妖精の羽   作:ささみ紗々

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セツナの奮闘
里へ


あれから3日後。……あの日は一日中雨が降り続いて、残念なことに、2人で作ったお城は少しだけ形が崩れていた。

だけど中に入ると、ステンドガラスも床の模様も、シラカシの板も、あるべき場所にそのままあって、思い出の品たちはなんともなかったのだ。あの星のオブジェはやっぱりまだてっぺんで輝いていて、いくら太陽の光が降り注いでも、強く美しく、光を反射していた。だから実際形が崩れていたのはほんの少しで、バルコニーの手すりが壊れていたくらいだった。

柊二君が乗ったヘリコプターが見えなくなったあと、私は洞窟に戻った。泣き疲れた私は、いつの間にか眠ってしまっていて、起きた時にはもう次の日の朝だった。

柊二君ともう一度会いたいという願いから、私は、今ならなんでもできる……そんな気がしていた。人間になりたい。そう思ったあの時から、私には一つの考えが芽生えていた。

 

大きく伸びをして立ち上がる。洞窟の中には陽の光が入ってきて、まるで私を照らしてくれているようだった。

夏は暑いもの……そう知ってはいるけれど、ずっと里と山で過ごしてきた私は、夏の本当の暑さを知らない。夏を知りたいと思った。太陽の光を体いっぱいに浴びてみたい。

すぅっと鼻から深呼吸をする。新鮮な空気が身体中を巡る。若葉の香りがした。

柊二君、待ってて。心の中で呟いて、私は外へ出た。

 

ふわり。羽を広げて、まだ慣れない空を飛ぶ。未だに信じられない、私に羽が生えたなんて。生まれた時からずっと願っていた夢が叶ったんだ……自然と笑みがこぼれる。

空は青々と輝いていて、いつもよりずっと、雲も太陽も近い。下を見ると木のてっぺんが小さく見えて、なんだか今までいたところとは別の世界のよう。風が吹くと少し揺られて、私はバランスを崩す。

「おっと」

小さく呟くと、隣に紫色の蝶々が舞っていたのが見えた。そよ風が吹いて、私の髪をなびかせる。蝶は私の隣で、同じスピードで一緒に飛んでいる。

なんだか気持ちが良くなったから、私は歌を歌う事にした。

 

「雪が解けるころ 太陽が主張し始めて 夏の準備をする」

 

蝶が私の腕にとまる。疲れたのかな。

 

「花も 木々も 動物達も みんなみんな元気になって 踊りを踊って笑い出す 『また会えたね』って」

 

蝶に笑いかける。蝶は私の腕から離れて、下の方に小さく見える花に向かって降りていった。

「ちぇーっ」

私は小さく口を尖らせ、一人で飛ぶ。

 

数分飛ぶと、目的の場所が見えてきた。─そう、私の故郷。広い世界に飛び出したいと言って里を飛び出した私だけれど、ここに帰ってきた。もちろん、しっかり目的はあるのだ。

私は里の入口に降り立つ。

ちょうど近くに立っていた人がこっちを振り返った。

「セツナ?」

驚いたような顔でこっちを見る。

「そうだよ」

平静を装って言う。同い年くらいの女性、カシューは、数秒間目を見開いたまま固まった。それもそうだ。羽がない妖精だと今まで馬鹿にされてきたのに、私に羽が生えてるんだから。

「立派な羽でしょう?」

パサパサと羽を動かしてみる。カシューは遠くへ走り去っていった。

「あらら」

なんだか可笑しくなって、私は小さく笑った。見返すことが出来ることに喜びを感じた。戻ってきてよかった!あ、でも待って、目的はこれじゃない。……行かなきゃ。

 

歩き出した途端、私はすぐに止められた。それも大勢に。カシューが言ったんだろう。さすがカシュー。

彼女は幼い頃から噂が好きで、何でもかんでも言って回る子だった。あだ名はそう、『走るスピーカー』。彼女との思い出はそんなに多くない。まぁ他の人ともそんなに思い出はないのだが。あったとしておばあちゃんくらいかなぁ。

……なんてことをぼんやりと考えていると、いつの間にか私は質問攻めにあっていたらしい。耳がいっぱいいっぱいになっていることに気がついた。

「なに!?!」

思わず声を張る。やんややんやと騒いでいた人たちはいっせいに声を合わせて言った。

「どうやったの!?」

……は?一瞬はてなマークが頭の上に浮かぶ。しかしすぐに何を意味しているのかわかった。「どうやって、羽を生やした?」……そういう事だろう。

問われたので答えないと。息を吸いこみ、私は言った。

「愛の力よ」

 

一人で歩いていると、母がやってきた。

「やっと、見つけた」

私を見るなりそう呟いた母は、駆け寄ってきて、私の体をきつく抱きしめた。……抱きしめた?突然のことに頭が混乱して、どうしたらいいのか分からなくなる。

「どこへ行っていたの」

「……山よ」

「山?」

「おばあちゃんがよく行っていた山よ、ここから少し行ったところにある」

「なんで勝手に行ったの」

「私なんていなくてもいいでしょう!?」

「どうしてそんなことを言うの!」

「いつもそうだったじゃない!私のことなんてどうでもいいくせに!」

「誰がそんなことを言ったの!子供のことをどうでもいいなんて思ってる親がいるもんですか……」

涙ぐんだ母は、さらに強く私を抱きしめた。小さな声で泣いている。私はそっと、母の背中を抱きしめ返した。

 

「あら……?」

母は今までと違うことにようやく気づいたようで、私から腕を離し、背中をまじまじと見る。

「羽が、生えてるじゃない」

「カシューから聞かなかったの?」

ブンブンと首を振る。聞いていないのか。カシューの事だから、母にも言ったと思ったのに。

「そういえば何か言っていたような気もするわね」

首を傾げる母を見て、なんだか笑みがこぼれた。そこには初めて感じる、優しい母の温もりがあった。

 

母の話によると、カシューから私が帰ってきたことを聞かされ、慌てて私を探しに出たらしい。羽が生えているという情報をカシューが口にした時にはもう母は遠くて、聞こえなかったのだろうと。

……つまり、母は娘に羽が生えたから探しに来たのではなくて、ただ単に私を大事に思っていてくれていた。ただそれだけなのだと思った。

実際、私が里からいなくなってから既に数カ月はすぎていて、何も言わずに出ていった子供のことを、普通の親だったら心配するものだろう。私の方が親を大事にしていなかった、ということか。

 

ちゃんと気持ちは言葉にしないと伝わらない……大事だと思われていないだなんて勝手な被害妄想。確かに冷たい時もあったけれど、母は私を大事にしてくれていたのだ。すれ違いが起こる前に、気持ちを確かめることが出来てよかった。

そんなことをしみじみ考えていると、私はいつの間にか自分の世界に入っていたようで、母から肩を叩かれてびっくりして我に返った。

「ところで、どうして急に帰ってきたのよ」

「ん、ちょっと用があって」

「用?」

そう、私は用があってここに来た。……ムッシュさんに会うためだ。人間になりたいと願った時、彼の事が真っ先に頭の中に現れた。彼なら何か知っていると思ったのだ。

 

おばあちゃんが亡くなる前、本当はおばあちゃんよりもずっと先にムッシュさんの方が早く亡くなるのだと思っていた。見た目も相当なおじいちゃんだし、むしろおばあちゃんなんてまだ若々しくて綺麗だったのだ。しかし不思議なこともあるものだと思った……なんて言ったらきっとムッシュさんは怒るだろう。だからこれは秘密。

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