「おはよーみぞれ」
「おはよ、ハル」
北宇治高校を卒業し無事に音大生となった2人は卒業と同時に大学近くで同棲を開始。音大入学のお祝いとして防音室付の3LDKを両家から用意したと言われたときは春樹はもちろんさすがのみぞれも目を見開いて驚いた
「朝ごはんできてるよ」
「ありがと」
音大生となって3ヶ月が過ぎ高校ではサンフェスも終わり地区大会に向けての練習真っ盛りと考えつつも大学の課題やらレッスンやらに明け暮れていた
「今日はみぞれがレッスンの日だったな」
「うん」
「まぁみぞれなら問題ないでしょ」
「わからない。でも、頑張る」
音大が一般の大学と違うところと言えばこのレッスンがあることだろう。音大では大まかに座学系と実技系、そしてレッスンがある。座学に関しては一般教養に加えて音楽史など音楽に関わることを学ぶ。実技はその名の通り専門楽器の授業。そして週に1度の個人レッスン。専門の先生から直接教わり実力向上を目指すものだ
「ハルは、大丈夫?」
「実技とレッスンは全然。でも座学がヤバいな。音楽の歴史なんて考えたこともなかった」
「確かに大変」
音大に入ったからと言って座学をないがしろにしていいわけはなく今まで触ったこともない分野を1から叩き込まれている気分の春樹は座学に嫌気がさしそうだった
「一緒に頑張ろ?」
「みぞれが一緒でホントよかった」
これが1人暮らしだったらもしかしたらだらけていたかもしれないところをみぞれがいることによって一緒に進めることができて春樹にとっては大変助かっていた
「食べた後、ちょっと練習しても、いい?」
「もちろん。オレ片付けとくから部屋使っていいよ」
「ハルと一緒じゃ、ダメ?」
「すぐ片付けるから待っててくれ」
「うん。私も手伝う」
大学生となっても2人の熱は冷めることを知らなかった。みぞれに至っては同棲できたことがあまりに嬉しかったのか1週間ほどいつのも落ち着きを取り戻せないかった
「そうだ、今度ウチの親が様子見に来るって」
「様子?」
「ちゃんと生活できてるかだってよ。高校の時からほぼ1人暮らしみたいなもんだったし、みぞれもよく来てたから半同棲な感じだったらか心配することないのにな」
「じゃあウチも呼ぶ?」
「あーいいかもな。オレのとこがそうならお義母さん達も心配してると思うし、いっそのことこっちから招待するか」
「うん。喜ぶと思う」
「じゃあウチの親が来るって言ってる日をお義母さんに伝えて予定が合うか確認しないとだな」
「そうだね」
同棲は1人暮らしとは違い人と生活を共有しなければならなくなる。いくら恋人と言えど他人が自分の生活スペースに入ってくるため今までの生活とはまったく違ってくる。本来ならそこで食い違いやら価値観の違いで対立することがあるだろうが、2人の両親とも春樹とみぞれの同棲にそんな心配1ミリもしていなかった。それほどお互いがお互いの子供を信頼できる関係を築いていた
「うし、終わり。ありがとみぞれ」
「ううん。私の方こそ、いつもご飯とかありがと」
「好きでやってることだからな」
「大変じゃない?」
「みぞれも手伝ってくれてるから大丈夫。逆に勉強のストレス発散とかになってるから」
「そうなんだ」
「じゃあ出る時間まで吹こっか。着替えてきな」
「うん」
現在朝の6時。1限開始が9:00で家から大学まで徒歩15分なので一般の人達からすればあまりにも早い起床だと思われる。ただ中学時代から早起きの生活を繰り返してきた2人にとって逆にこの時間に起きないと体が重くなってしまう
「お待たせハル」
「全然待ってないよ。今日もかわいいなみぞれ。やっぱりみぞれはワンピースとスカートが似合う」
「ありがと。ハル今日髪違う?」
「この前みぞれがいいって言ってくれたグリースつけてみた。どう?」
「うん、かっこいいよ」
「そらよかった。じゃあ始めよ」
「うん」
朝食を終えて準備に大体30分ほど有し出発までの2時間ぐらい朝の練習に費やしている2人。日中はほぼ大学で授業やレッスンがあり高校時代のように2人きりで練習する時間が滅法減ってしまったため2人にとってこの時間は大切なものとなっていた
♪~♪~♪~♪~♪~
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高校時代よりもさらに凄みを増した2人の演奏。新山先生の推薦ともあって入学前から教師陣から注目されていた2人の実力は想像以上のものだったと噂になるほどだった
「いつも通りきれいな音色だな」
「ハルの音、学校のときより優しい気がする」
「そう?やっぱり大勢の時とみぞれと2人きりの時とじゃ変わるのかも」
「それは、ズルい」
「なんでだよ」
「もう一回」
「んー?」
ちょっと不貞腐れた感じを出すみぞれはその理由は言わず練習を続けた
大学の授業の1限、2限が終わりお昼。春樹とみぞれはいつも利用している中庭の芝生の日陰スペースにシートを敷いてバッグを置き春樹作のお弁当を取り出した
「2人ともお待たせ」
「ごめんなさいね」
「大丈夫」
「界人も直美もおつかれ」
檜山 界人と芹澤 直美。2人は音大に入学してからできた春樹とみぞれの友達。界人と直美は同じ高校でしかも幼馴染だそうだ。4人共わちゃわちゃした雰囲気を好まず今のように静かな場所で春樹とみぞれが食事をしていたところにたまたま出会っていろいろ話しをしたところ意気投合した仲だ
「見たぞ直美。この前の実技テストこの時期じゃクラで過去最高得点。すごいな」
「おめでとう」
「ふん。歴代最高のオーボエ二重奏新入生なんて呼ばれてるあなた達に言われても皮肉にしか聞こえない」
「なんだよーせっかく褒めてんのに」
「直ちゃんこういうの慣れてないから。それに極度のツンデレだし」
「それはわかる」
「余計なこと言わないでいいのよ界人。あんたはもっと精進しなさい」
「わかってるよ」
「界人だって別に文句ないだろ」
「他の子のレベルに合わせるのを止めろって何回も言ってるのよ」
「あーそういう。直美嫌いだもんなそういうの」
「周りの低レベルに合わせて何の得があるのよ」
「孤高の王女様」
「んっ!やめてよ鎧塚さん!」
「いいぞみぞれー。もっと言ってやれー」
「調子に乗るな!」
クラリネット奏者の直美とティンパニー・打楽器奏者の界人。2人とも春樹とみぞれのように1年生ながら実力は相当なもので直美に関しては既にプロレベルとも噂されるほどだ。ただいくらか協調性に欠けており周りがどんなレベルの演奏だろうと自分を貫き通すその姿から「孤高の女王様」なんてあだ名がついてしまうくらいだった
「はぁ。ぶっちゃけ期待外れもいいとこよ」
「またその話か。別に直美にとってここは通過点なんだからいいだろって」
「私の貴重な時間に下手な音はいらないのよ」
「相変わらずだね直ちゃんは」
「間違ったことは言ってない。はぁ」
「ため息は、幸せ逃げるよ?」
「大丈夫よ鎧塚さん。こんな学校でもあなた達と出会えた。それだけはホントに幸運だって思えるわ」
「ありがと?」
「時たま疑問形の返事するよね鎧塚さんて」
「かわいいだろ?」
「あーそうだねー」
春樹とみぞれが付き合っていてしかも同棲までしていることは直美も界人も聞かされていた。たまに練習に熱中して帰るのが遅くなってしまった際は厄介になってるぐらいだ
「早くあなた達とセッションがしたいわ」
「それは俺もみぞれも思ってる。早く直美と界人と合奏してみたい」
「もう少ししたら混合もできるんじゃない?」
「でも木打だと結構限られるぞ。それにオレとみぞれは楽器被ってるし」
「別にそこが目標じゃなくてもいいでしょ」
「なら、定期演奏会か」
「わかってるじゃない」
この大学では毎年決まった時期に演奏会が催される。毎年各学科で教員が目を付けた学生がオーディションを受け合格したものが立てる晴れ舞台。その話を春樹がすると直美は不敵な笑みを見せた
「この学校で1年生から演奏会に出た例はまだ少ない。それにソロとなればもっと少ないらしいわ」
「そう、なんだ」
「よく調べたね直ちゃん」
「昔来たことがあるのよ。そこで聞いたのを覚えてただけ」
「なるほどね。じゃあまずは演奏会メンバーに全員でなるのが目標にしとくか」
「うん」
「3人はもう決まったも同然じゃない?」
「界人だって大丈夫だろ」
「あなただけ脱落なんて言ったら許さないから」
「おー怖い。頑張りますよ」
直美から頻繁に圧力をかけられている界人。ただそれを嫌がることはなくむしろ練習の活力にしている
「コンサートはどうするの?」
「んー」
「ハルがやらないなら、私もいい」
「一応は出る予定。どんなものかは知りたいし」
「春樹くんはその気ないの?」
「独奏に魅力を感じないんだよ。ぶっちゃけソロにも興味ないし」
「前にも聞いたけど珍しいよね。普通はその座につこうって頑張るはずなのに」
「オレがソロじゃないならみぞれだし。ならみぞれの音一番近くで聴けるからいいやって」
「私も、ハルのソロ聴きたい」
「なら頑張るしかない」
「相変わらず変な関係だこと」
「直美に言われたくないな」
「どういう意味よ」
「直美と界人の関係だって結構特殊だろ」
「あー」
「納得しないで界人。ただの幼馴染でしょ」
「ただの幼馴染で、プロまで一緒宣言?」
「だよなー」
「こんな才能あるやつが埋もれてるのは音楽業界にとって損なだけだからよ」
「はいはい。そういうことにしておきますよ」
「なによそれ」
高校時代一時期楽器から離れていた界人を友達の力も借りてまた吹奏楽の世界に引っ張り出した直美。その他にもいろんなエピソードを聞かされてプロになって直美が満足するまでは一緒にいてもらう宣言をされたとなれば"ただの幼馴染"とは到底思えなかった
「鎧塚さんこの後レッスンだっけ?」
「うん」
「ここのレッスン制度なんとかならないの?埋まりすぎててこっちのスケジュールめちゃくちゃ」
「生徒数に対して教員の数が少ないらしいからしょうがないんじゃないか?」
「だったらそれに合わせて変えるべきでしょ」
「そうだな。ただ学校全体となったらそう簡単に変えるわけにはいかんでしょ」
「はぁ」
「直ちゃんいつでも教師の人とケンカしそうで怖いよ」
「しないわよそんな幼稚なこと。やるなら一方的に論破する」
「直ちゃんならホントにしそうなんだよね...」
音楽のことに関してその真剣さ故間違ってることは間違ってる、嫌なことは嫌、損なことは損とはっきり言ってしまうため楽しく緩く音楽をやっている人とは相入れなかった。ただ春樹もみぞれも高校時代に同じような性格の後輩がいたので直美の性格をスッと受け入れられた
「そろそろ時間だし解散するか」
「そうだね。次は4限かな」
「鎧塚さんレッスン頑張って」
「ありがと。また後で」
お昼も終わり3限開始の時間が近づいていたので4人は解散。春樹とみぞれはレッスンを行う教室へ向かった
「じゃあ俺は近くの空き教室で課題進めてるな」
「うん。終わったら連絡する」
「りょーかい」
春樹はみぞれの後頭部に手を添えて額と額を合わせた
「頑張ってな」
「うん。ありがと」
手を離しみぞれがレッスン室に入るまで見送った春樹はその場を離れた