「あの〜...どうしてここに?」
まだアンコンのメンバーが見つけられてない子のフォローや自分の練習に加え部長としての仕事もある久美子はいつものように楽器準備室に訪れるとそこには優子とのぞみの姿があった
「なんでって」
「新部長が心配だからに決まってるでしょ〜」
「その割に楽しそうですね...」
「本当はね、演奏会でオーディションしてアンコンの代表決めるって聞いたからさ」
「はい、まぁ」
「だから何か手伝えることないかなって。私達時間あるから」
「えっ?でも、受験...」
「終わったの。3人とも無事合格したから」
「本当ですか!?実はまだどこに入るか決まってない子がいて!模試よかったらその子達のサポートを...って...」
「...」
先輩達の手が借りれると知り興奮気味の久美子の顔にずずーっと自分の顔を近づけて睨みつける優子
「その前に言うことなーい?」
「あ、あ〜...おめでとうございます」
「うむ」
「あははは!」
自分の現状が大変すぎて大事な祝辞の言葉をかけ忘れてたのを思い出した久美子
「じゃあ!」
「決まったら連絡してね〜!」
「ど〜も〜」
「あっ!お疲れ様です!」
部員名簿に自分達の名前とこの場にいなかった夏紀の名前まで書いてその場を去った先輩達。そこへちょうど鉢合わせた緑があいさつだけして入れ替わるように部屋に入る
「勝手に夏紀先輩の名前も書いていってしまった...」
「同じところに合格したってみどりも聞きました」
「一応確認に言った方がいいよね」
「多分...」
手を貸してくれるのはありがたいのだが余計な仕事まで増やしてくれて少し呆れ気味の久美子
「それとあっちも確認しとかないと」
「あっちって?」
「ん?もう1人。いや、2人かな」
「はい?」
久美子の言うことを緑は理解できないようだったが特に説明することなく久美子は準備室を出てとある場所へ向かった
「私は、出ない」
「同じく」
「ですよね〜」
久美子が向かったのは春樹とみぞれの元だった。のぞみや優子と仲良くしていたみぞれも参加するのかと思い確認に来たのだった
「受験ありますもんね。すみません急に変なこと言っちゃって」
「ううん。誘ってくれて、嬉しかった」
久美子が懸念したのとは裏腹にみぞれにも春樹にも優子達のように出る意志はないようだ
「のぞみにもお礼、言っといて。ありがとうって」
「えっ。それは自分で言った方が...」
「...?自分でも言うよ?」
「ん?ん〜?」
「どうしたの?」
まだみぞれ節に慣れていない久美子はみぞれの返答に少し困惑する
「それじゃ言葉足らずだろ?みぞれ」
「ハル」
困惑している久美子を前にみぞれの頭に手を乗せる春樹
「それにしても部長頑張ってるみたいだな」
「そうなんでしょうかね...自分ではよくわからないです」
「まだ始まったばかりだからな。なのに先輩からも無茶振りとか大変だな」
「あ、あはは...」
助かるのは事実だが仕事が増えたのも久美子自身感じているので反応に困ってしまう
「ハルは出なくて正解」
「ん?」
「絶対選ばれるから」
「それはみぞれもだろ?」
「ううん。ハルの方が確実」
「あ〜...あれ麗奈?」
「ッ!?」
いつもの2人の空間が始まりそうな予感がした久美子はさっさと退散しようとしたところ曲がり角のところから顔だけ出してこちらを伺っている麗奈を見つけた
「どうしたの?」
「久美子こそ」
「私はちょっと先輩達に聞きたいことがあって」
「そう」
「なんだ麗奈。今日も来てたのか」
「えっ...」
いつもの凛々しさをどこかに置いてきたのかたどたどしく出てきた麗奈に春樹が声をかけると麗奈は一瞬にして固まった
「どうして...」
「いやだって毎日のように来てただろ」
「...」
「そうなんですか?」
「うん。いつもはそこから出てこない、けど」
「へぇ〜」
「...」
いつも堂々としてる麗奈がコソコソと先輩達の練習を聞いていたことを知りニヤッとした表情で見る久美子の目線の先でバレていたことが恥ずかしいのかプルプルと震えている麗奈の姿があった
「久美子達はメンバー決まったのか?」
「あ、はい。麗奈と同じグループで」
「やっぱりな」
「知ってたんですか?」
「いや今初めて知った」
「え?じゃあなんでわかったんですか?」
「同じところから、2人の音してたから」
春樹とみぞれは日に日に聞こえる音が増えていたのは当然、どのグループにどんなメンバーが集まったのか大体検討がつくほど音を聴き分けていた
「す、すごいですね...」
「1年、2年と聴いた音だからな」
「黄前さんと高坂さんのは、わかりやすい」
「ッ!ありがとうございます!」
2人しては別にそんなつもりはなかったが勝手に尊敬する先輩2人に褒められたと勘違いした麗奈は大きく感謝を述べた
「あの!」
「どした?」
「もしよろしければ練習を見てもらえませんか!?」
「無理」
「...」
「麗奈!?」
みぞれの返答を最後にさっきの喜びから一変、この世の終わりのように目に光が消え倒れそうになる麗奈を即座に久美子が支えた
「こらみぞれ。また言葉不足だぞ」
「?」
「すまんな2人とも。実は曲へのアドバイス含めて俺達が練習を見ることは禁止されてるんだ」
「どういうことですか?」
「アンコンオーディションの話が出たその日だったかな。滝先生と松本先生に言われたなんだよ。不平等になってしまうからダメだって」
「そうだったんですね」
麗奈のように落胆な感情などなく納得してしまった久美子
「早めに来た梨々花にも断って泣かれた時はビビったわ...」
「大泣きだった」
「あ〜...想像できちゃいます」
オーディションメンバーを早々に決めた梨々花は誰よりも早く春樹とみぞれを頼って相談に来たのだったが、今のように断りを入れると大泣きを初めてしまったのだ
「他にも何人か来たけど全員断ってる」
「それなら最初に先生も言ってくれればいいのに」
「教えを乞うのもまた上達に必要なこと、らしい」
「なるほど」
確かにこうなるなら最初から禁止とされている方が楽なはずだろう。だがこれも指導の一貫と先生方は見なしているようだ
「ほら麗奈。そろそろ戻れ」
「あ...はい...大丈夫、です...」
「なら、よかった」
「いやいやいや」
明らかにまだいつもの状態には戻っていない麗奈の言葉を鵜呑みにするみぞれに待ったをかける久美子。もうごちゃごちゃだ
「受験が終わったらまた見てやるから。だからはや...「本当ですか!?」...お、おう...」
「絶対ですよ!?約束ですからね!?」
「わかったわかった」
「行くよ久美子。私達も練習」
「えっ!?ちょっ!待ってよ麗奈!」
ようやくいつもの調子を取り戻した麗奈はスタスタとその場を去っていく。なぜか置いていかれてしまった久美子は急いで麗奈を追いかけた
「練習、熱心?」
「そうだな。俺達も負けられないな」
「うん」
オーディションに向けて練習に励む後輩達に負けないよう春樹とみぞれも練習を再開した
久美子達が春樹とみぞれを訪ねた日の次の日の昼休み。3年生の教室がある階の廊下で少し騒ぎがあった
「何かあったの?」
「優子ちゃんと夏紀ちゃんがいつもの言い合い」
「へぇ〜。受験で最近なかったのに久々じゃない?」
廊下の騒ぎを見たりえが同じクラスにいる澄子に報告している
ちなみにこの2人は優子達のように既に受験は終わっている。無事に合格に辿り着いたのだ
「受験終わった組は呑気でいいね〜。ね〜慧菜〜」
「え、えっと〜」
「口悪くなってるよ美代子」
「だってさ〜」
澄子とりえとは反対に今でも机に参考書を広げ目下勉強中の美代子と慧菜がいた
「大丈夫だよ。美代子ちゃんこの前の模試でA判定だったんだし」
「そうだよ。もっと自信持ちなって」
「もう終わった組の嫌味にしか聞こえない〜」
「ダメだねこりゃ」
今の美代子には何を言ってもマイナスに捉えれらてしまいそうだと感じる澄子
「美代子が来週で慧菜がその次の週だっけ?」
「うん」
「そうなの。はぁ、日にちを確認する度にドキドキする...」
「全国のステージにも上がってるんだから慣れてるでしょ?」
「それとこれとは違うの!」
同じ緊張でも全国の舞台と受験というものは違うらしい。澄子とりえはこれ以上美代子の気に触らないよう廊下の様子を見にいった
「なに勝手に人の名前書いてくれちゃってんの!」
「優しさでしょ〜。夏紀先輩はお気持ちだけで十分なんで大丈夫です、って言われないための」
「そんなこと言ってウザいOG化してんのはアンタの方なんじゃないの?」
廊下には3年の間では珍しくもない優子と夏紀が言い合いをしている光景。そこには後輩である久美子と奏の姿もあることから吹奏楽関係と察した澄子とりえ
「黄前ちゃん、こんな先輩に遠慮なく言っていいからね。ウ・ザ・いって!」
「誰がよ!」
「それで、参加の方は...?」
「別にいいけどできたらこいつと別だと嬉しい」
「はぁ〜!?今なんて言った〜!?」
「だ〜か〜ら、アンタと一緒は嫌って言ったの」
「あ、アンタって!!」
まだまだ続く言い合い。ただそんな先輩2人を放置して久美子と奏は退散した
「なにやってんだか後輩の前で」
「でもなんか久しぶりだねこういうの」
「確かに」
「部活やってるころは毎日のように見てたからね〜」
「あ、えるちゃん」
「やっほー」
教室の窓から廊下の様子を見ていた澄子とりえの元に別クラスのえるがやってきた
「全国終わってからそんなに経ってないのにもう懐かしく感じちゃうね」
「そうだね〜」
「最高の終わり方はできたけど、できるならもっと一緒にやりたかったね」
3人それぞれ部活をしていた時の思い出を思い浮かべる。楽しかった瞬間、大変だった瞬間、いろんなことがあったと3人共通して考えていた
「なんか、卒業してからも集まりたいよね」
「そうだね」
「それなら大丈夫みたいよ」
「え?」
「どういうこと澄子ちゃん」
「春樹が考えてくれてるんだって。このメンバーでまた演奏がしたいって」
「そうなんだ」
「春樹くんが」
これでお別れ、終わりというわけではなくまた次もあると知れて無意識にも口角が上がってしまうりえとえる
「まぁえるはその前に頑張らないといけないものがあるけどね」
「...。さ〜てと、そろそろ戻ろっかな〜」
「えるちゃん...」
聞いての通りえるもまだ受験が終わってない勢。しかも少し不安が残ってそうだ。そんなえるのわかりやすい変わりように少し呆れてしまうりえ
「言ってくれれば手伝うからちゃんと頑張って」
「わ、わかってるよ〜...」
えるはこれ以上言われるのはまずいと思い自分のクラスに戻った
「大丈夫なのかな...」
「あの子も2年全国のステージに立ってるんだからやるときはやる子よ。職員室に通ってるのもよく見るし」
「そっか。あとは春樹くんとみぞれちゃん...は大丈夫そうだね」
「あの2人は誰よりも心配ないでしょ」
「そうだね。愚問だった」
澄子とりえだけじゃない。優子達他の吹奏楽メンバーはみんな春樹とみぞれの音大合格を信じて疑ってはいなかった