妖精の羽   作:ささみ紗々

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彼女との未来
誰よりも、何よりも。


鈍い痛みが頭に響き続け、俺はそろそろ限界だった。

でも思い出したい、思い出さなきゃ、思い出すべきなんだって……そう思って、その気持ちだけで精神を持たせていたのかもしれない。

 

俺は急いで梨乃に電話した。

「あの子に会えないか」

と。

梨乃はすぐに飛んできてくれた。あの子……セツナちゃんを連れて。

 

 

近くの公園で落ち合った俺達は、そのまま数分間黙ったままだった。

無風の中、俺は言葉を選ぶ。なんて言えばいいのか、わからなかったから。

 

満開の桜の花をチラリと見やる。大ぶりの花一つ一つが、鈴のように輝いていた。

 

口火を切ったのは、セツナちゃんだった。

 

「あのさ、」

 

俺はまっすぐ彼女を見つめた。

 

「これ」

と言って、セツナちゃんは木の板を2枚、俺の前に出してきた。

「何、これ……」

そう言うと、セツナちゃんは顔をくしゃっと崩して、一瞬にして涙を目に溜めた。

 

「やっぱり覚えてないよね……」

 

セツナちゃんの目からは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうで、ガラス玉のように潤む瞳はゆらゆらと彼女の視界を鈍らせているようだった。

 

だからだろう。

俺があの板を受け取った時の表情を見ていなかった、見えていなかったのは。

 

 

▲▼▲▼▲▼

 

 

「そうだ、あなた名前なんていうの?」

 

「俺?俺は柊二、春山柊二だよ」

 

「はるやま……しゅうじ」

 

「うん。君はセツナちゃんだっけ?」

 

「……そう」

 

「じゃあ君は、セッちゃんだね!」

 

▲▼▲▼▲▼

 

「一緒に、いたいの。こんなのダメだってわかってる。だけど、だけどさ。こんな幸せなの知っちゃったら、もう一人になれない、なりたくないの。ごめんっごめんなさい。わがままだから……っ」

 

「セッちゃん……」

 

▲▼▲▼▲▼

 

「あれが春の大三角形だね」

 

「しし座のデネボラと……なんだっけ?」

 

「アルクトゥルスとスピカだよ」

 

「綺麗な名前だよね」

 

「だな」

 

▲▼▲▼▲▼

 

「さぁ行って、」

 

「もう……会えなくなる?」

 

「そんなことない……!次は……次はそう、」

 

「あなたのもとへ、私が会いに行くから!絶対に!だから行って……あなたのいるべき場所は、ここじゃない!」

 

 

▲▼▲▼▲▼

 

 

何かが、音を立てて壊れた。泡のように静かに。

記憶の波が押し寄せてきた。怒った顔、笑った顔、泣いた顔、辛そうな顔……百面相のようにコロコロと変わる彼女の表情に、俺は大きな好意を抱いていたじゃないか……!

 

 

「……セッちゃんっ!!」

 

俺は無意識に、本当に無意識に、彼女の名前を呼んでいた。

俺の愛しい人。大事な人。たった3日間だったけれど、手放したくなくて、どうしようもなく大切で……好きな人。

 

「しゅ、じくん……」

 

もうすでにボロボロと涙を流しながら、セッちゃんは俺の名前を呼ぶ。

涙と鼻水でびしょびしょになった顔を拭うこともせず、ただまっすぐに俺を見ていた。

 

俺はゆっくりとセッちゃんに歩み寄った。

記憶の深海に辿り着くように、ゆっくりと一歩ずつ。踏み出す毎に、あの頃の会話や仕草の一つ一つが鮮明に俺の頭に蘇ってきた。

 

だめだ、俺まで泣きそうだ。

ははっ、涙が出ないように笑ってみるけれど、セッちゃんのせいだ、涙が勝手に溢れてくる。

 

ギュッ……

俺は強く、彼女を抱きしめる。

 

その時、あの時と同じように、俺達の周りに強い風が吹き、俺たちを包み込んだ。あの時の景色とは違うけれど、春真っ盛りの公園で、桜の花がまるでお大きなドレスのように、俺達二人だけの舞台を作る。

 

「しゅうっうっ、ひっく、しゅーじくっ…じゅうじぐん〜〜!!!」

折れそうな程に細い彼女の身体。愛しい人。これだけ細くて小さな身体で、俺のためにどこまで頑張ってくれるというんだ。

俺が守るべき相手、誰よりも何よりも大切な人。

 

暫くそのままでいて、俺は口を開いた。

「どうして、俺は」

忘れていたんだろう。そう言いかけて、セッちゃんが俺の口を手で塞ぐ。

 

「私が……話すよ」

 

真っ赤に泣き腫らした目をこすって、セッちゃんは全てを語った。




エピローグ─彼女との未来─



それからのこと。

春が終わり、俺はちゃんと教師をやっている。
俺の家には漆黒の黒髪で純白の心の持ち主。クロゼットには白いワンピースが何着もある。全く、同じようなのしか着ないのか?
そう言ったら、「同じじゃないし!」と頬を膨らませて拗ねるんだ。

何日か休みをもらえた日には、あの飛鳥山へ行った。もちろん2人で。あの日のシラカシの板を持って行って滑ろうとしたところ、滑れるほど頑丈ではなくなっていた。



魔法が使えなくなってしまった彼女は、なんだか物足りないようだったけれど、実は彼女は今もずっと魔法を使えてるんだってこと、本人は知らない。

「俺は君のおかげでいつも笑顔でいられるんだよ。他の何でもない、君は俺の妖精だよ」

太陽に透けて見える幻想的な羽は、今はまた彼女の背中で輝いている。彼女が選んだ、背中にリボンのついているドレス。彼女らしいと思った。

真っ白なドレスを着ていつもよりおめかしした彼女を、俺は一生離さないと胸に刻む。

キラリと光る彼女の左手薬指。俺はそっとキスをする。
「誓います」
と言葉を添えて。

「春山セツナ、だって。変なの〜」
と言いながら、嬉しそうに顔をほころばせた。もちろん泣きながら。



その冬は、たくさんの雪が降った。でも暖かい冬だった。
人々は暖かい冬に気持ち悪がったけれど、これはきっと神の……というより、シャルロットさんとかいう人の悪戯だろうか。


とにかく俺は、ほんの少しの間にたくさんの経験をした。
これからも俺の人生は続くし、その隣にひとりの女性がいる今となっては、"俺達の人生"になる。
きっとみんな運命だなんだってくっついていくんだから、こんな出会いは運命以上のものに違いない。

何があっても大事にするんだ。
儚く、脆い、この妖精を。
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