Fate/Grand Order―頽廃腐敗都市新宿―   作:ばるく品

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第二話

 入りくねった路地の地下、隠れるように存在するバーに二人はいた。もっともバーテンダーはおろか、彼ら以外にはだれもいない。一人は黒装束の男。上半身に不自然に浅黒い肌をさらし、刈り込まれた白髪が目立つ。もう一人はところどころ黒い染みがついた赤いドレスの少女。男は壁によりかかり、少女はカウンターの椅子にちょこんと腰かけている。

「ここは俺が使っている隠れ家だ。食料は好きに使え。俺には必要ないからな」

男は少女に横目で視線を向けながら言った。

「改めて、あり、ありがと、う」

 少女……のように見える立香はたどたどしく礼を言った。普段の地声とはまるで異なる少女のような声音に、つい言葉がつかえてしまう。

 そのまま会話が途絶えた。男は相変わらず立香を見つめたままで、立香は自身の異常状態に気をとられていつも通りのコミュニケーション能力を発揮できず、気まずい雰囲気を味わっていた。立香がこのまま永遠に沈黙が続くような錯覚にとらわれ始めた矢先に、男が入り口に向かって歩き出した。

「え、あ、あの……」

 立香が男に声をかけた。男は振り向きもせずに出口の階段に足をかけたまま答える。

「周囲を見てくる。今夜は騒がしいからな。不意の事態がないとも限らん」

 そしてその姿が見えなくなって、扉が開いた音がした。

「……ついでに、適当な服でも見繕ってこよう。いくらなんでも、血染めでは気分が悪いだろうからな」

 一人残された立香は少しの間呆然としてていたが、気を取り直して食料を漁ることに決めた。腹が減ってはなんとやら、彼一人の気力が満ちたところでできることなど限られているが、それはそれ。キッチンの戸棚の酒類をかきわけつつ、ふと立香は呟いた。

「それにしても、ずいぶん優しかったな……エミヤオルタ」

 

 隠れ家を出た男――エミヤオルタは、ビルの屋上から周囲を警戒しながらも、その内面は捉えどころのない感情が渦巻いていた。彼は、なぜあの場であの少女を助けたのか、自身にも説明ができずにいた。

 この頽廃した街において、ありふれた光景だったはずだ。そんなものにわざわざ関わりに行くほど、この自分はお人好しではないはずだった。生きるために奪い、気を紛らわすために辱める、どこまでいっても凡庸な悪。そんなものに感傷を誘われるほどの精神は、既に溶け落ちている。

 それでも、とエミヤオルタはぼんやりと考える。彼がたまたま出くわしたあの少女。奇妙な魔術回路の反応に引き寄せられたのは、単に確認のために他ならなかった。善悪の価値観すら擦り切れた彼は、警戒を要するほどの事態ではないことを確かめたならそのまま立ち去るつもりだった。だが、少女の顔が表通りから差し込む光に照らされた瞬間、彼は銃を構えていた。自分が何をしているのか疑問を感じるのと、指が引き金を引いたのはほぼ同時だった。

 結局彼女を自身の隠れ家に連れ帰ってきてもまだ、彼は自分がやっていることが呑み込めていなかった。このまま置き去りにして隠れ家を代えても良かった。けれど、自分がその選択をする気がないことも気が付いていた。自分はいったいなにをしているのか。それすらわからないほど摩耗してしまったろうか。

 とりとめのない思考。戦闘時とは打って変わって能率の落ちたぼんやりとした考えから、彼は強引に意識を反らした。見つめる先にはネオンの光と、それに吸い寄せられた羽虫のごとき有象無象。ふと、視界の片隅に入った看板が彼の意識をとらえた。少しのあいだ考えこむと、彼はビルの屋上を跳んだ。そしてそのまま常夜の街の喧騒のなかにその姿は消えていった。

 

「いや、確かに替えの服はありがたいよ。そしててんぱってて情報共有をしていなかったのも俺だけどさ……」

 藤丸立香は戻ってきたエミヤオルタが持ち帰った『服』を机の上に広げて思わず呻いた。赤を基調としたシンプルな洋服。ブティックの廃墟でも漁ってきたのか、なかなか品がいい。デザイン性にエミヤオルタのチョイスがどの程度影響しているのかは不明だが、彼らしく実用性を備えた物を選んできたということか。

 

 ボトムが、スカートでなかったならば。

 

立香は頬を引きつらせながら途方にくれ、エミヤオルタはその様子を見つめる。その脳裏には確かに感傷と呼べるようなものを感じていたが、彼にはそれを掴み取ることは適わなかった。

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