ちょっ、ブタくんに転生とか   作:留年生

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#02.激痛×謀略×決死

 

 負けるが勝ち――という矛盾した単語が繋がる諺がある。

 一時は相手に勝ちを譲ることで、しいて争わないことが結局は勝利をもたらすという故事だ。

 以前の彼は「負けは負けだろ、バカじゃね?」と思って心底貶していたものだが、転生してからというもの、この行動の連続であることに気付かされ自嘲した事も数知れない。

 

 もちろん負け惜しみではない。事実、彼はずっと勝って来た。

 どんなに惨めでも、蔑まれようとも、唾棄される事があっても。例え直ぐでなくとも、必ず再起し……勝ちを得た。

 

 そうやって勝って勝って勝ち続けることで、生きるという本当の意味を知った彼は貪欲に、しかし丁寧に己を磨き、今日もまた次のステップへと向かうべく、己を越えんがために精進する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没してから一層強く滝のように降り頻る雨の下、

 

「ハァ……ハァ……」

 

 鬱蒼と茂る森の中を音も無く疾走していた影が、ぽっかりと大きく口を空けていた洞穴に飛び込んだ。

 洞穴を見つけた時は熊か狼が居るかとも思ったが、洞穴は浅く中には獣の気配は無かった。

 

「ハァハァ……ここまで、来れば……」

 

 穴の壁を背もたれにずり落ちるように腰を落としたでっぷり少年は、言うまでも無く先刻某執事長に手痛い一撃を見舞われ崖下樹海に落とされたミルキである。

 

「いちち……っ。くっそ……あのザマスメガネ……ガチで殴りやがって……!」

 

 声を出す毎に腹に激痛が奔るが、こればかりはどうも口にしなければ鬱憤が収まりそうにない。

 餞別に、と一発殴られるくらいは決めていたミルキだが、しかし思い起こせば腕でガードした時点でもう良かったのでは?……とかケチくさいこと考えると気が滅入るし虚しいので直ぐに自分の診察をする。

 

(右下のアバラはやっちまったが……内臓は平気か。まさか脂肪に感謝する日が来ようとは……)

 

 己のでっぷり体型に不満を抱いた事は数知れないミルキが、今ほど己の体型に感謝した事は振り返ってみても……やはり一度もなかった。

 

(雨……暫く続くな。……まぁ、こんな状態なら2~3日休んだ方がいいかもしれんが……)

 

 ゾルディック家の私有地(ククルーマウンテン)近くの崖下樹海に殴り落とされたミルキが逃走して何時間が経っただろう?

 少なくとも、ククルーマウンテンが見えなくなるまで走り続けたことは間違いない。

 激痛の腹部を抑えながら、もちろん辺りを警戒しての逃走。ミルキは気配を消しながら此処まで来たが、まだ追手が来ないとも限らない。

 特に、念能力に関して絶対に油断はできない。知識はあれどもド素人のミルキが太刀打ちなど考えるだけ無謀。

 だが、こと身内に関して言えば追跡系能力はキキョウ=ゾルディックのみだと確信している。

 他にも隠匿系や追跡型の念能力者が知らないだけで居るかもしれないが、それがゾルディック家人を観察分析しながら過ごしたミルキの判断である。

 

 ……と、そこまで考えたミルキはククッと苦笑をこぼす。

 

(しかし……ずいぶんと、遠い所に来たもんだな……俺も)

 

 改めて……というのも可笑しいが、何度も思うその文句は何度想っても感慨深いものだと再確認させられる。

 うだつの上がらないサラリーマンだった前世の自分なら、今の事態に三十路とか関係無く泣き喚いて蹲るしかなかったに違いない。

 常に気を張るなんて無かった過去の自分では考えられない。体が“少し”痛んだだけでも停まる事を許されない現状に慣れた自分に呆れるしかない。

 

(雨が上がったら……で、いいか?……ゾル家に居た頃なんか、何事も10分刻みだったが)

 

 休憩と仮眠は10分。睡眠にしても1時間。

 凶暴な人食い野獣が群棲する森の中で生き抜くために脳が決めた習慣は、その後何度もミルキの命を助けてくれた。

 ただ、確実に脳と体に悪いサイクル。命を削って命を繋ぎ止めるとは……これいかに、だ。

 

「俺、長生きはできないよなー……きっと」

 

 とか言いながらも瞼を落としつつ、何とか生を繋いできた自分を褒めるように苦笑する。

 あの頃の恐怖の権化が今では物の敵でなくなった。それでもミルキの脳は規則正しい時計のように時間に正確に起動する。

 

 だが極端にシャットダウンしないで酷使するパソコンがどれだけの寿命になるかは言うに及ばず。例え前世よりも肉体能力が高いと言えど、その辺りの差異は微々たるものに違いない。

 しかし、ふと……一つ忘れていたことがあったと、ミルキは仮眠入りを止めて瞼を上げる。

 

(……そういえば、俺って【念】を使えるようになったのか……?)

 

 ミルキは逃げる事に必死ですっかり忘れていたが、ククルーマウンテンを出て直ぐの送別戦闘を思い出す。

 思い出すとズキリ……とヒビの入った腕と、拳がめり込んだ腹が痛みを訴えるが、今はそんなことを気に掛ける幕間ではない。

 ずっと得たかった力に手が届くか否かの瀬戸際なのだ。

 

(あの時感じたゴトーの威圧は……たぶん、オーラ。……初めて感じる威圧だったから間違いないと思うんだが…………たぶん?)

 

 しかし確証は無い故に、ミルキはどうも曖昧にならざるを得ない。

 殺気、怒気、陰気といった負の雰囲気ならハッキリと「これだ!」と言い切れる自信があるミルキだが、ゴトーが放っていたのはそれらとはまるで別物。その異質な威圧感とは未だ遭遇したことが無かったものだ。

 

「アレが、オーラ……なのか?」

 

 感慨深く……しかし疑問符をつけることが余儀ない事態に溜息混じりの声が漏れる。

 今まで、念能力は「ずっと必要だ」と確かにミルキは思ってきた。だが、やはりそれ程の危難に直面した事の無いミルキの意思は、実に漠然と雲のようにフワフワとしたものだった。

 無くても何とか生きてこれるだけの自信があった。否、事実生き抜いて来た事が、ミルキに慢心を生ませたのだ。

 

(……力が欲しい。弱者を脱する……誰にも追随を許さない力……)

 

 だが、実際にオーラを放っただろう相手を見て、その重要性というものを改めて理解させられた。

 今までの必死の半生が井の中の蛙扱いされることは遺憾とし難いミルキだが、大海を一度も見た事が無いことも事実。ゾルディックにある意味手加減されて生き繋いできたことも合わせ、己の未熟を認めるしかない。

 

(……強くなりたい)

 

 現に、ゴトーの拳がインパクトする瞬間、ミルキは体内に感じた“熱”を直撃する一ヶ所に集めていた。そのお蔭……があるのかは分からないが、本来なら内臓がやられていても不思議じゃないところを、長時間逃走できるだけの身体ダメージで済んでいる。

 やはり念能力の習得は必至。改めて理解したミルキは、つい先刻の一幕を思い出すように瞼を落として集中して、己の中へと潜ってみる。

 

 ……しかし。

 

「……ハァ~、ダメか。もう何も感じない……」

 

 どうやらゴトーのオーラに対する突発的な所謂“火事場の馬鹿力”が出たにすぎなかったようだ。

 一般人でもオーラは体外に微量ながら放出している。だがそれはオーラの出口“精孔”が閉じた状態。

 まずは精孔を開け、オーラを自分の周囲に留める技術を習得しなければならない。

 現在のミルキは精孔を開くところまでも至っていない。ゴトーの一撃を緩和した時はオーラを使えていたかもしれないが、体外でなく体内で活用したことがその証。

 

「けど……あの感じは覚えている。……もう少しだ」

 

 仮にもオーラを感知することができた。それはミルキにとって小さいながらも確たる前進。

 オーラを熱として確かに覚えているミルキは、次にオーラを感知すれば……と己に期待を持てるまでに思っていた。

 おそらくだが、そうなることを危惧していたがため、ゴトー他使用人はずっと「(ミルキの前で)念を使うな」と言われていたに違いない。

 何をキッカケに念能力を発動するか知れたものではないのだ。

 

(……となると、俺の仮説もあながち間違ってもいなかった……ってことか?)

 

 外法と呼ばれる、念能力の覚醒方法がある。

 念能力者からオーラを送ってもらい、精孔を吃驚させることで強引に起こす“感化”の方法だ。

 ただ、オーラを送る側が未熟だった場合は、送られた側もただでは済まないが……。

 

 だが、感化によって特殊能力に目覚めることは自然界にも希少な事例としてある。

 

 一例を挙げるなら「心霊スポットに行って気分が悪くなった後から幽霊が見えるようになった」という噂話が実しやかに語られるが、まさにそれ。

 その場所で死んだ者が、この世に残した遺産。後悔、遺恨、私怨といった強い心残りが、【残念】として場に留まる事がある。

 そのオーラに感化され、よく言う霊能力者として覚醒する事があるのだ。

 

 世の中のあらゆる物質には“波長”がある。もちろん生命オーラを含んだこの世全てのエネルギーにも、だ。

 そして、オーラは人間のみの物ではない。その場にある岩石、草木、山野、その全てに宿っている。当人が、どの波長と合うのか……それは神のみぞ知る事。

 だが漠然とした全く無知の者にだとしても、何万分の一という確率の低さでも、波長に感化されることは確かにあるのだ。

 

(他人の念に感化して精孔を起こしてもらう。……おそらくフロアマスター級なら、って考えてたんだが……思いがけない収穫だった)

 

 ミルキはならばと、ゴトーとの戦闘で知った感覚をハッキリとしたカタチにすることを考える。

 精孔が閉じたままならオーラとして感知することは無理。でも“熱”を忘れないように何度も何度も思い返す事はできる。

 天空闘技場までの道のりで、その感覚を確かな妄想にする事を決め、再び瞼を落とす。

 

 

 

 だが……。

 

 

 

 ミルキは少し油断していたのかもしれない。

 自分が勘当されたのが、伝説の暗殺一家だということを……。

 

「う゛……?」

 

 突然の変調がミルキを襲った。

 

「ぐ……がはっ! ゴホゴフォッ!」

 

 吐血だ。視界は漆黒に染まっていようとハッキリと視認できる赤が、生暖かい熱と共に手を汚す。

 

「なん、ゴホッ! これ、は……っ!」

 

 決してゴトーの拳が原因ではない。

 全身が麻痺するような感覚、頭が爆発するのではないかという熱は、決して打撃……念能力で引き起こされた作用ではないだろう。

 そのような作用を起こせるとするなら6つある念系統の中でも操作系とよばれる物体、精神の作用を起こす系統のみ。

 だが思うにゴトーは強化系か放出系。操作系念能力を使えないわけではないが、可能性は低い。

 他の連れだった執事の仕業と考えるだけの根拠も薄い。

 

「っ、まさか……!」

 

 だが……ミルキには一つ、思い当たることがあった。

 

 それは、ククルーマウンテンを出立する前にした最後の真面な食事。

 

「アマネェ……テメェか、ゴホッ!」

 

 間違いなく、毒。寿命や病魔ではないだろう。

 現在に至るまで、様々な毒を喰らって「あらゆる毒はもう効かない」と思って来たミルキに慢心があったようだ。

 

「ちっ……慢心に次ぐ慢しガハッ! わらえねぇ……(くそ、意識が……)」

 

 咳に合わせ、吐血も止まらない。意識も徐々に薄れていく。

 後悔しても遅いが、家族との縁切りをしてから慢心は命取りだと判っていた……ハズなのに。

 ミルキは自分の甘さに心から後悔する。

 

(死んで、たまるか……っ! 俺には、やんなきゃいけないことが……! こんなところで死ねるか……う、っ!?)

 

 気力を滾らせ、何とか意識を繋ぎ止めているミルキだが、それでも全身が蝕まれ、意識が闇に呑みこまれてゆく感覚を止められない。

 

「敗け、るか……っ! 絶対に……!」

 

 ミルキにとって勝敗は常に生死が伴って来た。

 常に勝ち続けてきたミルキを支えてきたのは、貪欲なまでの勝利への想い。それは生存への飽く無き執念。

 漫然と日々を過ごし、己の生存は当然だと思っている惰性な人間と比べ、明らかに異質なその強い想いを為して来たのも、ミルキが常に心を鍛えて来た成果。

 

 念能力を習得するにあたり、その心の在り方を確固たる強固なものへと昇華させる事は必須の条件。

 それを為すには【燃】という業を行う。

 

 まず【点】により心を一つに集中し、自己を見つめ己を定める。

 ミルキの場合は、ただ「生きる」というこの根源とも言える一点に。

 続く【舌】で想いを言葉にし、【錬】で意志を高め、【発】で行動に移す。

 

 これが【念】を使うために必要な前修行となる。

 ミルキは常にこれを続けてきた。前世でもほぼ全てにおいて覚えが良い方とは決して言えなかったミルキは、反復する事で練度を上げるしか成長の道は無いと思っている。

 何より漫画で得た知識。何度も己の行動を疑ったことか知れない。

 それでも続けられたのは、ひとえに周囲に絶えず漂う濃い死期の薫りを打ち払うという眼前の目的があったからだ。

 そして今日まで生きて来たことは、その成果と己に暗示を掛けることで、また明日の糧にする。

 

 自ら孤独の中に飛び込んだミルキは、恐怖と不安に常に押し潰されそうになりながらも、そうやって生きて来たのだ。

 

 だから……。

 

「敗け、て……た、ま、る……か―――」

 

 意識が堕ちる最後まで、ミルキは勝負を捨てる事はしなかった。

 

 

 

 

 

 そして、その貪欲なまでの執念が新たな奇跡を覚醒させる引き金となることを……この時のミルキが知る由も無い。

 

 


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