本気出せばシオン君はあっというまにミンチです。
なおシオン君はもやしです。
どれくらいもやしかというと、パチュリーよりもやしです。本の角で殴れるパッチェさんのほうが強いレベルです。
【エヴァンジェリン】
「よぉ……遊んでくれよ、クソ吸血鬼ィ!」
まるでチンピラのような。
しかし鋭く重い殺気が込められた『奴』の言葉に、私は飲まれてしまった。
それはわずか一瞬、瞬きをする間ほどであったが、確かに私は飲まれてしまった。
誰だコイツは。なんだコイツは。
コイツは本当に。
馬鹿げた火力を持つ、見たことのない魔法を使った……ただそれだけの。
それでも私にとっては、やはり前座にしか過ぎない存在だった者なのか?
今はまるで、獰猛で狡猾な蛇に睨まれたかのような重圧感を感じる。
全身を締め付け、背筋を伝い、喉元を引き裂かんと
「『
奴の雄叫びで我に返る。
そこでようやく私は僅かな間とはいえ『奴』に圧倒されていたことを自覚した。
その僅かな間を。ほんの瞬きをする一瞬を、しかし奴は見逃さなかったのだ。
意識の隙間を縫うように迫る蛇の貌を模した奴の得物―――たしか『ウロボロス』と言ったか。
虚を突かれた私では到底躱すことはできないだろう。
しかし、私には身を護るための魔法障壁がある。真祖たる私の障壁を打ち抜ける者などそうはいない―――
ふと何かが砕け散るような鈍い音が響き、私の視界が逆転した。
『ウロボロス』が障壁をものともせず私に喰らいついたのだと気づいたのは、そのまま地面へと叩きつけられた後だ。
「――っぐぅ!」
なんだこれは。なぜ私の障壁が破られている?
いや違う、破られたのではない…すり抜けた?
それも違う。ともかく、私の障壁は『ウロボロス』に対して、なんの効力も及ぼさなかった。
まるで、『理の外』から空間ごと攻撃を加えられたかのような―――
「おー痛そ。大丈夫? ねぇ大丈夫? ヒャーッハハハァ!」
奴は心底、面白いものを見たように私を見て嘲笑う。
本当に先程とは別人だ。
決して軽くはない苛立ちを覚えながらも、私は立ち上がろうとして。
ハタと気づいた。
力が入らない。寒気もする。
何か私にとって大事な、私を構成するにあたって大切なものをごっそりと削り取られたかのような―――まさか!?
「―――精神! 貴様は、貴様のその『ウロボロス』は精神にダメージを与えるのか!?」
驚愕を拵え、ふらつく足で地を踏み締めると。
視線を走らせた先では、既に『奴』が迫っていた。
「癖になりそうだろ?」
弾丸のように迫る奴の速さに、混乱と精神のダメージから来る慣れない疲労に鈍った私の思考では追いつけない。
悪手だと内心で自身を罵倒しながらも、咄嗟に繰り出した私の拳は。
魔力によって底上げされた真祖の拳は、しかし奴に届くことなく宙を掻く。
「ヒヒヒ…おぉ~怖い怖い~。『
「『
そのまま奴はカウンター気味に私を引き裂こうと迫るが、無論そのまま引き裂かれるつもりもなく、咄嗟に『
しかし、『ウロボロス』の鎖を収縮することによる高速移動。予想外の速度を持って、爆風により体勢を崩した私に、一気に密着してきた奴はニタリと笑った。
「所詮は縛られた体か、クソ吸血鬼……そのまま死んどけや。『
獲物を狩る蛇のような動作で私の喉元を掴んだ奴の両手を通し、私の魔力が奪われていく。
まさかここまでとは。完全に予想外だった。
手を抜いて相手をしていいような存在ではなかった。
素人かと思えば、チグハグな印象こそあれど、歴戦の猛者のような。
技術も動きもぎこちない癖に熟練している。
なんなのだコイツは。
ふと奴の顔に視線を向ける。
嗜虐心。愉悦。
奴はこの状況を愉しんでいた。他者を嬲ることに喜びを感じていた。
まさに悪鬼。
なるほど。よくわかった。
タカミチがなぜこんな化物をぼーやの護衛にしたかはわからんが。
コイツは私が全力を出すに値する。
もっとも、これが奴の全力なのであれば数秒とかからずに潰せるが…もはや油断はしまい。
本気で捻り潰そうと頭を切り替え、魔力を開放―――
「マスター!!」
する前に、第三者が乱入した。
茶々丸――私の従者が、『奴』に殴りかかろうとしていた。
私が危険だと判断したのだろう、よくできた従者だ。
だがこの瞬間に限っては違う。
来てはいけない。
茶々丸がどうにかできる相手ではないのだ。
「来るな!茶々丸!!」
「おや? 最近――いや、麻帆良のゴミは動くんですか? でもま、ウゼェよ死ね!」
奴の行動は素早かった。新たな獲物を見つけたと言わんばかりの笑みを顔に張り付けたまま茶々丸を舐めるように睨めつけ。
私の喉元から手を離し、私が動く間もなく茶々丸の懐に蛇の如く潜り込む。
そして。
「茶々ま―――ッ」
「『
耳に残る、嫌な音が響いた。
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!??」
悲鳴が上がり、ドサりと倒れこむ。
シオンが。
「えっ」
「えっ」
思わず茶々丸とともに驚きの声を上げてしまう。
奴は地面をのたうちまわり苦悶していたが、しばらくすると、ぐったりして動かなくなった。
「……マスター。どうやら、その。股関節が外れているみたいです」
「……そうか」
ますます、私はコイツのことがわからなくなった。
なんなんだこいつ。毒気を抜かれると同時に、今更こいつがどんな奴なのかものすごく気になってきた。間違っても関わり合いたくなどないのだが、ものすごく気になる。
まあ、いまのところは茶々丸の無事を喜ぶとしようーーー
【ネギ】
「すげぇ…」
傍観する僕達の心境を代表して、カモくんが呟いた。
片やお尋ね者の大魔法使い。それと対峙するのは僕の護衛。
どちらも、尋常な強さではなかった。
息を飲む暇も無いような攻防が続き、このまま終わらないのではないかとすら思った。
見たことのない武器を手足のように操るシオンと、圧倒されながらも正確にそれを対処しどこか余裕の見えるエヴァンジェリンさん。
これが、本物の魔法使いの戦いなのだ。
しかし、長く続くかと思われた戦いは、唐突に終わりを告げた。エヴァンジェリンが『
「っ、追いかけよう!」
建物の影になって見えなくなってしまった二人を追いかける。
しかし。
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!??」
シオンが、倒れていた。
それを見下すように眺めているのは、エヴァンジェリンさんと。
「茶々丸…さん?」
「やっぱり出てきやがったか!二人がかりじゃ、さすがの旦那も…!」
そんな、シオンが…あんなに強かったのに、こんなあっさりと…!
そこでふと、あるものが目に入った。
僕の杖だ。
初心者用の、予備として用意しておいた杖だ。
どうやら、シオンの家で落としてしまったらしい。
そこでようやく、僕は思い至った。
「やっぱり、シオンは僕のために戦ってたんだ…!!」
エヴァンジェリンさんは悪名轟く大魔法使いだ。
そんな相手に挑む僕を、シオンは諌めた。
僕は言う事を聞かずに、出て行ってしまった。
きっとシオンは初めから、僕の代わりにエヴァンジェリンさんと戦うつもりだったんだ。
シオンが自室にこもって何かを作っていたのを思い出し、きっとこの時のためにいろいろ準備していたのだと悟る。
でも僕が出て行ったから。杖を落としたから。
シオンは慌てて僕の跡を追ったのだろう。
準備もままならぬ状態で。
それでもエヴァンジェリンさんと戦って。
そして、茶々丸さんに奇襲をかけられて、負けた。
「僕の…せいで…!」
ふと、村でのことを思い出す。あの時もネカネおねえちゃんの言う事を聞かなかったから…!
「僕が、言う事を聞かなかったから…!」
シオンがこんな目にあってしまうなんて。
明日菜さんの言葉を思い出す。
―――もう、一人でなんでもできるなんて思うんじゃないわよ!
おねえちゃんの言葉を思い出す。
―――シオンならきっとあなたを護ってくれるわ。
「…明日菜さん」
「…えぇ。いくわよ、ネギ!」
震える足に気合を入れる。
勝てば父のことを教えてくれるという。
だが、今この瞬間だけは、それがどうでもいいことに思えた。
相手は賞金首。悪の魔法使い。
それがなんだ。シオンは彼女に挑んだぞ!
僕のために!僕はそれに応えたい!
シオンと戦って消耗だってしてるはずだ!
彼女に勝って、シオンに謝るんだ!
エヴァンジェリンさんとも仲良くなって、みんなで仲良く話すんだ!
だから父さん、僕に力を貸してください!
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テルミinシオンによる、遊んでくれよクソ吸血鬼のポーズ
蛇翼崩天刃:踏み込みながら体をひねり、相手を高く打ち上げる蹴りを放つ技。つまり関節がもげる。
シオン式ウロボロス:技術や経験、人格まで『テルミ』を再現する。だけど肉体強化なんてしません。つまりもやしのままです。
分かりやすくいえば、憑依合体のようなものです。
★付は挿絵ありになります。
6話にもございますので、よろしければ