「─────てな感じかなぁ。ここまでの経緯?つまりは君が遭難したの、私のせいなんだよね。……ごめんね?」
彼女は少し顔色を伺いながら謝ってきた。沈黙が二人の間を包む。なんだか沈黙に耐えられなくなった俺は、思わず吹き出してしまった。
「ふはっ!」
「!?!?なんで笑うの!!」
「いや、なんかさ……君出会った時すごい明るかったのに妙に話がシリアスだったから、なんかなんて言えばいいのかわかんなくなっちゃって」
「あっ……」
「うん、信じるよ。そんなリアルに作り話即興でできたらとんだ才能だからね。君は妖精なんでしょ?」
「あ、うん!そっか信じてくれるんだ、やっぱり君悪い人じゃないね!」
「結構安直な考えだね」
「いいの!そんな事言ったらいじわる!」
なんだか困ってしまった。遭難した先で出会ったのは妖精……?それでさえもう夢みたいでわけわかんないのに、その上…………かわいい。
△▽△▽△▽
とりあえず信じてもらったみたいでよかった。というより初めてこんなに誰かと楽しく話した気がする。おばあちゃんは年上だったし、楽しかったけどなんか今のこれとは違った。この人、面白い。もっと話してみたいかも。
「そうだ、あなた名前なんていうの?」
「俺?俺は柊二、春山柊二だよ」
「はるやま……しゅうじ」
「うん。君はセツナちゃんだっけ?」
「……そう」
「じゃあ君は、セッちゃんだね!」
「……!?」
ドキッとした。心臓が跳ねた。いや、本当に。なんでだかはわからないけど、すごく驚いた。
△▽△▽△▽
彼女が急に飛び跳ねた。
「じゃあ君はセッちゃんだね!」
なんとはなしにそう言うと、彼女は真っ白な顔を一瞬にして赤くし、飛び跳ねた。それはもう豪快に。どうしたどうした、俺なんかしたか……?それから怪訝な顔をして俺を見る。自分でもわかっていないみたいだ。
よく見ると、コロコロと変わる彼女の表情の奥には、小さな悲しみが混ざっているようだった。それは話にあったように、誰からもしっかりと愛されていなかった……愛されていると感じることが出来なかったからだろう。おばあちゃんとも毎日一緒にいたわけじゃない。きっと彼女は俺が想像する以上に苦しい思いをしてきたんだ。
そう考えたら、俺なんかよりもずっと大人に見えた。小さな少女のように笑って、憂いを隠していたんだな。そう思うと、この子と一緒にいたいと思った。それがたった数日間でもいい。もっと話を聞いてあげたい、と。
△▽△▽△▽
彼は静かに私を見つめてくる。なんだかむずがゆい。どうしたらいいかわからなくなって、視線を落とす。私の白い髪が、小さく揺れた。ふと彼が息を吸いこんだ。
「俺さ、」
驚いて彼を見る。彼は、私が自分自身の話をしたように、彼の話をしてくれた。
△▽△▽△▽
何を言っていいのかわからず、とりあえず彼女がいろんなことを教えてくれたことのお返しとして、できるだけ短く、それでいてわかりやすく、彼女に俺のことを伝えようと思った。それは立場の違う彼女に対しての、自己紹介のようなものだった。
「俺さ、」
彼女が俺を見る。
「夢が、あるんだ。」
「……夢?」
「そう。大学に通って勉強してたんだ。教師になりたくて……ほら、俺が一緒に来てた3人、見たんだろ?あれさ、同じ学部の友達なんだ。
坊主が岡野陸人。背が低いのが山部潤。俺といちばん仲がいいのが七島芳樹。みんな同じ夢追っててさ、みんなちゃんと春からの職場決まって……
セッちゃんはさ、何かやりたいことないの?」
「んっ……と、よくわかんない。とりあえず里から出て、おばあちゃんみたいに自由に生きたいって思ってたから。」
「あ、そっか。セッちゃんの里って、俺でも行けんの?」
「行けるんじゃないかなぁ……。私でも歩いてここまで来れたんだし。でもあの里、妖精以外入ってこないの。だからその場所までは行けても、入れないかもしれない」
「そうなんだ……だったら人間と接したことない妖精とかいっぱいいるんだよね。セッちゃんレアじゃん」
「あっ……ほんとだっ、私レア!」
二人で笑いあった。
△▽△▽△▽
柊二君はなんだか人の心を開くのがうまいのかもしれない。話していてすごく落ち着いた。でも、1つ問題がある。私は……彼の言っていることが、わからない。大学?教師??なんのことやらさっぱりだ。
人間の世界ってどんなものなんだろう、ふと知りたくなった。
「ねぇ、柊二君?」
「ん?」
「私に人間の世界のことを教えて」
彼は目を見開いて、何度か瞬きした。
「セッちゃん、興味あるの?」
「うん。あのね、柊二君の話聞いてたら、なんだかわかんない言葉ばっかりで、すごく……知りたいと思ったの」
「そっかそっか、それがセッちゃんの挑戦だね、狭い世界を抜け出して、広い世界に飛び出すっていう。…そうだよ、そしたらセッちゃん羽も生えるかもだね!」
「あ、うん……そうか、そうだね!私ね、羽が生えたら自由に空を飛び回りたいの!!で、里に帰ったらいろんな人に自慢するんだ!誰よりもうまく飛べるようになるんだっ!」
「セッちゃんならできるよ!俺も応援する!」
どきん。……あ、まただ。どきん、どきんと胸が高なっている。なんだか気づかれたくなくて、
「えへへ、ありがとう」
照れ笑いをして、下を向いた。
△▽△▽△▽
彼女が人間のことを教えて欲しいと言ってきた。なんだか嬉しい。何を教えたらいいんだろうと思い、とりあえず小さい頃の思い出とかを話した。
「俺はさ、すっっげぇ田舎で生まれたんだ。周りに見えるのは畑ばっかり。実家は農家でさ、洒落た店なんかも全然なくて、早く家を出たいってずっと思ってたんだよ。でもさ……、大学生になって上京して、実家が恋しくなったんだ。親とは喧嘩してばかりだったけどさ、やっぱ俺の親はあそこにしかいないんだなーって。」
「ご両親のこと、好きなんだ」
「うん、まぁね。セッちゃんもきっといつか里に帰りたいって思うかもしれないね。……それで、何を話そう。……俺が今住んでるとこは結構都会でさ、いろんなビルとか建ってるんだ。俺今バイトしててさ、ファミレスで」
「ファミレス?」
「うん、そう。ファミレスってのは、レストランのこと。食事を家じゃなくて外でするときに行くとこだよ」
「へぇ……すごい、行ってみたい」
「ほんと!?じゃあいつか……って無理だよな、」
「うーん……そうだねぇ。じゃあ行けなくてもいい。いっぱい教えてよ。どんな感じなの??」
「俺が働いてるとこはさ、すげー店員がいるんだよ。もうめっちゃ俺様って感じの。毎日すっげえ疲れるんだけどさ、お客さんが嬉しそうに食事してるとこ見ると、なんか全部吹っ飛んじゃうんだよ」
「柊二君は仕事が好きなんだ……。夢も仕事も一生懸命ですごいね。私なんてまだ何も決まってないのに。」
「全然いいよ、セッちゃんだってやりたいことすぐに決まるって」
「だって私、柊二君よりもきっとずっと生きてるよ!?そんなのなんか、先輩ぽくない……」
彼女がむぅっとほっぺを膨らませて、下を向いた。先輩ぽくないって……こんなに子供っぽいのに、可愛いなぁ。ふと、思ってしまった。手が彼女の頭に伸びる。
△▽△▽△▽
ふわっ。頭の上に何かが乗った。それは少し熱を持っていた。ん?と顔を上げると、優しく笑った柊二君が私の頭に手を置いて……優しく、優しく撫でてくれる。な、え、ちょ。どどどどうしたらいいのこれ。どかしたら失礼?失礼だよね。これは何だ黙って終わるの待ってればいいの???なんだか今日の私はおかしい。どきん、どきんって心臓が飛び出しそうだ!
「え、えと、えとさ、そうだ。柊二君達はさ、なんでこの山に来たの??」
「山ー?」
にこにこしながら彼が聞いてくる。やっと手が止まった。彼はハッとなり自分の手を見つめる。
「あ、ごめん俺さ、妹がいたんだよ。小さい頃になくしちゃって……だから……ごめん、迷惑だったよね?」
「え、あ、いや!全然大丈夫!!それで、その……」
「あぁ……山には卒業旅行で来たんだ。卒業したら4人離れちゃうから、なかなか会えなくなるし。だから最後に思いで作れる時に作ろうぜーって」
「あ、そういうことだったんだ。本当にごめんね、私つい……」
「全然いいんだよ、むしろこうなったおかげで貴重な体験できたし?妖精と会うことなんてもうこれから先ないって(笑)」
なんだか彼は私を元気づけてくれているような気がした。優しく笑う彼の笑顔は、私の心に暖かい風を運んできたようだ。
彼は荷物からいろんな食べ物を取り出した。私が見たことないものばかりだった。彼は、非常食だよ、と言った。たくさん持ってきておいたのだという。人間の食べ物なんて食べたことがない私は、どうしたらいいかわからなかった。柊二君が1つ缶詰を開けると、中には魚が入っていた。柊二君が食べていいよ、と言ったので私は一口恐る恐る口に運んでみた。
「……!おいしい!」
「だろー??」
「うん!うん!!すごいね、人間の食事って!」
「妖精は?普段何食べてんの?」
「うーん、基本何も食べなくてもやっていけるんだ。でも人間と近い世界で過ごす妖精とかは、人間の食事を食べたりもするみたい。あとは好奇心が旺盛な妖精とかね。私は普段ほとんど何も食べないかな」
「そーなんだ、もったいない。いっぱいあるからもっと食べなよ!」
「そしたら柊二君の食べ物なくなっちゃうでしょう!」
「あっ……そうだね」
ははっと残念そうに彼が笑う。一生懸命なのだなぁ、と思った。仕事も、夢も。こうやって私を喜ばせようともしてくれているし。彼に出会えてよかった、冷たい人じゃなくてよかった。
△▽△▽△▽
彼女は最初に会った時と同じ元気な子だった。たしかに彼女の話は暗かった。辛い思いをしてきたんだな、と思った。俺が自分の話をしたのも、なんだか自慢のように思えるかもしれない、でも話したい、聞いてほしいと思った。だから話した。彼女は目を輝かせて聞いてくれた。もとの世界を飛び出したいって言っていたとおり、いろんなことを知りたいと思っているのだろう。
彼女は一見すると近づきがたいイメージを抱く見た目だった。それは一瞬でわかる白く長い髪と、彼女の発する憂いのせいだろう。でも話してみるととてもいい子だということがわかる。というか俺の場合は彼女から話しかけてきたから、近づきがたいなんてイメージは抱いていなかったのだが。ふっくらとしたピンク色の唇、少し目尻がたれている目、高い鼻……俺の周りにいたら確実にモテているだろう。
不思議な出会いもあるものだ。到底信じ難いが、信じること以外できなかった。
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寝てる、ぐっすりと。可愛い寝顔をしているなぁ。じっくりと見てみると、ふわっとした髪、キリッとした眉に大きな瞳、私よりずっと発達した筋肉。かっこいいなぁ、と思った。はじめてこんなに普通に話せる人だし、しかも男の人だし。なんだかどうしたらいいかわからなくなって、昨日はドキドキが止まらなかった。
彼を見ていると、自分がちっぽけに見えてくる。彼の世界は私なんかよりもずっと広くて、綺麗なんだろうな。羨ましい。
外に出てみると、暖かい風が私を包み込んだ。
たった数時間前の出来事が、私の中ですごく大きな存在になっていくのがわかる。彼に出会えたことは、きっと私に何かを与えてくれる。そんな気がした。
私が降らせた雪はもう少しずつ溶けてきている。それでもやはり前方に見えるのは白ばかり。まだ歩いて戻れそうもない。彼に申し訳ない、そう思いながらも、なんだか少しホッとした。いつまで一緒にいられるのかな……。