──記憶……?どういうことだろう。
「私の、記憶?」
「いいえ?あなたが失うものは羽だけよ。あなたの言う人間、春山柊二とやらの記憶を……あなたに関するものだけ、頂くわ」
……それはつまり、柊二君が私のことを忘れてしまうということだ。
先ほどまで優しい言葉をかけてくれていた女性とは思えないようなことを言い出すもんだから、私は驚いてしまっていた。
すると、シャルロットさんはこう続ける。
「記憶を頂くと言っても、彼の頭にちゃんとあなたの存在があれば、思い出せるわ。そんなに強い魔法はかけない。安心して」
「愛が確かなら、あなたのこと思い出させてあげなさい。あなたがいくら頑張ってもあなたのこと忘れたままだったら、その時は戻っておいでなさい。
……羽をまた授けてあげるわ」
きっと……きっとシャルロットさんは、心が優しい人なのだろう。
真っ赤な髪の毛が象徴である彼女は、そのまま彼女の性格のよう。強気であって気ままな猫のように、けれど人に添うことの出来る明かりのようで。
私は気づく。彼女は本気で心配してくれているのだろと。
やっぱり、たった数日間の種別違いの恋なんて、客観的に見ても応援なんてできないのだろう。……けれど私は、彼と一緒にいたい。その想いが強すぎて、何だってやってみせるって、拳を握った。
「わかりました」
返事をすると、私の髪がゆっくりと浮かび上がる。私はゆっくりと目を閉じた。
頭の中に、柊二君の顔が鮮明に浮かび上がる。出会ってすぐの変な人を見るような顔、氷で滑って怖そうに叫んでいた顔、冗談を言って笑った顔、夜空を見た次の朝の辛そうな顔、離れたくないと泣いていた顔……あの数日間、いつだって真っ直ぐに思いを届けてくれた。今度は、私が彼に会いに行く。私が彼に思いを届けるんだ。たとえ彼が私のことを忘れていても。
目を開けると、私の白かった髪が、だんだん柊二君の黒髪のように、色をつけていくのが見えた。
まだ生えたばかりの羽がうっすらと光をなくしていく。光の玉が飛んでいき、じわりじわりと、私は妖精でなくなっていった。
涙が一粒こぼれた時、
「終わったわよ」
シャルロットさんが短く呟いた。
ぱちり、ぱちり。瞬きを繰り返す。ぐっと力を入れても、もう体は浮かび上がらない。
さらり、髪を撫でる。艶のある黒髪は、確かに私の頭についていた。ほんの少し前までの白かった髪の面影はどこにもない。
本当に人間になったのだ、と実感する。
涙が出そうになった。大丈夫かな、私本当に柊二君の記憶を戻してあげられるのかな、もしだめだったら?もし柊二君が私を思い出してくれなかったら?……そんな不安が今更私を襲う。
腕組みをしたシャルロットさんが眉をひそめて立っている。怒っているようではなく、私に同情するような顔だった。
「……あとであなたのいた山まで送ってあげるわ」
ぼそりと言ったシャルロットさんの声が私の耳に入ってくる。
「私がいた場所……どうして知っているの?」
「魔法使いだもの、そのくらいわかるわ」
「そう」
なんだか続ける言葉も思いつかなくなって、私は俯く。
「あなたが人間になりたいって言ったのよ?信じなければ、叶う夢も叶わないのよ……前を向きなさい、お嬢ちゃん」
ゆっくりと決して大きいとは言えない声で、でも力強く、シャルロットさんは言った。
ぴくり、心が跳ねる。『前を向きなさい』……その言葉が、一瞬で私の後ろ向きな気持ちを払い除けた。
顔を上げ、私は言う。
「ありがとう!」
精一杯の笑顔で。