「どうですか?」
「うーん・・・。ちょっと思ってたのと違うかな・・・。」
「やはり小野寺さん自身か木佐あたりの方が適任かと。」
羽鳥さんはそういうけど違うんだよね。何というかこう・・・、嫌そうででもちょっと似合う、そんな人につけてもらいたかった。
「ん、わかりました。とりあえず高野君と羽鳥さんはもういいです。お時間取らせてしまってすみません。」
羽鳥さんは仕事だと割り切りきっちりやってくれるし、高野君は何というか・・・、俺がダメだ。やばい。
つまみ上げた細くてキラキラしたものはグッズを提案する会社からの推薦商品の一つ、リップスティック。
女子中高生にはとても人気があるとは思うのだけどこれをプレゼントにするにはやや面倒なこともあるために、早々に却下というかスタートラインにさえ立たせなかったんだけど、その会社の営業担当者はニコニコして「じゃあそちらでいいように処分してください。」と見本を置いて行ったのだ。
女性のいないエメラルドなので、他部署(隣のサファイアとか?)へでもやろうかとも思ったのだけど、まあせっかくだから誰かにつけてもらおうかなといたずら心が沸いて白羽の矢を立てたのが一番は高野君。
そう言ってかなり濃い色のそれを手渡すと
「じゃあ律ちゃんが俺につけろよ。」と目を瞑って俺に唇を差し出した。
わざとだ・・・。
怯みながらもポーカーフェイスで頬を支えて、リップをツツっとつけると男のくせにまるで漏れるみたいに似合った。
「ポーズつける?」
そう言って前髪を掬い上げてチュっとリップ音を鳴らす。
隣の部署の女性たちが息を飲んだのがわかって面白くない・・・。
「高野君なりきりでつまんない!」
ちょっとむきになって「羽鳥さんつけて。」と、羽鳥さんにポンっと別のリップを投げると、羽鳥さんはいつもの涼しげな眼でそれを見て何にも感動のなさそうな顔でそれを薬用リップを塗るのと同じように唇に塗った。
似合うけど・・・、思ってたのと違う。
それで冒頭に戻るわけ。
「小野寺さん、このリップどうするんですか?」
羽鳥さんがスティックの先を見つめてそういうので「羽鳥さんが好きにしていいですよ。ご自身の使いかけなわけなので恋人だったら使ってくれるかもですね。」
と伝えると「恋人に?」と俺だけが聞こえる声で言っていた。
『吉川先生に無理やり塗るのも楽しいかもですね。』
そんな風に心の中でにやにやしているとガツガツと大きな足音がして、「なにやってんだ?お前!?」と熊さんの異名を持つ彼が高野君のところにやって来たのだ。
「適任!」
そうつぶやいたのは俺の心か木佐さんか?
「高野君、捕獲!」
俺は書類を手渡そうとしている彼が高野君に近づいていることをいいことにぴしっと命令を下したのだ。
「?」
高野君は何を言われているのかはわからなかったようだけど身体はそれに従った。さすが黒ラブ君、コマンドはきっちり入っている。
後ろから羽交い絞めにして「なにする!」とか「やめろ!」とか言っている親友を逃がしはしなかった。
「横澤さん~♪」
俺がニヤニヤ近づくのを彼はあまり好まない。なぜなら大学時代から今まで、高野君がらみで彼もまたろくな目に合っていないから。
「赤とピンクと紫と何色が好きですか?」
俺の質問に嫌な予感しかしていない彼は警戒心むき出しの熊。ただし今は捕獲中。
「色は黒とか茶色が好きだ!」
一応答えるところが律儀な人だ。この実直さが営業成績につながっているんだろう。いつだって成績もぴか一なんだから。
後ろで木佐さんがスマホで誰かと連絡を取っているみたいだ。さすが抜かりがない・・・。
「茶色に近い濃い赤がありますから、じゃあそれでいいですね。」
三本のリップスティックを目の前に翳すとさすがに何をされるか悟った彼はかなり盛大に暴れたのだけど、美濃さんがツンっと首の後ろあたりをポールペンの先でつつくと身体の動きが鈍くなった。
『美濃さん、今度その技教えてください。』
そんなことを思いながらシュリンクされているビニールの包みをピリリと目の前で思わせぶりに裂いて本体を取り出し、蓋を開けくるくると先を伸ばして見せてあげた。
「や・・・、やめろ・・・。」
口は動くようですね。この技さらにいいかも。
俺がにじり寄るとツっと後ろから手ごとリップスティックをつまみ上げられる。スルスルとさすりながらやがてリップだけ取られて振り返るとそこには波打つ茶髪の編集長がいた。
「小野寺君、隆史に何してんの?」
にっこり笑った顔はブロンズの彫像のようだ。うん。綺麗綺麗。
横澤君がちょっとだけホッとしたような顔をしたのが目の端に見える。
「あ、桐嶋さん。間に合いましたね。」
俺がにっこり笑うと桐嶋さんが「こんなこと小野寺君がしちゃだめでしょ。」と俺の鼻をピンっと指ではじいた。
「校了が近いって言ってたからどうかなって思ったんですけど。」
と言いながら、さっき高野君の唇に塗ったピンクのリップスティックを桐嶋さんの唇に塗り「高野君と間接キッス。」と顎を摩って笑うと「じゃあ小野寺君も間接の間接キッス。」と言って俺のリップを奪われ唇に塗られた。
まあ年長の桐嶋さんにはかなわないから仕方がない・・・・。
「っで、塗るんですか?塗らないんですか?」
横澤さんの方に顎をしゃくってちょっとだけ真顔で言うと「塗るにきまってるだろ。」と桐嶋さんも珍しく真顔で言って、再び青ざめた横澤さんに真っ赤なリップをたっぷりと塗ったのだった。
「木佐さんも美濃さんもせっかくだから塗りましょう。」
そう言って校了が終わって少しのエメ編の昼休みの写真は、(一部他部署のメンバーあり)社内報を飾ることになったのだった。
今日も平和だ。