「一応、帰省になるのか……な?」
沿岸で潮の香りを堪能しつつ、ミルキは現在上陸したばかりの大陸を遠望しながら、自然と過去の自分を思い出す。
なぜなら、ミルキが遠望しているのは“ジャポン”という前世は日本に酷似した島国なのだ。
ジャポンはヨルビアン大陸の真上に位置する小さな島国で、和を重んじる独特の文化を今に伝えている。
ミルキ=ゾルディックとして転生する前、平和に三十路サラリーマンとして生涯を閉じるまで育った国のことをミルキは今でも鮮明に思い出せる。
転生して早十年。帰省と呼べるのかは、ミルキ当人の心持ち次第だろう。
(……まだ3ヶ月しか経ってないって、嘘みたいだ)
勘当されたミルキがゾルディック家を飛び出し、早くも3ヶ月が過ぎた。
思い返せば光陰矢の如し。ミルキにはククルーマウンテンの景観が今でも鮮明に思い出せる。
しかし勘当されてからの3ヶ月と、ゾルディックとの“契約”で通った地獄の苦行の6年とを比較しても、この3ヶ月の方が濃密だと思える程に充実していた。
念能力に関しても基本の四大行と応用技の習得も着実に前進している。
今は【練】を維持し続ける【堅】と、練り上げたオーラを全て体の一部に集中させる【硬】を目下集中的に鍛錬している。
……さて。
前回まで天空闘技場に流星の如く現れた……的な展開となり得ただろうが、なぜいきなりジャポンに飛んでいるのか。
まずは、その経緯を説明しよう。
●
それはミルキが連戦のファイトマネーを受け取り、今晩の寝床を確保しようと天空闘技場を後にした所でのこと。
「……誰だ。さっきから、俺をつけているのは」
試合中からだった。殺気ではないが、ずっと見られているとミルキはゾルディックの生活環境下で身についた神経で敏感に理解した。
もちろん観戦は普通なのだが、それならば相手と自分とを見比べる。だが、その視線はまるで自分を外れない。
高々50階の試合を……いや、一気に50階まで上がったミルキをかなり盛り上げただろう可能性はあるが、それでもあまりに不自然な視線だった。
殺意や敵意、憎悪も怨嗟といった感情も込められておらず無視していたのだが、それが試合後こうしてずっと一定の距離を持って張り付いている。まるで【絶】を使っているかのように見事に気配を断って。だが【絶】ではないとミルキは絶えず消えない相手のオーラから判断する。
なので熟練した武術家か暗殺者と判断。後者なら殺気を含ませず殺人することもできるため、危険と思って一度人通りの少ない袋小路へと自らを追い込んだのだ。
「ほう、やはり気付いておったか。なかなか、見どころのある小童よ」
そして、ミルキの問いに答え、現れたのは一人の男であった。
「……っ、え?」
ミルキは、その初老と思える男の、どこか“見覚えのある容姿”に僅かに反応を示す。
もちろん“この世界”ではない。前世の“とある漫画の人物”に似ていたのだ。
なにより、視認してハッキリと理解するのは相手の強さ。
どれほどの修練、確固たる意志を持って構築したのだと呼吸を忘れて見惚れるまでの絶対的な強さが具現化したと思える一人。
「な、なん……!」
雄大な自然そのものと思える佇まいにミルキは声を失い、パーカーとガスマスクを取ると、まるで操られるように膝を付いた。
「……む?」
老人はミルキの突然の行動に怪訝な表情をする。
これは、ミルキが一人の人間として……でき得る限りの尊敬と崇敬の示しであった。
「先立っての不敬をお許しください! 相当の武人とお見受けします! 貴殿のお名前を教えていただけませんか?」
「……ほう」
老人はミルキの言に目を細める。
老人がミルキを見つけ、後を追って来たのは単なる興味であった。
老人はミルキが単なる武闘家ではなく、殺人に特化した術を修めていると見抜いた。
だが同時に、老人の慧眼はミルキの手が“汚れていない”事も見て取ったのだ。
その矛盾の正体、ミルキの人となりを見極める意味で後を追った。
当然、老人はミルキが自分を意識して誘導していることにも気づいていた。
故に、おもしろい……と思った老人は、その感情をまた一段盛り上げる。
「名を教えるのは構わん。が、その前に1つワシの問いに答えて貰おう。お前の武は、うまく隠しているが殺人拳だな? それも相当の熟練度と見た。……だが、不思議なことにワシの目はお前が一度として殺人を犯していないと見取った。それは……真か?」
ミルキは思う。ゾルディックの誰もが、この老人には敵わない。
故に、老人は暗殺者と接点がある自分を嫌疑しているのではなく、ただ不思議に思って問い掛けているのだと。
ミルキは素直に答える。
「慧眼御見それいたします。如何にも、お言葉の通りです。今、俺は名を偽って……いえ、その名を捨てましたが、俺は暗殺者一家の出です。しかし、暗殺者となることに嫌悪し、勘当され此処に居ます」
「……成程」
老人も真っ直ぐなミルキの声音で虚言では無いと判断する。そして、ミルキの身に……そして心に見える深く刻まれた痛々しい“痕”が、地獄を生き抜いた証なのだと理解した。
「ならば、合せてもう1つ答えてもらおう。……なぜ暗殺者の家に生まれ、その理を否定する道を選んだのだ? 見た所、お前は10を数えたか否か。暗殺を強いられるとなれば物心ついた頃と見た。……なのに、なぜだ?」
判らなかったのか? それが地獄への入門だと。……否、そんな阿呆でないと老人は見た。
物心ついたばかりで、しかも暗殺者の家族に反する生き方を公言するなど身を捨てるようなもの。
ならば、それだけ考える力があったのなら、本心を隠すことで一時的に従ってるように見せかけ、楽な道を進めただろうことも考えついたはずだ……と。
それに聡明か早すぎる早熟をしていなければ、その考えに逆らわず家族が当然としている暗殺者となった事だろう。
成長する過程で己の生き方に疑問を持つならまだしも……その決断の早さは、あまりに釈然としない。
その問いに、ミルキは真っ直ぐ老人を見上げて返答した。
「自分が自分を恥じぬ生き方をしたかったんです。例え、誰が見ても恥じる生き方でも、自分が納得できる生き方を」
「……」
老人はさすがに知らないが、ミルキに転生した元サラリーマンは「人間(オレたち)なんて世界の屑同然」との考えを持っていた。
子供の頃はそうでもなかったが、社会人になった後は“善い面”がどうしても翳んで見えてしまう。それは己が汚れた大人だと自白しているようなものであり、一時自分の生にも疑念を抱いた程の懐疑っぷりだった。
今でも、それは変わっていない。
ただ、だからこそミルキとして前世の魂魄を継ぐ者として、屑同然の生き方はしたくなかったのだ。
「……そうか。……フフフ。その真っ直ぐだが臆病な眼、まるでワシのバカ弟子を彷彿とさせるわい」
「……っ」
さすが、というべきなのだろう。老人は一目でミルキの内なる葛藤を見破ったかのように口にするが、事実そうなのだとしか思えないし事実そうなのだろうとミルキは思った。
「……問いを変更しても、よろしいですか?」
「ぬ? おお、すまん。ワシだけ問うていたな。まずワシの名は――」
「シュウジ・クロス殿……では、ありませんか? 流派、東方不敗の開祖。第12回ガンダムファイト優勝者、東方不敗マスターアジア」
「ぬ……?」
老人、流派東方不敗の開祖であり自身も『東方不敗』を名乗る男――シュウジ・クロス――はこの世界の人間ではなく、まったく違ったサブカルチャーの世界の住人なのだ。
そのサブカルチャーは人気アニメシリーズ、ガンダム。
中でも異色強かな所謂“アナザーガンダム”の起こりとも呼べる作品【機動武闘伝Gガンダム】が、東方不敗として名声を馳せる武闘家シュウジ・クロスが八面六臂の大活躍を演じる世界なのだ。
「……なぜ、ワシの名を? それにガンダムファイトと流派東方不敗まで? いずれも“この世界”で用いた事などないというに……」
やはり本物だ……と、ミルキは断定した。
なぜシュウジが接点のないこの世界に居るのかは分からない。
自分と言う例がいるため、ミルキと同じ世界の容姿を似せた転生者と考えた方が普通かもしれない……と思ったが、目の前のシュウジ・クロスに限っては本物と見えた。
元々サブカルチャーに居る時点で、もう何が起こっても可笑しくないと思考を断念する方が賢明だろう。
「俺は、貴方の事を知っています。ここは貴方の生きた世界とは違う世界です。……でも知っています。デビルガンダム、マスターガンダム、ドモン・カッシュ……如何です?」
「……っ! どうやら、そのようだ」
最後に確認のためにミルキが言って聞かせたのは、全てこの世界の住人には知り得ないこと。そっくりさん説はこれで完全消滅した。
「あの……なぜ、貴方がこの世界に?」
本来有り得ない邂逅。しかも、目の前の老人は“デビルガンダム”に反応した。ということは“弟子と死闘の末”を見た死人ということ。
色々な意味で在り得ないと思いつつ、ミルキはシュウジの返答を待つ。
「……知らぬ、としかワシは言えぬ」
しかし返答は、ミルキの想像通りと言えば想像通りだった。
「その単語を知るなら……ワシの顛末も知っておるのだな?」
シュウジの声には悲愴があった。
当然だ。シュウジ・クロスは全てを捨て、覇道に身を落とした過去がある。
全ては、護るべき天然自然のため。自然を護るためには全人類を抹殺する……と。
だがシュウジは愛弟子に負けることで最後の最後に、真の自然の救済の道を見出し、昇天した。
「―――ですよね?」
「……うむ」
簡単にミルキがシュウジの顛末を語ると、俯きながらシュウジは答える。
「……お前の言う通り、ワシはバカ弟子に敗れた後、おそらく魂魄となりてデビルガンダムと次代の若者との決戦を“遠く”から見守った」
それが、前世で最後の記憶だとシュウジは言う。
「弟子を叱咤激励した後……ワシは、気付いた時にはこの世界の大地を踏んでいたのだ」
だが、その時の記憶は実に曖昧だとかで、記憶を探っても明確に覚えているのは“つい先程”から。
どういう経緯で天空闘技場を訪れたのか。ミルキの試合を見てからの記憶しかないシュウジには皆目見当がつかないとのこと。
「……そうでしたか」
だが……それならば、今し方ミルキがようやく気付いたシュウジ・クロスから漂う“違和感”の正体の説明と合致するのだ。
しかし、例えそうであっても関係無い。ミルキは相手が流派東方不敗の開祖であると歓喜し馳せる気持ちを抑えながら、シュウジに向かって土下座した。
「……あ、あの! シュウジ・クロス殿に是非ともお願いがあります! 俺を、貴方の弟子にしてほしいんです! お願いします!」
「ぬ? ワシの弟子に、と?……ふむ、しかし……」
確かに、シュウジは一介の武闘家としてミルキを育てて見たいと思った。その意思もあって、シュウジの後を付けていたのだ。土下座までして、誠意を見せるミルキを更に気に入った事も合わせ、吝かではなかった。
だが、流派東方不敗は一子相伝の武術。既に弟子に免許皆伝を与え終わったことで、弟子を取る事は出来ないのだが……。
「お願いします!」
それは流派東方不敗とシュウジ・クロスに憧憬を抱いていたミルキも理解していた。
それでもミルキは諦めたくなかった。流派東方不敗はサブカルチャーのトンデモ武術。だが、この世界はその更に上を行く。流派東方不敗をこの世界に置き換えると、何ら不思議はない。
なによりミルキはシュウジの人柄、思想、生き様に惚れていた。
愚直で不器用な、悪と罵られようとも信念を貫き通す頑固で溢れんばかりの愛情を湛えた男を。
その当人が、どういうわけか目の前に居る。
念能力という摩訶不思議な超常現象を引き起こす力がある世界ゆえに驚きは無い。
感謝と歓喜、それだけで頭がいっぱいだ。今すぐにサインを貰い、握手したいくらいに! きっと一度握手すれば二度と手を洗わぬと言えるくらいに!
「おぬし、名は?」
「え、あ……ミルキと言います!」
正直好きではない名だが、この世の証を卑下するつもりも無かった。
「そうか」
そして、ミルキの名を出しても“特定の反応”を見せなかったことからも、やはり本物なのだと今度こそ断定する。
「ミルキ……では、おぬしにテストをする」
「……テスト、ですか?」
「然様。お前の武力、その直向きな精神、磨けば光る原石であることは認める。ワシも武闘家として育成してみたいという思いもある」
「……!」
呼吸が停まった。
まさかシュウジからそんな台詞が飛び出すと思っていなかったミルキは、一瞬混乱してしまうも何とか理性を繋ぎ止める。せっかく高い評価を舞い上がった醜態で下落させないよう、ミルキは必死に歓喜を心の内に抑え留めながらシュウジの台詞に集中する。
しかし、次なるシュウジの台詞にミルキも一気に鎮静化させられた。
「だが、お前は他者を殺める事を毛嫌いしているな? 潔癖とも言える程に」
「……はい。承知しています」
同時に、ミルキはテストの真意を理解する。
「ならば、武術とて一見すれば暗殺術と何ら変わりない事を理解しておるか? 鍛え上げた拳は岩をも砕き、鋼をも断ち切る威力となる。そして我が流派東方不敗は全てが必殺。書いて字の如く、必ず殺す技ばかりぞ」
武とは『戈を止める』と書くが、何も“生きたまま”とは限らない。
言わずもがな武の原初は、如何に効率よく獲物を殺せるか。それが対人同士の戦闘となっても変わらない事は、時代が証明している。現に、スポーツと成った武道の衰退具合は誰が見ても実感できる。
だが、シュウジ・クロスが体現する流派東方不敗は違う。
不敗の二文字を損なわぬための全力打倒は、肉体の破壊に留まらず命の灯火も容易に吹き消す兇器。
故に武闘術と暗殺術は兄弟とも言い代えられる。
「武闘家たる者、礼を以って対峙せねば単なる暴力の応酬。……判るか? 必殺の一撃を、相手を殺めぬように手加減するなど、戦った者への一番の恥なのだ」
時代を築いた武人達は、己の得物を“魂”と比喩し、攻撃を“軌跡(人生)を表現する”と言う。
一流の武人同士が戦えば、互いに互いが歩んできた苦難、そして今何を思い対峙しているのかが判るのだそうだ。
そして武人達は、刀剣、弓矢、斧槍、そして拳足。獲物を用いて道を切り開いて来た。
無論、道の途中で邪魔となる障害は、例え人だろうと切って道を開いて、だ。
武人とは殺し殺される覚悟を要する。
常に必殺の覚悟を心に据え置かねば、それは必死の覚悟を背負い全力で相対してくれる敵への不敬であり非礼に他ならない。
「……フン。どうやら理解したようだな。バカ弟子にも見習わせたい理解力よ。……して、返答や如何に?」
シュウジはミルキの目を見ただけで、己の求める答えに行き付いていると判断した。
そして、その覚悟があるかと問い掛ける。
……しかし。
「……申し訳ありません。俺には、必殺の誓いはできません」
ミルキは、やはり殺人は為らぬものとして言葉にする。
「……それは、なぜか」
シュウジの眉間に皺が寄る。同時に、怒気も僅かに漏れでている。ミルキの言い訳が少しでも気に入らねば、シュウジの固く握られた拳から必殺が放たれる事は必至。
だが、今のミルキには焦燥も恐怖も見えなかった。
今のミルキを形成する唯一の武器に、シュウジの戈を止める力は無い。だがそれでも、その精神を失うのは死んだも同じ。
決死の覚悟はできている。
「俺は既に、己に不殺を誓っているからです。武闘を学ぶなら、殺人の覚悟は絶対必須とは分かって申し出ました。……でも」
ミルキは、シルバやゼノの仕事に何度か連れて行かれたことがある。
そして仕事をする2人を見るだけで……シルバは恐怖し、自分という魂魄は殺人が相容れないものだと深く刻みつけていると知った。
「でも、それを糧に、一心に守り通して凡そ6年に渡る苦行を生き抜いて来ました! 今更、この意思を変える事は俺にも不可能と思います!」
「……」
「弟子入りは諦めます。ありがとうございました。一目貴方に合えた「バカ者ッ!!」っ……はへ?」
決死を覚悟していたミルキは、なぜか怒鳴られた事に呆けてしまう。
シュウジの眉間に寄ったシワは更に深く。腕を組んで立つその姿は、高ぶる獅子を彷彿とさせるが……先程見られた怒気らしき気迫は、どこにも見当たらなかった事は呆けたミルキの頭でも理解できた。
「お前はワシの問いに返答した時より既に我が弟子となった! ワシの事は師匠と呼ばんかバカ弟子がっ!!」
「……っ、ぇ?」
怒鳴られ耳が酷く鳴ってしまった事もあるが、思考が全く追いつかないミルキは呆けた顔をしていた。
「理解力はあるがまだまだ童よ。確かに、流派東方不敗は必殺。振るえば必ず血を見るだろう。……しかし、本来の流派東方不敗は殺生を固く禁じた拳法なのだ」
「……ぁ」
流派東方不敗は、釈尊を護るために編み出した拳法流派の流れを汲んでいるため、本来は感情の赴くままの破壊を禁じている。
更にマスターアジアは天地の霊氣を父母とした、天然自然の大いなる力を受けて流派を完成させたため、本来ならば殺生なく相手を無力化させる事に主眼を置かれている。
当然ミルキもシュウジ・クロスを知る上で頭に入れていた知識だったが、すっかり抜け落ちていたらしく、再び呆けた声が続いた。
「何より、ワシはこうも言うたであろう。武術を活かすも殺すも担い手次第。即ち、武術とはワシらと同じ生物なのだ。ワシが教えるのは確かに必殺の拳。容易く殺生を犯す拳に違いない。だが、弟子がどう活かすか殺すかは関与せん」
「……俺が、流派東方不敗を不殺の拳としても?」
「然様。それで、流派東方不敗が活きるのであれば開祖として本望というもの。……先も言ったが流派東方不敗は元々不殺の拳法。ワシの域まで来れば、お前の本懐も叶う」
そして、覇道に逸れてしまった流派東方不敗を“元の王道”に戻すことができるというシュウジの私情もあったが、ならばこそミルキとシュウジの利益が合致するのだ。
「貴方の……域まで……」
「うむ! さあ、立て! 何時まで地面にへばり付いておる! 此処での話は以上! 今直ぐ修行の地に向かう! 支度せい!」
「え? ここでは無いのですか?」
「バカ者! 雄大な天然自然こそ、我が流派東方不敗が父母にして師よ! 分かったら返事をせんかっ!」
「は、はいっ!」
シュウジと流派の理念を思い起こせば、それも問わずと判っていたこと。凡ミス連発のミルキである。
「うむ! では、一分で支度し、ここに戻って来い!」
「え、ええっ!? お言葉ですが荷物は「師の教えは絶対だ! 分かったらさっさと行かんか!」は、はいっ!!」
因みに、ミルキは着の身着のままで此処まで来たが最低限の荷物も持っていた。その荷物は邪魔だと近く空港のロッカーに預けて来た。
空港までは片道徒歩10分。ギリギリ間に合うか? 否、間に合わせる!……と意気込んでミルキは立ち上がる。
「でっ、では!」
憧憬の心の師に見限られぬよう、ミルキはまるで弾かれた鉄砲玉のように駆け出した。
「……ほう」
本気で駆け出したミルキは、一瞬だがシュウジの視野から消えていたのだ。
武人として呆けているハズがない。なのに、それを僅か9つの少年がしてしまった。
どれほど血の滲む地獄の道を日々歩いて来たのか、シュウジも僅かに理解したが……その目は悲哀に満ちていた。
●
そして「え、うそ? これなんて神様特典?」と思えるような奇跡と巡り合ったミルキは、当の師匠シュウジ・クロスと共に修行の旅へ出発した。
だが、当然ながらシュウジはこの世界の地理など知らないために、先ずは修行地探しから始めたのだ。
技の伝授云々は、纏まった時間が出来てから。何より、その前にも基礎となる肉体及び精神強化の修行をしなければならないため、最低でも1年掛かるだろうとのこと。
「どうやら無事上陸できたようだな」
ちなみにミルキとシュウジの現在地はジャポンだが、なんとこの2人、ここまで泳いで上陸したのだ。
普通に密入国だが“道”を通るだけ……と屁理屈を言う用意はできている。
ならば言わぬが花……というか、言っても無駄だ。
因みに、6大陸は例えるなら左右に3つずつ分かれる。その内、天空闘技場があるのは右の1番上の大陸の東南。
ジャポンという己が知っている風景の島国があると知ったシュウジは最初の目的地をそこに定めたのだ。
ジャポンの北端エゾの小さな離れ小島に一度上陸するまでノンストップ。3日3晩ひたすら全力全開水泳。
ミルキが念能力の基本だけの段階でも、覚えていなければ今頃溺れ死んでいたかもしれない。
「あ゛~……もう、一生分泳いだ……例え次に転生するとしても海中生物だけは御免被りますよぉ~」
……と、さすがのミルキも弱音が出た程だった。無論その後、シュウジに一喝一拳をプレゼントされたが。
「ミルキよ、この島国は無理せず5日で走破する! ついて来い!!」
「はいっ! 師匠!!」
普通ならとても5日で走破など絶対無理と遣る前から気が滅入るだろう。だが、やると言われればやる。それが流派東方不敗の基礎精神。
流派東方不敗を教授され始めた頃からミルキはその精神を必ず護ると、忠犬よろしく己に固く誓いを立てた。
だが、強い肉体でなくば強い精神は宿らない。更に強くならなければと、己を鼓舞したミルキは爆走するシュウジを追って懸命に駆け出した。
旅は、まだまだ始まったばかり。これからミルキが伸びるか枯れるか。まだ誰にも判らない。
天空闘技場で5万Jしか稼がなかったミルキくんでしたが、クク山→闘技場まで細々とアルバイトしていたので、実は小金持ち……な設定です。