関西大会を突破し約1ヶ月。全国大会金賞に向けた練習は終了。全ては今日決まる
「搬入こっち」
「足元気をつけて」
「重いだろ。俺が持つぞ」
「ありがと!」
今年も暑くなった全国大会会場。チーム最中を中心に男手も借りつつトラックから楽器を搬入する
「春樹先輩!オレ達やるんで!」
「準備してください!」
「悪いな蒼太、颯介」
運び出しを手伝っているところに前田兄弟に声をかけられ自分の準備に向かう春樹
「卓也」
「なんだ春樹?」
「いや、調子はどうかと思って」
「問題ない」
「梨子は?」
「ちょっと緊張してるけど大丈夫だよ」
「それならよかった。いつもの調子で頼むぞ2人とも」
「あぁ」
「うん」
通りすがりに卓也と梨子と会った春樹は念のため声をかけるが余計なお世話だったようで2人とも落ち着いていた
「ハル」
「お待たせみぞれ」
「ちょっと、心配した」
「それはごめんな。寂しかったか?」
「のぞみといたから平気。でもハルがいないのは、やっぱりいや」
「もう一緒にいれる。オレもやっぱりみぞれと一緒にいる方が落ち着く」
「うん」
オーボエを抱き締め小走りで春樹に近づいてきたみぞれ。安心したかったのかすぐさま春樹と手を繋いだ
「春樹先輩、鎧塚先輩」
「ん?」
「えるに駿河。そうした?」
2人で落ち着ける場所を探していると後ろから後輩2人に声をかけられた
「すみませんお邪魔してしまって」
「大丈夫。どう、したの?」
「お2人から勇気が欲しくて」
「勇気か、なるほどね。今日は落ち着いてるなって思ってたけどやっぱり緊張してるよな」
「当り前です。でもワクワクもしてるんです」
「前までは本番前は怖かったんですけど、今は早く会場の人達に演奏を聴いてもらいたいです」
「そうやって思えるようになっただけ成長した。ホントに」
「「ありがとうございます!」」
「じゃあみぞれ。2人に勇気をあげてやってくれ」
「ん」
春樹はみぞれの持つオーボエを預かるとみぞれが2人に向かって手を広げた
「「こ、これって...!」」
「大天使ミゾエルからのハグだ。きっと幸運がもたらされるだろう」
「はわ~...」
「し、失礼します...」
2人は手を広げたみぞれに誘われるように優しく抱き着いた
「あー!なんかズルいことしてるー!私も~!」
この光景を梨々花も見られ同じように抱き着かれてしまった
「ちょっ!莉々華!」
「2人だけみぞ先輩とハグなんてズルい~!」
「ズルしてるわけじゃないよ!」
「もんどうむよ~。あ、羨ましいですか?春樹先輩」
むすっとした表情から一変、隣に春樹がいるのを確認した梨々花はとてつもないニヤリ顔になった
「べべべべ別に羨ましくなんて!?あるわけねーし!」
「あからさまに動揺するのやめてくださいよ~」
「うっせ。はぁ。える、駿河。梨々花もそのままでいいから聞いてくれ。これから本番も本番。オレ達の集大成だ」
「「「はい」」」
「うん」
「えると駿河はよくついてきてくれた。梨々花も着実に上達してる。今日が終わってオレとみぞれの後釜を任せられるくらいにな」
「春樹先輩...」
「あー泣くのはまだ待て。ともかくあとは自分の実力100%を出し切るだけ。会場がいつもの教室からちょっと明るい舞台になるだけだ。えるも駿河もこんな大舞台でちゃんと100%出し切れる心臓はもう持ってる」
「「はい」」
「いつも通り滝先生の指揮棒に従って音を出すだけ。それはもう呼吸するのと同じくらい体に染みついてる」
「「はい」」
「2人なら、大丈夫」
「みぞれの言う通り。2人なら大丈夫だ」
「「ありがとうございます!」」
新入生で入ってきていきなり大会メンバーに選ばれツラい練習。そして地区大会、関東大会をやりきっている。それを乗り切ったえると駿河にはもう怖いものなどないとみぞれも春樹も感じていた
「4人共これ受けとってください」
「お守り?」
「うん。最中のメンバーで作ったんだ~。」
「へぇ~」
「すっごいかわいい!」
「でしょ~。でもかわいいだけじゃなくて私の想いも込めたからね~」
「ありがとな莉々華」
「ありがと」
「春樹先輩もみぞ先輩も頑張ってください!」
「もちろんだ」
「うん」
毎年最中のみんなが作ってくれるお守り。梨々花からそれを受け取るとき力が籠っていた
「北宇治高校のみなさんはリハーサル室へ移動をお願いします」
「わかりました。北宇治移動するよー!」
係の人から呼ばれ優子が全員を移動させる。そして移動した後も去年のように緊張などで慌てる者はいなかった
「全員いるわね」
『はい!』
「じゃあ先生、お願いします」
「いえ、先に部長から」
「ありがとうございます」
滝先生は話す順番を先に優子に譲った
「みんな、いよいよ来たよ。去年もここに来たけどメンバーはガラッと変わってる。前にここにいたメンバーのほとんどが卒業しちゃってほぼ新体制で臨んだ今年の大会だけどなにもわからない1年生には負担をかけたと思う」
晴香や香織、あすかなど偉大な先輩達が卒業してしまい人数がどっと減った今年。悔しくも新入生に期待するほかなかったスタートを迎えてしまった。ただ大勢の新入生が入ってきてくれて中には即戦力になってくれるような1年生が現れてくれた。そして欠けることなくここまで付いてきてくれた。まずそこに優子は感謝をしたかった
「そしての1年生の面倒を見てくれた2年生。去年から度重なる迷惑をかけてるって自覚してる。本当にごめんなさい。それでも付いてきてくれたことはホントに嬉しかった」
去年たくさんのことで迷惑を被っていたのは現2年生の久美子や麗奈の代だろう。入学して間もなく変わった顧問に愚痴が止まらなかった先輩達。なんのことか知る由もない現3年生達のいざこざ。加えて部の方針と相いれず辞めてしまった先輩や家庭の事情だかなんかでいたりいなかったりを繰り返した先輩。これだけ迷惑をかけたにもかかわらず自分を部長と認めてくれて付いてきてくれた2年生に謝罪と感謝を優子は伝えたかった
「最後に全体を見てくれて後輩達を引っ張ってくれた3年生のみんな。最初は不安だったと思うけど誰も弱音を後輩達に見せないでくれた。後輩達の面倒も見つつ私達幹部の協力もしてくれて感謝してもしきれないくらい助かった。ありがとう」
1人1人やることが多かった3年生。各パートに多くてトランペットの3人で他は1人か2人。自分のパートが全員下級生となると弱音は吐けないし相談もしにくい。そんなしんどい状況でも先輩としての背中と顔を貫いてきた
「みんながそれぞれ大変だったと思う。でもどれもこれも全部今日のため。残すのは今日金を獲って堂々と帰るだけ。このみんなならできるって私は確信してます」
優子の目はいつになく真っ直ぐで凛々しかった。いつもの子供っぽさは微塵も感じられず堂々としている
「私からは以上です。副部長2人からは?」
全て言い切った優子が夏紀と春樹に目を合わせるが2人とも「大丈夫」と言いたげに手を少し上げた
「じゃあ先生、最後にお願いします」
「わかりました」
優子は壇上から降り滝先生が上った
「さてみなさん、いよいよです」
滝先生の言葉に全員が頷いた
「ここまで来てしまえばあとはみなさんがいつも通りの実力を発揮するのみです。悔いのない演奏をしましょう」
『はい!』
「では部長」
「はい。じゃあみんな、最後だから腹から声出してね!北宇治ファイト―!」
『おー!!』
最後の音頭も終わり何度か最後の音出しを済ませ会場に案内された
「優子、頑張ってた」
「そうだな。あいつあんな顔もできたんだな」
「うん。今日の優子、かっこよかった、かも」
「かもってなんだよ。それは終わってから本人に言ってあげな。大層喜ぶだろうよ」
「春樹先輩、鎧塚先輩」
「麗奈と久美子か」
いつものように春樹とみぞれ2人きりでいるところに麗奈と久美子が近づいてきた
「どした?」
「私達もそのー、勇気をもらいに」
「いらんだろ2人は」
「いります。お願いします」
「久美子ならともかく麗奈はそういうこと昇さんに頼めよ」
「...」
「無理ですよ春樹先輩。想像しただけで固まっちゃってるんですから」
「うるさい」
「あいたっ」
「仲、いいね」
こっちもいつも通り仲のいい麗奈と久美子を見てみぞれが珍しく微笑んだ
「まったく、こんだけ慕ってくれるできの良い後輩を持ててオレは幸せもんだ」
「ちょっ!」
「春樹先輩!?」
春樹は不意に麗奈と久美子の頭に手を置いた
「大丈夫だ。2人なら特にな」
「そんなこと」
「他の子には内緒だが2人は部の中でも群を抜いてる。もちろんオレとみぞれを除いてな」
「あ、ありがとうございます?」
「負けるつもりはありません」
「その意気だ」
春樹は2人の頭から手を離し真剣な表情で2人を見つめた
「あとは頼んだ」
「「っ!はい!」」
春樹が放ったその言葉の真意が伝わったのかどうかはわからない。ただ麗奈も久美子も春樹と同じく真剣な表情で返事をして去っていった
「もう少しで前の学校が終わるか」
「うん。ハル、ちょっといい?」
「どした?」
残り数分で前の学校の演奏が終わり自分達の番となりそうなところでみぞれが断りを入れて春樹に正面から抱き着いた
「これが、高校生活最後」
「そだな」
「ここまで来れたこと、すごく嬉しい」
「オレもだ。みぞれと一緒に来れたことがなにより嬉しい」
「私も」
みぞれは春樹の胸に顔を埋め春樹はそんなみぞれの頭を撫でる
「私はのぞみが好き。後輩達も好き。音楽が好き。演奏が好き。オーボエが好き。でもなにより...」
みぞれは一旦離れ春樹の両頬に手を添えた
「ハルが好き」
「オレもだみぞれ。みぞれが大好きだ」
春樹も同じようにみぞれの頬に手を添えて優しく引き寄せ額同士をくっつけた
「俺はみぞれのために」
「私はハルのために」
「みぞれがオレのために」
「ハルが私のために」
「そう言ってくれることが...」
「どんなことよりも...」
「「幸せ」」
「今日もいい音、奏でよう」
「うん」
『プログラム9番、関西代表北宇治高等学校。指揮者は滝昇です』
3年生にとっては正真正銘最後の演奏。始まった。始まってしまった
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この3年間いろんなことがあった。春樹にとっても、みぞれにとっても、もちろん優子にとっても夏紀にとっても、みんなにとっても...
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指揮者の滝先生と目が合う春樹。そして横をチラ見すればみぞれと目が合う
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春樹はステージを照らすライトの中に吹き出しのように今までの出来事を見た
1年ではやる気のない先輩と口論。当時の3年が卒業間近というところで仲間の陰口が聞こえてしまいつい手が出て停学
2年でようやく復学し滝先生と再会。顧問に就任したことで吹奏楽部ががらりと変わった。しかしこの代でも問題多発
3年となりスタート直後から単純な技術不足に直面。しかし全員の力で全国大会出場まで来た
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「...」
曲を終えた滝先生は静かに腕を下ろし笑顔を見せると全員立たせる合図を出した
やりきった。今持ってるもの全てを出し切った全員は汗を流し肩で呼吸している者が大半だった
自分達の演奏を聴いてくれた観客の方々に礼をして春樹達にとって最後の大会は終わった
全ての学校の演奏が終わり授与式となった。壇上に上がった優子と夏紀以外会場で手を合わせ祈っていた
『続いてプログラム9番、関西代表北宇治高等学校...』
「正直に言います。私は今年全国まで来られるとは思っていませんでした」
『...』
閉会式も終わり全員が集まったところで開口一番指導者失格の発言を投下した滝先生。しかしそれを聞いた全員動揺することなく真っ直ぐと滝先生を見つめている
「もちろんみなさんが初日に掲げた全国大会金賞という目標のため私も指導してきました。ただ去年と比べスタートが悪かった」
滝先生が言っていることが去年はブランクがあったものの2年間楽器を触っていた元3年生や元2年生。しかしメンバーの大半だった元3年生が卒業し編成が新1年生が3分の1ほどとなったことだと全員が理解した
「ただみなさんは日を追うごとに私の予想を上回る成長を見せてくれました。これはみなさん1人1人の努力と常に先頭で引っ張てくれた存在がいたことだと私は思っています」
この言葉にも全員が一瞬で理解した。引っ張ってくれたのは春樹とみぞれだということを
「今日のみなさんの演奏は素晴らしいものでした」
『ありがとうございました!』
最後の挨拶を終えた滝先生に変わり今度は春樹がみんなの前に立った
「ちょっと部長ともう1人の副部長が泣きすぎで話せる状態じゃないからオレからでごめんな。とりあえずみんなお疲れ様でした」
『お疲れ様でした!』
「さっき滝先生が言ってくれたように今日は今までで最高の演奏だった。そしてお前らはオレにとって最高のメンバーだ」
春樹の笑顔とその言葉にほとんどの者がまた涙を浮かべる
「結果は結果で受け入れるしかない。ただオレは未来永劫今日のメンバーを忘れることはない」
春樹が見渡すと涙を目に浮かべつつも顔を上げている卓也と莉子。それに比べてみるとりえは鳴き声さえ聞こえないものの顔を上げられていない。他の3年生もほとんどがみるやりえと同じ状態だった
「今日でオレ達3年は引退だ。あっという間だった。もう少しみんなで演奏をしたかったって思う」
同じパートの後輩である梨々花とえる、駿河も顔を上げられていない。肩が震えていることを見ると必死に声を上げないよう耐えているのだろう
「去年の先輩達に託されたものを成し遂げるのはオレ達では無理だった。だから来年こそは頼むな」
春樹と目が合う麗奈と久美子。その頬には涙が流れている
「だたオレはこれでこのメンバーとさよならなんてことは嫌なんだ。だからオレは約束する!ここにいるメンバー、最中のみんなも含めて全員でまた演奏できる機会を絶対に作る!何年でも何十年でもかけて必ず作る!滝先生がヨボヨボのおじいちゃんになっててもだ!」
「おやおや」
「音楽自体を辞めてようが続けてようが、下手になってようがプロになってようが関係なく引っ張り出す。全員忘れるな!」
『はい!』
「じゃあ帰るぞ。準備できたやつからバスに乗り込めー」
『はい!』
春樹に指示に従い足取りは重いもののぞろぞろとバスに乗り込んでいく
「春樹...」
「...」
「すっごい顔してんぞ2人共。お疲れさん」
「っ!ごめん!ホントにごめん!」
「私が...私がもっと!」
「あーはいはい。誰も悪くないから。泣きたいならいくらでも泣け。それだけ頑張ったってことなんだから」
「「あぁぁぁぁ!!!」」
幹部である優子と夏紀は誰よりも責任感が持っており、誰よりも今回の結果を重く受け止めていた。その証拠に既に目を真っ赤に腫らしているの涙が止まらなかった
「お疲れ様2人共」
「ごめんな莉子。2人のこと頼むわ」
「うん。春樹くんも無理しないでね」
「サンキュー」
一目も気にせず大泣きする優子と夏紀を優しく解放する莉子。そして卓也はなにも言わずただ春樹の肩をポンっと叩いた
「春樹先輩...」
「どうしたよ優秀な後輩達」
「茶化さないでくださいよ」
春樹が誰か乗り遅れがいないか、落とし物などないか最後の確認をしていると久美子、麗奈、秀一の3人がやってきた
「私...」
「そんな顔すんな麗奈。今日の麗奈も完璧だった。もちろん久美子も秀一も。他のみんなもな」
「...。絶対春樹先輩と鎧塚先輩に追いついてみせます!」
「楽しみにしてる。オレも麗奈とはもう一度ちゃんとした舞台で演奏してみたいと思ってる。可能なら久美子や秀一ともな」
「そんな...私には...」
「俺は春樹先輩がセッティングしてくれる演奏会を楽しみにしてます」
「そうか。ともかく来年は頼むぞ3人共」
「「「はい!」」」
春樹は先に3人をバスに返し最終確認を続けた。その最中広場で立ち止まりじっと会場を見つめた
「ハル?」
「あ、ごめんみぞれ。今戻るよ」
春樹がなかなか来ないため探しにきていたみぞれ。愛しのみぞれが来たにもかかわらず春樹は会場となった建物から目が離せないでいた
「お疲れ様、ハル」
「みぞれこそ。大変だっただろ?」
「ううん。ハルが、いてくれたから」
「...」
みぞれは春樹の顔を一度覗き込み何も言わず手を繋いだ
「はは...ダメだな...みんなの手前平然を装ってても、やっぱ悔しいみたいだ...」
「うん、私も悔しい」
手を繋いだまま春樹とみぞれは一緒に会場に向かって一礼した。そんな2人の頬を一粒の涙が流れ地面に落ちた
『関西代表北宇治高等学校...銀賞』