『蟷螂の島』   作:城元太

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 デニスはディマンティスが腸内細菌を共生させることにより、身体を構成する金属物質を固定同化できることまで調べ上げていた。ナイルズの立会いの下、幾つかの解体作業を見学することも出来た。

 彼の心の中にどうして閊えている事があった。幼い頃の故郷で見た光景と、取材の過程でウェイクフィールドという農業主から聞いたスパイカーの最期。彼の脳裏に『ゴルディオス』という単語が渦巻いていた。

 

 ハーメルン作戦の発動に際し、司令部では険悪な空気が漂っている。原因は両軍の対立ではなく、ナイルズの帝国軍への詰問にあった。

「あのディマンティスを持ち帰るだって! 帝国は自分の国をもう一度滅ぼしたいのか!」

 サンプルとして捕獲したディマンティスを本土に持ち帰ることが、帝国が示したもう一つの要求であった。独自にオーガノイドシステムを取り込み、自己増殖自己進化を遂げた自軍開発のゾイドを研究したいというのは容易に理解できる。今回の作戦協力の見返りとすれば、吊り合わないほどに安価な要求ともいえる。だがナイルズは「本土に持ち込んで増殖を始めたら取り返しの付かないことになる」という理由で激しく反対していた。

 当然帝国側では繁殖の危険性を充分納得した上での捕獲であり、安全性を重視する事も確約している。これはナイルズが過敏に反応し過ぎた結果である。激しく反対したところで、一介の研究者による意見が通る筈はなく、押し切られる形で作戦は決行される。終始批判の言葉を毒づくナイルズに、両軍の指揮官も辟易し、彼は司令部から排除されるに至った。

「研究員やアドバイザーって奴はこの程度の扱いなんだ。所詮、私など作戦遂行上では『獅子身中の虫』でしかないのさ」

 埠頭の側、作戦司令部の置かれた官舎の脇に臨時に設置された報道機関用のテントの中で、ナイルズは憔悴しきった姿で前面のモニターを見つめていた。取材を通し顔見知りとなっていたデニスは、何か有力な情報が聞き出せるのではないかという思いもあり声を掛けた。

「ああ、君か」

 一度だけ振り返ると、ナイルズはまたモニターを見つめる。しかし視線は虚ろで、彼がモニターの画面に集中しているとは言い難かった。

「君はまだ若いのに、真剣に仕事に取り組んでいるようだね。だが努力と真実が必ずしも報われることのないのも現実だ」

 唐突に語り出すナイルズに、デニスは大凡の状況を把握していた。何度か会話を交わした上で気付いていたことだが、この研究員はよく言えば非常に個性的なのだ。なぜ今まで組織の中で衝突もせずにやって来られたのか不思議であった程で、今回はその個性が災いを招いたのだと理解した。

「私は何度も進言したんだ。ゴジュラス・ジ・オーガの事例もあるように、オーガノイドシステム搭載機に対しては、ジャミングウェーブの効果は期待できないのではないかと」

 その話は聞いたことがあるが、半ば伝説と化している。ゴジュラスのような強力な闘争本能を持つゾイドであれば有り得るかもしれないが、見るからに華奢なディマンティスとはまた別物にしか思えない。それはまだナイルズの恨み言にしか聞こえなかった。

 黄色い「進入禁止」のテープが貼られた柵の遥か向こう側には、脚部アンカーを固定した凱龍輝が頸部と尾部の装甲を逆立てた集光荷電粒子砲の発射態勢のまま待機しているのが遠望できる。モニターにはゴルヘックスが送信する映像が映し出されていた。森林を掻き分け移動する大型ゾイドの脚部が映り、分刻みで各部隊の様子を伝えている。

 ナイルズとは対照的に、デニスは「固唾をのんで見守る」とはこんな場面なのかと、入社以降初めての緊迫感を味わっていた。周囲には同業のウェイビー新聞社やキャリントンフレア社の記者も食い入るようにモニターを見つめている。取材の上で多くの労をとってもらったナイルズを蔑(ないがしろ)にするのは心苦しいが、彼にとって最初に与えられた職務を遂行することに全力を注ぐことと割り切った。一つ心に閊えていたことは、ナイルズの言った『獅子身中の虫』という言葉であった。

 

 ディマンティスの営巣地区を取り囲んでの攻撃部隊配置が終了する。映像音声がひときわ高く響く。

〝各隊、ジャミングウェーブの発振を開始せよ〟

 画面が一瞬乱れるが、ゴルヘックスのクリスタルレーダーが瞬時に補正を行い、それまでと変わらない映像を送信する。移動を停止している部隊の映像は、変わり映えのしない深緑の森林が見えるだけで、ジャミングウェーブの効果を感じることは出来ない。切り替わらない画面を見つめつつ、数分の静寂が流れる。

「……地震か」

 その場にいた報道陣は、微かに大地が震動することを感じる。その大きな揺れは偏在していた。モニターと、テントの外に座り込むナイルズを交互に見ていたデニスは、テントの端から遠望する紫の山の稜線に地滑りのような不規則な波が走るのを認めた。

 山が動く。いや、山肌が動いている。

 無数の黄緑色のゾイドが赤い複眼(スキゾクロアル・アイ)を輝かせ、恰も一つの巨大不定形生物の移動の如く木々を薙ぎ倒し雪崩を打って斜面を移動していた。

「あれを見ろ!」

 デニスが唖然としている間に、第一声は他社の記者が発していた。

 機体同士が犇めきあって擦れ合う音と、警戒音らしき甲高い鳴き声が次第に接近してくる。

 無数に突き立てられた頭部の触角が山肌全体を覆い草原の様にさざめく。しかしその草原は津波の如く移動して来るのだ。埠頭までに小高い丘が二つあり、その中間にディマンティスの群れが次々と吹き溜まって行く。ガシャガシャという脚部の擦れる音が不快に響く。群れの背後から2機のダークスパイナーとシールドライガーが駆け降りて来るのが見えた。

 ダークスパイナーが再び前傾姿勢をとり、ジャミングウェーブの発振を開始する。操られるままに、群れはその先に待つ凱龍輝の荷電粒子砲の軸線上に誘導されていく。

 デニスはまた思った。あれが死んだら何匹もの『ゴルディオス』がとび出すのではないだろうか、と。

 

 モニター脇の兵士が警告を発する。

「荷電粒子砲を発射します。直視しないよう注意して下さい」

 凱龍輝の集光パネルが光ったように見えた。その頭部から突き抜ける一筋の光芒が、ディマンティスの群れの中央を貫いた。

 連鎖的に起こる爆発。一つの個体を破壊して後にその次の個体を破壊するため、1秒の数十分の一の時間差で爆音が遅れて発生する。時折パチンという薪が割れるような音が響く。ディマンティス体内に形成した消化の為の空洞が、内部のガスを膨張させて焼けていくのだろう。目の前の同胞が焼却されていくというのに、誘導されているディマンティスは次々と荷電粒子砲という劫火の軸線上に身を投げ出していく。

 デニスは昆虫型ゾイドが大好きだった。だから目を背けたかった。だが、報道員という職務上ファインダーを背けることは許されなかった。無為に焼却されていくディマンティスを冷徹に写真に収める作業を繰り返す。

「喰っている」

 立ち上がったナイルズが、いつの間にか兵士からもぎ取った双眼鏡を覗きこみながら呟く。デニスもカメラの最大望遠で、焼却を逃れたディマンティスの行動に焦点を合わせた。

 生き残ったディマンティスは、半身を焼かれ横たわる死骸に群がりそれを貪り喰っていた。見るも悍(おぞ)ましい光景であったが、食い終った機体は体を静止させ、触覚に当たる頭部マルチアンテナを頻りに振動させた。『預言者(マンティス)』の名を与えられた黄緑の小型ゾイドは、上体を起し、捕脚のハイパーファルクスを祈りを捧げるが如くに静止する。

 2機。3機。祈りを捧げる『預言者』の姿が増えていく。次の群れが押し寄せ、デニスがレンズを向けていたディマンティスは群れに呑み込まれたが、その行動は明らかな変化を示していた。

 フェンダーが白く輝く。デニスは視力を奪われ、右目を抑えて蹲る。

 迂闊だった。デニスは望遠レンズの焦点を合わせたまま、荷電粒子砲の第二射をまともに見つめてしまったのだ。

 網膜の血管が眼窩に見える。見えないのは外界の様子だ。カメラマンとして視力を失うことは恐ろしい。自らが自分に犯した過ちに、デニスは歯噛みをする思いであった。

 空気分子のプラズマ化する炸裂音が何度も響く。荷電粒子砲が連続発射される音だ。

 幸いにして、右目の視力は数分で回復する。左目で見ればいい事を失念する程狼狽していた。その間に状況は大きく変化していた。

「群れが、薄くなっている」

 誰とはなく声を上げる。薄い群れ、つまり群れの密度が減っていた。第一射ではあれほどいた群れも、今は数えることが出来るほどに数を減らしている。そして相変わらず、死骸に喰らい付いた後、触覚を立てる機体が軸線の周辺で祈りを捧げている。

「奴らは死ぬ寸前に、仲間への危険を伝える伝達物質のようなものを分泌させたんだ」

 ナイルズは兵士と双眼鏡を奪い合いながら、群れの様子を望んでいた。

 群れが、次々と山に戻って行く。懸命に前傾姿勢をとりながらジャミングウェーブを発振するダークスパイナーを、仲間外れにされ無視される子どものように、冷ややかにディマンティスの群れがすり抜けていく。

 後続のシールドライガーが堪えきれず群れへの襲撃を開始した。数百から成る群れの数十機を破壊したところで効果はないが、作戦の失敗が腹に据えかねたのだろう。無茶苦茶にストライクレーザークローを繰り出し、無抵抗のディマンティスを薙ぎ倒していく。踏み躙られ、首を飛ばされ、横たわる無数の小型ゾイドは、それでもなお無抵抗のまま営巣地帯に戻って行く。無数に続く殺戮に、シールドライガーはゾイド本来の野生を解放させた。猫科の動物は時折楽しむだけに殺戮することがある。小さなカマキリ型ゾイドは、大型のライオン型ゾイドにとって絶好のおもちゃになったらしい。また、操縦者もその殺戮の本能に任せていた。噛み砕き、投げ飛ばし、引き千切り、1機のシールドライガーはいつまでも群れへの虐殺を継続している。

 デニスも、そしてナイルズも気付いた。

「また喰っている」

 シールドライガーに引き千切られた死骸を、また別のディマンティスが摂食し、触覚をたてて祈っていた。フラッシュバックの様に悪寒が奔る。

「おい、あのバカなライガーを直ぐに撤退させろ」

 ナイルズは双眼鏡を奪われ困惑する兵士に叫んでいた。

 直後にシールドライガーが黄緑色の波に呑まれる。引き返してきた群れが一斉に飛びかかったのだ。それまで一方的に殺戮されていたディマンティスが逆襲に転じる。

 戦闘に慣れていないディマンティスの戦い方は拙い。一方のシールドライガーは圧倒的で、野獣の本能を剥き出しにして群れを更に薙ぎ払う。だが、嘗てネオゼネバス帝国軍がSSゾイド運用で利用した戦法、大型ゾイドには関節部を狙うという方法で、次第にシールドライガーを苦しめていく。サーボモーターの幾つかが毟り取られ、ライオン型ゾイドの四肢が軋みを挙げて崩壊する。ディマンティスはシールドライガーというゾイドを解体している。

 群れの上空を青い飛行体が掠めていく。シールドライガーの危急を察した凱龍輝が咄嗟に飛燕を分離し牽制したのだ。突然の飛行ゾイドの出現に恐れを成したのか、ディマンティスはシールドライガーを残して再び山へと戻って行く。四肢を奪われ解体直前のシールドライガーのコクピットから、パイロットが這い出していた。

 潮が引いたあとの砂浜の様に、黒焦げになったディマンティスの死骸と、踏み潰されたディマンティスの死骸とが、埠頭の前の敷地に広がっていた。

 

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