「ふうん…あなた、あの子を知っているのね」
館に入れられた私がサラさんの話をすると、シャルロットさんは私に彼女のことを話してくれた。
「あの子、面白い子だったわよ」
「覚えているんですか?」
「もちろんよ!お客様ですもの……あの子は、羊になりたいだなんて言ってお願いしてきたの、面白いでしょう?」
「……私も初めて聞いた時、驚きました」
「そうよねえ、それほどまでに……きっと、大変だったのね」
「?」
「植物の妖精って、一年中働かなきゃいけないのよ?それをあの子は1人で全てこなしていた。それって想像するよりもずぅっと大変なことなのよ」
ハッ、とした。
「だから羊になりたいってのも少しはわかるわ。あの子、羊は自由だって言ってたから。自由になりたかったんでしょう」
自由に、なりたかった……か。考えていると、大きなソファに腰掛けたシャルロットさんは私に続けて言った。
「ま、話は明日しましょう?私、今日は疲れたわ」
シャルロットさんはふわぁぁとあくびをする。
口元に当てられた右の手首には綺麗なブレスレットが通されており、真っ赤に塗ったマニキュアがキラキラと光を反射している。指の1本1本、体の先まで美しいだなんて罪だ。これは重罪だ。
「お嬢ちゃん、この館はあなたがいる間は自由に動いていいわ。泊まるのは……そうね、エントランスの奥の大きな扉の先に、お客さん用の部屋が沢山あるの。その中からだったらどれでも好きな部屋を使って」
「わかりました」
「OK、じゃ、私はこれで!」
と言って指を鳴らすと、彼女は猫の姿になってどこかへ走り去ってしまった。
えええ……びっくりして、何も言えなくなる。魔法使い、何でもありだな!
私は、屋敷の中を少し見てみることにした。
目の前にはシャルロットさんが座っていた大きなソファ。ここは客室だという。大きな丸い机が置かれてあって、客が来た時にはこれを囲んで話をするそうだ。フローリングには暖かいカーペットが敷かれてあって、奥には暖炉がある。落ち着く雰囲気の部屋だった。
エントランスに戻る。屋敷の顔ともいえるエントランスは、サンライトイエローに輝いていて、豪華なシャンデリアが飾られている。まるで日の出の光のよう。
2階へと繋がる階段の手すりは黄金で、手を触れてしまうのすら恐れ多い。階段を登り終えた先には低い柱が二本あって、猫をかたどった彫刻がそれぞれに置かれている。
階段から右へ行くと緑の扉があり、左へ行くと黄色の扉がある。どちらも気になるが、後で行ってみることにしよう。
階段を降り、もう一度エントランスを見回すと、階段の左側に奥へ続く道があった。そっちへ行ってみると、右にも左にも数え切れないくらいの部屋があった。この中ならどこでも使っていいのか……ここは天井が低くて、少し薄暗い。照明は上ではなく下にあって、わずかに足元が照らされる。
私は右側2番目の部屋を使うことにした。ドアノブには草のリースが飾られていた。
中に入ると、右側に洗面台、トイレ、お風呂、奥には机と椅子、ベッドがあった。生活するための最低限のものは置かれているようだった。机の上にはポットとティーカップ、それにピーチティのティーパックが置かれてあった。
「なんておしゃれな」
独り言をつぶやく。
私にはお風呂やトイレは必要ないけど、きっといろんなお客さんが来るのだろう。
ベッドの近くには窓があった。近づいて開けてみると、冷気が入ってきた。そういえば、この部屋は無駄に暑い。冷たい風が私を癒してくれた。
外の景色は広大で、それはそれは美しかった。辺り一面真っ白な雲、遠くには太陽が輝き、私の未来を明るく照らしてくれているようだった。
「……ふぅ」
息を吐き、部屋の外へ出る。さっき見つけた部屋に行ってみようかな。
階段を登り、まずは右側の緑の扉がある部屋に入る。
スゥッ……と独特な匂いが鼻をつく。目の前が真っ暗で、何があるのかわからない。
手を動かしてみると、左手がなにかに触れた。スイッチのようだったので押してみると、部屋が明るくなった。
「うっ……わぁぁ……!」
思わず声を上げる。真っ暗だと思っていたけれど、私の目の前に広がるのは一面の緑。
「ここは……?」
「植物園よ」
いつの間にか、後ろにさっき猫になったはずのシャルロットさんがいた。
「ここは四季折々の植物を置いているの」
「四季折々の……」
進んでみると、私の知らない植物がたくさん置かれてあった。
「これは?」
と聞くと、全て教えてくれた。
「薔薇、向日葵、秋桜、水仙……どれも綺麗でしょう?」
「ええ、とても……」
見入っていると、シャルロットさんは言った。
「これ、サラが持ってきてくれたのよ」
「サラさんが?」
「ええ、私にお願いをしに来る人には、私見返りを求めているの。あの子に求めたのは、美しさ……サラにとってこの花たちは、植物の妖精としての最後の仕事。だから、美しいの。
反対側の部屋はまだ行っていないんでしょ?もう明日にしたら?今日は遅いわよ」
「えっ、でもさっき外は明るかったよ?」
「日が登っていたんじゃあないの?……私はもう寝るわね、おやすみ〜」
そう言ってひらひらと手を振り、シャルロットさんは部屋を出ていった。私もその後に続く。
部屋に戻り、ベッドに横になる。なにか考え事をしていたような気もするが、ひどい眠気に襲われて寝てしまった。
その晩、私は初めて夢を見た。私が人間になって、柊二君に会いに行く夢だった。柊二君は私を抱きしめてくれて、私も抱きしめ返した。私たちは幸せだった。いろんなところへ出かけた。柊二君は私に、指輪を渡してくれた。その時なにか言葉を言っていた気がするけれど、その言葉が聞こえなくて、曖昧なところで私は目を覚ました。