グローサーの首都版朝刊の地方面に、デニスの記事が掲載されていた。
『笛吹けど踊らず。掃討作戦目的半ばで頓挫
昨日ダイノ島での帝国軍との協同で行われた野良ゾイド掃討作戦は不満を残す形で終了となった。(中略)荷電粒子砲による掃討は成功したものの、ディマンティスを誘導するジャミングウェーブの効果が次第に薄れ、作戦開始から1時間後には誘導は完全に不能となった。元来オーガノイドシステムなどによって強い自我を持つゾイドに対しジャミングウェーブの効果は疑問視されていたが皮肉にもそれを証明する形となった。(中略)友好を深める両軍協同での作戦であっただけに、駆除へ向けての決定打を与えられなかったことが悔やまれる。(後略)』
「仲間の死骸を捕食することで、その体内で分泌された危険を伝達する物質を取り込み、種の脅威に対する対処法を学習、マルチアンテナという触覚で仲間に伝え、新たな行動様式を選択したのだ」
ハーメルン作戦の実質上の失敗を拭うかの如く、司令部では次の作戦提起という目的の空々しい活気で溢れている。公僕という立場上、ナイルズも虚勢を繕い作戦の方向性についての解説を行っていた。白衣ではなくスーツを、髪型も綺麗に整えられている。普段の彼の容貌が不安を煽ると判断された報道向けの措置に違いないとデニスは推察した。質問が矢継ぎ早に飛び交う。
「ジャミングウェーブは効かない、と判断して宜しいのですね」
「全く効果が無いというわけではありません。耐性を付けたことは否めませんが」
「帝国側との協力は」
「再度の協力を惜しまないとの確約を得た上で一時的に撤収して頂きました」
「共和国軍独自での対策はないのですか」
「シールドライガー等の戦闘ゾイドは継続して駐屯します」
「ダイノ島の全島放棄という噂もありますが」
「自分は聞いたことがない。こちらから伺いたいのだが根拠のない噂を持ち出すのはマスメディアとして最低限の常識を逸しているのではないですか」
軍の報道官は最後の質問を契機に壇上から退く。強制的な解散に至り、周囲は喧騒に包まれる。迷走しているのは軍だけではなかった。
一人取り残されたパイプ椅子の上で、デニスは記憶が曖昧になる前に会見の概要を書き留めていた。一部始終を見ていたため逆に要点が絞り込めない。自らの記者としての拙さを痛感しつつ、それでも必死でまとめる努力をする。彼の脳裏に再び幼い日の思い出が過る。『ゴルディオス』という名前と蟲の蠢きとが。
基地に敵襲を伝える警報が響く。
敵?
デニスは敵とは何なのか全く想像がつかない。
ガイロス? ゼネバス?
テントの外に飛び出し空を見廻す。
蒼穹に積乱雲が聳ている。水平線には敵影は無い。
山の端を見渡す。峰伝いの空に黒点がぽつぽつと浮かび上がる。
目を凝らす。次第に形が明らかになって行く。
赤い複眼と赤い後翅。そして茶色い機体色。
「ディマンティスか? でもあいつは茶色いぞ」
傍らに立ったキャリントン社の記者に、また第一声を奪われた。
機体が茶色い。ハイパーファルクスも鋭くなっている。翅が大型化し、飛翔している。尾部が陽炎の様に揺らめき、イオンブースターを再生させ飛行していることがわかる。直観的に理解した。『渡り』が始まったのだと。
青い飛行体が舞い上がる。待機中の凱龍輝から分離した飛燕だ。ディマンティスの飛翔体の群れを次々に撃墜して行く。遅れてダブルソーダーが浮上し、ホバリングをしながらブレイクソードと小口径2連装ビーム砲で飛燕の撃ち漏らした個体を破壊する。戦いは一方的で、シールドライガーのAMD2連装20㎜ビーム砲、尾部対ゾイド30㎜2連装ビーム砲が応戦に加わると、ディマンティスの飛翔体は基地を通り越すことなく全機が空から消滅した。体当たりで直接破壊したのか、凱龍輝本体に戻った飛燕には、一双のハイパーファルクスが絡みついたままだった。
その日の出来事は島の駐屯部隊に留まらず、共和国軍全体にも大きな衝撃を与えた。ここにきて、共和国軍も事態の深刻さを認識せざるを得なかった。ガンブラスターを主力に、プテラスやレイノスなど貴重な空戦ゾイドも大陸西側の主要地帯に配備したとの連絡を本社から受ける。総合的に判断し、軍は本土に強力な防空体制を整えたのだった。
デニスが社会部ホーソン・クローニンからのメールに気付いたのは、ホテルに帰り本社からの連絡確認をした時だった。早朝に届いていたのを見過ごしていた。添付されていた資料と画像データを展開し、デニスは食い入るように見つめる。彼の幼い頃の記憶に間違いがなかった。
デニスはナイルズに一報を入れた。若い新聞記者の提案に、電話口の向こう側で熟達した研究者の驚嘆の声が上がるのを聞く。
〝君と直接会って話がしたい〟
だが互いに職務が重なり、予定が調整できたのは翌日午後の遅い時間であった。
傾きかけた夕日でオレンジ色に染まる応接間で、デニスは一人待たされていた。ナイルズは「少し遅れる」との伝言だけを残し軍との交渉を重ねている。忙しい人物とはわかっていたが、予定を繰り合わせて訪れただけに彼にとっても貴重な時間を費やすことにもどかしさを実感していた。
「お待たせしております」
応接間の扉が開かれ、1人の女性事務員がアイスコーヒーをトレイに載せて運んできた。彼女は既に長く待たされている若い記者を気遣ってか、一度窓の外の夕日を見つめるとデニスに語りかけた。
「デニスさん、と仰いましたね。御出身はデルポイですか?」
丁度ストローを取り出しコーヒーを手にしたばかりで、彼女が振り向いた時には無言で頷く他なかった。
「すみません、気付きませんでした。そうですか、私と同じですね。いま両親はミーバロスにいます。帝国領が私の故郷なのです」
彼女の髪がオレンジ色なのは夕日の為ではなかった。惑星大異変以降種族の混在がすすみ、特に共和国領では意識する機会は少なくなってはいたが、やはり根強い差別意識は時折垣間見える。都市部などではほぼ皆無であるが、この西の果てでは辛い経験をしたのかもしれない。
「今回の事件を振り返ってみて、ディマンティス達は人と同じ行動をしたから繁栄できたのではないかと思うのです」
髪の色が夕日に解け込んでいる。地底族特有の褐色の肌も、この島の景観に似合う素敵な女性と思えた。デニスの想いをよそに、彼女は話を続けていた。
「私は両親に幼い頃から『人は助け合って生きなければならない』と言い聞かされてきました。『最初から疑うのではなく、信じ合うことから始められる。怖いのは人を信じられなくなった時だ』とも。
私は両親の教えは正しい事だと信じています。でもあのゾイドが増えることが出来た理由がお互いの信頼と助け合いだとしたら、思いやりを持つ生き物は互いに生きることができないのでしょうか。
私が生まれる前に、考え方の違いから帝国と共和国に分かれて戦争が起きました。それでも多くの血を流し、やっと平和に暮らせるようになったと思ったら、今度はゾイドとの対立になるなんて。人とゾイドはいつも助け合ってきたのに、今度は帝国と共和国の戦いではなく、人とゾイドとの戦いになってしまうのでしょうか」
「そんなことはない」
その声は扉の向こうから聞こえてきた。振り返った2人の前に、応接室の扉を開けたナイルズとウォルター、そしてワイツゼッカー中佐の姿があった。
「若い者同士で話をしていたので、ついつい入る機会を逸してしまってね。悪趣味とは思ったのだが考えを聞かせてもらったよ。
ルイ君、御両親は間違った事など言ってはいない。人を誰も信じられなくなったら、人の社会は崩壊する。そうやって私達人類は文明を築き上げて来たのだからね」
自分の話を聞かれていたことに彼女の耳は夕日より赤くなっていた。
「飲み物を準備します」
彼女は逃げるようにその場を立ち去っていく。この場にいる全員が彼女の後ろ姿を見守ったあと、応接間のソファーに腰をおろした。
「素直ないい娘だろう。ルイ・バラデューク君だ。今年この島に来たばかりでね。興味があれば紹介するよ」
赤面して言葉を発することの出来ない若い記者を前にウォルターは微笑む。その場は一瞬にして和やかな雰囲気に包まれた。それぞれが席に着き、少し俯き加減のルイが新たに運んで来たアイスコーヒーを前に、ようやく遅れての会合が開かれることとなった。