妖精の羽   作:ささみ紗々

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私は絨毯から降り立つ。なんだか久しぶりの地面。いやそんなに久しぶりじゃないけど。

今思い出すと、ホント数時間前が夢のようで、雲の上の大きな館で私が人間になっただなんて、誰が信じられる?

柊二君に出会ったらきっと、また会えたねなんて笑ってくれるんじゃないかって錯覚してしまうけれど、そんな私の思いもシャルロットさんは全部わかっていて

「無理よ」

って苦笑いした。

すっかり伸びた草の上に降り立つシャルロットシャルロットさんも、なんだか切なげな表情をしていた。もしかしたら、彼女だってこんなことしたくないのかもしれない。誰かが幸せになる見返りを求めるだなんてこと。そんなことをシャルロットさんに聞こうとしたけれど、やめた。知らない方がいいのかもしれない。大人の事情ってもんでしょう?

「じゃあそろそろ、ね」

と言って微かにシャルロットさんは笑う。木に咲いていたシャクナゲの花を取って、私の耳にかける。淡い桃色のシャクナゲだった。

「花言葉は、『新しい扉』……。後悔はしないで、せっかくなんだから楽しんで?」

そう言ってシャルロットさんは2、3歩下がり、私を頭から足まで眺めた。

「……よく似合ってる」

揺れる赤い髪が、魅力的だった。

 

「じゃあね、お嬢ちゃん」

絨毯に乗ったシャルロットさんは、別れの言葉を言ってすぐに飛び立った。私はそれを眺めていた。ずっとずっと、瞬きもできなかった。

空から何かが落ちてきた。真っ白な、何か。ひらりひらりと私めがけて一直線に落ちてくるので、私は思わずそれを捕まえた。ふわっと私の手の上に降りたのは、それはそれは綺麗なワンピースだった。

広げてみると、首元には水色で羽の刺繍が施されてあり、背中のところにオーガンジーのリボンがついていた。リボンは陽の光に反射してキラキラと光っていた。その透けるリボンは少し長めでカットされており、風が吹く度になびいている。

「わぁ……!」

と声を上げると、足元に水色のパンプスが置かれてあるのが目に入った。

履いてみるとサイズはぴったり。私は浮き足立つ気持ちで、ワンピースを掲げながら回った。

 

重要なこと─ほんとに何よりも重要なことを、思い出した。というより、ついさっき気づいた、の方が合っているかも。山へついたのはいいけれど、ここから柊二君がいるところがわかる?わかるわけないじゃない!出会うまでに時間がかかりすぎる。なんだか早くも前途多難な予感がする。

 

『新しい扉』……ね。そうだ私はなんでここで止まってる?前を向かなきゃ。さぁ、歩こう。

私はとりあえず、山を降りることにした。でもその前に、お城に戻る。

お城の中には思い出の品がまだちゃんとあった。でも前よりもずっと溶けてしまっている。ステンドガラスの絵が、何を描いているのかわからないほどに。シャンデリアからぽたぽた雫が落ちてきていて、慌てて2階へあがった。

目的は、あのシラカシの板。

「良かった、まだここにある」

何ともなっていない二つの板。何の変哲もない、ただの板。だけどこれは、ちゃんと物体としてある、唯一の思い出の品。これがなきゃ、ダメなんだ。

私は板を持って、一回へ戻る。降りている途中に螺旋階段の手すりが一部壊れてしまって、私は冷や汗が止まらなかった。

ずっとここにあると思っていたお城が、形を失っていく。思い出が、消えてゆく。涙が1粒、こぼれ落ちた。

古くて薄汚かったヨロヨロのワンピースを脱ぎ、真新しいワンピースに着替える。信じられないほどにぴったりのサイズだった。服のことなんて私は何も気にしていなかったけれど、シャルロットさんには感謝しなければならない。最後までお世話になってばかりだ。こうなったら、ちゃんと夢を叶えないと。

 

ふん!鼻息荒く、一歩踏み出す。山の道は乾いていて、パンプスが泥にはまるなんてことはなかった。勇敢に、ただ前を向いて、一歩一歩踏み出す。

照りつける太陽が眩しかった。追い風が吹いて、草花が揺れた。拳を握る。歩くのが楽しかった。

 

さてどのくらい歩いただろう。喉がもうカラカラ、風は吹かなくなったし、光を遮る木もない雲もない。空を見上げると、腹が立つくらい真っ青だ。いやもう私の顔は真っ赤なのに、ため息ばかりが生まれていく。

その時、いやはや私は運に恵まれているなどと一人で呟いた。そよそよとどこかから水の音が聞こえてきたのである。

音のする方に顔を向ける。耳よ働け、さぁ今こそ。

九十度左に方向転換。私勢いよく走り出した。

少し進むと、木々に囲まれて暗くなった場所に、小川が流れているのが見えた。まるでここはオアシス。

私はワンピースを汚さないように屈んで、まずは一杯、手で水を掬い口に運ぶ。ごくり。新鮮な水が喉を通る。たった1杯で、あぁ生き返った、と本気で思った。暑さとはとてつもなく恐ろしいものなのだな、と痛感。

私は冷たく新鮮な水で身体中を満たし、満足したところで、冷静になった。

この小川、流れが非常にゆっくりである。ということは……あと少しで、山を抜ける!

さぁまた歩きだそう。すっかりビショビショになった顔を拭って、笑顔を作る。また風が吹いた。進むべき道は、ここにある。

 

太陽が暮れてきた頃、私は道に出た。いや、今までも道は確かにあったのだが、先ほどとは違う道だった。そうそれはコンクリート、つまり道路である。山をやっと抜けた私は、見たことのない景色に戸惑った。

しばらくそこで立ち止まっていると、なんとも恐ろしいものを目にした。

ブゥゥン!!!!ものすごいスピードでかけていく4足歩行の"それ"は、私に目もくれず走り去っていく。

ひやっとした冷たい汗が背中に流れた。もしかしてとんでもない場所に来てしまったとか?などと考えたが、じっとそこで立っていたら、そういえばと思い出した。あれは車だ!

昔おばあちゃんから聞いたことがある。人間の乗り物は沢山あって、自転車、車、バイクに船に飛行機に。柊二君を迎えに来たヘリコプターだってそうだ。どれもすごく早いスピードで移動することが出来て、どこまででも行けるんだ……って。

いやいやそれがわかったところで、思い出したところでなんだと言うんだ。私の旅路には関係ない。何から始めればいいのか皆目見当もつかず、少し卑屈気味に首を振る。

しかし数分後、私にとんでもなく素晴らしいアイデアが舞い降りてきた。

「乗せてもらえばいいんじゃない?!」

 

真っ白なワンピースを着て険しい顔であちらこちらうろうろしていた少女を、怪しいヤツだと普通は思うだろう。いや事実、車の中から私を見る人は、大抵変なものでも見るような目でこちらを向いた。失礼ね。

しかしながら、心優しい人もいるわけで。勇気を振り絞って声を上げながら手を振っていた私を、笹原梨乃さん、という女性が助けてくれた。私の勇気と彼女の優しさに乾杯!

 

さてそれからのこと、私は事の始まりから終わりまで─今に至るまで─梨乃さんに話した。彼女はニコニコしながら聞いてくれた。

なんていい人なんだろうと少し涙ぐんでいたところ、彼女が発した言葉で私の目は一気に乾いてしまった。

「面白い話ね、作家さんなのかしら?」

彼女をどれだけ殴りたいと思ったことか。しかし私はそんな乱暴なことはしない。自分を止めることのできた私の勇敢さに拍手を送りたい。

「ノンフィクションよ?私、柊二君を探しているの」

横を見ると、梨乃さんはパチクリパチクリ目を見開いて、笑った。

「あら、そうだったのね申し訳ないわ……してあなた、えーとセツナちゃん?柊二君ってもしかして、そこの山で遭難していた柊二君?」

「ええそうよ、私、彼と過ごしていたんだから」

「あら……じゃああの話は本当だったのね。」

正直「あら」の後はよく聞き取れなかったのだが、それは聞かないでおくことにした。

私の中にはそれよりももっと大きな、疑問が湧いていた。

「ねぇ梨乃さん、あなた柊二君を知っているの?」

「そりゃもう!だってあの人遭難して生きて帰ってきた、奇跡だって。何日もニュースで聞くわよ、彼の話」

「ニュース……?」

「ええ、朝から夜まで、一日の中で彼の話を聞かなかった日はないわね」

ニュースってなんだろうと思ったが、とりあえず知っているようなので彼女の話を黙って聞いておこう。

そう思った矢先、彼女の口から発せられたとんでもない発言が、私の耳に入ってきた。

「ていうかまぁ、私、彼の友達なんだけれど」

驚く私を横目でちらりと見て、茶髪ボブカットの梨乃さんは意地悪そうに続けた。

「協力してあげた方が、いい?」

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