人類史を遡る長い旅路の記憶を一部失った主人公。彼はその後聖杯によって過去が再現された世界で記憶を取り戻す旅に出る。
これは失われた過去を取り戻す物語。
プロローグ
私があの人のことを忘れた時なんて無い。
周りが炎に覆われている中で私の手を握ってくれた時からずっと私を守っていてくれたあの人。
いままで平凡に過ごしてきたはずなのにある日いきなり背負わされた人類の未来。
それを守るために最後まで戦い続けた彼の不屈の精神はどれだけ私を支えていてくれただろうか。きっと、数多の魔神柱や獅子王、ビーストだって彼と一緒じゃなかったらどこかで逃げ出していたかもしれない。そんな彼の隣にいつまでも居たいと思っていた。
………でも今、あの人のそばに居るべきなのは私じゃなくて彼女だ。
だから、こんな想いなんて捨てて私は消えるべきなのかもしれない。
でも、
それでも…
それでも私の、この想いを…
※※※
いつの間にか辺り一面暗闇の場所に俺はいた、そして周りを見渡した時にポツンと一人で、見慣れた少女が立っていた。
いつ見ても汚れの一つも無い美しい薄い桃色の髪。
戦いが怖くて、いつも足が震えているのに
「私は大丈夫です、先輩がついていてくれるなら。」と言って微笑み、一年間戦い続けてくれた大切な後輩。
そして彼女の名前を口にしようとした時、急にずしんと体に重しが乗ったかのような感覚が襲い、全身が動かなくなった。
それだけではない、必死に声を出そうとしてもかすれた、吐息しか出てこない。
そんな俺の様子は見えていないのか彼女が背を向けて歩き出した。
いかないでくれ、と必死に叫ぼうとしても喉を振るわすことができない。
するとその時急に彼女がこちらに振り向きその瞳で俺を見た、そしてその顔の表情に俺は凍り付いた。
無表情、という生易しいものではない。もっと冷たく、感情を何一つ感じさせない表情だった。
ここまで来てこれは夢だと気が付いた。俺の知っているその少女はこんな表情をしたことなんて一度も無く、そして何より…
「先輩」
あぁこの先の言葉を俺は知っている
「私のマスターはもっと優秀な魔術師がよかった。」
そう、何より彼女はこんな言葉を言ったりはしない。
「私はいつまで先輩の子守をしていないといけないのですか。」
分かってはいるのだ、でもそれが分かっていても夢が覚める訳でもなく、俺はその言葉を黙って聞くしかない。
「私は先輩が嫌いです。」
が、最後に彼女が言う言葉を思いだし俺はその言葉を聞くまいと耳を手げ覆おうとする。しかしその意思と反して腕はぴくりとも動かない。
「終局特異点ソロモンでのゲーティアとの戦いだって。」
嫌だ嫌だ嫌だ、もうそれ以上言わないでくれ
「先輩よりも優秀なマスターだったら私やドクターだって死なずに済んだかもしれないのに。」
気付いたらいつの間にか体中を覆っていた重さが無くなり、声も出るようになっていた。
そして俺はその場で叫んだ、その先の言葉を拒むように。
「俺は!…俺は確かに、終局特異点では××の何の手助けも出来無かった…でも、俺だってあの後××の盾を持って必死に。」
こんなのは言い訳だ、俺があの後何をしていたからってロマンにその命を使わせてしまったこと、そして彼女を死なせてしまったことは変わらないというのに。
でも、そんな醜い言い訳をしてでも俺は最後のあの言葉だけは言って欲しくなかった。
彼女は俺の言葉など全く耳に入っていないようで俺の言葉などお構いなしに話しだす。
「先輩が無力だから、先輩に戦う力が無いから、私たちが身を挺して戦って命を落とすのです。」
そしてついに、その言葉が彼女の口からこぼれる。
「おまえが、私を殺した。」
※※※
目が覚めた。眠気の一つも無く、それでいて最悪の目覚めだ。服は汗だらけで体中に鳥肌が立っている。時計を見てみると時間は午前6時を指していた。普段は7時くらいにマシュが起こしに来てくれてみんなで朝食を、とそこまで考えた時にさっきまで見ていた悪夢の中のマシュが頭にちらつく。
「夢?あぁそうか、俺はまた...」
あの夢を、見ていたのか。
とその時手のひらにポタリ、と一粒のしずくが落ちた。
「くそっ...情けない。」
夢の内容を全て覚えている訳ではないがいつも悪夢だったということと、夢の中の少女が言った最後の言葉だけ強く印象に残っている。
「マシュ...」
考えるほどに目頭が熱くなるが、もうすぐマシュが起こしに来てくれるのにこんな弱ったところは見せられない。そうと決まれば、と顔を洗いに行くために部屋の扉を開けて…
※※※
ピピピピ、と聞き慣れた電子音が部屋に響く、カルデアの朝七時を知らせるアラーム音だ。私はこの音がなくても自然にこの時間に起きてしまうのだけれども、カルデアのスタッフには朝起きられない人がある程度居るらしく、その人たちのために鳴らしているアラームらしい。今は緊急の招集があるわけでもないのでわざわざこの時間に起きる必要は無い。
でも先輩を起こしに行くことを毎日楽しみにしている私にとってはこれ以上無い口実として使っている。そして寝間着から着替えて廊下に出る。
今日は部屋に入ってもすぐには起こさずに、先輩の寝顔を眺めてからにしよう…とここまで想像して口元がにやついているのに気づき、あわてて表情を戻す。
そんなことをやっていたら何だか恥ずかしくなり前をあまり確認せず、早足で歩いてしまい…
「わっ!あぶ!」
「ん?きゃあ!」
ドスン、と目の前に居る人にぶつかってしまった。
「すみません!考え事をしていたら…って先輩!?」
そこには部屋を出てすぐの先輩が立っていました。
※※※
「…ごちそうさまでした。」
そう言って箸を茶碗の上に置き、足早に去ろうとする彼女。
「ま、マシュ、そんな怒らないでよ…」
途端、彼女はぴたりと動きを止めてこちらも見ずに、
「別に怒ってませんので。」とだけ言って去って行った。
しばらくしてから俺も食べ終わり、ふぅ、とため息をついたところで、先ほどまで何もなかった空間に赤い装束で身を包んだ、俺のより背の高い筋肉質の男が現れた。
「なんだエミヤ、いたのか。」
彼の名前はエミヤ。人理焼却の危機が去った現在、殆どのサーヴァントが去って行ったのにも関わらずにマスターを放っておけないからとお節介にもこのカルデアに残ってくれたサーヴァントだ。ちなみにこのカルデアの料理担当をしてくれている。
そんな彼がこちらを不安そうに見つめ
「その…私の今回の料理は口に合わなかっただろうか?」
「え?いやいやそんなことないよ!エミヤの料理はいつだっておいしいよ、というかレパートリーも多いうえに全部おいしいからもう本出せるレベル。」
「そ、そうか…それだけ言われればこちらも作り甲斐が…っとそうではなく。」
コホンとひとつ咳払いをして
「ならばなぜさっきあんなにマシュ・キリエライト嬢は不機嫌そうに食事をしていたのだ?」
「それが…その、喧嘩しちゃって。」
「ほう、鬼や古代ウルクの英雄王とさえ打ち解けていた君がまさか最も親しいサーヴァントと喧嘩とは、何かあったのか?」
「話すと長くなるよ。」
「幸い、このところ戦いも無く少し退屈していてな、時間の事は気にしなくていい。」
そしてまず俺はエミヤに昨日朝のことを話した
-昨日の朝-
「先輩、先ほどは本当にごめんなさい。その…少し考え事をしていて前方への注意がおろそかになってしまって…」
そう言って深々と頭を下げるマシュ。
「いや、けがとかもなかったしマシュが気に病むことはないよ。だからもう気にしないで。」
扉を開け、一歩前に出た瞬間に、前が見えていないマシュが突っ込んでくるとは予想外だったが、そのアクシデントのおかげで朝に見ていた夢はすっかり記憶から無くなっていた。
「ところでマシュ、少し顔が赤いけどどうかしたの?」
「なっ、何でもありません。」
と、言った後に恥ずかしそうに下を向くマシュ。
一体何を考えていたのか気になって仕方が無いが、追求して欲しそうな感じではなかったのでやめておいた。
「そういえば先輩がこの時間に起きるなんて珍しいですね。」
「え?そうかな?」
「そうですよ、…せっかく先輩の寝顔を楽しみにしていたのに…」
ん?後半に言っていたことが小声で聞き取れなかった、一体なんて言っていたのだろう?
「まあ今日は何か目が覚めちゃってね。」
「そうですか、先輩にもそういうことがあるのですね。出会った時から寝ることが大好きという印象だったので少し意外です。」
そう談話をしながら廊下を歩いていると、
「そういえば俺がマシュと出会った場所って…」
「はい、ちょうどこのあたりだったと思います。」
そう、確かカルデアに来たばかりの時にテストを受け、朦朧とした意識の中でマシュがオルガマリー教授の所まで連れて行ってくれたんだっけ。
「ここで目を覚ましたあの時は、まさか目の前の女の子と一年間一緒に旅をすることになるなんて、想像もしてなかっただろうなぁ。」
と感慨深くつぶやくと。
「私も、ずっとカルデアの中の世界しか知らなかったのに、デミサーヴァントになって、先輩と旅をして、見たことのない景色を観たり、いろんな人たちに会ったり…」
「だいぶ変わったよね、マシュ。」
「そうですか?私には実感がないのですが…」
「そうだよ、あの頃の俺はマシュが笑う所なんて想像できなかったし。」
「わ、私そんなに無表情でしたか?」
なんて話しながら歩いていたらどうやら途中で道を間違えていたらしく、少し遠回りをしないといけなくなってしまった、何か話す話題がないかと考えてふと思い当たる。
「そういえばマシュって青い色が好きなの?」
今のマシュの格好は青と白のチェックのワンピースに黄色いカーディガンだ。
そして昨日も確か青色の服を着ていた気がする。
あれ?また何だかマシュの顔が赤い。
「そ、それはその、実は最近何だか青色が頭から離れなくて…」
「なにそれ?新しい病気?」
「違うんです……先輩と青空を見たあの日から、なんです…」
一緒に見た、青空…?
「どうしたのですか先輩?顔色が優れないようですが…」
「あ、あぁ青空ね…」
「…?ところで先輩、私服は無いのですか?いつも魔術礼装カルデアを着ているように思うのですが。」
「あぁそれはね、このところずっと特異点にレイシフトしてばかりで緊急招集がかかる度に私服から着替えるのが面倒で、朝起きたらもういっそ私服を着ずに魔術礼装を着るようになったんだ。」
口に出してみて思ったが、なかなかガサツな理由だな…
しかしマシュは少し心配そうな顔をして、
「確かにこの一年間は多忙でしたからね、でも今は気軽にレイシフト出来ませんから魔術礼装はしばらくタンスにしまっていても大丈夫だと思います。」
と律儀に答えてくれる、なんてよく出来た後輩だ…と感動しているとマシュがこちらをまっすぐに見つめて…
「先輩、あの!その…ええと。」
しばらくゴニョゴニョと声にならない声を出し、やがて覚悟を決めたような顔をして
「今度一緒に服を買いに街に行きませんか…?」
と恥ずかしそうにそんなことを…
え?それってつまり…
「行く、行くよ!てかもう今すぐ行こう!」
でででででで、デートだ!可愛い!後輩と!デート!
「せ、先輩、喜んでもらえたのはうれしいのですが、その…今からというのはちょっと。」
「はっ…と!ごめんごめん気持ちが先走りすぎた、でも絶対に一緒に街に行こう!約束だよ!」
あまりの俺の押しに少し驚いていたみたいだったけどマシュは
「はい、『絶対』ですね。約束忘れたら怒りますよ。」
その時の笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりも輝いていた。
-昨日の朝の出来事終わり-
「この話のどこにも彼女を怒らせる原因が見つからないのだが…」
「…ということがあったらしいんだ。」
「…?…………まさか!?」
「…俺、そのことを覚えてないんだよ。」
今日の朝、また例の悪夢を見てマシュが起こしに来る前に目が覚めてしまい、なぜか少し不機嫌そうなマシュと一緒に廊下を歩いていると、具体的にいつ一緒に出かけられるかと聞かれて…
「そんな約束したっけ?って言っちゃったんだ…」
そう言った時のマシュの悲しそうな顔と、
「先輩……ひどい、です」
と言ったその言葉を、
俺は、一生忘れることは出来ないだろう。
「しかし、本当にそのような約束をしたならば、君が忘れるとは思えない。」
「そうなんだ、そんな飛び上がるほどうれしい事があったなら忘れるなんてあり得ないはずなのに…」
「…約束を覚えていなかった件については、そこに居る話を盗み聞きしているキャスターに魔術的干渉をされたかを観てもらうといい。」
「おお!このダヴィンチちゃんの開発した気配遮断ポーションの力を持ってしても見破るなんて、君なかなかやるね~」
というかエミヤ、気づいてたなら教えてくれよ、と思いつつ。
「で、ダヴィンチちゃん。何か魔術干渉を受けた痕跡とか無い?」
「さすがに君もこの一年で鍛えられたようだね、突然の私の登場にも少しも驚かない。」
ちょっとだけ驚かなかったことに残念がっていたが、すぐに真面目な表情になり、
「うーん、でも君、このカルデアから出たりしていないだろう?それに日頃魔術礼装を着て過ごしている君がそう簡単に魔術の干渉を受けるなんて考えづらいのだけれど」
「この礼装って魔術をはね除ける力でもあるのか?」
「ご名答~!ちなみに君が今着ている魔術礼装は私が作ったものだから、性能は折り紙付きだよ。だがまぁ完全に全ての魔術をはね除ける訳じゃ無いけどね。」
と言った後、
「どんなことにも例外は存在するということ、まぁこの場にあるもので君に干渉しようと思ったら君の持っている聖杯ぐらいかな。」
と付け足した。
しかしダヴィンチちゃんがそう言うのならば、誰かが俺の記憶に干渉したと言う線はほぼ無くなってしまった。
残った線はマシュが言っていたことが嘘だった、というのがあるが…
「初めに言っておくけど、君が夢中になって話しているうちに昨日の監視カメラの映像を調べた、さすがに話している内容までは分からなかったけど…あれを見るにマシュが嘘を言っていた、ということは無いと思うよ。」
いや、調べるまでも無くそんなことはあり得ないと分かってはいた。
そして残った可能性は…
「やっぱり俺がその約束を忘れたって事か…はぁ…とりあえずマシュに謝ってくる…」
「ん~それもなんだか腑に落ちないな~、君がマシュとの約束を忘れるとは考えられない。」
「それについては私も同感だ。」
エミヤとダヴィンチちゃんはその可能性も無いという。
でもだったらなんで俺にその記憶が無いんだろう?考えるほどに謎が増えていく。
…あれ、そういえば前にもマシュと話していた時に、身に覚えが無くて誤魔化したことがあったような?
「ところでその話に出てきた悪夢とは、一体どんな内容だったのだ?」とエミヤが俺に質問を投げかけてきた
「そ、それは…」
正直、話そうか迷ったけど
「…話す前に、この話はマシュには言わないで欲しい。」
この二人なら大丈夫だろうと話すことにした。
「安心してくれマスター、私はこう見えても口は堅い方だ。」
「私もここで聞いたことは誰にも言わないよ。」
そして、二人に、俺の見た悪夢の内容を話した。
「…以上が俺の夢の話だ。」
全ての夢の内容を話し終え、冷静になって振り返ってみるとこんな夢を見てしまった自分が嫌になる。
マシュがあんなことを思っているなんてありえないって分かっているはずなのに。
きっと俺が心のどこかでマシュがそういう風に思っているのではないかという思いが拭えないのだろう。
「恐らく君は不安なのだ、自分の無力さに対する思いとマシュ嬢を一度死なせてしまったことで彼女に嫌われているのでは、という疑念が無意識のうちに心の中で募っていたのだろう。」
「そういう…ことだと思う。」
不安……
そうだ。今までずっとそばに居たからこそ、ソロモンで守れなかったことで嫌われているのでは、と考えただけで怖くて…
「顔を上げたまえマスター。」
「マシュ嬢は絶対に君のことを嫌ってなどいないよ」
うつむいていた俺に、エミヤは力強く宣言してくれた。
「だいたいそんなこと後で本人に聞いてみればいいだろう。」
「で、でも…」
さらにダヴィンチちゃんも少し怒ったように
「君はもっとマスターとしての自信を持ちたまえ、君は確かに魔術師としてはまだまだ未熟だ、しかしどんな困難に直面しても決して諦めずに立ち向かい、数多の英霊と契約を交わし、長い旅路の果てに人理を取り戻したんだ。」
「君ほど仕えがいのあるマスターなどそうは居まい。君が無力だ、と言う連中がいるとしたらそいつらはただ、見る目がないだけさ。」
「ダヴィンチちゃん、エミヤ…」
どうしよう、まさかこんなにも俺のことを評価してくれているなんて…
そう思うと途端に視界がぼやけ…
「ん?どうしたんだマスター、って君泣いているのか!?」
「オカンンン!ありがどうぅぅそんなふうに言っでくれでぇぇ。ダヴィンチちゃんもおおおお!」
「分かった、分かったから泣き止んでくれ!それと私はオカンではない!」
※※※
散々エミヤに泣きついた後、ダヴィンチちゃんに「記憶が無くなっている原因は分からないけど、君とマシュならきっと仲直りできるよ、私もいろいろと調査してみるから、分かったことがあったら知らせる。」と言ってくれた。そういえばプレゼントをあげると言って俺の胸辺りに手を置いていたがあれは一体何だったのだろう?
そして俺はマシュの部屋をめざし廊下を歩いていた。
…原因が分かっていないことについては不安が残るが、それでもマシュと心から向き合う覚悟が出来た。
そしてマシュの部屋の前に着き、
「…マシュ、さっきはごめん。その、いろいろと話したいことがあって…、部屋に入れてくれないか?」
声をかけて見るも、一切反応がない。今どこかに出かけているのだろうか?
と、あたりを見回してみるとちょうどマシュの後ろ姿が見えて声をかけた。
「マシュ~!」
しかし、何の反応も示さない、まだ怒っているのだろうか。
走って彼女の後ろ姿を追う、もう逃げずに打ち明けるって決めたんだ。約束が思い出せなくて本当にごめん、そして…あの時は君を死なせてしまった不甲斐ないマスターかもしれないけどこれからもそばに居てって。
マシュに追いつき、腕をつかもうとしたその時、初めて彼女に陰がないことに気がついた。驚いて立ち止まった瞬間、彼女がこちらに振り向いた。
その顔を見た時、俺は驚いた。
マシュの瞳は青色だったはずだ、なのにその瞳の色は赤い瞳になっていた。
そして俺の意識がだんだん遠のいていき…
※※※
第一節
暗闇の中で
まだ頭が混乱している、ひとまず深呼吸をして、思考を落ち着かせる。
「すぅーはぁー。」
よし、やっとこの状況を飲み込めた。
目が覚めると、そこは夢の中で体験したことのある辺り一面暗闇の世界だった。
予想はしていたが、辺りを見回しても人っ子一人見つからない。
そして、ここに来る至った敬意を思い出す。
確か…そう、俺はマシュと話をするために部屋に行ったその時に、マシュの後ろ姿を見つけて…
あの時見た女の子は、少なくとも今日一緒に朝ご飯を食べたマシュじゃなかった、幽霊なんてものがあるのかは分からないが影がなかったことや赤い瞳をしていたことからも明らかだろう。
そしてきっとここは夢の中。
しかし自分が突然廊下で意識を無くしてしまうなんて、それもマシュと出会った時みたく量子ダイブのテストをしていた訳でもないのに…
「先輩。」
「!?」
今、マシュの声が聞こえたような…?
「こっちです。」
気のせいじゃない、さすがに二度も聞いて勘違いと言うことはないだろう。
そして、その声がした方へ振り向くと…
「え?」
さっきまでは何もなかった空間に、突如として巨大な扉が現れていた。
その扉に向かって一歩、二歩と慎重に歩いていくと、
ゴゴゴゴ……と大きな音を立てて扉は開き、そこから溢れたまばゆい光に思わず目をつむると…
第二節
失った記憶
「目を覚まして下さい、マスター。」
「うお!っと、こ、ここは?と言うかマシュ!?…マシュ?」
声からしてマシュだと信じて疑わなかったがその姿は俺の知っているものとはまるで違った。
「赤い瞳に長いストレートの髪…俺の知らない間に霊気再臨でもした?」
そんな俺の言葉にその少女はクスリと笑うと穏やかな、でも少し寂しそうな顔でこう言った。
「私はマシュ・キリエライトという者ではありませんよ。」
「じゃああなたの名前は?」
「え!あーえっと…そう、なぜか頭が混乱してしまってうまく思い出せないのです。」
…誤魔化し方下手だなー。
しかしこの少女、怪しいと普通なら思うだろうが、この少女は何だか信頼が出来る気がした。やはりマシュと雰囲気が似ているからだろうか?
「あぁでも私が何者なのかは分かります、私はこの世界の案内人です。」
この世界、とはどういう事なのだろうか。
「というかマスター、そろそろ周りの光景に何か思いありませんか?」
という言葉を聞き、辺りを見てふと気づく。
地面は見渡す限り草原で、気温は春のように暖かい。そして少し向こうには兵隊が一人、ここって確か…?
「もしかしてここはオルレアン?しかも100年戦争真っ只中の。」
「よく分かりましたねマスター、この場所に着いた時のことは覚えていてく…じゃなかった、覚えているのですね。」
…。
「君ってやっぱりマシュでしょ、声や顔もそっくりだし。」
「いいえ、それは違います。」
これだけは完全否定のようだ。
だがまだ疑問はつきない。
「しかし何で俺はこんな所に連れてこられているんだ?それとさっき言っていたこの世界とはどういう意味だ?」
「そうですね、まずはこの世界の説明から、ここはマスターの記憶の世界、とでも言いましょうか。ここでは私と一緒にマスターの失った記憶を取り戻してもらいます」
失った記憶…それってつまり。
「俺がマシュと約束をした朝のこと?」
「それだけではありません、あなたが気づいていないだけで、今のマスターからは多くの、それも大切な思い出を失っています。」
「そんなばかな!?今だってちゃんと自分や旅のこと、マシュやドクター、ダヴィンチちゃんやエミヤの事だってしっかりと覚えているよ!」
「…ではあなたはジークフリートという英霊を覚えていますか?」
そう言われた時、背筋が凍った。考えてもなぜか頭の中に黒いモヤがかかったようにうまく思い出せない。
「分かっていただけたようですね、今の状況が。」
そうか、旅をしたという事は覚えていても肝心の旅の一部の内容を忘れている。
まったく、まるで大事な記憶が無くなって、その代わりにあの悪夢を頭に詰め込まれているみたいじゃないか、なんて考えているとふと、電流が頭の中に走り抜けたかのように物事が繋がった。
朝にあの悪夢を見てから俺はマシュに会って約束を忘れている事に気づいた、ってことは…
「気づいたみたいですね、その夢を見る度にあなたは記憶を悪夢に塗りつぶされていたのです。」
そうなると俺はかなりの回数あの夢を見た、だから
「俺の記憶はかなり抜け落ちているのか…」
「そういうことです、それでは行きましょう、マスター。」
「行くって、どこに?」
そして彼女は少しうれしそうにこう言った。
「マスターの記憶を取り戻す戦いに、ですよ。」
「え?」
「もちろん私も付いていきます、あ、私の今のクラスはキャスターなので私の事はキャスターとお呼び下さい。」
※※※
幕間
あぁ、楽しい。あの人と喋ることが、あの人を見ることが、あの人と旅をすることが。
彼と一緒に居ると分かった、見える全てのこと、風景、人、空気、様々なことが一人で見ている時とはまるで違うのだ。そう、この瞳に映るもの全てに鮮やかな色を付けてくれている、そんな気がした。
ずっと一緒に居たい、伝えたい想いは募るばかりだ。
しかしそれと同時に、早くこの旅を終わらせてこの人を彼女の元に送り届けなければ、という矛盾した気持ちを抱えたまま、彼の隣を歩いていた。
※※※
第三節
旅の軌跡
俺の記憶の世界。この世界の案内人だという女の子はこの場所をそう説明した。確かにこの空や人、大地は俺とマシュが一緒に旅したオルレアンそのものだ。しかし、
「バルムンク!!」
そのサーヴァントは竜殺しの伝説を持つ英霊、彼の象徴とも言える宝具の真名を解放した瞬間に剣先から光が走り__
「グルルルゥ…」
ジークフリートの宿敵、邪竜ファヴニールは空中で四散した。
この戦いを見ていて、これが夢だとは信じられなかった。ファヴニールの吐きだす炎は確かに熱を持ち、俺の魔術礼装を少し焦がしていた。
ワイバーンの群れはその主を失い混乱し、ジャンヌオルタとジルは撤退していった。
その間、あの赤い眼の少女は恐らく魔術で作ったであろう水色をした半透明な盾を出現させて俺やジークフリートの背中を守っていた。
その少女がこちらに近づき、
見事な采配でした、と一言口にし、
「ここはもう大丈夫でしょう。」
というと途端にサーヴァントや風景が黒く染まり、しばらくすると再び暗闇の世界に戻っていた。
「…ありがとうキャスター。いろいろ思い出せたよ。」
オルレアンでの戦いで、ジャンヌオルタが呼び出したサーヴァントたちや邪竜ファヴニールとの戦いなど…色んな事を忘れていたと言うことがよく分かった。
「…その、いくつか質問してもいい?」
「はい、私に答えられることならば。」
「夢の中とは思えないほどリアルなんだけど…」
「そういえばマスターには説明していませんでしたね、この夢は先輩が管理していた聖杯が見させている夢ですよ。」
ほう、だから夢なのにやたらリアルで攻撃を受ければ痛みもある、と…
「って聖杯だって!?」
いい加減この急展開にもなれたつもりでいたのだが、まだこんな隠し球をぶち込んでくるとは…
「マスターが持っている聖杯は今ではその数10を超えます、ここまで聖杯を所持した人物は後にも先にもあなた一人でしょう。」
…そんなに俺は聖杯を持っていたのか、あまりの旅の過酷さにそんなことは気にもならなかった。
「聖杯は願いを叶えることが出来るとされていますが、実はその“願い”というものの基準はとても曖昧なのです。」
「曖昧ってどういうことだ?人の願いなんて誰しも決まっているものじゃ無いのか?」
例えば今の俺の場合はマシュとの約束を思い出したいとか。
けれども彼女は首を横に振り、
「過去の聖杯戦争では自分の望みが分からないまま聖杯を手にし、その望みを叶えた、という事例があったらしいのです。」
「…つまり、自覚をしていないうちに俺は聖杯に願いを託していたって事なのか?」
それでこの状況が願いの結果だということだろうか。
「いいえ、恐らくあなたは聖杯に願いは賭けていなかったのでしょう、10以上ある聖杯がマスターの中の強い感情を“願い”なのではと考え干渉した結果、では無いでしょうか」
なにそれ超要らないお節介。
しかし俺の中の『強い感情』とはなんなのだろう?
「じゃあ次はどうすればいい?」
「次は…」
※※※
俺とキャスターの記憶を取り戻す戦いの旅は順調に進んでいき、北米神話大戦を乗り越え、魔神柱ハルファスを倒しナイチンゲールと最後の会話をしていた。
「ありがとう、ナイチンゲール。」
「感謝は無用です、私は看護師としての使命を全うしただけですから。」
俺がこの特異点で忘れていたことはラーマがシータを救出したことやナイチンゲールがバーサーカーだったことなど様々な記憶を思い出すことが出来た。
この戦いではナイチンゲールとの最後の会話は強く印象に残っている。この後確かマシュにこれからの時間を生きなさいと言っていた、今ならこの言葉の重みが分かる。
そして彼女がキャスターに近づき、
「あなたは不思議な方ですね、この戦いではどれだけ逆境に追い込まれても、マスターの隣にいる時はいつも楽しそうでした。」
といい、キャスターは少し顔を赤らめながら申し訳なさそうな声で
「…はい、その、不謹慎でしたよね、ごめんなさい。」
と言って頭を深々と下げた。
そういえば彼女はやたらと俺に気を許してくれているのだ、俺としては一緒に旅をしてくれている仲間なので仲良くなるのはやぶさかでは無いのだが、どうしてこんなに信用してくれるのだろう?と思う時が多々あった。
「いいえ、あなたを攻めた訳ではありません、それだけあなたがマスターを信頼しているということですから。」
そしてナイチンゲールの体の輪郭が光でぼやけていき…
「そろそろ時間のようですので、あなたに一つ伝えたいことがあります。」
キャスターをまっすぐ見つめて、あの時マシュに言ったことと同じ意味の言葉を口にした。
「あなたに残された時間を、大切に。」
それはどういうことなんだ?
と口を開こうとした瞬間に彼女は消え、その瞬間にまた世界は黒く塗りつぶされていった。
※※※
残された時間、ナイチンゲール婦長からその言葉を聞いた時私は考えないようにしていたこれから先の旅についてを突きつけられたような気分だった。
残る特異点は二つ、旅の終わりはすぐそこまで迫っていた。
※※※
第四節
冬木
「なぁキャスター、俺はあと何回特異点を旅しなきゃいけないんだ?」
この赤目のキャスターと旅を続けてもうすでにオルレアン、セプテム、オケアノス、イプルーリバスウナムと四つの特異点を追体験した。
正直に言ってこんな大冒険を連続でし続けるのはかなりきつい。
「大丈夫ですマスター、残る特異点は二つです。」
「あ、あと二つもあるのか…いやあと二つでこの旅は終わると考えよう。よし、頑張ろう!」
と俺が気分を上げるために言った一言に、
「…そう、ですよね。マスターは早く記憶を取り戻して現実世界に帰りたいですよね。」
とキャスターは寂しそうにそんなことを言った。
そういえばこの子は旅の中ではいつも楽しそうにしていた、キャスターにとってはこの旅は終わって欲しいものでは無いのかもしれない。しかしなぜこんなにもうれしそうに旅をしているのだろうか。
さっきナイチンゲールが言っていた事も気になる。
それを聞いてみようとした時、彼女が口を開いた。
「それでは次の冒険に行きましょう。」
そして再び巨大な扉が現れた。
「ちょっと待ってくれ!まだ君に聞きたいことが。」
という俺の言葉に耳を傾けずに彼女は俺の手を引いて、その扉を開いた。
※※※
死者が蔓延る冥界からの生還を経験しているのだから、どんな場所に来ても怖くない、なんて思っていた時もあったのだが、一度来たはずのこの場所は地獄と形容する他ないと感じさせるほどにひどい有様だった。
辺りの建物や地面は炎で赤く染まり、そこかしこから死臭がする。視界は煙のせいで悪くなり、遠くは見渡せない。
この光景は忘れるはずも無い、初めてレイシフトした時に降り立った場所、日本の地方都市冬木に他ならない。
と、しばらく周りを見渡していると上空から三本、放物線を描きながらこちらに向かってきて…
あれ、これはまずい、今すぐここから離れないと、と考えても時はすでに遅くこのまま八つ裂きに…
「ハァ!!」
…はならなかった、キャスターが作り出した魔力の盾が降り注ぐ強烈な何かを防ぎきり、しばらく時が経ったのちに攻撃が止んだ。
そうだ、初めてレイシフトしたには、マシュがこの攻撃を防いでくれたんだ。
「お怪我はありませんかマスター?」
心配そうな眼で見つめてくるキャスター。
「大丈夫、守ってくれてありがとう。」
「礼には及びません、マスター、ひとまずここは危険ですので移動しましょう。」
「ああ、分かった。」
しばらく走り、ひとまずは建物の陰に隠れた。
「…アーチャーの狙撃か。」
いきなりの事だったのでその場では考える暇が無かったが、さすがに二回目ともなるとその正体の真名まで分かる。
「はぁ、エミヤって敵だと厄介だな。」
「はい、彼はそのクラスの名に恥じない狙撃の腕、そして白兵戦でも他のサーヴァントに引けをとらないという欠点の無いサーヴァントですからね。」
この世界に来る前、カルデアの皆に料理を振る舞っていた姿からは想像できないな…
「このあとはええと…そうだ、所長を…」
確か今頃は骸骨の兵隊に襲われている。
「早く助けに行かないと!」
この聖杯によって限りなく現実に近くなっている世界で、オルガマリー所長は意思を持って、必死に戦っている。俺の記憶の中の世界とはいえ、みすみす殺させたりはしたくない。
そう思いながらキャスターの方を見ると、穏やかに微笑みながら小さな声で、
「あなたは本当に変わりませんね。」
と少しうれしそうに言った。
涙目の所長と合流し、骸骨の兵隊をひとまず追い払い、ロマンから連絡が入った。
「よかった無事だったんだね、君もマシュも…って所長!?なぜそこに!?」
ちなみにこの世界ではキャスターはマシュキリエライトとして活動している、彼女曰く、記憶を取り戻すのにはそうであった方が都合がいいから私はマシュと似ている見た目をしているとか何とか。
しばらくしてからロマンから二度目の通信が入った。
「しつこいわね、まだ何か…」
所長の言葉を遮るように声を荒げて彼は言った。
「いますぐそこから離れて下さい!」
その声に反応しキャスターが何かを察知した。
「サーヴァントの反応がありますね、ここから移動します」
※※※
第五節
メデューサ
メデューサ、それは蛇の髪を持ち目に映った者を石へと変える怪物。人理修復の旅をする前にはその程度の認識しか無かった。
でも、今の俺はメデューサのことについての認識は大きく変わっていた。ステンノやエウリュアレに比べて、自分だけ身体が成長することを気にしている彼女、いつも暗そうで俺が関わろうとすると『物好きな方』なんて言いながら、けれども俺と過ごす時間は楽しいと言ってくれた。だから、
「坊主、それは一体どういうつもりだ?」
「マスター!何をしているのですか!?」
どうしても彼女がルーン魔術の炎で焼かれる寸前に、クーフーリンとメデューサとの間に割って入ってしまったのだ。
そんな状況になる前の少し前のこと。
サーヴァントの反応があるとキャスターは言い走って逃げている間、所長に聞こえないように小声で話しかけてきた。
「次はメデューサさんとの戦闘です。…あまり気は乗らないでしょうが、今は聖杯によって彼女はオルタ化しています、あなたのカルデアに居たライダーの彼女と同じ人物とは考えない方がよいでしょう。」
そう、マシュと一緒にここに来た時はまだ彼女の事を何も知らなかった。だから敵と認識して戦うことができた。だが今は違う。一緒に旅をした事のあるサーヴァントをこのまま記憶にあるとおりに消滅させるのは忍びない。
「…メデューサを倒さずに記憶を取り戻すのは無理かな?」
自分が何を忘れているのかは分からないが、少なくとも今回はメデューサについては出会った時からクーフーリンにやられることまでしっかりと記憶している。
「それはダメですマスター。この場所で何をしても現実の世界で影響はありませんし、彼女についての記憶があったとしても、彼女が最後まで残ってしまうとこの特異点の結末が変わってしまう可能性があります。そして結末が変わると記憶が戻らないかもしれません。」
確かに、記憶が戻らないのは困る。しかし聖杯で作られたこの世界では痛みが存在する。現実で影響が無いといっても受ける痛みは本物なのだ。
「っ!マスター伏せて!」
とっさに頭を伏せると、鎖が真っ直ぐとさっきまで俺の首があったところに飛んできていた。
何とか体勢を立て直し、距離をとる。
周りを見渡し、束ねられた鎖が壁となり逃げ道が無くなっている事に気づく。
「あら坊や、一発で仕留める気で居たのに意外とやるわね」
「メデューサ…!」
「驚いたわ、私のこの姿を見てその言葉が出てくるなんて。以前私を召喚したことのある魔術師なのかしら?」
とにらみ合っているとキャスターがいきなり俺の耳まで寄ってきて小声でこう言った。
「マスター、逃げて下さい。私では敵いません。」
「へぇ、健気なお嬢ちゃんね。クラスは見た所キャスターかしら?」
そう言いながらメデューサが俺たちを見て嘲笑する。
「でももうあなたたちに逃げ場は無いわ、諦めて串刺しになりなさい!」
「くっ。」
槍の突きを一つでも受け損なえばサーヴァントとして一生不出来になる。
メデューサがマシュと戦っている時に、確かそんなことを言っていた。
不死殺しの槍の特性で、受けた傷はどんな治癒魔法でも直すことは出来ない。
その槍の猛攻を見事に防ぎきっているキャスター。彼女がその手に持つ魔術の盾は一体どれだけ強力なのだろう、マシュの盾かそれ以上かもしれない。
と、キャスターと戦っているメデューサがいきなり攻撃の手を止めた。
「サーヴァントの気配…?隠れてないで出てきなさい。」
そしてフードを被り、その身より大きな杖を持った男が現れた。
「いやはや本当は傍観をしているつもりだったんだが…」
「健気な嬢ちゃん、アンタ中々見所があるな、結構な修羅場を潜ってきたと見える。」
「え、ええと…」
「待ちなさい、あなたは何者?なぜ放流者の味方を?」
「あぁ?見て分かんねぇのか?じゃあ自己紹介してやるよ。」
「真名クーフーリン、キャスターだ、こいつらに付く理由はまあ特にないんだが…」
メデューサの方を見て、はっきりとこう言い切った。
「あんたらよりましだからって所かな。」
「…呆れました、わざわざ真名まで口にする必要は無いでしょうに。」
しかしクーフーリンは余裕の表情を浮かべていた。
「キャスターとだけ名乗るとそこの嬢ちゃんの事か俺の事か紛らわしくなるだろう、それに今のアンタには負ける気がしねぇ。」
メデューサはその言葉を受け、口元に笑みを浮かべる。
「あら、私も舐められたものね。あなたの本職は真名からするとランサーでしょう?」
「あぁそうだ、つまり今からお前は全力を出せるクラスでも無いやつに負けるって事だ。」
「その減らない口、引き裂いてあげるわ。」
その声は殺意に満ちていた。
「いくぜ嬢ちゃん。それとそこに居る坊主!」
坊主とはもしかしなくても俺のことだろう。
「仮契約だがアンタのサーヴァントになってやる。」
前にもこの言葉を聞いたことがある、その時は男なら覚悟を決めろと彼に言われたのだ。
俺は今、心に迷いがある、メデューサとの共存の道が無いかと頭のどこかで考え続けている。しかし赤い目のキャスターが言っていたようにこの世界の結末が変わって、俺はこの特異点に関する失った記憶を取り戻せなくなるかもしれない。
そんな気持ちでその場に立っていたらクーフーリンとメデューサの戦いが始まり…
時は戻り現在、その場にいた全員はいきなり割って入った俺に驚き、戦いの手を止めた。
「坊主、それは一体どういうつもりだ?」
「マスター!何をしているのですか!?」
考えるよりも手が出ていた、なんて言葉があるけどこういう時のための言葉だったのか。…なんて場違いな感想を抱いていた。
二人が攻撃の手を止めた隙にメデューサは風のように消えていった。
そして二人が口を開く前に俺の考えを話す。
「…メデューサは逃げてはいるけど、あそこまで追い詰められればもう戦いには復帰できない。彼女にはマスターが居るわけじゃないし、この辺りの人間は粗方石にしてしまったみたいだから魔力の回復の手段が無い。」
そこまで言ってからクーフーリンが、こちらをギロリと睨んだ。
「なるほど、アンタはつまりメデューサはもう無力化したから殺すなって事か?」
恐らく、返事次第で彼は俺たちと敵対するつもりだろう。
「いいや、一度だけメデューサに会って味方になってくれないか話してみる。」
「そいつは無駄だ、あいつは黒い泥に汚染されている。まともに話なんかできやしねぇ。」
彼の言うとおりだ、さっきの彼女はどうみても愉しそうに人を襲う怪物、話し合いが出来る相手には見えないだろう。
「でも、味方に出来れば大きな戦力だ。
…出来なかったらその時に殺すって条件でいい?」
「まったく、馬鹿みたいに甘いマスターだ。せっかく親切に無駄だって言ってやったのに…」
クーフーリンがしばらく沈黙し、やがて諦めたようにこう言った。
「メデューサの場所はもう分かっている、連れて行ってやるからついてこい。」
※※※
私の戦いは一体何だったのだろう。
アイルランドの光の御子にやられた傷で、満足に歩けないまま何とかこの建物の影に隠れて、今までのことを思い出していた。
「使えない、使えない、使えない!この雑魚サーヴァントが!セイバーと戦って逃げ帰っただと!?」
まだ聖杯戦争が正常に機能していた時、青い髪の少年がマスターになってからずっと罵倒を受けていた気がする。あのマスターは何もしていないはずなのになぜ、あんなに周りの人間のせいにできるのだろうか。きっとあのまま正常に聖杯戦争が続いていたとしても、彼がマスターのままなら私が聖杯を手にすることは恐らく出来なかっただろう。
聖杯戦争が違うものにすり替わった今ではセイバーの手駒に成り下がってしまった。
セイバーの剣をこの身に受けたときから、私の意思は憎しみや復讐に支配され、己のマスターや街の人々を思いのままに石に変えた。
しばらくして辺りには生命は消え、残ったのは邪魔な石と虚無感だけになった。
そんな時だった、彼らが現れたのは。
私にとっては彼らが何者であろうとどうでもよかった。生きている物、感情のある物ならそれを壊したい、血を見たい、殺したい。
そんな負の感情に突き動かされ続けた結果、今の私の姿はメデューサから復讐の女神ゴルゴーンに近づいていった。
そして彼らに加勢したクーフーリンと戦っているうちに体内の魔力が尽き、魔術で焼かれそうになった所をあの少年が作った隙に逃げた。
あの少年はなぜ私を殺すようにサーヴァントに言わなかったのだろう?
まぁそんなことはどうでもいい、どうせもう私の霊気は長くは保たない。
考えてみれば全てが意味の無いことだった。
聖杯に呼ばれたこと、今までの戦い、どれも何一つ意味を残すこと無くここで終わる。
私のマスターは好きにはなれなかったが、言っていた事は正しかったのかもしれない。
「聖杯戦争で最弱のクラスのキャスターにすら負けてしまっては、雑魚サーヴァントなんて呼ばれても言い訳できませんね…」
「そんなことないよ、メデューサは弱くなんか無い。俺が保証するよ。」
突然、あの時私を助けた少年の声がした。ついには幻聴さえ聞こえてしまうほどに弱ってしまったのだろうか?
「だからメデューサ、目を覚まして。」
いいや、これは幻聴などではない。
恐る恐る目を開くと、そこには放流者の少年の姿があった。
「…放っておけば私は勝手に消える。貴様はそれが分かっていて見逃したのだろう?なぜ私の前に再び現れた?」
「君の魔力はもう限界だ、このままでは君は消える、でも魔力の供給があれば話は別だ」
「つまりお前は私を味方に引き入れるためにわざわざこんな事をしたというのか?」
「そうだよ、君が俺のサーヴァントになってくれれば魔力の供給が出来て生き延びる事ができる。俺は味方が増える。双方にとって利益があると思わないか?」
こんな怪物のような見た目をしている私を、欲しいと言ってくれるマスターがいたなんてとんだ物好きがいたものだ。
しかし私は彼の提案を受けることは出来ない。
「それは出来ません、今の私はセイバーを前にすると恐怖の感情に飲み込まれ、彼女に刃向かうどころじゃなくなります。」
「セイバーと戦うのが無理ならアーチャーと戦ってくれないか?」
まったく、この期に及んでまだ私を引き入れようとするなんて。
こんな私のどこを気に入ったのだろうか。
「なんにせよ私はあなたのサーヴァントになる気はありません。」
「そうか、でもさ。」
彼は挑発するような態度でこう言った。
「本当にこのまま終わっていいの?君はこのままセイバーの手下として戦って散るだけなんて終わりを望んでいるのかい?」
「…。」
一瞬、答えが詰まった。悔しい。悔しいに決まっている。
このまま終わってたまるかと言っている自分がいる。
「あなたは本当に口が達者ですね。」
「それだけで生き延びたような者ですから。」
…私も焼きが回ったみたいだ、セイバーを一泡吹かせてやりたいなんて望みをこの少年に託そうとしているなんて。
「私はもう戦う気力がありません、しかしこれを…」
彼らは行ってしまった。
残されたほんのわずかな時間であの少年について考えていた。
私の事を弱くなんか無いと言ってくれたあの少年、彼がマスターだったら私をうまく使ってくれただろうか。
「…もしもう一度聖杯に呼ばれることになったら、彼のようなマスターに…」
すべてを言い終える前に、私の体は光となって消え去った。
※※※
第六節
赤い目のキャスター
「やるじゃねえか坊主、ただの時間の無駄遣いになると踏んでいたがまさかこんな物土産にしてくるとはな。」
本当は仲間にしたかったのだけど…
でも、メデューサから託されたこれは有効活用しなくては。
「それじゃあ気を取り直してセイバーの所に向かうぞ。」
クーフーリンがそう言った瞬間、赤い目のキャスターの表情が曇った。
「どうかしたの?」
と、聞いてみても
「大丈夫です、何でもありません。」
なんて答えが帰ってくるだけだった。
とりあえずセイバーの居る大聖杯の所まで行かなきゃ。
そして足を一歩踏み出したところで急に視界がぐらつく。
「どうしたのですか、マスター?」
「大丈夫か坊主、顔色が悪いぞ」
大丈夫、そう口を開こうとして
バタリ、と音を立ててその場に倒れてしまい意識が暗転した。
※※※
夢の中で夢を見る、なんて体験をした事がある人は果たしているのだろうか?
どうやら今俺はそんな状況になっているみたいだ。
考えてみればここまで四つの特異点をノンストップで進み続けたのだ、体に限界が来なくても頭の方が疲れてしまったのだろう。
そしてこの場所は俺もよく知るカルデアのマイルームだ。
ふと横を見てみると俺がベッドで寝ていた。うわぁだらしない寝顔、こんな顔で寝ていたのか…
少ししてこの部屋にマシュがやって来た、ベッドの横にある椅子に腰掛け優しい声でこう言った。
「最後の戦いが始まろうとしているのに、こんなにぐっすりと眠っていられるなんて本当に大物ですね先輩は。」
なんてつぶやいて…え?最後の戦い?
考えるまでも無くマシュと一緒に戦った最後の戦いなんて一つしか無い。終局特異点ソロモンでの戦い以外あり得ない。
…もしかしてこれはマシュの記憶?確かサーヴァントと契約するとそのサーヴァントの記憶を夢で見る事があるのだ。でもなぜ今なのだろう?
※※※
先輩が寝ているベッドの横にある椅子に座り、先輩の寝顔を眺めていた。
こんなにのんびりしていられるのはきっと今だけだ。もうすぐ12月も終わりがけである事を考えると今日辺りには緊急の招集がかかるだろう。
先輩と出会ってからの日々は本当に楽しい日々だった。一緒に旅をした一年間の旅路は私にとってかけがえのないものになり、今の私を奮い立たせてくれる。
この部屋に来る前は不安で胸が張り裂けそうだったのに、今では鼓動は穏やかだ。この特異点から帰ったら、毎朝先輩を起こしに来たと称して寝顔を見に来ようか。
…なんて、考えたけれども戦いの結果がどうであれ私はもう長くは生きられないのだ、そんな事は出来るわけ無い。
でも、もう心に怯えは無くなった。あとは万全の体調で戦いに望むだけだ。
「先輩、今まで本当にありがとうございました。あと少しの時間しか一緒にいられませんが、最後まで精一杯戦います。」
しばらく寝顔を眺めて後、部屋を出た。
____________そして、その時が来た。
魔術王の玉座が変化し、魔神柱が周りの色を赤と黒の禍々しい景色に変えたあの場所。
人理焼却式ゲーティアの第三宝具の展開を確認したとき、私は自分の役割を察した。
「先輩、また手を握ってくれますか?」
「ああ、もちろん」
彼の手のぬくもりを感じる。
時間にして一瞬、けれども永遠のようにも感じられた。
繋いだ手をほどき、私は走り出す。
旅の途中で何度もつらい事があった、怯えたときがあった。
でも、先輩に手を握ってもらった時を思い出すと不思議と心が落ち着き、私は立ち上がってきた。
本当はさっきまで、逃げ出したいと思っている自分がいた。けれども今はもう迷いは無い。この手に残る彼のぬくもりが、私を守っていてくれる。
その後の事は、実を言うとあまり覚えていない。
ゲーティアの宝具を受けているのに必死で、先輩になんて話したかも覚えていない。
そして、体中の痛覚が消滅した。
ふと周りを見渡してみたら、王の玉座はおろか何も存在しない虚無の世界だった。
そして私は、ある獣に会う。
私の記憶はそれまでだ、死者の完全な蘇生と私のよく知る獣は言っていたがどうやら失敗に終わったらしい。
なぜなら私は英霊として今、聖杯に呼ばれているから。
英霊の座は死後の魂の保管場所、その場所から呼ばれたという事はあの時に死んでいたという事に他ならない。
けれども、その事実を知っても私の心は穏やかだった。
なぜなら、今までの人生で後悔する事など一つも無かったからだ。強いて言えばあの後私のマスターがどうなったかを知りたかったが、それを知る術はもう存在しない。
そして、私を呼んだ聖杯がこう言った。
私の所有者がお前を求めている。
ただ一言、それだけしか伝えなかった。
しばらくして、私の周りは一面暗闇に覆われた。聖杯は私に何をさせるつもりだろう?と考察していると彼が目の前に現れた。
私が知り得る限り最も人間らしい、私のマスターだ。
一目見た瞬間、伝えたい気持ちが溢れてきた。
そのまま駆け出そうと一歩前に足を出そうとしたその時、
私は自分の顔や体が自分の意思で動かせない事に気づいた。
そして私は、自分の意思とは関係ない言葉を紡ぐ。
それは、全て罵倒だった。私は先輩が嫌い、先輩にずっと不満があった、挙げ句の果てには先輩が私を殺した、なんて言いたくない事をひたすらに言わされた。
しかも一度では無かった、何度も、何度も、何度も、そんな言葉を言わされ続けた。
もっと他に話したい事があるのにずっと先輩を苦しめる事ばかり言っている。
地獄のような時間が続き、私の霊気はいつの間にかオルタ化していた。
こんな時間がいつまで続くのだろう、いっそこのまま消えてしまいたいと切に願った。
そしてそれは急に終わりを告げた。
突然聖杯が私に語りかけてきたのだ。
その内容はこの暗闇の世界は先輩の夢の中だという事、彼は失った記憶を取り戻したいと願っている事。
最後に、君の望みを叶えようと告げ、聖杯は再び突然と私の前から消えた。
その後、私は記憶の世界の住人になり、先輩の記憶を見た。
そして私の知りたかった事実、知るべきでは無い事実を知った。
前者は先輩が今でも元気に過ごしているという事。
私が一番知りたかった先輩の安否を知る事が出来た、その事に安心していたらその次に衝撃の事実を知る。
それが後者、私が生き返っているという事だった。
一瞬何が起こっていたのか分からなかった。私の記憶はゲーティアの宝具を防いだ所までしか無い、もし今先輩の隣に存在している彼女の死後が私だとしたらなぜ記憶が無いのか。
しばらく考えた後、私はある仮説にたどりつく。
それは…
※※※
「大丈夫ですか!?マスター!目を覚まして下さい!」
あれ…マシュの声が聞こえる?いいやこれはキャスターか…?
未だに意識がはっきりしないまま目を開け、周りの建物が燃えているのを見て…
「はっ!火事だー!?」
「坊主、寝ぼけてねぇでさっさと目を覚ませ!」
クーフーリンが杖で俺の頭を殴った。
「痛いって!そうか今俺は冬木に…」
「マスター、体の方に異常はありませんか?」
「ん?ああ大丈夫、ちょっと疲れただけだから。」
「しかたがねぇ、セイバーと一戦やり合う前に休憩にするか。体調は万全にしとけ。」
そして近くの建物に入り、ひとまず休むことにした。
※※※
「どうしたのですかマスター、私に何かご用でしょうか?」
「キャスター、大事な話がある。」
赤い目のキャスターと二人きり、こんな絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
なぜならこの話は所長達に聞かれたらまずい内容だ、今話すしか無い。
「君はマシュだろ?」
一瞬、彼女は沈黙し、すぐさま明るい表情を作ってこう言った。
「またその話ですか、私はただ見た目と声が似ているだけの別人です」
「…さっき、君の夢を見た。」
そう言った瞬間彼女の表情が曇った。
「途中までの記憶しか分からなかったけど…」
と言葉を続けようとしたとき、彼女がその先の言葉を遮った。
「…ばれちゃいましたか、なら仕方が無いですね。」
嬉しさと寂しさが入り交じったような声で彼女は言った。
「説明しなければなりませんね、私が何者なのかを。」
少し間を置き、そして口を開いた。
「私はかつてマシュキリエライトだった者です。」
「だった?」
「はい、私は終局特異点でその身を散らすまではサーヴァントシールダーとして存在していました、その後私は第四の獣、フォウさんに生き返らせてもらうのが正しい未来のはずでした。」
「ああ、そして俺は現実の世界でマシュと一緒に2017年を生きている。でも君は2016年までの記憶しか無い。」
この先の言葉はきっと聞かない方がいい。
唐突にそんな予感がした、きっと最後までこの話を聞いたらあの旅はハッピーエンドでは無くなる。
でも、聞かなきゃ、目の前の少女はきっとそれが分かっていてもこの場で話すと覚悟してくれたのだ。
この先の言葉がどんな言葉でも受け止めなければならない。
そして彼女が口を開く。
「恐らく私はあの戦いの後蘇った訳では無く、私の記憶を持っている別の人間が生まれた。つまり現実世界にいるマシュキリエライトは私とは別人なのです。」
その言葉を聞いたとき、俺は何もしゃべれなくなった。
彼女はずっと私はマシュじゃ無いと言ってきた、それはつまり現実世界にいるマシュの存在を知ったから自分をマシュだと言わなくなったのだ。
彼女の姿を見る、赤い瞳に長髪のストレート。
霊気再臨した?なんて言った自分を殴ってやりたい。
聖杯が俺の『強い感情』からどんな願いを汲み取ったかは知らないが、それが彼女を、マシュを追い詰めてこの姿にしたのだ。
「ごめん、謝って済む問題じゃ無いのは分かっている、でも謝らせて欲しい、俺の願いに巻き込んで、こんな姿になるまで追い詰めて…本当にすまなかった」
「いえ、私がオルタ化したのはマスターのせいではありませんよ、マスターがそんな願いするはず無いって分かっていますから」
彼女はそう言って優しく微笑んだ。
「それではこれからも私の事はキャスターと…」
呼んで欲しい、なんて言うつもりだろう。
でもそんな事は絶対言わせない。
だって辛そうな表情を必死で誤魔化して言っている彼女の前でそんな風に呼ぶなんて
「それは出来ない、絶対に。」
「…私はマシュキリエライトでは無くなったのです。今現実であなたと一緒に居る人がマシュキリエライトなんです。」
「それは違う、だったら君は誰になる?」
「それはその…名乗るほどの者でも無いサーヴァントになるだけです。」
彼女がそう言った瞬間、俺はさっきまでの緊張した空気をぶち壊すかのように大きな笑い声を上げてしまった。
「あっははっはは!な、名乗るほどの者でも無いサーヴァントって、はははっ!」
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
少し怒った声で彼女が言った。
「いやぁごめんごめん、初めて会った時を思い出してさ。」
「初めて会った時とは眠っている先輩をフォウさんが起こした時でしょうか?」
「そう、その時に俺はマシュに君は誰?って聞いたんだけどさ、名乗るほどの者でもないなんて言われてびっくりしたよ。」
俺の言葉が進むにつれて彼女はどんどん顔が赤くなっていき…
「あの時はその、自己紹介という物になれていなくて。」
自分の黒歴史を暴露されたみたいに恥ずかしそうに顔を俯けた。
その様子を見て俺は思った。
「やっぱり君はマシュだよ。」
「…でもそれじゃあ現実の世界にいる彼女は?」
「あっちもマシュだよ。」
「…先輩は何を言っているのですか?」
「そのままの意味、どっちかがマシュなんて決めなくてもいいんだ。どっちもマシュキリエライトに決まってる。というかそんな事気にしてたらアーサー王なんてどうなっちゃうんだよ」
そう言って俺は笑いかけた。
「…まったく先輩はわがままですね。」
そして真っ直ぐこちらを見つめてこう言った。
「でも、先輩の言葉で目が覚めました。そうですよね、どっちかが私じゃないなんて考えが間違っていたのですね。」
「そうそう、って事でもう一回ちゃんと自己紹介してくれないか?」
「え?」
「また名乗るほどの者でもないなんて言わないでよね」
と冗談めかして言うとまた顔を赤くして彼女が叫んだ。
「そのことはもう忘れて下さい!」
そして一呼吸置き、自己紹介を始めた。
「サーヴァント、マシュキリエライト。クラスはキャスターです」
言い終わったマシュは、心からの笑顔を見せてくれた。
※※※
第七節
マシュキリエライト
「そういえば俺が記憶を失っている理由は一体何だったのだろう?」
「恐らくそれはあの悪夢が関係しているという事は分かっているのですが残念ながらそれ以上の事は…」
まぁそんな簡単に原因が分かるはずも無いか、と考えながら歩いていると洞窟の入り口が見え始めた。
あの洞窟を越えた先にセイバーがいる。
って事はもちろんあいつが待ち構えているわけだ。
「よう弓兵、相変わらずセイバーを護ってやがるのか」
「つまらん来客を追い返しているだけさ」
そしてクーフーリンとエミヤの戦いが始まった。
その隙に洞窟を潜り抜けてセイバーのもとに向かう。
ここまで来て俺は気づいた、この先の戦いについての結末を俺は覚えていないという事に。
※※※
私は今まで宝具を一度も使った事が無かった。
いや、使う事が出来なかったというのが正しい。
今はデミサーヴァントの頃とは違い、英霊ギャラハッドの力を使って戦っているのでは無く、自分の力で戦っている。
それなのに私は自分自身を認めようとしなかった。
だから真名を知っていても宝具が私に応える事は無かったのだ。
きっとあのまま先輩と話をせずにセイバーに挑んでいたら彼女の宝具を止められなかっただろう。そんな予感があったから、私はセイバーとの戦いを恐れていた。
でも今は大丈夫、もう迷わない。
先輩が、マシュキリエライト(わたし)を見てくれているから。
※※※
「ほう、おもしろい。その盾は見覚えがある」
アーサー王、この世で最も有名な聖剣エクスカリバーを持つ騎士王。
しかし目の前で対峙してみるとそんな御託は吹き飛んでいた。
鋭い眼光、堂々とした立ち振る舞い、それらの威圧感で歴戦の猛者だという事が分かる。
以前の俺ならこんなやつとマシュを戦わせるなんてダメだ、なんて言ってしましそうだけれども。
「その護り、しかと見極めさせてもらおう」
一歩足を踏み出すセイバー。
そして戦いの前にマシュに一言だけこう言った。
「大丈夫、今のマシュなら絶対に負けない」
「はい、絶対に先輩には傷一つ付けさせません。だって私は…先輩のサーヴァントですから!」
そう言ってマシュは駆けだした。
※※※
一撃一撃が重い、初めて彼女と対峙したときにも思っていた事だが今は私の持つ盾が円卓の盾のレプリカのような物だから余計にそう思うのだろう。
この身青い半透明の盾は私の記憶にあるあの盾を再現しているに過ぎない、なので元に比べて性能が劣る。
「どうした、そんな程度か小娘!」
騎士王の猛攻が続く、その一降りでも受け損なえば私の霊気は消滅する。
「貴様、この私に恐れを抱いているな?」
…そう、今の私は前の私より弱い。分かっていた事実だがこうも現実として直面してしまうとどうしても足が竦んでしまう。
「戦いの場に出て覚悟もろくに出来ていないなど論外だ、ここで消えろ。」
来る、彼女の剣の神髄、宝具の真名解放。
「鳴け、地に落ちるときだ。エクスカリバーモルガン!」
そして剣先から黒く、禍々しい光線が真っ直ぐに私に向かってくる。
大丈夫、今の私ならきっと…
私は宝具の真名を口にした、だがしかし宝具は応えない。
なんで!?と叫びだしそうになったが、モルガンが盾に衝突したときの衝撃が私の口を閉ざした。
凄まじい威力、少しでも気を抜けば私はこの攻撃によって吹き飛ばされてしまうだろう。
…やっぱり少し遅かったのかもしれない、私が自分自身を認めるのが。
それにきっと今の私では次の特異点でゲーティアの攻撃を止めるなんて事は不可能だろう。
あの時は英霊ギャラハッドの力を借りていたからあの第三宝具を止める事が出来たのだ。
こんな記憶を頼りに作っただけの偽物の盾では防げない。
私の旅はここまでだ、やっぱり私は最後まで先輩の役に立てないまま…
と、諦めていた私の手に誰かがそっと上から重ねてくれた。
しかしその『誰か』の事は姿を見なくても分かった。わざわざこんな危険な戦場に身を投げ出してまで私のそばに来てくれる人なんて一人しかいない。
「マスター…」
あぁ、なんて情けない。さっきまでは先輩が見てくれているから大丈夫なんて言っていたのに、敵の宝具を前に戦う事を諦めてしまうなんて。
「マシュ。」
私は彼の記憶を見た、その中で確か彼はこの戦いの記憶は無くなっていたはずだ。それでも彼はあの時と変わらずに私にこう言ってくれた。
「信じて。」
その一言で、やっと今までの事が吹っ切れた。
それまで頭に残っていた御託や弱音も全て頭から消し飛んだ。
何を考え込んでいたのだろう、私がやる事なんて決まっているじゃないか。
先輩のサーヴァントとして戦う事、ギャラハッドさんがどうとかなんて関係ない!
「先輩、見ていて下さい。これが私の宝具です。」
そう言って、私は彼に笑いかけた。
※※※
「空中にルーン文字を固定化し、逃げ場を無くしたと。しかしそれでは君もこの空間からは出られまい。」
「そう、遠距離で打ち合っても埒があかねぇからな。ここからはいつも通りでいくぜ。」
そう言ってクーフーリンは背中にある槍をその手に持った。
「ほう、ゴルゴーンの持っていた槍か。セイバーに従えていた彼女からよく奪い取る事が出来たな。」
「奪い取った訳じゃねぇ、これは俺のマスターの手腕で入手した槍だ。」
「なるほど、あのマスターがそんな巧みな話術を持っていたとは見抜けなかった。さぞ女性に好かれたに違いない。」
「おめぇがそれ言うかよ。」
そしてアーチャーはその両手に剣を持ちこう言った。
「軽口はここまでにして早く始めようか。」
※※※
私は彼女を侮っていた。
まさか真名を解放せずに私の宝具を受けきるなど。
あの護りはなんだ?このエクスカリバーの一撃を凌ぐ魔術の盾など聞いた事が無い。
「貴様…一体何者だ?」
※※※
私の前にいる騎士王が何かをつぶやいていた。
戦いの最中だったので何を言っていたかは聞き取れなかったが、その問いの内容は彼女の表情を見れば分かった。
そして私はその問いに答える。
「私はマシュキリエライト、マスターを…先輩を護るサーヴァントです!」
「真名解放…!」
私の持っている盾の光が強くなる、今度こそ私に応えて!
「ロード・カルデアス!!」
その名を告げた瞬間、私の前に巨大な壁が現れた。
「はああああああ!!!!!」
そしてその壁にぶつかった黒い光線は瞬く間に跳ね返り…
「馬鹿な!?モルガンを跳ね返す宝具だと!そんな物存在するはずが…」
そして騎士王は最後までその言葉を言う事無く、自らが放った宝具の暗闇に飲まれていった。
※※※
第八節
最後の特異点
ロード・カルデアス、それが特異点冬木で忘れてしまっていた物だった。
マシュが真名を知りたがらず、盾を開いた時の仮想宝具。
しかしその光は俺が今まで見たマシュの護りの中でも一番美しい物だった。
今の彼女はデミサーヴァントじゃない、英霊マシュキリエライトとしての仮想では無い、真の宝具。
その美しさに、俺は周りの物や景色がどんどん黒く染まっていくのにも気づかずにただマシュの背中を見ていた。
そして周りはお馴染みの一面暗闇の世界になった。
「あの…先輩?」
「え、何か変だった俺?」
「いいえ、その…あんまりじっと見つめられると困ります。」
そう言われて慌てて目をそらす。
「ごめんごめん。あんまりにきれいで見とれちゃって…」
「せ、先輩!?いきなり何を言い出すのですか!」
そしてマシュがコホンと一つ咳払いしてから話し始めた。
「これでついに五つの特異点の旅が終わりました、残る特異点は一つとなります。」
「まだ他にも旅をしてない特異点があるけどそれは?」
「そこは幸いにも先輩の記憶が侵食されていなかったので大丈夫です。」
「なるほど、で次の特異点は…なんて一つしか無いよね。」
「はい、次は終局特異点ソロモンです。」
そして俺とマシュの前に扉が現れた。
その扉に向かって一歩足を前に出したその時、マシュが俺の袖を引っ張った。
「どうした?マシュ。」
「…この扉を開ける前に言わなければいけない事があります。」
その声は真剣そのものだった。
ならばこちらもちゃんと受け止めなくてはならないと身構えていたら、いきなりマシュがこちらに倒れ込んできた。
突然の事に驚きながらマシュを受け止めると、彼女は俺の胸に顔を埋(うず)めた。
「私、先輩と一緒に居られなくなるが嫌です。」
そう言っていた彼女の体は震えていた。
※※※
この旅の終わり、それは先輩との別れを意味する。
分かっていた事だ、分かっていたはずなのにその時がすぐ目の前に来てしまうとこんなにも辛い事なんて。
「先輩、私前より弱くなっちゃいました。前は先輩が見てくれているからって自分を奮い立たせていたのに、今ではどれだけ先輩の事を想っても立ち上がれないのです。」
おかしな話だ、一度は後悔なんて微塵も無いと思っていたのに、いざもう一度別れの時が来たらこんなにも縋り付いてしまうなんて。
オルタ化の影響で性格が少し弱気になってしまったのだろうか。
「私、この扉を開けたくないです、いつまでも先輩と一緒に居たいです。」
我ながら、言う事の聞かない子供みたいだ。
でも、それは心からの言葉。先輩がこの世界から消えてしまったら私はきっと二度と彼には会えないだろう。
「マシュ、俺も一つ…いや、たくさん言いたいことがあるんだ。」
そして優しい声で彼はこう言った。
「いままで俺を護ってくれて本当にありがとう。知っての通り最初はこんな旅早く終わらないのかなんて思っていた、けど今は違う。俺もマシュと離れたくないよ。」
「…なら、私とずっとここに居てくれるのですか?」
「それは出来ない、だって現実の世界の方にも大切な人がいっぱい居るからね。」
そして彼はとびきり明るい声でこう言った。
「だから向こうに帰ったらマシュをカルデアの召喚システムで呼ぶよ、それなら一緒に居られるだろ?」
まったくこの人はまた無茶を言う。あの召喚システムは狙ったサーヴァントを出せるシステムでは無いのだ、私が呼ばれる確率はかなり低いだろう。
でも…もし本当に呼んでくれるのならば、
「大丈夫、絶対に呼んでみせるから。」
それは私にとってはハッピーエンド以外のなにものでも無い。
「だからこの扉の先に居るゲーティアを倒してあっちで会おう。」
そして私は顔を上げて、彼の目を見てこう言った。
「絶対に…約束ですよ。」
※※※
「いくぞ!マシュ!」
「はい、先輩!」
今、魔神柱達はサーヴァントを相手にしていて俺たちに襲いかかるどころじゃない。
この隙を逃してなるものか!
ここまで駆けつけてくれたサーヴァント達が居なかったらゲーティアに挑むことすら出来なかったのだ、そう考えると本当に今ここに居るサーヴァント達には本当に頭が上がらない。
そして、玉座へと続く門の前に立つ。
「マシュ、その盾はマシュが生前使っていた物の名残みたいな物だよな?」
「はい、そうですけど…」
「じゃあここに召喚サークル作れる?」
この先にラスボスが待ち構えている、戦力増強はどう考えても必須事項だ。
「え?ここにですか!?」
「たぶん今なら成功すると思う、だってこれだけ大勢のサーヴァントが召喚式もなしでやって来たんだ。むしろ召喚式まで張ってサーヴァントが召喚できないなんて事はあるはず無い。」
「いえ、そうではなくてそれをするとこの世界が迎える結末が…」
「変わってしまって俺の記憶が戻らないかもって話でしょ。」
俺の記憶、確かにそれはかけがえのない大切な物だ。
でも…
「俺はさ、今過去の記憶を取り戻すよりも大事な事があるんだ。」
マシュが一瞬、息を飲んだ。
そんなに驚かせるようなことを言っただろうか?
「そんなことは有り得ません、だってこの世界で何をやったところで現実では何の影響を持たない、意味の無い行動じゃないですか。先輩の記憶を通り戻すこと以外にこの世界でやりたいことなんて…」
「…俺の記憶の通りに進んだら、マシュは消えてしまう。」
「はい、でもそれは仕方の無い事です、先輩が気に病む事なんて…」
「そんなの絶っ対に嫌だ!!」
思わず大声で叫んでしまった。
突然俺が大きな声を出したことに驚き、彼女は一瞬怯んだ。
が、すぐさま俺に負けないほどの声でこう言った。
「ダメです!先輩は自分の記憶を取り戻すことを優先して下さい!」
「ああもう!オルタになっても相変わらず頑固だな!」
しかし、これだけは絶対に譲れない。
あの時、俺は彼女の背中を見ながら何も出来ない自分が悔しくて、情けなくて。
でも、今はこのままだとそうなるということが分かっている。
だったら…
「マシュ、いいかよく聞け一度しか言わないからな!」
俺は今まで生きてきた中で一番恥ずかしい台詞を言おうとしている…
恐らく今鏡を見たら俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
しかしここまで来たら言うしか無い!
「俺にとってマシュより大事な物なんて一つも無いんだよ!」
…あーあ、言っちゃった。
そしてその言葉を受けたマシュはというと。
「え、あ…と、その…」
俺と同じく顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。
やばい、この空気を何とかしなきゃ。
というか俺たち決戦の直前で何を…
っとそうだ、すっかり話が逸れてしまった。
「そ、そういうことでここに召喚サークル作れそう?」
「……はっ、はい。」
まだマシュが若干引きずっているが、それは俺も同じだから追求はしない。
「分かりました、でも先輩は聖晶石が今手元にあるのですか?」
そういえばそうだ。
「ちょっと待って確認するから。」
手持ちの聖晶石は十二個、この数は俺がこの夢の中の世界に来る前に持っていた数と同じだ。
ということは今の俺の持ち物は現実で気を失う前の状態が再現されているのか…
「マシュ、大丈夫。召喚サークルを作ってみて。」
「分かりました。」
少し時間がかかったがサークルの設置は成功した。
さて、ここからは完全に運だ。頼むから檄辛麻婆豆腐とかはやめてくれ。
「…抑止の輪より来たれ、天秤の護り手よ____!」
そんなことを考えながら呪文の詠唱が終わった。
よし、人影は三つだ。
一人目は赤い衣装を纏った俺の一番よく知る弓兵。
「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。」
二人目は冬木で散々お世話になった槍兵。
「よう!サーヴァント、ランサー。召喚に応じ…っててめぇ!なんで俺が召喚された先にいつも居やがるんだよ!?」
三人目は瞳を覆ったスタイル抜群のライダー。
「物好きな方ですね、まさかこんな大一番に私を召喚するなんて。」
エミヤ、クーフーリン、メデューサ。
奇しくも三人とも俺と一度契約したことのあるサーヴァント達だった。
「よし、みんな。呼ばれた理由はわかるよな?」
「ああ、事情は分かっている。仕方がねぇからそこの弓兵とも組んでやるよ。」
心底嫌そうな顔でランサーが言った。
「嫌なら君はこの戦いから降りればいい。」
「てめぇが降りろ。」
「待って待って、出会い頭衝突しないで。」
と仲裁に入った俺にライダーが余計な一言を言った。
「マスター、顔が赤いですが何かあったのでしょうか?」
「な、何でもないから!それより作戦会議するよ!」
俺たちは決戦前とは思えないほどに賑やかだった。
※※※
「…以上が今の俺が考えている作戦内容だ。」
全ての作戦内容を話し終えた瞬間、真っ先に口を開いたのはマシュだった。
「待って下さい先輩!その作戦だと私が一番重要じゃ無いですか!」
「そうだけど。」
「その、先輩が私のことを信用してくれるのは大変ありがたいのですけれども…」
「マスター、この嬢ちゃんにそれを求めるのはいささか酷だろうよ。」
確かに話を聞いただけじゃ無謀な策かもしれない。
でも俺はマシュの宝具を見た、そして俺は確信している。
「大丈夫、絶対に出来る。」
そしてマシュを見つめる。
「だって今のマシュが防げない物なんてなんからね」
作戦会議が終わり、俺たちは門を通りゲーティアの待つ玉座へと向かった。
※※※
汚れの一つも無い純白の草原が広がり、その先には魔術王の待つ玉座が見える。
一度この場所を訪れているはずなのに、初めて来たときの緊張感がそのまま蘇ってきた。
前はこの場所に来た瞬間にフォウさんの鳴き声が聞こえてきたのだが、今回はどこにも居ないようだった。
そして、彼が姿を現した。
「玉座に人影を確認…!魔術王ソロモンです。」
マシュの声は少し震えていた、恐らく怯えているのだろう。
そんなマシュの手を俺は握り、二人にしか聞こえない程度の小声でこう言った。
「大丈夫、俺を信じて。」
その言葉に対し、マシュが何かを言う前にソロモンが口を開く。
「貴様ら、何故こんな所まで来た?」
その声からは俺たちに対する憤りを感じた。
「そんな御託はいいからさっさと始めよう、名前の無い召喚式。」
その俺の言葉に少し驚いた様子だった。
「ほう、貴様の仲間にこの私の正体を見通せる千里眼持ちが居たとはな。」
「いいから姿を現せ、その姿が偽物だって事はもう分かっている。」
「まったく愚かな、人類最後のマスターよ。この先の未来を観たならこの戦いが無意味だと分かっているだろう!私の計画が止められることは無い」
彼は笑った、ここまで来た俺たちの全てを嘲笑った。
そんな彼を見て、俺は彼と同じ笑みを浮かべた。
「なら教えてやるよ、俺の知っている未来は、お前が完全敗北して2017年を皆が笑って過ごした。そんな未来だ!」
「クハハハハ!その千里眼持ちはとんだロマンチストだな。」
「だが、私の正体を見破ったその報酬は与えねばなるまい。」
そう言った次の瞬間、地面がいきなり揺れ出した。
「魔神柱が玉座を覆っていきます!」
ついに、人類悪がその姿を現す。
「私にはお前の知るように名は無かったが、称えるならこう称えよ。」
今まで見たどんな者より禍々しく、神々しい姿をした彼は自らの名を名乗った。
「人理焼却式、魔術王ゲーティアである。」
※※※
第九節
人理の礎
「多くの悲しみを見た。多くの裏切りを見た。多くの略奪を見た。多くの結末を見た。もう十分だ、もう見るべきものはない。」
彼はあの時とは何も変わらない。誰よりも命の終わりを嘆き、悲しんだ獣。
しかし、彼は間違っている。人は命に終わりがあると知っているから、どんな絶望に対しても足掻き、もがいて必死に前へと進むことが出来るのだ。
その結果が彼の言う『終わりある命を前提にした狂気』だったとしても、俺たちはそう生きなければならない。
「ゲーティア、俺たちは命に終わりがあることを狂気だとは思わない。」
「なぜだ、人類最後のマスターよ。お前は人類史を巡る最中、多くの命の終わりを見たはずだ。ならば分かるだろう、死の存在しない世界の素晴らしさを。」
確かに俺は人の死、というものを何度も見た。
でも、その全ては未来への希望に繋がっている。
そう信じている。
だって…俺はあの時のマシュが繋げてくれた命そのものなのだから。
「そんな世界に未来は無い。人は死を乗り越えられないからその意思を後生に託し、残された人が切り開いていくもの、それが未来だ。それが無い世界なんて無価値だ。」
「…そうか、それが貴様の答えか。どこまでも私とは相容れぬようだ。」
「ならば、ここで消えろ。貴様らは私にとって不快の極みでしか無い。」
その一言の後、彼を取り巻く空気が変わった。
「ゲーティアの第三宝具、展開を確認しました。」
そしてマシュは魔術の盾をその手に持ち、宝具を受け止めるために前に掲げる。
「…本当に、私に出来るのでしょうか」
彼女はこの宝具を一度その身に受けている、不安にならないはずが無い。
「大丈夫、だってマシュがあの時護ってくれたもの、それが今のマシュの宝具だ。」
「だから、自分を信じて」
俺の一言で彼女は覚悟が決まったようだ。
「はい、マスター!」
「____では、この時代と共に燃え尽きよ。」
「行きますマスター、あなたと…私の旅はこんな所では終わらせません!」
そして、彼女はあの時と変わらずに駆けていった。
でも今の俺には不安は無い、あの光帯は三千年に渡る知的生命体のエネルギーの集合体だ。
たかがそんな程度のものではマシュの護りは破れない。
※※※
「ではお見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を!
第三宝具、展開。 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。
――そう、芥のように燃え尽きよ!
『アルス・アルマデル・サロモニス!』」
何故マスターがあれほど私の護りに自信があるのか、その理由をいくら聞いても私は自信を持つことが出来ない。
私が護ったものが今の宝具だ、と彼は言った。
それがどんな物か、それは今の私には分からない。
けれども、マスターが私を信じてくれている。
その事実だけで私は立ち上がることが出来る、だって私はそれだけでここまでやって来たのだ。
そのとき彼女は自らの霊気が元に戻りつつあると気づいた。
背中にあった髪の感覚が無い、見ることは出来ないが瞳の色も元に戻っているかもしれない。
恐らく、これはこの瞬間だけの奇跡。
その奇跡はきっと弱気な自分を一時でも乗り越えた、その証明だ。
人類史を集約した光帯が真っ直ぐ私の元へ向かってくる。
私の背後ではマスターが見てくれているのだ、ライダーの宝具を使えばここより安全な場所で待機できるのに、彼はこの場所をあえて選んだ。
ならば私はその期待に報いらなければならない。
絶対にここでこの光帯を止める!
「真名解放、ロードカルデアス!」
私の前に青く光る巨大な壁が出現し、ゲーティアの宝具が衝突する。
そして星を焼くほどの熱量が私を貫く。
そう思って疑わなかった。
しかし私はその攻撃を防ぐ間、まるで熱さを感じなかったのだ。
初めは私が光帯の熱量に耐えきれずに死んでしまったのかと思った、だがそれは違った。
私のマスターが言っていたことは本当だったのだ。
そして、この盾の光を見て私は、己の宝具を構成する物が分かった。
それは『未来』」だ。
この盾の光はカルデアスの灯火、遙かへと続く未来の光に他ならない。
「馬鹿な!そんなはずが無い!過去の人類史を全て集約したあの光帯を防ぎ、周りの空間をも変化させないだと…あり得ない!」
「ゲーティア、あなたの宝具ではこの護りは崩せない。」
「その宝具は2016年までの人類史の結晶ならば、私は2017年以降の人類史そのものがこの宝具です。三千年の過去を集めても無限に続く未来には敵わない。」
「…それは虚言だな、2016年で人類は消滅する。これはもう覆ることはない。」
「いいえ、これは虚言ではありません。それを今ここで証明します。」
そして私はこの壁の形を変形させた。
「!?」
私の目的に気づき、宝具の展開を止めようとしていたがもう遅い。
三千年の人類史の集合体、魔術王ゲーティアの第三宝具を私は全ての気力を使い、跳ね返した。
恐らく今回は魔力の消費が今までに比べ桁違いだったのだろう。
きっとすぐに私は実体を保つことが出来ずに、霊体に切り替わる。
その前に一つ、私のマスターに伝えたいことがある。
それを言わずにこのまま戦線を離脱することは出来ない。
「マスター、私、やっと…先輩の…役に」
立てました、と。
しかし私は最後まで言い切ることが出来ずに意識が遠のいていった。
※※※
「信じられない。私の第三宝具を防ぐだけで無く、それを跳ね返すなど…」
そういうゲーティアは、直前に左へ体を傾けていたようで損傷は右肩から手の先までに留まっていた。
分かっていた事だ、これだけで彼を倒す事は出来ないと。
彼は魔神柱であり、この時間神殿ソロモンがある限りは死ぬことは無い。
しかしさすがに自らの宝具は例外らしく、損傷した部分の回復が追いついていない。
「私はお前達を侮っていた、それは認めよう。」
「だがそれまでだ、これ以上お前達に出来ることは何も無い。」
「やはり無意味だったのだ、英霊どもの足掻きも、お前の生存も。」
「第三宝具、再装填。
貴様の死をもって人類史に幕を下ろす。」
「まぁゲーティア、そう焦るなよ。ゲストが一人来ているじゃないか」
「ゲストだと?」
そして、どこからともなく現れた彼はこちらを見てにっこり微笑んだ。
「やあ、君達は本当によくやってくれた。ここからは僕の出番だ」
俺はこれから彼がやろうとしている事をよく知っている。
だがそれを止めることは出来ない、彼が動かないとゲーティアを倒す事が不可能になる。
「…ごめん、ロマンの未来を守ることは出来なかった。」
「いいや、いいんだ。これは僕がやらなければならないケジメだ。」
「ロマ二アーキマンだと?貴様はただの人間だったはずだ、どうやってここにたどり着いた?」
「いや、その霊気は…」
その先は俺も知っている結末だった。だが俺はロマンが消えるその直前にあの時言えなかった言葉を言った。
「さようなら、ドクター。」
その言葉に対する彼の言葉を聞き取ることは出来なかったが、『バイバイ』とだけ口を動かしたように見えた。
※※※
「私はまだ負けてはいない、最後の一柱が潰える前に第一宝具を発動すればいい!」
「貴様を殺し、私の計画を完遂する。」
ドクターのおかげでゲーティアの不死は過去の物になった。
なら、ここからは俺たちがやらなくては。
「皆、出番だ。」
その言葉を受けた3騎の英霊が実体化する。
「たったの3騎か、この程度の数で私を倒す事は出来ない。」
「それはやってみなくちゃ分からないだろ?」
そして戦いの火蓋が切って落とされた。
※※※
時は少し遡り作戦会議でのこと。
「戦いが始まってからゲーティアに第三宝具をもう一度打たれたら俺たちに勝ち目は無い。」
「確かにそうだ、私にも防御のための手段をいくつか持ち合わせているとはいえ、あの光帯が相手では紙切れ同然だ。」
エミヤの言う通り、心眼も矢避けの加護も恐らくあの宝具には通じないだろう。
「だから必然的に宝具を打たれる前に奴を片づける必要がある、それでこれは推測なんだけど…」
「恐らく奴の弱点は体の中心にある目玉のような物だと思う」
前に奴と戦ったとき、そこだけは傷一つ付けないように立ち回っていた。
「そこを狙って戦って欲しい、そして…」
全員の顔を見て俺はこう言った。
「出来るだけ奴の注意を引くように戦ってくれ」
※※※
第十節
戦う理由
何故だ?
何故私はこの場で奴のサーヴァントなどと戦っているのだ?
人類史のターニングポイントとなる七つの時代を特異点に変え、危険分子であるマスター適性者を一同に集め、カルデアスの事故によって全滅させる。
私の計画は完璧だってはずだ、なのにどうして目の前にいる奴のように計画道理に行かない者が現れる?
カルデアの人類最後のマスター、奴が居なくなれば計画の全てが完遂される。
しかし奴はどんな状況に追い込まれても諦めない。
いつだってその目には光が宿っている。
多くの英霊が奴を『人間らしい』と評していたが、こいつの精神は人間のそれとは私は思えない。
奴には負の感情が無いのか?
何故ここまで投げ出さずに戦い抜くことが出来るのか?
きっとそれはどれだけの時間が過ぎようとも理解することは出来ないのだろう。
「…やはり貴様は、邪魔だ。」
その時の私は奴をこの目でしっかりと捉えていた。
※※※
「出し惜しみは無しだ、最初っから全力で行くぜ!」
3騎の中から真っ先に前へ飛び出していったのはランサーだった。
「その心臓もらい受ける、ゲイボルク!」
それはランサーの必殺の一撃、敵の心臓を貫くという結果を先に決定し、その後に槍が襲いかかるという因果を逆転させる宝具。
だが、その槍はゲーティアの作り出した魔力による結界に阻まれた。
「勘のいいサーヴァントだ。私の弱点を初見で見破るとは。だが私が自らの弱点に保険をかけていないとでも思ったか」
そうか、前に戦った時は傷一つ付かないように立ち回っていたと思っていた。
しかしそれは違った、あの時は奴の弱点には傷一つ付けることが出来なかったということか。
「ちっ、まぁそう簡単にはいかねぇか」
ランサーは必殺の一撃を防がれ、不機嫌そうに言った。
ともかくあの結界を破らなくちゃ俺たちは勝てない。
ならば…!
「令呪をもって命ず、エミヤ。真名を解放せよ!」
俺の令呪はサーヴァントの宝具展開にかかる魔力を負担することが出来る。
だがこれで俺に残る令呪は一画になってしまった。
令呪を失うとサーヴァントを使役することが出来なくなってしまうため、これ以上使うことは出来ない。
「I am the bone of my sword.」
「"unlimited blade works"」
そして、世界はその色を変えた。
どこまでも続く荒野に、地面に突き刺さった無数の剣。
夕暮れのような空は暖かみというより乾きを感じさせた。
「魔術王、剣戟の極致を貴様に見せてやる」
そう言ってゲーティアの弱点である体の中心部に向けて無数の剣が襲いかかった。
俺はマスターとしてまだまだ未熟だ。だからこの宝具で全力を出すときは令呪によるサポートが必要だとあっちの世界で契約したばかりの頃に言われたのだ。
そして今、彼の本気を初めて見た。
この世界に存在する剣が全て襲いかかるという光景を想像しただけで、結界を使いそれを全て防いでいるゲーティアの化け物っぷりがよく分かる。
剣の雨がやみ、土煙の中から奴が現れる。
「貴様、どこの英霊だ?こんな宝具どこの伝説にも存在しまい。」
そして彼の弱点である目玉に傷は全く付いていなかった。
やはり奴を倒す事は出来ないのかと諦めかけたが、結界の方にはひびが少しだけ入っていた。
「魔術王、そんな戯れ言を言っている暇はあるのか?」
エミヤのその一言の後に、強烈な光が周りを照らした。
ライダーの張った魔方陣から溢れ出た、純白の光だ。
その魔方陣から現れたのは巨大な天馬。
彼女はその馬に乗り高らかと真名を口にする。
「ベルレフォーン!」
その天馬の走りは一筋の光となり、ゲーティアの結界に直撃する。
それを受け止めるゲーティアは表情一つ崩さない。
「はあああああ!!」
だが、彼女の全力の宝具はゲーティアの結界をどんどん歪ませていき…
その結界を破壊した。
「何!?」
そこでやっと彼が驚きの表情を見せた。
しかしライダーは結界が破壊された瞬間後ろに吹き飛び、追撃は出来ずに終わった。
「だがこれであいつの弱点に一発ぶち込めれば…」
ランサーがもう一度宝具を使おうと槍を構えた。
だが、ゲーティアの表情を見てその手を止めた。
笑っていたのだ、追い詰められたはずなのに。
「案外やるじゃないか、思っていた以上の抵抗だ。」
「しかしここまでだ、後一手足りなかったな。」
そう、彼は俺たちが短期決戦を仕掛けてくると読んでいた。だからあえて結界を破壊させるまで放置していたのだ。
更に言えばゲーティアは、その間一度たりとも反撃してこなかった。
それは何故か。
その答えはつまり、彼は初めから自らの拳を使うこと無く俺たちを倒す術、つまり第三宝具の再装填しか狙っていなかったのだ。
その時間稼ぎが出来れば勝ち、と分かっていたから俺達を好きに戦わせた。
「これで正真正銘の終わりだ、今の貴様らにはこれを止める術は無い。」
宝具を発動しようとするゲーティアに、高速で向かっていく影があった。
それは先ほど吹き飛ばされたライダーだった。
「破れかぶれの突撃か、実につまらん。」
そして目の前まで近づいたライダーに対し、彼は手刀で彼女の心臓を貫いた。
「がっ…ぐっ」
彼女が血を吐き出し、地面を赤く濡らす。
しかしその口を閉じること無く、必死である言葉を口にする。
「ブレイ…カー…ゴルゴー…ン」
その瞬間ゲーティアの瞳をライダーのバイザーが覆った。
彼女の宝具の一つ、魔眼を普段覆っている強力な幻術結界。
「考え無しでは無かったようだが、それは私には効果が無い。」
「この瞳が覆われていても気配でどこに英霊が居るのかが私には分かる、貴様のこれは意味の無い抵抗だ。」
そう言ってゲーティアはその手をライダーの体から引き抜いた。
「遊びは終わりだ、疾く失せよ。」
※※※
「第三宝具、展開。 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。
――そう、芥のように燃え尽きよ!
『アルス・アルマデル・サロモニス!』」
視界は辺り一面暗闇だが、気配からして奴のサーヴァント達は逃げも隠れもしていないようだ。
それもそのはず、そもそもこの宝具を躱すことなど不可能なのだから。
これでようやく戦いが終わる_____
※※※
彼は油断していた、その瞬間自らの勝ちを確信していた。
だからこの先の結末は偶然では無い、一人の少年の計画に彼が乗せられていたに過ぎない。
マシュがゲーティアの宝具を跳ね返したことも、3騎のサーヴァントの宝具で結界を破壊したことも、それを妨害せずに彼が宝具の展開に力を注ぐということも全て読んだ上で、この油断した一瞬を作り出すための物だと彼は予想していなかった。
人類史を焼き尽くす一撃が放たれた瞬間、彼の背中から少年の声がした。
「終わりだ、ゲーティア。」
そう言った後、一本の槍が結界の無くなった弱点を貫いた。
そして彼は遅まきながら気づく、サーヴァントの気配にばかりに気をとられ、マスターの気配が無くなっていたことに。
※※※
この世界での俺は現実世界での持ち物がそのまま反映されている。
だから俺は胸ポケットにあったダヴィンチちゃんのプレゼントを使うことが出来た。
だがこの気配遮断ポーションだけではゲーティアの目を欺くことは出来ない、そう考えた俺はメデューサに戦いの最中そのバイザーをゲーティアに付けてくれと頼んでおいたのだ。
しかし隙を突いたところで今度はゲーティアに傷を付ける武器が必要になる。
そこで俺はエミヤに宝具を展開した瞬間ある槍を探した。
それは特異点冬木のランサー、メデューサの持つ不死殺しの槍。
エミヤはあのあと英霊の座に帰ったためメデューサの槍を持つクーフーリンとの戦いを覚えていない。
けれども彼の宝具は別だ、エミヤの記憶に残る残らないに限らず一度見た武器はその世界にストックされる。
それらのことが重なって俺はゲーティアの背中から弱点である目玉を貫くことが出来た。
後は空間が崩れる前にカルデアに…
「まだだ、まだ…」
「まだ、終わっていない。」
ゲーティアが振り向き、俺を見た。
「貴様だけは…絶対に…」
まずい、奴が宝具を打ち終わった後ならば、もう戦えるサーヴァントはいない。
そして何より、恐怖で俺の体が動かない。
「殺…す。」
迫り来る拳を躱すことは出来ない。
そう確信し諦めた次の瞬間。
「『突き穿つ死霊の槍』」
ゲーティアの体にもう一本の槍が突き刺さった。
その事でゲーティアの動きが少し止まり、俺は一目散に走って紙一重で拳を躱した。
力を使い果たしたゲーティアがその場に倒れ込み、俺を見てこう言った。
「何故貴様一人を殺すことが出来ない?貴様を殺せば終わりだというのに…」
「…最後に一つ、貴様に聞きたいことがある。」
「なぜお前は諦めなかった?ここまで戦えた?ただの人間であるお前が、何故?」
「…それは生きるため、そして大切な人を護るためにここまでがむしゃらに走ってきた。それだけだ。」
「ならば貴様はただ自分とその周りの人間しか護っていなかったと言うのか。そしてここまでやってのけたのと。」
「…道理で勝てないわけだ。貴様は人類史すら護っていなかったとは…」
そして誰よりも人類を思って戦った獣は、光となって消えていった。
※※※
戦いは終わった、しかしのんびりはしていられない。
ゲーティアの消滅と同時にこの神殿は崩壊し始めている。
「ランサー!」
あの宝具を食らって生き残ったなんて信じられないが、あの槍、あの宝具はクーフーリンの物以外あり得ない。
しかしその姿は辺りを見回してもどこにも居なかった。
「…まったく、格好つけちゃって。赤い弓兵にそっくりだ。」
俺はランサーやアーチャー、ライダー、そして駆けつけてくれたたくさんの英霊に感謝しつつカルデアに向かって走った。
※※※
崩れゆく足場をひたすら全力で駆けていく。
ダヴィンチちゃん曰く光帯を束ねる力が失われたことで元の状態に、つまり大気に戻り爆発する。
星一つ生み出せるほどの爆発なんて食らったら俺は跡形も残らない。
その前に空間断層から正門に戻らなければ…
というかこのままだと足場が無くなる方が早そうだ。
前に来たときはここで人王ゲーティアと戦ったが今回は現れなかった。
彼はあの時の自分を“残滓”と言っていた。
つまりは本来なら現れない者だったのだろう。
今はそれよりただ全力で走る!
何故こんなに焦っているかというと、俺の記憶よりここが崩れるスピードが明らかに速くなっているからだ。
聖杯の人王ゲーティアを再現できなかった腹いせか?
そして何より俺はこの先の結末が分からない、覚えていないのだ。
っと!
危ない、左足を前に出した瞬間右足の足場が崩れた。
何とか着地した左足だけで体勢を立て直し、再び走る。
しばらく走って正門が見えた。
ゴールはもう少しだ。
――早く!
――――早く!
――――――あと、一歩…!
しかし、その一歩を踏み出そうとした時、俺の下には地面は無かった。
体は落下していき、視界が黒く染まる。
ちぇ、あと…少しだったのに…
「まだです、手を伸ばして!先輩!」
その瞬間、俺の胸に希望が宿った。
そして俺は少女に向けて手を伸ばす、あの時と同じように。
「…ああ!」
※※※
第十一節
マシュの願い
「先輩!目を覚まして下さい!先輩…」
声が聞こえる、俺の大好きな後輩の声が。
その声に反応して俺は目を開いた、そしてまばゆい光が瞳に映った。
「マシュ、おはよう。」
「せんぱいーーーーー!」
突然の後輩からのハグ、そして俺ももちろん。
「マシューーーーー!」
ハグを返す、この後職員がいることに気づいて互いに恥ずかしくなるところまでしっかり覚えているが、体が止まらなかった。
その後はスタッフ全員飛び上がって喜び、くず玉と紙吹雪で祝ってくれた。
そして今後のことを少しダヴィンチちゃんと話し、ある任務を依頼された。
「君たちはこの座標まで、この装置を設置しに行ってくれ。」
俺とマシュはカルデアの外に出て、その座標の位置まで行きあの景色を観た。
「…ああ、忘れてた。」
それは俺が忘れた思い出の中で一番大事だった物。
俺たちの時代の空、マシュがずっと見たいと言っていた蒼の世界。
「先輩。私はこの光景を初めて見ました。
私の記憶はソロモンで散った時までで、私は英霊となり、先輩とここまで旅をしてきました。
…まさか英霊になってから見ることが出来るなんて思いもよりませんでしたよ。」
「マシュ、君に伝えたいことがある。」
それはずっと心に残り続けていた思い。
「現実の世界で、俺はマシュを死なせてしまった。
俺はマシュにずっと謝りたかった、俺は護られてばかりで…それで…」
瞳から涙が溢れる、声が震えてうまくしゃべれない。
「俺が戦闘では役に立たないって分かってても悔しくて…」
「ずっとマシュに辛い思いばっかさせて…俺がもっと優秀なマスターだったらって何度も思った。」
「あの時だって俺みたいな一般人じゃ無くて名門の魔術師だったらマシュは死なずに済んだかもしれないって!ずっと…」
「きっと聖杯が俺から感じ取った強い感情って奴は…後悔だよ。」
「マシュを聖杯に呼ばせてたくさんひどいこと言わせたのは俺の願いだったんだ、マシュが俺に不満を持っているならさらけ出して欲しいっていう。」
「それで、俺はマシュに…許されたかった。」
そこまで言い切り、俺はなんてひどい願いを聖杯に託したのだと自分を呪った。
俺の独白を聞き終わり、マシュが口を開いた。
「…私も先輩に謝らなければなりません。」
「先輩の記憶が一部無くなっていたのは私が聖杯に望んだことなんです。」
「…え?なんでそんなことを…?」
「私は…羨ましかった、現実世界に生還して先輩の隣にいる彼女が。」
「だから先輩の記憶を出汁にしてちょっと独り占めしちゃいました。」
俺の記憶を奪った張本人を目の前にしているのに怒るどころか少し胸がときめいてしまった。
「でもそれはやっぱり間違っていたことなんですね、私は現実の世界でマシュキリエライトになっていた彼女を羨ましいと思っていた、でも違う。彼女も私だった。今だって先輩を支えているのは私だって気づいたとき、私は報われた。」
「…そうか、今のマシュって結構悪い子だったんだ。出会った時からは想像も出来ないよ」
「そうですよ、なんたって今の私はオルタですからね。」
「でも私を悪い子にしたのは先輩のせいなんですから責任とって下さいよね」
「ちょっ!責任をとってってそんな…」
どうしよう、顔が熱い。
そして周りの景色は崩れ始めた。
「お別れの時間みたいですね」
「私はさっき先輩が言っていたことにたっくさん言いたいことがあるのですが、それはきっと先輩の隣にいる私が伝えてくれるでしょう」
「だから先輩、あっちの私と話をしてから私を呼んで下さいね」
そして彼女は微笑みながら最後に小さな声でこう言った。
「先輩、この景色を私に見せてくれてありがとうございます。」
※※※
彼女は消えゆく世界でそっと微笑みながら、勇気が出せなかった自分を悔やむ。
たった一言だったのに。
どうしても言えなかった、たった二文字の言葉。
…そういえば一つだけ先輩が思い出していない記憶があったけれども、きっと大丈夫だろう。
※※※
「先輩、起きて下さい。こんな所で眠っては風邪を引いてしまいます。」
目を開いた瞬間、マシュの顔が瞳に映る。
そうか俺は…帰ってきたんだ。
「マシュ、おはよう。」
「はい、おはようございます先輩。」
確か…そう、マシュに言わなくちゃいけないことがある。
「マシュ、俺たくさん聞きたいことがあるんだ。」
そして立ち上がり、彼女に深々と頭を下げてこう言った。
「俺に対する不満なところを言って下さい!」
「え?えええええ!?何ですかいきなり!?」
「ずっと前から旅の中でマシュにばっかり負担をかけていたこととか、もっと優秀なマスターだったらソロモンの時マシュを死なせずに済んだんじゃないかとかいろいろ心の中でため込んでで…その…」
「…俺みたいな奴がマスターでごめんって事を伝えたかったんだ」
「そして…そんな俺でも一緒にいてくれるかってことを…」
俺はこの言葉を伝えるためにあまりにも遠回りをしてしまった。
そんな俺に対して彼女は言った。
「先輩に対する不満はあります。」
彼女がどんなことを言おうとも受け止める覚悟で身構えていると。
「一緒に買い物に行ってくれるという約束を忘れたことです。」
「…え、それだけ?」
「そうですよ、それ以外に先輩に不満なんてありませんよ。」
「だって私は他の誰でも無い先輩がマスターだったから、あそこまで戦えたのですから。」
「私にとって先輩以上のマスターなんていません、これは絶対です。」
彼女は俺を真っ直ぐ見て、そう言ってくれた。
「ううっ……うわあああああぁぁ…ああ」
その言葉は俺の心に染み渡り、いつの間にか泣いていた。
こんなに声を上げて泣いたのは何年ぶりだっただろう。
…そう言えば何年ぶりも何もこの間エミヤに泣きついていた気がする。
「先輩、顔を上げて下さい。これから一緒に出かけるのですから」
「出かけるって…?」
「ダヴィンチちゃんに相談したところなんとこの雪山を上り下りできるマシーンを開発してくれたのです、だから一緒に街まで行きましょう。」
※※※
プロローグ
「そうだマシュ、街に行く前に少しだけ寄りたいところがあるんだけどいい?」
「はい、時間はまだありますし。いいですよ」
マシュを連れて俺は英霊召喚室へ向かった。
「先輩、今は魔術王の脅威が去って呼びかけに応じる英霊は居ないってダヴィンチちゃんが言ってましたよ」
「だから今が狙い目なんだ。」
「?」
こんな時期に召喚に応じてくれるサーヴァントなんて一人しか居ない。
手持ちの聖晶石は三つ。一回分だけ残しておいたのだ。
…というかあの世界での石の消費だけは現実に影響するのか、何だか理不尽を感じる。
そして俺は聖晶石を使い切り、魔方陣を起動させた。
現れたのは、もちろん…
end
それが意味の無い戦いでの死ならば、フォウさんが完全に蘇らせる事が出来たのかもしれない。
でもその戦いは命の終わりについての戦いだった。
だから完全なる死者蘇生は不可能なのではないか?
そう思いこの物語を描きました。
この物語を読んで少しでも何かを感じ取って頂いたなら私は幸福です。