関西大会後の1日休みも終わり全国大会に向けての大詰めが開始された
「ストップ。みなさん少し力が入りすぎているようです」
全体練習中に演奏の途中で滝先生が止めた
「全国へ向けて力を入れるのは結構なことですが入れすぎて硬くなるのは良くないですね。みなさん一度深呼吸しましょう。はい吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー」
みんなのやる気は最高潮。しかし身を乗り出しすぎて若干突っ走り気味の人が見られるため少し空気を和らげようと滝先生は全員に深呼吸をさせた
「はい。全国に向けてみなさん気合が入っていることがひしひしと伝わってきています。しかしその中でこそ落ち着いて自分の演奏を壊さないことを忘れないでください」
『はい!』
「ではもう一度頭から」
レベルアップしようという意識は大切。しかし頑張りすぎて本来の演奏ができなくなるのは個人的にも全体的にも良くない。それを滝先生は改めて周知させた
その後滝先生からいくつか注意をされはしたものの何度か通して練習を行った
「はい。では先ほどの点を意識しつつこの後はパートごととします」
『ありがとうございました!』
「春樹」
「ん?」
全体練習を終えパート練に移動しようとしていた春樹にのぞみが話しかけた
「みぞれとソロのところ合わせたいんだ」
「のぞみ」
「そういうことならいいぞ。こっちはこっちで」
「ううん。できれば春樹に聴いてほしい」
「いいのか?練習終わらなくなるぞ」
「覚悟してる。みぞれに合わせなきゃいけないのに私は実力不足」
「そんなこと...」
「いいのみぞれ。地区大会、関西大会って力が足りてないのを実感したんだ。時間はないし追いつけるとは思ってない。でもやれることはやりたい!だから春樹にお願いしたいの!」
「わかった、そこまで言うなら聴いてやる。だが先に言っとくぞ。悪いがオレはお前に期待してない」
「ちょっと!」
「ん?なんだリボン」
リズと青い鳥のソロを担当しているのぞみが真剣な表情で頼んできたものの自分の気持ちを隠さず伝えたところに優子が怒鳴り込んできた
「なんでそんなことはっきり言うの!」
「盗み聞きか」
「そんなことどうでもいいの!なんでこんな大事な時に!」
「大丈夫だよ優子」
「のぞみ...」
「大丈夫、わかってたから」
「へ〜」
優子が怒るのも無理はなくただの同級生から言われるには非常に酷すぎる話。しかしその言葉を聞いたのぞみの表情は変わらなかった
「言ったでしょ、覚悟はしてるって」
「なるほどね、少し見直したわ」
「ハル、私...」
「みぞれはいつも通り吹いてくれればいい。それがのぞみのためにもなる。こいつのことを心配してるなら、こいつのために何かしたいならいつもの演奏。な?」
「...。わかった」
「はぁ。のぞみがいいって言うなら私はなにも言わないけど」
「ありがとね優子。今日の練習終わって私が泣いてたら慰めて」
「もちろんよ。泣かされたのぞみ以上に春樹のこと泣かしてやるんだから!」
「やれるもんならやってみろ〜」
「言ったわねー!?」
「はいはい時間なくなるでしょ」
「ちょっ!なんであんたが!」
「いいから行くよ。あんたもパート練あるでしょ」
「離しなさいよ!わかったから!」
優子が春樹に突っかかってるところに夏紀が登場。優子を引っ張っていった
「じゃあ先行っててくれ。パートのみんなに伝えてくるから」
「わかった。じゃあ先に行ってるね」
「私も、用意しとく」
「おっけ」
のぞみとみぞれは先に練習できる空き部屋に向かい春樹は梨々華や調達に事情を話しみぞれから場所を聞いた部屋に入った。するともうみぞれとのぞみの準備は万端。いつでも吹ける状態になっていた
「遅くなった。もう準備もできてるみたいだし始めるか」
「うん。合図お願い」
「わかった。みぞれもいいか?」
春樹の問いかけにみぞれは静かに頷いた。そして春樹が右手を上げると2人は楽器に口をつけた
「3、4」
♪~
「ストップ。出だしが弱い。主旋律がこれじゃ低音が活きない」
「はい!」
「もう一回。3、4」
♪~♪~♪~
1度の指摘でのぞみはすぐ修正してみせた。元々フルートの腕は並外れたものがあったのだと春樹は改めて実感した
「ストップ。滝先生も以前言ってたと思うがみぞれの音をよく聞け」
「あ、ごめんみぞれ」
「ううん、大丈夫」
「自分でわかったのならいい。ただお前の実力を少しでも上げたいって練習だが隣にはみぞれがいることを絶対に忘れるな」
「はい!」
「じゃあもう一回。3、4」
♪~♪~♪~♪~
「ストップ。今度はみぞれを意識しすぎ。今のじゃいつもと変わらない」
「はい!」
「もう一回。3、4」
♪~♪~♪~♪~♪~
その後ソロパートのみにもかかわらず通して吹き終わるのが40分ほど経ってからだった
「とりあえず通してやってみたが自分の感触はどうだ?」
「ごめん、必死すぎてわからない」
「そっか。オレの感想としては関西大会までは今のでもなんとかなったかもしれないが全国だとギリギリだと思ってる」
「それじゃダメ。もっと、もっとやらないと」
「待て。ただひたすらぶっ通しでやることに意味はない。そのために」
春樹は自分の携帯を取り出しイヤホンをみぞれとのぞみに渡した
「関西大会前と今の演奏を順番に聞かせる。自分でも考えてみろ」
「わかった」
春樹は事前に松本先生にお願いしてのぞみのオーディション時に録音してもらっていた。通常であれば他人の盗聴なんて褒められたことではないがみぞれのシャドーイングに使いたいのとこれからに絶対必要になるとお願いしたころ渋々ではあったが承諾してくれた
「いい音」
「ありがとみぞれ。でもうん、自分でもわかる。負けてる」
「今のが関西大会前。で、次が今撮ってた音」
次にこっそりと携帯で録音した音を2人に聴かせる
「どうだった?」
「よくなってた、って思う」
「私も。でもどこがどうって具体的にはわからない」
「それが言えるようになってた方がよかったな。まぁ一言で言えば表現力が増した」
「表現力...」
「音の強弱、伸び、音を運ぶ滑らかさ。地区大会が終わって指摘されてから段々とそういう部分が向上して表現力が付いたんだと思う」
「そっか」
「あまり褒めたくはないが元々のぞみは表現力がいいと思ってた。でもまぁブランクやらみぞれとの実力の開きやら葛藤があって自信を持って演奏できてないとは薄々感じてた」
春樹の言葉にのぞみはみぞれと目が合った
「今ののぞみは義務感とかやらなきゃダメだって強制感で吹いてる気がする」
「義務感...言われてみれば。私が頑張ってみぞれに合わせなきゃって」
「それは事実だ。だが演奏はそんなものでやるものじゃないだろ」
「でも、私がみぞれに合わせられるようになればもっと...」
「アホか。そんなこと天地がひっくり返っても無理だ」
「...」
「ハル」
のぞみ自身もうずっと前からわかっていた。自分とみぞれでは実力が違いすぎる。でも努力して少しでも埋めたくて頑張ったつもりだったが改めて春樹に言われ心が折れそうだった
「お前はみぞれがいないと吹けないのか?」
「え...」
「お前はみぞれがいなきゃ演奏ができないのかって聞いたんだ」
「それは...」
「即答できないんだったら違うんだよ。そもそも楽器なんて人と交わらなくても1人でだってできる。じゃあなんで吹奏楽みたいな団体でするものなのか。ハーモニーの美しさとか一体感とかいろいろあるかもしれないがその方がより"楽しい"ってことに先人の人達が気づいたからだろうな」
「っ!」
春樹の言葉にのぞみは無意識に涙がこぼれた。"楽しい音"と書いて「音楽」。練習して実力を付けて大きな大会に出る。これよりも大前提なものがあったことをのぞみは思い出した
「ぶっちゃけさっきまでののぞみの音は窮屈。努力は買うが全国で聴いてくれる人達に俺らの努力なんて関係ない。一発本番でどれだけ聴き手が心地よくなれるか、躍動するか、心躍らされるか。違うか?」
「あ、あはは...なんで忘れてたんだろ...」
「ホントだよまったく。まさか全員忘れてるんじゃんないだろうな」
「私はすごく楽しい」
「みぞれがそうならいいや」
「もう...うん。もう一回お願いします!」
「おっけー」
涙を拭きどこかふっ切れたような清々しい表情となったのぞみ。気持ちを切り替えたところで実力が上がるわけじゃないがその後ののぞみが奏でる音色は以前よりも遥に聴きやすく心地よいものとなった
のぞみの特訓は1週間続き着実に力を付けていた
「トロンボーン、少しズレました。修正してください」
『はい!』
「パーカッション、今の入りを本番でも出してください」
『はい!』
「ではもう一度頭から」
そしてのぞみの音は全体練習にも影響し、特にのぞみのことをよく知る優子や夏紀に大きく影響を及ぼしそこから部内全体のモチベーション向上に繋がっていた
♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~
「はい。では午前中はここまでにしましょう。午後からはリズの方を重点的に行います」
『ありがとうございました!』
午前の練習が終わったにもかかわらず以前のようにイスにもたれかかったり床にぐったりする者はいなくなった
「さっき指摘されたところ確認しませんか?」
「そだね。みんな大丈夫?」
「はい!」
「ちょっと待て慧菜。ちゃんとお昼を食べてからにしな」
「あ、そうだね。ごめんね春樹くん」
「謝ることじゃない。練習したい気持ちはすごくわかるから。でもみんなも聞いてほしい」
さっきズレたと指摘されたところを確認しようと慧菜や秀一などトロンボーン組が急いで出ていこうとしたのが目に入った春樹は念のため全体注意として声の音量を上げた
「ちょっとの時間でも練習したい気持ちはわかる。ただ練習と同時に体調管理もしっかりしてほしい。ここから全国までに1人でも倒れたりしたらバラバラになる。暑くて食欲ないかもしれないけどちゃんと食べるようにしてほしい。その後残った時間で練習な」
『はい!』
「優先順位を間違わないように。睡眠削って練習とかも絶対にするな?あと少しでも体に違和感あるやつはちゃんと報告してくれ」
『はい!』
「じゃあ解散。ちゃんと飯食えよー」
春樹が言ったことは前に松本先生が話してくれていた。ただ本番が近づくにつれてどうしても練習を優先してしまいそうなところに春樹が改めて注意喚起を促した。それを聞いた部員はその場でお弁当を広げる者もいればお弁当と楽器を持って外へ出る者もいた
「オレらも食うかー」
「うん」
「春樹」
「ん?」
「ごめん、ちょっと幹部で集まりたい。みぞれも一緒でいいから」
「わかった。みぞれいいか?」
「大丈夫」
いつものようにみぞれと食べようとカバンから弁当を出した春樹だったが優子に呼ばれその弁当を持っていつもミーティングで使っている教室に移動した
「おつかれー」
「早いな夏紀」
「まぁね」
「それで?なんかあったか?」
「あ、別にそんな重い話じゃないよ。ちょっとご飯食べながら今どんな感じかなって話したかっただけ」
「なるほどね」
既に来ていた夏紀の正面に春樹とみぞれはが座り優子も夏紀の隣に腰かけた
『いただきます』
「みぞれは春樹に作ってもらってるんだっけ?」
「うん。ハルのご飯、おいしいから」
「よかったわねー。愛しの彼女からこう言ってもらえて」
「みぞれはいつもおいしいって言ってくれるから作り甲斐があるしオレも嬉しいしな」
「いつまでも仲がよろしいことで。ケンカとかしないわけ?」
「いや結構してるぞ」
「ウソでしょ!?想像できないんだけど」
「みぞれは変なところで頑固だからな。いっつもみぞれよりオレの方が上手いって」
「事実だから」
「いいや。いつも言ってるがオレよりもみぞれの方が上手い」
「ウソ」
「ウソじゃない」
「もしかして、それがケンカなんて言わないでしょうね...?」
「そのまさかだが。他のことではそんなケンカなんて起こらないし」
「「はぁ...」」
「なんだよ」
「ハルがウソ言うから、2人とも呆れてる」
「それを言うならみぞれにだろ」
「2人によ」
「「ん?」」
「「はぁ...」」
先日春樹の家にお邪魔したときも見たがただお互いに自分よりも相手の方が技術が上だと頑なに譲らない。こんなことをケンカと捉えてることに優子と夏紀はため息しかでなかった
「それは一旦置いとくとして、2人から見て今の北宇治吹奏楽部はどう見える?」
「なんだ自分から振っておいて」
「いいから!」
「んー。みぞれどう感じてる?」
「わからない」
「なにそれー」
「ぶっちゃけ言うがオレもみぞれと同じ、わからないが答えだ」
「どういうこと?」
「今のオレ達の演奏が全国で金を獲るに値するものなのか。それを考えるとわからないんだ。みぞれもそうだろ?」
「うん」
「そう。2人でもわからないんだ」
「そりゃ他校のレベルがわからないからな。去年と比較することもできるがそこはオレ達と同じで去年の3年生が抜けてる分どう変化してるかなんてわからない」
「確かに」
「リボンの言いたいこともわかるがな。不安なんだろ?」
「お見通しってわけね。えぇ不安よ。めちゃくちゃ不安。これだけ頑張ってるけど今私達の実力って全国で考えたらどうなんだろって」
「この前優子から相談されて私も考えちゃって。その時のぞみもいたんだけど」
「だからあいつ焦ってたのか。まぁいいハッパにはなったか」
のぞみが急に練習を見てほしいと言ってきた理由がようやくわかった春樹
「まぁここまで来たんだ。あとはまたあの全国の舞台で全力を尽くすだけだ」
「そんな悠長に構えてられるのあんたくらいなのよ...」
「焦って、なにかいいことある?」
「うっ...」
「こらみぞれ」
「ごめん」
「みぞれってためにグサッと刺してくるときあるよね...」
「なにも刺して、ないよ?」
「そういう意味じゃないよ。はぁ...でも確かに焦ったところでなにも変わらないよね」
「リボンも夏紀も他のみんなも実力以上のパフォーマスンしようとしすぎ。だから肩に力が入りすぎる」
「なによそれ。春樹は違うっていうの?」
「オレは実力の縁から飛び出るような努力はしない。その縁自体を広げる努力をしてる」
「どういうこと?」
「ウソだろ。じゃあここに空になったお弁当箱があります」
「食べるの早っ!」
「そういうことじゃない」
春樹の説明でピンとこなかった2人にわかりやすいよう説明しようとする春樹。そんな春樹の助手のようにみぞれが空になった弁当箱を2人に見せた
「このお弁当箱に水を入れていきます。限界まで入れてももっと水を入れようとするとどうなりますか?」
「そりゃ零れるでしょ」
「正解。じゃあここには100㎖しか入らないとしよう。ここに150㎖入れたい時はどうしたらいいと思う?」
「そんなの無理じゃない」
「頭が固いなーリボンは。みぞれ、正解を教えてやって」
「お弁当箱自体を、大きくする」
「正解」
「それと今の話とどういう関係があるのよ」
「まだわからないのかよ」
「なるほどね。そういうことか」
「夏紀は気づいたか」
「うそっ!?」
春樹の例え話を交えた説明でも優子は理解できずにいるが夏紀は春樹が何を伝えたいのかわかったようだった
「つまり私達が頑張ってたのって水を入れる作業だったってことね」
「その通り。ただ限界がどこかなんてわからないからがむしゃらに努力しちゃったわけ。さすがにわかったかリボン?」
「えぇ、そこまで教えてもらってようやく理解した私を殴ってやりたいわ」
「私が代わりにやってあげようか?」
「バカじゃないの!?」
「冗談だよ。でも実際私達がやってきた努力って無駄だったってことだよね」
「は?誰が無駄なんて言ったよ」
「「え?」」
今の説明で自分達はずっと同じ枠内で水を足し続ける努力の仕方を行っていたため落胆してしまう夏紀と優子。ただそれを春樹は否定した
「大体無駄だったら関西大会はおろか地区大会も突破できてねーだろ」
「だけど今春樹が」
「技量の枠なんて自然と広げられただろ。我らが最高の指導者によってさ」
「「あ...」」
優子と夏紀は察した。去年から顧問となりいきなり全国まで導いてくれた存在に
「だからみんな広げてもらった枠内で100%出せばいい。よく120%死ぬ気で頑張りますなんて聞くがそら無理な話だとオレは思ってる。今まで練習して身に付けた技術を最大限引き出せてこそだな」
「なんかすごいね。こうやって聞くと春樹って同い年って忘れちゃう」
「まぁ今のは全部小さいころから叩き込まれたものだけどな」
「そっか。でもありがと春樹。なんかちょっとスッキリした気がする」
「そらよかった。でも今の話もう下級生にはしてるから」
「え...」
「マジ...?」
「知らないのは多分2人とのぞみぐらいか」
「な、なんで言わないのよ!」
「幹部なんだからそれぐらいわかっとけって話だ。相談するにしても遅すぎる」
「それを言われると反論のしようがないなー」
「まぁもう技術面は最高潮に持ってってくれたんだ。あとはそれを本番で出して金獲るのがオレらから滝先生への唯一の恩返しだろ」
「うん」
「当然!」
「変わるの早いねー。じゃあ午後練も頑張りますかね。リズ中心らしいからのぞみがどれだけになったか見ものだなみぞれ」
「大丈夫」
「ん?」
「のぞみは、大丈夫」
「そっか」
優子と夏紀は自分達のやらなければならないことが定まり午後の練習に向けて気合を入れ直した