「さて、準備が出来たら言ってちょうだい。まだやり残したことがあるなら今のうちにね」
そういってシャルロットさんは外へ出ていく。
私はしばらくそこから動けないでいたが、頬を叩いて足を一歩踏み出す。
私はどうしても好奇心に抗えず、昨日行けなかったエントランスの2回、左側の黄色の扉の部屋へ行ってみることにした。
ギィッ……と鈍い音をさせながら重い扉は開く。
中からは古い紙の匂いが漂ってきて、天井まで高く伸びる棚の中には、ぎっしりと本が立てられていた。
「う、わぁ」
見回せば、本、本、本!芳しい本の香りに包まれて、私はあることを思いついた。
奥へ行ってみると、カウンターのような所があった。そこで本を調べる。
「えっ……と」
数多くの本の中から、"記憶に関する本"を見つける。調べていると、"動物を飼う"とか"服飾について"とか、いろんなジャンルの本があった。なんでもあるなぁと感心していたが、そんな場合ではない。
やるべき事はただ一つ。柊二君の記憶を、戻すこと。
「B-2、B-2……あった!!」
本棚はK-8まであって、私が探していた本は比較的最初の方にあった。
本棚まで向かい、目的の本を探す。タイトルは『記憶の深海』。
なんだか座るのも惜しくて、その場で本棚にもたれかかって本を開く。
『記憶とは曖昧なもの─』
『失うことも、取り戻すことも簡単なものである』
冒頭を読んで、私は目次に移る。
「この本だ」と思った。せめて少しでも、役に立てば……。
人間になってしまった今、頼れるものはなんでも頼っておかないと。彼とずっと一緒にいたいと願った私のあの時の思いを無駄にしてはならない。
目的は「人間になること」ではないでしょう?……そう言い聞かせ、本を持つ手を強める。
第2章のところに、「記憶を呼び起こす」という項目があった。
パラリパラリとめくり、求めている文章に近い部分を探す。
「……これだ」
『記憶喪失や何かの記憶操作により、記憶が大きく消えてしまうことがある。そんなとき、周りの人々はどうすればよいか?──答えは簡単である。彼らの思い出の深い部分にあるものを引き出すのだ。
忘れ去られた記憶は、実は引き出しにしまわれているだけで、本当は簡単に思い出すことが出来る。
彼らの思い出の品であったり、音楽、景色、言葉……それらが記憶を呼び起こす大きなもとになる…………』
『しかし、記憶を失くした人に対する対応は少し考えなくてはならない部分がある。無理に記憶を呼び起こす様なことはしてはならない。
本人達は何らかの力により記憶を失っているか、無意識に心の奥底の引き出しに嫌な思い出をしまっている、その二パターンに分けられる。
前者の場合は彼らの思い出から探ることが可能になるが、後者の場合はそれさえも難しくなる……』
何らかの力により……思い出の品……柊二君の記憶を戻してあげるための、手がかりになりそうだ。
シャルロットさんが外で待っている。私は本を返し、足早に外へ向かう。
エントランス1階、大きな扉の前に立つ。来た時とは違う私が、キラキラ光る扉に映る。
真っ直ぐ立ち、前を見る。顎を引いて、堂々と。
「前を向きなさい」
シャルロットさんの言葉を思い出し、深呼吸をして、扉を押す。
外に広がる景色は来た時と変わらないのに、室内から一気に開放されたような気がした。目の前に開けた青く壮大な空。
あたたかい、と思った。空は高くて、本当は寒いはずなのに、私は何故か暖かさを感じた。
「あら、もういいの?」
シャルロットさんが私を見て言う。
私はにこりと笑って、大きな声で続けた。
「はいっ!」