのだ。
島へ向かう船路の途中、彼の脳裏にはあの時調べた様々な参考資料に掲載されていた陽光溢れる美しい島の風景が描かれていた。
だが、東部の埠頭に下船し、島の全景を遠望すると、彼の想像は悉く砕かれた。
島の山肌は果樹林の荒廃が進み表層が流れ出した無残な光景へと変貌している。既に島の資産も底を尽き、PMCを雇うこともできない。世論を味方につけ軍の出動を要請するために、報道関係者は歓迎されているということだけは彼にとっての救いであった。
デニスの出迎えに島の代表であるウォルターとルイが埠頭で待っていた。
「是非とも島の惨状を共和国内外に広く伝えて下さい」
デニスの到着を歓迎する初老の男性が右手を差し出す。
「視察用にゾイドを使って下さい」
交わした握手は弱々しかった。その後ろで静かに会釈をする女性がいる。健康的な褐色の肌に、島で収穫される果物のようなオレンジ色の髪が浜風に靡く。デニスは「素敵なひとだ」と思った。
アンドリューの操縦による複座式アロザウラーの同乗取材は、二足歩行ゾイド特有の激しい振動を伴った。揺れるコクピットから撮影用の望遠レンズを大砲の様に突き出したデニスは、ディマンティスの営巣地点に案内をされた。
彼が目にした光景は衝撃的であった。以下は彼の執筆責任による記事からの抜粋である。
『(前略)幅10m深さ2m程の溝の中にはディマンティスがひしめき合ってうごめいていた。重なった機体の中には、既に息絶えて餌の役割しか残されてないものもある。両脇の岩棚には、互いに小さな輪を描き求愛のダンスを踊る機体が無数にいる。そのダンスのあとには、2機合わせて2から4のコアが産み落とされる。
両手の鎌と頭を使って器用にコアを抱え込み忙しげに移動する機体がある。機体の後ろにはコアを産み落として力尽きた親が横たわっていた。彼女には既に動く気力は無く、そのまま子どもの餌になる運命だ。(中略)1機のみでの産卵であれば、コアを休眠させ仮死状態のままコアの孵化を待てばいいのだが、これだけ大所帯のコロニーとなるとコアや仮死状態の親の体が雑然と放置されるのは繁殖するのに効率が悪い。従って世話係ともいえる別の機体が産み落とされたコアを一か所にまとめ、同様に餌となる力尽きた親の体も餌の備蓄庫といえる場所に運んで、コアの孵化後に効率よく分け与えられる。世話係になるのは、まだ交尾をするには充分身体が育っていない未成熟の機体である。生まれ出てくる妹たちの為に、姉に当たる若い機体がせっせと世話を焼く姿は、人間社会の大家族を見るようである。やがて自分が母になった時、自らの身を捧げて子育てをするための慈愛を育んでいるのだ。
不気味な程に合理性が成立した家族集団社会に、取材している私も背筋が寒くなるのを禁じ得ない。この島はまるで『蟷螂の島』である。(後略)』
地球由来の有機生命体である昆虫の撮影に没頭した経験のある彼にとって、記憶にある社会性昆虫の蟻の巣を想起させる光景であった。だが蟻の社会とは異なる点がある事も、彼は気付いていた。
「女王蜂――この場合は女王カマキリか――がいないのです」
汚れた白衣に乱れた髪、眼鏡を掛けた担当者は、デニスの取材に応じて声を上げた。
既に日は暮れ、夕刻から話し合いが続いたため応接室のテーブルの上に広げられた地形図と記録写真、そしてそれを照らしだす為に置かれたスタンドの明かりに数人の男が浮かび上がっていた。
沈痛な表情を浮かべた初老の男性が、漸く気が付いた。
「ルイ君、灯りを点けてくれ」
蛍光灯の白い光が委員を照らしだす。浜風は肌寒く、窓と共にクリーム色のカーテンをひくと、部屋は明るさに満たされる。女性事務員によって運ばれてきた軽食を頬張ると、白衣の人物はデニスに視線を向けた。
「カマキリはシロアリと同じ網翅目に属する昆虫だ。オーガノイドシステムという異様な進化を促進する機能が、先祖返りか環境への急激な適応かは知らないがディマンティスを変化させ、信じ難いほどの真社会性を習得させたのだろう。だが生殖能力を持つ個体が無数にあるのでは社会の階層性が成立しえない。ゾイドと人との繋がり合いはかねてから報告されていたが、ゾイド同士の助け合いというものは初めてだ。いや、むしろ遅すぎたともいえる」
その研究者は、頬張った軽食が零れることも厭わず捲し立てている。
「古代ゾイド文明はオーガノイドにより滅びたと言われていたが、我々はずっとあのデススティンガーのような強大な破壊力によって滅びたものと思っていた。
だが、この事例をみれば断言できなくなってくる。古代ゾイド文明は破壊によって滅ぼされたのではなく、ゾイド自身による共産主義的な社会の創造によって滅ぼされたのではないかとも思えてくるのだ」
ゾイド社会によって人間社会が追いやられるという示唆に、デニスは終始沈黙する他なかった。
彼の想像を追い越して、ナイルズの話は一方的に続く。
「野獣の本能を剥き出しにして襲いかかってくるのであればより強力な武器を使っての退治の方法もある。
だが奴らは我々を襲って来ない。むしろ表面上は平和裏に共存しながら、次第にその生息範囲を拡大し、見る間にこの島を占拠した。奇声を発して襲いかかる暴漢より、薄ら笑いを浮かべながら非暴力を訴え迫る共同体の方が遥かに恐ろしいのだよ。
飛行機能や潜水機能がないので大陸本土に移動できないのは幸いしたが、奴らが渡りを始めるようなことがあればこの惑星はディマンティスで埋め尽くされることになるだろう。そうなる前に、軍には奴らを根こそぎ破壊してもらわなければならないのに!」
拳を強く握り締め、目の前のテーブルを小さく叩いた。無駄な行動をしないその人物なりの仕種であった。
デニスは軍がまだ動けない理由を知っていた。空き家となった農家の家屋に被害が出てもそれは被害とは呼べない。直接襲撃され、死傷者が出たことも無い。人とゾイドが共存するというタテマエを、ディマンティスは頑迷な程に守り通している。それが軍の出動を阻んでいるのだ。
ふと彼は考えていた。そんな人間社会のタテマエを理解した上で、あのディマンティス達が行動していたとしたら。人間が造り上げたルールという縛りをあざ笑うかのように行動していたとしたら。
背筋に走る悪寒に、デニスは再び身震いしていた。