#12.ギアナ×ノ×登録者
時刻は曙。陽光が世界を照らし始めた頃。
しかし正午になっても暗色を基調とせざるを得ない鬱蒼とした森の中で、彼は静かに正座のまま合掌していた。
そこは唯一生い茂る巨木の天井が無く、世界への順応を許された開けた場所。
酔う程に濃く朝露薫らせる蒼と、不純物の無い清浄の大気が、零れ入る強かな陽光で描く何でも無い静止した場景を極上と呼べるまでに昇華させている。
「―――ふぅ」
だが流麗な場景に対し、座して場景と一体化していたミルキの内面はまるで別物。
延々と大河の奔流の中に腰掛けているような万感の思いに浸って押し流されぬよう直向きに堪えているのだ。
なぜなら、現在ミルキが向かい合っているのは、彼の一部となって久しい流派東方不敗の合言葉が彫刻された大岩。
ミルキ達がこの地に根を張った折に掘り込んだものだが……今は亡き男の墓と転じている。
言わずもがな、先日旅立ったミルキの師匠シュウジ・クロスの墓。
ミルキは、未だにシュウジの死を引き摺っていた。
修行中は常に厳格な羅刹。しかし食事時等僅かな休憩の刻は温情溢れる釈尊の如く。
ミルキにとって、シュウジとは師であり父であると同時に、己の荒んだ地獄道に現れた生き仏のようでもあったのだ。
その温もりが、一瞬で天へと還って逝った。ミルキの心情、如何ばかりのものだったか……。
しかし何時までも止まっていられない。
芝生の上に正座しながらの合掌を捧げて既に1時間弱。
未だ哀悼の傷は言えていないミルキだが、それでも幾分の決着を経て、合掌を捧げることで残りの悲愴感を納得させている。
だが、気持ちの整理ができたからだろうか。
改めて“墓”とした大岩を見上げたミルキは、小さく苦笑を漏らした。
「この“島”こそ我が墓碑! こんなちんまい腰掛け岩を墓などと銘するでない!……って、貴方は言うでしょうね」
それはシュウジの代弁であると同時に、ミルキ自身の本意でもあった。
ミルキとしても、シュウジの墓とするには分不相応と思っている。
前世界での完敗と悲愴の経験を受け止めこの世界へと渡って来たシュウジの器を一目見た者ならば、誰もが口を揃えて賛同してくれるに違いない。
「けど、この岩だって間違いなく“島”の一部ですから、勘弁してください」
しかし反面、この大岩こそ相応と思うミルキも居る。
元々この地に根を下ろす意味で流派東方不敗の合言葉を刻んでいたその大岩は、シュウジがミルキの稽古を見守る特等席だった。
ミルキからしてみれば、合言葉の彫刻も相俟って師匠が見守ってくれているような温かくも静粛な心地にさせてくれる。
それに大地全てが墓碑だと、親離れできない自分が見え隠れするようで嫌だというミルキの私情もある。
「……師匠、今日は今後の報告に参上しました」
因みに、ミルキがシュウジの墓参りに来たのは、決別から1週間経った今日が初めて。
それまで弔意に苛まれつつも悲愴感と闘いながらミルキが何をしていたのかと言えば、やはり修行。
哀悼する心を明日への気力に変えるには、やはりシュウジの遺産である武闘に縋るしか無かったのだ。
そして、ミルキはシュウジから託された【キング・オブ・ハート】の確認もしていた。
その過程で、色々な難点も発覚。どうやら【キング・オブ・ハート】はかなりピーキーな念能力のようだと判った。
シュウジは【キング・オブ・ハート】を「全能」と言った。
その理由は、ミルキの系統以外の系統を十全に使いこなせるからだと。
だが……困った事が一つ。
確認のしようが無いのだ。ミルキは、系統を十全に扱えているか否かの区別が分からないのだから。
ただ、殆どがそれなりの練度であるとはミルキも思っている。
ミルキが念の系統別修行を行った際は、流派東方不敗の技と摺り合わせることで精度を確認していた。
例えば、ただの布を強靱で伸縮自在にできるマスタークロスは、操作系と強化系の2系統で繊細な遠隔コントロールを可能にできた。
他にも、奥義の酔舞・再現江湖デッドリーウェイブは強化系と変化系、石破天驚拳は放出系と変化系を合わせて使用することで技術面をカバーしていたからだ。
だからこそ、ミルキは自分の系統がどの程度の練度なのかが分からない。
しかし当然かもしれないが、操作系はかなりの練度だろうと推察している。
マスタークロスにしてもそうだが、他にも操作系の特訓として掌サイズの丸い石に【周】を行って石の結合配列を操作することで他の形状に変化させる事ができる。
一度特訓も兼ねてシュウジの石像を造ってみようと思ったことがあるが、当人に「アホかァ!」と激怒されて粉砕される未来予想が容易に見えてしまい、断念した過去がある。
閑話休題。
だが、ミルキはよくよく考えて「十全に扱う全能って何だ?」という疑問にブツかった。
念能力の系統は、個々人の“習得率”を数値化する基準でしかなく、また固定されているわけでもない。
例えば、強化系に長けている者でも80%扱える変化系が不得意だが、同じく80%扱える放出系の習得速度が段違いに早い……といった感じに。
またミルキで言えば操作系の習得率が100%であり、変化系の習得率が40%しかないということ。
ならば……と、ミルキは【キング・オブ・ハート】の特性は別なところにあるのではないかと考えた。
それが――、
「やっと見つけました。キング・オブ・ハートの本当の意味。……それは、流派東方不敗を活かし、そして……俺の成長を活かす能力」
世界は進化する。
一分前より先へ、明日へ、未来へと歩みを進め、姿かたちを変えていく。
無論、それはミルキ……そして“流派”にも言えることだ。
シュウジは、ミルキの成長性を十全に補助するための能力として【キング・オブ・ハート】を造ったのだ。
どんな系統でも、その気になれば100%修得する事ができ、また扱うにも【キング・オブ・ハート】を使用することで可能となる。
そう……例えば、ミルキが不殺を貫ける技を編み出しても、それを修得出来ないなんてことが無いように。
「でも、これを使うには……やはり俺はまだまだ。……まぁ、師匠は全てお見通しだったと思いますが」
しかし……巧い話には裏がある。
先述したが、【キング・オブ・ハート】という念能力はとてつもなくピーキーだった。
全ての系統念能力を100%修得・使用するには外氣を循環できないまでも内包しなければならないのだが、その量が膨大過ぎるのだ。
現在ミルキが体内に内包できる外氣がバスタブ一杯分と仮定すると、【キング・オブ・ハート】によって体内に傾れ込んでくる外氣は……まさに怒涛の如き大津波。
ミルキでは、あっという間に押し流されるのは道理。
実際に【キング・オブ・ハート】を使った時の“反動”は凄まじかった。直感がミルキの生死を分けたと言っても過言ではない。
もし発動した直後に外氣を放出していなければ、もし直ぐに発動停止しなければ、……もし「内包しよう」と微塵にも考えたなら、体内から爆発していたに違いない。
そうでなくとも半日もの間、気を失ってしまい、後の半日は全身が全く動かせ無くなってしまった。
シュウジは荒療治の意味でも決闘を行い、ミルキを【キング・オブ・ハート】を持てるレベルまで引き上げたのだろう。
継承直後は能力自体を発生させていなかったため、何とも無かったが……。
「でも、この紋章を発動させるだけでも意味がある。外氣を扱うことは、“俺の念”にも大きく作用しますし……貴方は、そこも考えてくれていたんですよね、きっと」
だが、やはり【キング・オブ・ハート】はミルキの今後成長を大きく助ける能力なのだ。
実は、外氣コントロールは“ミルキの念能力”にも大きく作用する。
バケツ一杯分の外氣しか循環できない現在と、大津波のような怒涛の外氣を受け入れるまでに器が大きくなっていた未来を少しでも早く出合う事が可能となる。
文字通りの“手助け”を貰ったシュウジには最後の最後まで勝てなかったな……と、実感するミルキだった。
「……すみません、師匠。話が脱線しました」
脱線でもないのだが、ミルキは今後の方針についてシュウジに報告する。
「俺、しばらく此処を離れます。色々考えて、プロハンターのライセンスを取ることにしましたから」
ミルキの決断。それは曲がりなりにも原作への介入をするということだった。
ただしミルキ、原作云々は殆ど意識していない。
ミルキが見ているのは“今期ハンター試験の受験生”にある。
それも合わせ、ミルキがハンター試験を受けようと考えた理由は大きく3つ。
「師匠が“守りたかったもの”を、俺も……俺なりの方法で守ろうと思います。……そのためには、資金集めをしなければなりません」
1つはプロハンターを管理するハンター協会が、国家を大きく上回る規模と信頼性を持っている事。
今後の行動を起こすためには金銭面も必要。天空闘技場に行けば?……とも思ったが、小金稼ぎが精一杯。
長期的に見れば、やはりハンターライセンスを取るべきと結論に至った。
そしてシュウジが守りたかったもの……は、言わずもがな流派東方不敗が恩恵に与る天然自然。
ミルキも外氣の修行を重ねる程に、自然の有難味を知る事となった。
流派東方不敗を活かす事とは、武闘の技術だけでなく恩恵を与る自然を保護することでもあるとミルキは結論付け、将来的には世界中の自然環境保護、また絶滅した樹木の再生に尽力活動しようと考えている。
もちろん容易な道でないことは重々承知。
今まで暗殺、武闘と、勉学類を人生の1割も行ってこなかったミルキは、知識蒐集もする必要がある。
だが彼もまだ13歳。十分に未来ある年齢だ。
そこで、まずミルキは“足場”を固めようと決めた。
他でも無い、シュウジ・クロスと一番思い出のある“現在地”を……絶対に揺るがない自然を永久に人間の手によって汚されないようにするための基地として私有しようと考えているのだ。
「10の12乗……兆単位のジェニーを集めたら、“ギアナ”を私有できると思うんです」
ギアナ。それは現在ミルキが根を下ろした修行の地名。
偶然にも、流派東方不敗の師弟……ミルキからしてみれば兄弟子に当たるドモン・カッシュとシュウジの修行場所と同じ名前であった。
それ故の愛着もあって、シュウジはギアナを気に入り、修業の地としたのである。
無論、傍から見れば不法占拠だが……深くは言うまい。……というより“言えない理由”があるのだ。
その前に補足するが、「ギアナ」の前世と今世の違いは、前世で言うギアナが大陸の一部だったに対し、今世のギアナは一つの“島”になっているということだ。
六大陸の内、北方2大陸に囲まれた“六大陸に認定されていない”大陸。
地図上では“◎”の形をした【ギアナ島】は、正確には“島”でなく海上にある世界最高の“超巨大山”。
その総面積はジャポンと同等かそれ以上と言えば、どれほどの広大さと標高を有しているのかを理解してもらえるだろう。
だが、六大陸に囲まれた内の一つだが、六大陸として認識されていないには理由もあり、それが前記した“言えない理由”でもある。
なぜなら、ギアナ島には誰一人……訂正、非公式で現在一名の例外を除いて誰も住み着いていないのだ。
そもそも、ギアナとは島全体……及び周辺100km圏内が危険度Sランク認定されている未開の危険区域。
数多の珍獣や幻獣の住まう島としても有名であることから【幻獣の楽園】と呼称されたり、また【自然の悪夢】といった真逆の悍ましい名称もある。
というより幻獣の巣窟からして、一般人にしてみれば悪夢のようなものであるが……無論、シュウジは危険など道理はお構いなしにギアナ制覇。
ミルキも一年懸けて何とか登頂に成功している。中々先へ進まなかった理由はギアナの洗礼も原因の一つだが、修行と並行しての登頂だったこともある。
常にヘトヘトの状態で獣と自然を相手にしたミルキは、環境適応力と回避力が異様な成長速度を見せたことは言うまでもない。
兎にも角にも、ミルキはこの地の自然を守る事を今後の念頭に置く事を決めた。
それは師父との誓いを忘れないために必要不可欠な重要事項だと思うから。
閑話休題。
「当然ですが、流派東方不敗を枯らさぬよう武闘家として更に精進する意味でも、多く経験を積まねばと」
2つはハンターの種類にはブラックリストに乗っている犯罪者を捕らえて生計を立てる賞金首(ブラックリスト)ハンターがあること。
賞金が手に入り、念能力者との戦闘も熟せる。……主旨がどこぞの戦闘狂な変態ピエロと酷似しているが、強者との戦闘は武闘家ならば必然的に求めるもの。
ミルキに決定的に足りないもの、それはやはり経験値。
流派東方不敗とミルキ=クロスの名、そして【キング・オブ・ハート】の能力と継承した事によるプレッシャーに負けないように、いつかは武者修行をしなければと考えていた。
その点で言えば、公に犯罪者をフルボッコにしてお咎めを受けない理由というのは重要だ。
そして第3の理由。それこそプロハンターを目指す理由となっている。
「そして……アイザック=ネテロ。やはり武闘家としての道を歩む以上、一度是非見ておきたいですから」
ハンター協会及び審査委員会の会長。心源流拳法師範。それが、アイザック=ネテロ。
年齢不詳の老体であるが、武門を叩くなら知って当然の男。最強の念使いとして名を馳せ、前線は退いたが勇名未だ衰える事を知らず。
武闘家としての人生を歩もうと言うのに、そんな有名人を一度も見ないという痴態を晒す事は、流派東方不敗の名を穢す事にもなるとミルキは考えた。
他にも理由を挙げるなら、自分以外にも転生した者が居るか居ないかを確かめるために。
そして今期でなくばならない最大の理由が……、
「ちゃんと……過去と向き合えるか……確かめるためでもあります」
ミルキが向き合わねばならない過去と言えば、当然ゾルディック。
今回の試験にはその姓を持つ2人が参加する可能性が確定と言っていい程に高い。
試験を受けるついでに、ミルキはそれを確かめようと言うのだ。
「でなくば、流派東方不敗免許皆伝も、シュウジ=クロスも名乗れませんから」
ずっと避けて来た。だから改めて向かい合った時、果たして平常心で居られるか否か。……過去から逃げずに立ち向かうための確認をしたい。
そんな意味合いも、今回臨む試験に籠めていた。
「……それから」
そして、ミルキはまた雰囲気を整える。
なぜなら、ここからがミルキにとって最も重要な報告と言えるからだ。
それは……、
「……すみません、師匠。貴方に襲名するお許しを頂いた名ですが……しばらく、この場に置いて行こうと思っています」
シュウジ=クロスとして、新たな一歩を踏み出そう……と思ったミルキだが、ちょっと待てと思い留まる。
キッカケは、やはり【キング・オブ・ハート】だった。
「……舞い上がってしまいましたが、やはり俺は未熟者。シュウジの名を語って落とすわけにもいきません」
ミルキは、未だ【キング・オブ・ハート】に選ばれていない。ただ、所有することを許されているのが現状。
師父シュウジ・クロスの魂魄に追いつけぬ身で、どうしてシュウジ=クロスと己を語ることができるだろうか? どう考えても、騙って落魄れる顛末が待っているだけだ。
外氣循環を為すという離れ業にまで至ったミルキは、やはりどこかで慢心していたのだ。
そんなミルキを叱咤する師父の声が【キング・オブ・ハート】に籠められたに違いない。
ミルキが真に王者の風を知るには、まだまだ先は長いということを改めて理解する。
「あー……ヤバい。また沈んで来た……」
師父への弔意が拭えぬミルキには、この叱咤は結構大きなダメージとなっているらしい。
これ以上、この場に居ると旅立つ前に精神がヤられてしまいそうになる。
ミルキは一度、顔をパン!……と叩いて立ち上がる。
「師匠……図々しい申し出と重々承知していますが、今はクロスの姓だけ名乗る事をお許し願います」
ミルキは既にシュウジ=クロスを名乗れる身だが、それは“名義上”に留め、己が納得するまでは【クロス】と名乗る事を決めた事を口にする。
シュウジの名はプロハンター試験に合格した折、改めて……と決めたとも。
「……では、師匠。行ってきます」
思い立ったが吉日……というかプロハンター試験の登録締切日が近づいているため、ミルキは今日早速ギアナを発つ。
ギアナ島という天然自然と東方不敗シュウジ。この2つの師を目の裏にしっかりと焼きつけたミルキは、意気軒昂と旅立った。
●
ハンター試験は年に一度行われ、その申込期限は12月31日。
申し込み方法は基本電脳ページと呼ばれる電子情報網からか、ハンター試験応募カードをハンター協会への郵送がある。
ミルキが選んだのは前者。西北大陸に上陸したミルキは電脳ページで申し込みすることにした。
だが……その前に。
(……予想はできたが、さすがに視線が鬱陶しい)
身なりをある程度調える必要があるようだ。
なにせミルキはずっと人が立ち入らぬ秘境でシュウジと修行の日々。身なりを気にする暇があれば修行をしろとばかりに修行に励んだのだ。
その容姿は一見すれば珍獣の子供と見間違えられるくらい髪がボサボサに伸びきって、衣服も修行の過程で見るも無残な穴だらけ。
仕方ないのでミルキは髪を適当に手刀で斬り落とした後、まず適当な古着屋に向かった。
金はちゃんと持っている。現在ミルキが所持している金銭は約5万ジェニー。旅をしながら事ある毎に細々と稼いでいたのだ。何気にマメである。
「むぅ……こんなものー……で、いいか?」
洋服なんて恥部を隠せればイイ程度の認識しかないミルキは、適当に洋服を拵えその上から足首まである外套を羽織った。その姿はまるでミルキの兄弟子ドモン・カッシュの旅姿。
ただ、H×Hで言えばどこぞのヤラレモブに黄土色の外套を纏った男が居た気がしたミルキだが、気にしない事にした。
(……そうだ。キルアとイルミも来るんなら顔隠しといた方がいいかもしれん……まだ、な……)
原作に関わる事がどういうことかと思い出したミルキは、ミルキ=ゾルディックとしての容姿を覚えているかもしれないゾルディック家人対策として綿布を顔に隙間なく巻きつけた。
また【キング・オブ・ハート】が自然発現してしまった時用に、黒の皮手袋を着けるのも忘れない。
現在のミルキは過去の自分と見比べても別人にしか見えないが、それでも……念には念を尽くすのがミルキのスタンス。
臭い物には蓋を……ではないが、元兄弟を今も兄弟と認識される事を考えると……。
「……うん、やだ」
これも未熟の体現と自覚しているが、これは師匠と一年喧嘩しても譲れないミルキの熱い想念(?)があるのだ。
……しかし、完成したのは……。
「う、む……これは……」
まるで、めけーもでCCOな悪人フェイス。
ミルキ自身、不気味な仕上がりとなった事に不満気……ではあるが、それで一度外を歩いてみるも周囲の反応は非常に淡白だった。
擦れ違う人は特段距離を置くような反応も見せず、普通に擦れ違うことから、ミルキもまぁいっかと気にしないことにした。
そして又しても容姿的にH×Hにも同じ容姿の盗賊舞闘士が居た気がしたが、ミルキは同様に忘れる事にした。
もちろん新調した服の下に“枷”となる“喰命鉱”を仕込んだ服を着込むのも忘れない。
今の“枷”は、気分を一新する意味も込めて新しい物と取り変えている。
因みに総重量で約200kgはある。見た目にはそんな超重量の枷を着込んでいるなど分かり難いが、“喰命鉱”は密度加重鉱石。
ギアナ島の中でも生物の寄りつかない一部の下層区(凡そ7割を占める)にある鉱物で、なんと動物系の生命エネルギーを吸収してしまう摩訶不思議。
しかも吸収した生命エネルギーを材料に体積は変わらず重量だけが上昇する。
つまり、生命エネルギー(オーラ)を発し続ける動物にとってはまさに枷。
身に付けるだけで気付かぬ裡に加重していく喰命鉱は、オーラの隠蔽と修行という2つの意味でミルキにとっては都合が良いのだ。
だが喰命鉱にも加重限度はあるようで、ギアナ島では古い角質のように砂となっていた。
それでも、ミルキが先日まで着用していた喰命鉱の枷は凡そ2tはあったように感じていた。
閑話休題。
「……次は雑貨類だな」
次にミルキは雑貨……リュックや旅路中や試験中に必要になると思われる品々を買うべくディスカウントショップに入った。
○
ディスカウントショップでの買い物を終えたミルキは、いよいよ次はハンター試験登録のための準備をする。
(さて……ハンター試験登録するためには、経歴を作っておかないと)
ハンター試験に必要な事項は、氏名、年齢、生年月日、出身地等。
ミルキはこれらを全く持っていないため、どこか適当な設定を組んでおく必要があるのだ。
因みに氏名欄にはシュウジ=クロスと記入した。
名を置いて来たとの心情から後ろめたく思うミルキであるが、まだゾルディックとの繋がりをまざまざと見せつけられるようで、間違っても旧名を書きたくないのだ。
それに偽名だろうと受験しようとする者は後を絶たない。それが世界観なら順応するのも処世術であろう。
(……あ、そうか。ミルキが死亡してるかの確認もしなきゃならないんだな……)
だが、個人情報の閲覧にはプロハンター資格を取ってからでなくばならない。
現状、取らぬ狸の皮算用を考えるのは止めにする。
(……いや、待てよ? もしかして無いんじゃないか? ゾル家ェだし……)
しかし、それ以前に、誕生報告をしていたのかすら怪しいものだとミルキは考えた。
ミルキは元ゾルディック家の人間でありながら、その辺りの事は何も知らない。
だが情報を外部には隠匿されており、顔写真には云百万の懸賞金がある程ということは判る。
ミルキ=ゾルディックという子供は、始めから居なかったものとして見做され、元家族からも忘れ去られた存在になっている可能性は十分にあり得るのだ。
そうでなくとも、現在のミルキは外見、声音、歩法、性癖といった外面に出る部分も、内氣(オーラ)という内面も、ミルキ時代と見比べられる要素はほぼ皆無だろうが……。
ならば顔を隠す必要もないじゃないかと思うところだが、それは当人の問題。
ミルキは過去の境遇から警戒心と猜疑心が他者より4倍は高いと自負している。
おそらく、一生癒えぬ傷として残り続けるだろう。
「よし。これで申込完了っと」
名義はジャポン出身のシュウジ=クロスとして登録。
生年月日は、年数はミルキと同じ……だが、月日に関しては天空闘技場でシュウジと出会った日付にしてハンター試験への登録を電脳ページより完了する。
「……お、来た来た」
返信は、本当にあっという間だった。
パソコンに備え付けのプリンターから送り出された紙には【登録完了】の通知と共に試験会場が記されていた。
ただしその欄には【ザバン地区のどこか】としか書かれて無かったが。
「ザバン地区……ザバン市、か。(……ん? これは原作通り………だっけ?)」
転生して早十数年のミルキは、ここ数年間は流派東方不敗の事ばかりを考えていたため、H×Hの原作知識の殆どが削り落とされていた。
もっとも、例え原作乖離していようとミルキには関係無い。
常に流動する世界において、原作知識など逆に邪魔なだけだ。
兎にも角にも前へと進む。更に見れば、六大陸十区によって違うが、サバン市までの交通手段が指定されていた。
「……そうか。原作にもあった……よね?」
指定された交通は、陸路、海路、空路の3種。
その担当者が試験者を何らかの方法で篩にかける手筈ではないかとミルキは考える。
もちろんサバン市迄指定された交通機関に疑いを抱き、ヒッチハイク等で到達する者も居るだろう。
(……それで会場に辿り着ける可能性はゼロに等しい、か。虎穴に入らずんば虎子を得ずってことだね)
だが受験会場まで辿り着くまでにも限りなく狭き門を潜らねばならない。
態々交通手段が指定されているということは、何かしら受験会場に辿り着くためのヒントを貰えるという可能性も示唆されているとミルキは考える。
陸海空に限らず、その場に集まった受験生を揃えて「今から殴り合いを~」というのがセオリーだろうか? いずれにしろ、ひと騒動起こる事は間違いないと思うのが普通だ。
(サバン市に向かうには……海路からだと最寄海港から陸路で、空路からだと最寄空港から陸路……どっちにしても陸路は通る)
しかし、試験官の立場に立って考えるなら、空路海路と陸路のどちらも正道とは限らない。篩を2つ用意して、どちらも大きさの変わらない篩を使うなど、ただの阿呆。
陸海空路が、それぞれ複数用意されていることからも、いずれかがフェイクである可能性も高い。特にサバン市直通の陸路など、怪しんでくれと公言しているようなものだ。
因みに、指定された陸海空路は受験生ならタダらしい。
ミルキは有り金の殆どを使い切ってしまったため、その点は有り難かった。
さて。いずれも簡単な道など無い事は明白。……だが。
(くじら島……あ、あった)
ふと、ミルキは地図検索をする。
調べたのは、主役の故郷の島。海航路と照らし合わせて見ると、どうやら海路の一つはそんな小さな島を行く船があるらしい。
ミルキはこの結果と、くじら島往きの船が巡る道を見た後、
「……よし。空路で行こう」
検索結果を全部捨て、空路で行くことを選んだ。
正直、ミルキは迷った。
原作という指針があるかもしれない島を発見し、少しばかり傍観者を気取りたくなった自分が居る。
だが、ならば試験会場での遭遇は必至。
態々こちらから出向く道理も無い上に、何だか自分が脇役で金魚の糞にまで貶めていると思ったらもう拒否するしか思い浮かばなかったのだ。
「んじゃ、出発するかね」
海路は補給のため様々な島巡りをするが、空路はサバン市最寄空港までの一区間に限定されているらしく、ミルキはその空港まで走って行くことにした。
……ただ。
(……独りに慣れるのは、まだ先になりそうだな……)
ずっと追い駆けた背中が今では瞼の裏にしか居ない現実に……僅かに悲愴を湛えながら。
改変して、襲名はミルキが相応となるまでとし、そして“空路”を往くことにしました。