ちょっ、ブタくんに転生とか   作:留年生

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 峠を越えて。


#03.覚醒×透過×実験

 

 生死の境を彷徨う旨の体験の一番厄介なところは、その当人の意識が混濁している時に何が自身に起こっているのかまるで分かっていないということだ。

 世界がどれだけ流転しても、意識を失った前後で人は世を繋ぐ。

 1日で目覚めたならまだいい。けど1週間、1ヶ月、1年……それ以上となると、果たしてどれだけの人間が自分の世を受け入れることができるだろうか。

 精神を置き去りに肉体が急激な成長を果たし、自分ではない自分との対面に混乱し、果ては恐怖する。

 更には自分の周囲(せかい)までも崩壊していたら……?

 愛する者、大切な物が無い世界(じかん)だったら……?

 

 そして……それが自己を有したまま、違う自分になっていたとしたら……。

 

 一度はそんな体験をしたミルキは、常に恐怖した。

 これは夢だ。明日にはまたうだつの上がらないサラリーマンに戻っているに違いない。

 何度も自分に言い聞かせた。

 還りたかった。あの、つまらなくも優しい世界に。

 

 自分がどれだけ恵まれていたのかをようやく思い知った。

 後悔しても遅い事が理解するのが嫌だった。壊れそうになる自分を何とか繋ぎ止め、地獄のような世界で何度挫けそうになったことか知れない。

 けど、今居るのが地獄だと思ったからこそ、死ねば今度こそ自己の消滅に繋がると必死になったから、今のいままで生きて来れた。

 

 サブカルチャーへの転生譚。そんな妄想噺を読んで、自分もできたらチートしてやるのに……と妄想に妄想を重ねたこともある。

 懐かしい記憶だ。しかし所詮、妄想は妄想。現実に起これば、魂魄は漫然と時を生きた脆弱な人間にいったい何ができるというのだろうか。

 

 絶望してから急成長する? ご都合主義に期待する? 神様にサブカルチャーの能力を移植してもらう?

 その果てに己が欲望が本当に叶うと、なぜ思えるのだろう。

 

 結局逃げているだけだ。

 

 だから、ミルキは……転生して今更にそんな当然に気付いた彼は、己の中にある確固として絶えず変わらぬ一つを護ることを決めた。

 

 もう逃げない。

 

 不殺……前世から築き上げてきた己だけは、絶対に捨てないと固く誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ん、……ぁ」

 

 遠くで小鳥のさえずりが聞こえて、チカッチカッと瞼の裏でも分かる高熱が瞳を焼くのが分かる。

 ゆっくりと意識が覚醒したミルキは、すっかり高くなった日に挨拶するよう手を翳しながら瞼を上げた。

 

「……生きてる……」

 

 声にして耳に届くと、フッと全身の力が抜けたと判る。

 口の中がドロドロで気持ち悪いと思うところだが、生存の実感と言うなら受け入れるしかない。

 ただ……。

 

(……うごけねぇ、か)

 

 まるで金縛りに罹ったかのように、体が動かない。

 それでもビリビリと麻痺する手足が、ミルキの意識無き後の必死の抵抗を如実に教えてくれる。

 故の疲労度か、それとも毒が体内に残っている所為か。いずれにしても、まずは生存(勝利)した事を歓喜しよう。

 

(さて……どうする)

 

 動けないが、このまま飲まず食わずで毒が抜けきるまで待つ……ともいかない。

 だが、幼少より三食中二食がその辺に生える草花だったミルキにしてみれば、手の下に草がある現状特に困った事ではない。

 

 ただ……。

 

「グルルル……!」

 

「ウォーン……!」

 

「……」

 

 突然だが、どうやらミルキは狼に囲まれてしまったようです。

 というかミルキの横たわる巨木の下が狼共の縄張りの中心位置だったのかもしれない。続々と狼がミルキの横たわっていた木の下に集まってくる。

 体長は小さいのでもミルキの上半身を丸呑みにできそうなほど。傍から見ればこれ以上ないくらい分かり易い絶体絶命……の、ハズだが……。

 

(……どうやら、大丈夫みたいだな)

 

 しかし、ミルキと狼の群れは傍から見たらという期待と想像を堂々と裏切っていた。

 なにせ狼の一匹もミルキを見る素振りはないのだ。ミルキの“方は”見るのだが、そこにミルキが居ると認識できていない。

 認識と理解は別個だ。そこに「ミルキが居る」と理解していても、認識できなければ意味は無い。

 

(死に掛けても、気を失っていても、変わらず【気配透過】は常時運行か……有り難い、有り難い)

 

 それは、ミルキの秘めたる能力。

 どうやら念能力とはまた違った変異能力らしく、ミルキは【気配透過(アンノウン)】と呼称している。

 この能力が使えるようになったのは、もう5年も前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気配透過(このチカラ)が初めて使えるようになったのは、ミルキが4歳の誕生日を迎えて間もない時のシルバ=ゾルディックの提案が発端だった

 

『アレから一年だ。お前が今後も俺との契約を果たせるのか、試してやる』

 

 と、尤もらしい事を言われたミルキが放り込まれたのが、狼の群棲地だった。

 非情な誕生日プレゼントもあったものだと泣き言を頭の中でがなりながらも、今のように体長2メートル級狼の群棲地で1ヶ月サバイバルしたのだ。

 

 その当時、ミルキはまだ10分睡眠が真面にできなかった。それでも1年もの間、前世を忘れるような苦行の数々に耐えて来たミルキは、しっかりこの世界に心身を適応させようと、もがいていた。

 弱味を見せぬよう、死を伴うような責め苦にも悲鳴を絶対に上げなかった。

 猛毒が入った食事でも平気な顔をして呷った。日々常に全力で爆走してきた。

 だが……当時のミルキは4歳。精神年齢が三十路なんて関係無い。世界観がまるで違うなら積み重ねた経験則は毛ほども役に立たないのだ。

 

 それに敵は狼だけじゃない。孤独無縁や死の恐怖とも闘わねばならない。

 ガリガリにすり減る精神は、生を諦め死を受け入れる覚悟をミルキに強いた。

 それでもはじめの半月は何とか耐えたのだ。

 睡眠無しで常に息を殺して狼にバレないようその辺の野草や木葉を食べた。体質なのか草葉を食べた影響か、そうすることで体臭を抑えられる事に気付いたからだ。

 

 しかし……必然的なその時が、とうとう来てしまった。

 限界だった。

 徹夜で勉強して大学受験に寝坊した事のある前世の経験を活かせず、ミルキは気付かぬまま深い眠りに落ちてしまう。

 

 狼の群棲地で眠るなど自ら贄となるに等しい。

 頑張った……と思えたからだろうか。ミルキには死に対する恐怖はなかった。

 あったのは、異様なくらい安らかな心地。

 まるでフカフカのベッドに入ったかのような感覚のまま、ゆっくり睡魔に運ばれていった。

 

 ――だが、ミルキは助かった。

 

 ふと……目を覚ました。……覚ました?

 爆睡していたと気付いたミルキは慌てて跳ね起き上り、周囲を見渡す。……すると直ぐ近くに狼が。

 

(不味い、仲間を呼ばれたら……!)

 

 そう思ったミルキは優柔不断にも伸るか反るかの判断を下せず、体が硬直してまったく動けなかった。

 殺される……。もうだめだ……。諦めたミルキ……だが?

 

(……な、なんだ?……なんで、俺を見ない?)

 

 いや、見ていた。確かに狼と目が合った。

 なのに、プイ……と狼は視線を戻して去っていったのだ。

 

 理由は判らなかったが、冷静になったミルキは丁度イイと熟考して「狼は本当に俺を見ていたのか?」と疑問に思ったのが【気配透過】を知る事の発端だった。

 

 それから1ヶ月のサバイバル中に色々と実験した結果、ミルキは己が一定以上精神が抑えられていれば気配を透過できるようになったのだと知ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて言うが、【気配透過】は念能力ではない。

 念能力の四大行にはオーラを絶つ【絶】という技術がある。気配を絶つことで、目の前に居るのに認識が困難になる……という副次効果もあるが、ミルキは精孔が開いた形跡も無く、当然オーラに変動は無い。

 ゼノやシルバの眼をしても理解できなかった異能。当然解析はできず、ただ「できる」という事実のみが残った。

 

(この力には、随分と助けられたな……。おかげで窮地を脱した事も十や二十じゃない)

 

 気配透過を使うようになってから狩りが楽になった。

 また気配透過で動物に近づき、呼吸、踏み出す足の初動、目の動きなどをじっくり観察できた甲斐あって、4歳児も半ばまで終わった頃には狼の群れを(食べて)全滅するまでの急速な成長を遂げる。

 今では気配透過無くとも体が動かなくても首から動けば……という首下麻痺状態で狼を仕留める事ができるようにまでなった。

 因みにそんな間接殺人的修行をクリアしたのは6歳に入って間もない頃のことだ。

 

 気配透過を用いれば難しい事なんて無い。異能万歳だ。

 今なら目の前に座す油断した狼の首を掻っ切ることもできる。……だが、それはエネルギーの無駄遣い。今は体力回復が先決だとミルキは判断した。

 

(……仕方ない。しばらく“熱”を燃やす鍛錬でもするか)

 

 今は無駄なエネルギーを使うよりも、回復力を上げるという意味でも念に関する修行をする方が得策であり急務。

 独学だが、そのために【燃】という基礎工事を何年も続けてきた。

 ずっと……ある台詞を胸に。

 

『常に思い描くのは最強の自分自身』

 

 十年以上も前の記憶だ。重要な部分以外は排他したため、何のサブカルチャーの台詞だったかは忘れたが、その言葉がミルキに「できる」と常に思い続けさせてきた。

 熱を感知できたことからも、もう直ぐ結果は出るだろう。

 今までの反復を無駄にしないよう、ミルキは瞼を落として己自身を最高の状態にするべく集中する。

 

(熱……やはり【燃】の延長上と考えるべきか……)

 

 感情の発露こそが熱(オーラ)を起こすと言うなら、やはり【燃】の手順を踏むことが一番の近道だろうといつも通り、体の力を抜く。

 例え周囲を狼に囲まれていようと、いつも通りを貫いて。

 

 思い出すのは、昨日の……いや待て? とミルキは瞼を上げる。

 

(……そういえば、昨日……なのか?)

 

 よくよく考えれば森にカレンダーなんてない。今日はいつか分からないが……とにかく、“先日”としよう。

 ミルキは一年以上経っている事は無いだろうと思いながら、あの時を再現する。

 一方的な……ある意味“いつも通り”だった一幕を。

 

(ゴトー……お前を必ずブッ倒す!)

 

 いつものように【点】から【舌】を心の中で唱える。その時、あの日ゴトーから感じた威圧も一緒に再現する。

 そして【錬】によって意思を高め……ていた、その時だ。

 

(っ……この感覚だ……!)

 

 己の内に灯った熱。へその下にある丹田よ呼ばれる場所に、現れた。

 今までとは違い、やはり一度知った感覚というものは脳に新たな刺激となって肉体に眠る力を起こしたようだ。

 

(熱い……。全身が、熱い……)

 

 これをミルキは【錬】によって「ゴトーを倒す」という意志と共に昇華させる。

 すると一ヶ所に留まっていた熱が、血管を通るように全身を駆け巡る。そして筋肉、内臓にも熱の奔流が滞る。

 どうだ……と、ミルキはゆっくりと瞼を上げる。

 

(っこ……これが? これが、オーラなのか……!)

 

 ミルキが見たのは、己の“手と足と腹部のみ”にではあるが、確かに纏わりつく白い湯気のようなオーラ。

 手足……それにどうやらそれを視認できるということは、眼の精孔も開いたようだ。

 

(やった……やった! やったぞ!)

 

 局所的な発露だが、確かな力の顕現を目にしてミルキも感動を隠せない。

 苦節7年の成果がようやく実った。これで淡白になる程、ミルキは枯れていないが、しかし一瞬過ぎて少し呆気なさを感じるのも仕方のないことかもしれない。

 

 だが、驚愕は本当。更にもう一つ、ミルキに驚愕が降りる。

 

(手足が動く……オーラを発すると動けるようになるのか?)

 

 先程まで麻痺して動かなかった手足の関節が動かせるようになる。

 どうやら生命エネルギーとは名ばかりでは無いらしい。

 しかし、感動ばかりもしていられない。

 ミルキの現状は開いた精孔から生命エネルギーが駄々洩れの状態。生命エネルギーを通常以上に出した状態が続けば全身疲労で昏倒してしまう。

 更にミルキの場合は毒がまだ残っているため、最悪死の危険も有り得る。

 

 よって、まずは【纏】という念の四大行の基礎となるオーラを留める術を早急に覚える必要がある。

 

(イメージだ。オーラが全身に留まる……ゆったりとした……水中を)

 

 個人によってオーラを留める【纏】のイメージは違う。

 一人は温い粘液とイメージし、また一人は重さの無い服をイメージする。

 

 そしてミルキが行ったイメージは、温浴だった。

 立ち昇るのは湯気。その下には、必ず静かに揺蕩う風呂がある。ゆっくりと足から下半身、そして腰から手、上半身から頭までを温浴に浸かるように。

 全身を包み込む熱い湯が、ミルキの見出したオーラのイメージを続ける。

 

 そして直ぐに、異変に気が付いた。

 手足を包み込んでいた熱が、全身に周ったようなのだ。

 どういうことか……とミルキは瞼を上げて現在の状態を見てみると……。

 

(……あれ? 出来てる……のか?……いや、というより全身の精孔が開いた?)

 

 先程は顕著に手足のみが包まれていた湯気も、今ではゆっくりと揺蕩う水の中に居るが如く、全身を包み込んでいた。

 確証は無いが【纏】の完成型で間違いないだろう。

 意識しなければ揺らぐため、熟成には程遠いが、それでも驚愕の成長速度……と言えるのかは微妙だが、確かに出来ていた。

 

(……今なら動けるか?……ってか)

 

 先程はオーラを纏った手足が動かせた。

 なら全身をオーラが覆う今、全身が動かせるのでは……と考えたミルキだったが、

 

「グルル……!」

 

「ヤベ……」

 

 狼全匹が自分を見ている事に気付き、思わず声を漏らしたがまぁ過ぎた事をとやかく言っても後の祭り。

 オーラの発露によって、さすがの気配透過も意味を為さなくなっていたようだ。

 

「よっ、と! お、動ける動ける♪ 良かった「ガァ!」な!……っと!」

 

「キャイン!?」

 

 下っ端らしき狼が牙を剥いたため、ミルキは回し蹴りを頭にブツけて昏倒させる。

 

「おお、体が以前より軽い……これも【纏】の効果か?」

 

 念の四大行の基礎を為す【纏】を行うことで、肉体は頑強となり、更に若さも保てると言う防護系のみの向上かとミルキは思っていたが、どうやら筋肉の活力も常人より増しているらしい。生命エネルギー様様だ。

 

「さて……お前達には悪いが、ちっと実験に付き合ってもらうぞ」

 

 下っ端っぽい狼(朝飯)を抱えたミルキは、狼の群れへと向かって駆け出した。

 まず、実験その一。念の四大行(今は【纏】)をしながら、気配透過ができるか否か。

 

(いくぞ……気配透過)

 

 ミルキは己に暗示をかけるように、心の中で気配透過の発動を唱える。するとどうだ。

 

「グル……!? ウォーン……!」

 

(……成功のようだな)

 

 狼達は今まで目の前に居たハズの獲物が消えた事に戸惑い、遠吠えをし始めた。

 どうやら【纏】をしながらでも気配を透過し、認識を逸らすことは可能のようだ。

 しかし、この狼が鈍感な種族である可能性を捨てるには軽率。また、通常以上のオーラを大量に生み出す【練】の時も可能なのかは、また後日別種にて行うと心に留める。

 

(次は、持続時間だ)

 

 実験のその二は【纏】の持久力。

 今初めて【纏】を形成したミルキは、これが直ぐに戦闘に活用できるかを知らねば、四大行の応用技の【凝】【堅】【硬】【円】といったオーラを通常より多く活用する技術習得にも関わってくる。

 

(体内に毒の残留する今、はたしてどれだけ持つか……生命エネルギーの程、感覚で判るといいんだが……)

 

 因みに、天才なまでの才能を有していた原作キャラの一人が【練】を持続させる応用技の【堅】を初めて行った時に持続させたのは約2分のみ。

 常人が【堅】の持続時間を10分増加させるには1ヶ月が必要と言われている事も考えると、かなりの苦労と時間を費やす必要があるだろう。

 

 焦りは禁物だが、最低でも1時間は【纏】を維持できればいいな……と希望を抱きながら、ミルキは限界を見誤らぬよう注意しながら狼を次々に気絶させていった。

 

 




 ゴトーに精孔開かれた。(∩´∀`)∩ワーイ――な展開もアリかな……とも思いました。蟻編でそんな件がありましたしね。
 でも、それだとミルキが重ねてきた【燃】が無駄になるような気がしたので、起因の理由は別に用意しました。

※(改変)気配透過が使えるようになった年齢:3歳⇒4歳

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