こうしてアンサンブルコンテストに向け吹奏楽部は動き出した
「なあ、俺と一緒にやろうぜ!」
「おう!いいぜ!」
「ねえ、私と組まない?」
「ごめん!もうメンバー組む人決まっちゃってるの!」
「え〜...」
「本当にごめん!」
「この子は私がもらうの!」
「なに言ってるの!私よ!」
「ちょっ先輩方〜」
「まあまあ落ち着いて...」
コンテストまで2ヶ月弱あるものの代表を決める演奏会は12月頭。チーム決め、楽曲決め、練習を考えると実はかなりタイトあスケジュールになる
「よしっ!」
楽器準備室のボードに現在決まっているメンバーとそのメンバーの名前を線で消している部員名簿を張り出す
「はぁ〜」
メンバーの取り合いの仲介や相談、部長としての仕事をこなさなければならないものの自分の練習もしなければならない久美子。ため息をつきながらもいつもの個人練習場所にきた
「部長の仕事に自分の練習...今はまだいいけどな〜...はあ...コンクールの時期が来たらと思うと不安で仕方ない」
「泣い、てるの?」
「んっ?」
突然久美子の耳に女の声が入る。しかし辺りを見渡してみても自分以外誰もいない
「違、うの?」
「ひゃっ!?うっ...」
また。恐る恐る声のする方に目を向けると...少し開いた窓の隙間からこちらを覗き込む目がっ!
「うわあっ!?」
「驚かないで...私」
「えっ...あれ?鎧塚、先輩?」
「当たり。んっ!」
窓の隙間から覗き込んでいたのはみぞれで窓を開けようとしたのだが窓の立て付けが悪いのか全然動かなかった
「お待たせみぞれ。ん?これはこれは黄前新部長じゃん」
「ど、どうも」
「...」
「ん?どうしたみぞれ?」
久美子を呼びながら自分ではびくともしなかった窓を簡単に開けた張本人を頬を膨らませて見つめるみぞれの視線に気づいた春樹。するとみぞれは春樹の腰あたりを軽くポンっと叩いた
「ど、どした?」
「なんでもない...」
「んー?まあいいや。とりあえずこれな」
「ん。ありがと」
「よかったら新部長もどうぞ」
「あ、ありがとうございます。でもその新部長って呼ぶのやめてください」
「え?ダメ?」
「なんかバカにされてる気がします」
「失敬だな。まあいいけど」
春樹はみぞれと久美子に買ってきた飲み物を渡した
「やっぱり泣いてた?」
「久美子泣いてたのか?」
「えっ?いえ全然」
「ん?どいうこと?」
「なんでそう思ったんですか?鎧塚先輩」
「なんとなく」
「そうですか」
「んー?」
どうも話が見えない春樹は首を傾げる
「先輩方はここで練習を?」
「ああ。先生が空き教室用意してくれたからな。大抵はここで練習してる」
「お2人共音大受験ですもんね」
「うん」
窓の正面にある教室には2本のオーボエと2セットの楽譜などが置かれていた
「あ、梨々花ちゃんパートリーダー頑張ってますよ」
「なら、よかった」
「俺達のパートには久美子の代が入らなかったからな。ああ見えてしっかりしてる梨々花なら大丈夫だと思うが気にかけてやってくれ」
「もちろんです」
自分達も久美子を部長に推した2人は改めて安心感を覚え揃って笑顔になる
「滝先生から聞いたよ。アンコンの方は順調か?」
「まあ今のところは。部員の取り合いしてるところに仲介として入るぐらいなので」
「そう、なんだ」
「もし春樹先輩と鎧塚先輩が参加してたらいろんな人から引くて数多だったと思いますよ」
「かもな」
「否定されないところがすごいなって思っちゃいます...」
「ハルと一緒なら、なんでもいい」
「そだな」
いつもの惚気た空間が始まりそうな予感がした久美子は即座に自分の練習に戻ろうとする
「あ、久美子」
「ッ!は、はい」
「よかったらセッションするか?」
「えっ?」
「ここで会ったのも、何かの縁」
「いやついこの前まで同じ部員だったんじゃ...」
「俺達もたまには違う音を混ぜたいなって思ってたんだ。まあ久美子さえ良ければだが」
「わ、私なんかがお2人に混ざるなんて...」
「気にしなくて、いい」
「これも練習だと思えばいい」
「じゃ、じゃあ...」
こうして急に始まった3人によるセッション。しかし終わってからその実力の差に心が折れかけそうになった久美子。ただ戻る前に春樹とみぞれからもらった"久美子(黄前さん)はちゃんと上手い"という言葉が逆に今後のやる気に繋がった
「ここ数日でどんどん埋まってくな〜」
アンコン出場を決める演奏会があると発表してから数日で結構な数のグループが久美子の元へ届いていた
「部長」
「...」
「ん?久美子先輩」
「あっ」
「どうしたんですか?」
「ううん、大丈夫。ごめんね」
張り出したグループと名簿の中でまだ線を引かれていない自分の名前を見ながらぼーっとしてるとさつきの呼びかけに気が付かなかった久美子
「ならいいです。これお願いします」
「あー!決まったんだね!」
「そうなんです!トロンボーンの子に一緒にやらないかって言われて!」
「そっか〜よかった。奏ちゃんとみっちゃんも決まったし」
「はい!」
「確か金管七重奏だっけ。なんの曲やるんだろ」
「確か"ティー・タイム"って言ってました。このグループはエリートですね。コンクールメンバーが多いので演奏が楽しみです」
「さっちゃん達はなにやるの?」
「私達は"高貴なる葡萄酒を讃えて"です!」
「あれ確か10人でやる曲だよね」
「はい!アレンジしてやれば絶対吹けない曲ではないですし、簡単なのにすると気持ち的にサボっちゃう気がして。えへへ」
「ッ!」
敢えて難しい曲にして高みを目指す姿勢とさつきの無邪気な笑顔にやられた久美子はさつきの頭に手を乗せた
「いい子!」
「えっ。そ、そうですか〜?」
「うん、いいと思う」
さつきの頭を撫でつつ奏や美玲達が所属するグループを見ても嫉妬などせず長所なのか短所なのか、なにか言葉をかけるべきか悩む久美子。こんなちょっとしたことでも部長としてなにが正しいか考えてしまう、なにか凝り固まっていく感覚が恐ろしくもある、まだ未熟だと自分に言い聞かせるのが精一杯だった
「まだまだだな...先輩達ってやっぱりすごかったんだな〜」
戸締まりなどを済ませた久美子は靴を履き替え校舎の外へ。そこには麗奈に葉月、みどりといつものメンバーが待っていた
「お疲れ様です!」
「お疲れ〜!」
「遅くなってごめんね〜」
「いいよ。部長の仕事でしょ?」
「そうですよ。そこで謝るのは違うと思うのです」
「ほう?」
「はい。ではこういう時はなんと言うのですか?黄前さん!」
「はい!川島先生!」
「なんか始まった」
「ありがとうございました!です!」
「どういたしまして」
ちょっとした茶番を終えてようやく帰路につく4人
「久美子ちゃんは部長さんなんですから謝りどころはちゃんとしとかないととみどりは思うのです」
「なるほど、そんなもんか〜」
「部長がナメられると部の士気にも影響が出るってことね」
「ん〜奥が深い」
「やっぱ大変?部長は」
「ん〜...考えることが多いかな」
「なにかあったらちゃんと頼ってよね。そのためのドラムメジャーと副部長なんだから。去年優子先輩に中川先輩と春樹先輩がいたみたいにね」
「そうですよ。私達もいますし!」
「そうそう!どーんとなんでも言ってよ!」
「みんなありがと。じゃあ遠慮なく肉まん奢ってもらうね」
「オーケーそうじゃない」
「あははは!」
冗談を交えつつも去年や一昨年のことを思い出し自分1人で抱え込むのは良くないと改めて思った久美子だった
「そういえばチューバの鈴木さん、もうどこ入るか決まったんだよね?」
「みっちゃんですね」
「うん。奏ちゃん達と同じところ」
「あ、そうなんだ」
「うん」
「さすが久石さん」
「抜け目ないよね〜」
麗奈が他のパートの子を話題に出すということは勧誘の件なのかと察した久美子
「そういえば麗奈も勧誘やってるんだっけ?ホルンの子から聞いたけど」
「うん」
「...。そっか〜」
「なに?」
「ううん、なんでもない」
急に目を合わせなくなった久美子になにか疑問を感じつつもそれ以上聞き返さなかった麗奈
「はあ〜。私のチュパカブラ、だいぶメッキ剥がれてきたんだよね」
「あれメッキじゃなくてラッカーだけどね」
「そうなの?まあ意味はわかるし」
「ニジマスをトラウトサーモンって呼ぶようなものでしょ?」
「えっ!?トラウトサーモンってシャケじゃないんですか!?」
「ニジマスは川魚だけどトラウトは海で繁殖するためにニジマスを品種改良したもの」
「「「おー!」」」
「麗奈ちゃんお魚博士なんですね!」
「父が魚好きだからその受け売り」
麗奈の新たな発見をしたところで電車が到着した
「んじゃ!私買い物あるから今日はあっち」
「うん。またね〜」
「さよなら」
「また明日」
いつもは3人のところ今日は久美子と麗奈の2人だけで電車に乗り隣同士で空いてる席に座った
「麗奈のお父さん魚好きだったんだね」
「うん」
「何気に知らないことあるよね」
「そりゃ。久美子のお父さんのことだって私全然知らないもの」
「まあわざわざそんな話しないもん」
「それは確かに」
日常会話で自分の父親の話をすることなんて滅多にないシチュだろう
「そうだ久美子。アンコン...一緒にやらない?」
「えっ」
「管打八重奏やろうと思ってて。実はさっき加藤さんも誘った」
「...」
「なに、その顔」
久美子はじーっと麗奈を睨んでいた。その視線に気づいた麗奈は久美子を見返す
「だって〜思ってたタイミングと違う。なんかムカつく」
「なにそれ」
今度は頬を膨らませて怒っている仕草を見せる久美子
「嫌なの?」
「ん〜どうしようっかな〜」
「別に嫌ならいいけど」
「えっ!ウソ!やりたい!やらせてください!」
「え〜どうしようかな〜」
「もう〜麗奈〜」
自分がやられたことをそっくり返した麗奈がこの場の勝者となり見事麗奈と同じグループに久美子が参加することが決まった
「そういえば今日春樹先輩と鎧塚先輩と会ったよ」
「ふ〜ん。アドバイスでももらった?」
「アドバイスなのかな〜。でもちょっとしたことはもらったと思う」
「なにそれ?」
「それよりも一緒にした演奏の方が衝撃的すぎてさ〜...」
「ちょっと待って。今なんて言ったの?」
「ん〜?一緒に演奏...おわっ!」
聞き返されたのでもう一度話そうと麗奈の顔を見た久美子は目を見開いて自分の顔を見ている麗奈に驚いた
「な、なに...?」
「したの...?春樹先輩と鎧塚先輩と...」
「な、なにを...?」
「演奏...」
「う、うん...」
「...」
「麗奈...?」
「...。久美子なんて知らない」
「えーっ!?なんで!?」
その後なぜか麗奈はは電車を降りるまで久美子と口をきかなかった。久美子はそれにずっと困惑したままだった