真・恋姫で地味ヒロインの妹してます   作:千仭

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リアルの方が少し忙しくて投稿が遅れてしまいました。

今回はあまり長くありませんが誤字脱字などがありましたら気軽に

教えて下さると助かります。

それではお楽しみください。


実行中(前)

 あの夜から四日たった昼ごろに私の下へ賊出現の報告が予定通り届いた。それに伴い早速劉備たちを私の部屋へと呼び出した。

 

「それで?私たちに一体何の用かな?」

 

 劉備が私に向かって発した最初の言葉がこれである。不機嫌な顔でなおかつ拗ねたような声でいう劉備を子供か何かかと思っても悪くはないだろう。それに続いて関羽は負けたのが悔しいのか私から目をそらし、張飛は猫のように毛を逆立てて威嚇している。種馬はだって?奴は私のことを睨み続けているが気にするほどのことではない、というか眼中にないと言った方がいいだろう。

 

「単刀直入に言おう、仕事だ。西の森に少し多めの賊が出てな、討伐して来い」

 

 そう言って私は劉備に指示を出した。机の上にあった竹簡を劉備に向かって投げ、中身を見るように促し、竹簡の内容をその場で読ませた。竹簡を黙って読んだ劉備はそれを関羽へと渡し、私に質問してきた。

 

「どうして私やご主人様まで今回は参加するの?いつもだったら愛紗ちゃん達だけなのに」

 

「姉さんの指示と星は今別の賊を討伐しに向かっているからだ」

 

「白蓮ちゃんの指示?」

 

「ああ、そうだ。なるべく便宜を図ってやれと言われてな。私ができることと言ったらこれぐらいしかない」

 

 確かに姉さんに少しくらい便宜を図れと言われたのは事実だ。なのでここで利用させてもらうことにした。そして実戦経験として賊討伐を選ぶのは不思議ではない。なぜなら相手は素人が多いし、何より難易度が低い。それに率いるのも指示が出しやすい小隊だし、ちゃんと調練されている兵たちだからそこら辺の賊に負けることはそうそうないだろう。それゆえに私が出した指示は妥当なものと思われるし、疑われることはない。

 

「でも私とご主人様は隊を率いたことがないんだけど……」

 

「俺も一応はいろいろと教えてもらったけど実践はまだだ」

 

「安心しろ、お前たち2人には二個小隊の計200人を率いてもらうが関雲長と張翼徳を副官としてつける。こいつらは小隊ぐらいなら率いたことがあるからお前たちの助手として使え。わからなくなったりしたら遠慮なく聞いてその場で覚えろ」

 

「うん」

「わかった」

 

 私がそう言うと劉備は少しだけ意気込んだように頷いた。やる気満々と言ったような顔をしている一方で北郷は顔が少しだけ青くなって声が震えている。どうやらまだこの世界に馴染めてなく、死を直接感じるのには若干の抵抗があるようだ。

 そして次に関羽たちの方を向き、彼女たち二人にも指示を出しておく。一応は劉備たちのサポートをすることと何か問題があったら指揮権を誰がとるかを明白にさせておく必要があるからだ。

 

「お前らが助手として二人の面倒をみてやれ。それといざとなったらお前たちが隊の指揮をとれ」

 

「わかったのだ!」

 

「…………」

 

 私の指示に張飛は了承をしたが関羽は無言で私のことを睨みつけていた。どうやら私の指示が気に入らなかったらしいと見える。

 

「何か問題でもあるのか?関雲長。言いたいことがあるならこの場で言え」

 

「……桃香様たちを連れてかなくてはいけないのか?」

 

 少し俯きながら苦虫を噛んだように関羽はそう言う。彼女はおそらく劉備たちを危険にさらしたくはないのだろう。今回の賊討伐に2人を連れて行くのには反対のようだ。

 

「別に悪いとは言っていないが」

 

「なら今回は…」

 

「それはお前が決めることなのか?それに言っておくが次が、そしてそのまた次があるとは考えるなよ?私だってそう何度も同じような指令は出せん」

 

 私がそう言うと関羽は少しだけ迷い、そして次に劉備たちの方を向いた。そうすると劉備とは「大丈夫だよ」と言って関羽のことを説得している。北郷の方も今回の賊討伐に前向きなのか「いけるよ」とか「大丈夫だから」とか言っている。そしてしぶしぶ彼女は劉備たちの意向に賛成し、討伐に追いていくことを了承した。

 

「まあ、今回の賊はいつも通りの賊より少し多いくらいだ。それに小隊もつけるから比較的安全だろう」

 

「そうだといいんですが……」

 

「心配なら警戒して行け、一応は全部教えたはずだ。経験だっていくらか積んだだろ?なら心配いらん、いつも通りにやれ」

 

そう言って私は劉備たちを執務室から追い出して政務に戻った。そして女官を呼び出して竹簡を渡し、早速連れて行く小隊の選別を中庭で行った。それが終わった後はただ計画が始まるの時間まで待つだけとなった。

 

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 劉備たちが賊討伐に行く日になってトラブルがいくつか発生した。一つ目は他の賊を討伐しに向かった星がなぜかここにいることだ。始めは任務を投げ出したのかと思ったがすぐさま星が任務の終了報告しにきたのでそれはないとわかった。

 

「賊を到着してすぐに討伐し、大急ぎで戻ってきたと。そういうことでいいんだな?」

 

「ええ、そうです。今回の賊は本当に弱かったので」

 

「でも兵や馬に無理をさせて大急ぎで帰って来る必要はなったんじゃないか?」

 

私は計画が邪魔されそうなので内心苛立っていたがそれを表に出さずになぜそうなったかと問いただすと、星は額に手を当てながら悪びれもなく答えた。

 

「いや、そこは私の気分と…」

 

「気分と?」

 

「勘です」

 

随分と便利な勘だな?お前のは。それとも劉備たちの運がいいのか。

 

 そうウィンクして答えた星に頭が痛くなったのはしょうがないだろう。それにこれで計画が成功する確率が大幅に減ったのは確実だ。なぜならこいつは劉備たちが討伐に行くと知ったらついていきそうだからだ。

 

「それで桃香殿たちはいずこに?」

 

 私がそう考えていると案の定、星は劉備たちの居場所を聞いてくる。そして私は一瞬こいつに話すべきではないと思ったが城にいる者に聞けばすぐに本当のことがわかるので正直に話すことにした。

 

「あいつらは今賊討伐の準備中だが?」

 

「そうでしたか。ならば私もそれに参加してよろしいですかな?」

 

「どうせダメと言ってもついていくのだろう?なら好きにしろ」

 

 私がため息交じりにそう言うと星は一気にキラキラとした顔になった。見てわかる通り、かなりのご機嫌である。

 

「おお、さすがは黒蓮殿。わかっていらっしゃる」

 

「だがお前の兵たちは出せんぞ?今回の討伐でかなり消耗しているからな」

 

「別にかまいませんぞ?私一人で十分です」

 

 私がそう言うと星はしめたという顔をしながら部屋を出て行った。その足取りは軽く、今にでも空を飛びそうなほどだった。

 

「はぁ、厄介事がまた増えたか」

 

 そう言って私は猫(連絡員)に渡す竹簡を取り出し、ある内容を新たに付け加えた。その内容とは……。

 

暗殺の成功率を上げるために即効性の高い猛毒を使うことを許可する。

 

という内容だった。なぜ毒を使うことに踏み切ったのかというと多少のリスクを犯してでもしない限り、星が守る劉備たちに傷、ましてや死に至るものまではつけられないだろうと思ったからだ。そしてそれを天井裏にいる猫へと渡そうとしたところで新たな来客が私の部屋を訪れた。

 

「仲珪さん、ちょっといいかな?」

 

 どうやら私が一番会いたくない人間が来たらしい。私はすぐさま手に持っていた竹簡を戸棚へと入れ、戸棚を閉めて鍵をかける。

 

「いいぞ、入れ」

 

 そう言って私が劉備たちを部屋に招き入れるとその後ろには小さな女の子が2人いた。私はその2人を見て思わず頭を抱えそうになったが理性と気合で素の表情をとり続ける。その2人のうち、片方の金髪の少女は「はわわ」が口癖の三国志きっての軍師である諸葛孔明。もう片方の水色の髪をした「あわわ」が口癖の少女は鳳士元である。まさかここで臥龍と鳳雛が揃うとは思いもよらなかった。

 

「……その2人は誰だ?」

 

 私が声を低くして劉備に聞くと彼女はビクッと肩を震わせ、後ろの2人は今にも泣きそうになった。

 

「はわわ、わ、私は姓が諸葛、名は亮、字は孔明と言います」

 

「あわわ、私は姓が鳳、名は統、字は士元です。よ、よろしくお願いしみゃ……す」

 

 そう2人はどもりながらも自己紹介を私にする。初めてこう邂逅したがこの2人があの有名な臥龍と鳳雛であることが信じられないけれどこれも事実だ、現実として受け入れよう。

 

「私は姓が公孫、名が越、字が仲珪と言う。一応はこの啄郡の軍務全てを受けもっている」

 

 私がそう言うと2人は再び「はわわ!?」「あわわ!?」みたいなことを言いながら頭を私に下げてきた。どうやら劉備は私のことを2人に教えていなかったらしい。まったくもって非常識極まりない。

 

「それで2人を私のところへ連れてきてどうするつもりだ?」

 

「え、えっとね、この二人は新しく白蓮ちゃん達のところで客将をしたいんだって」

 

嘘をつけ、お前に仕えたいからここに来たんだろ?

 

「それなら姉さんのところへ連れてけ」

 

 私がそう言って劉備の要件を適当にあしらうと、彼女はまだ話は終わってないといわんばかりに私の机を音を立てて叩いた。

 

「まだ話は終わってないよ!」

 

「なら早く要件を言え、こちとら政務が溜まってるんだ」

 

 暗にお前にかまっている暇はないと言われた劉備は若干後ずさった。後ろの2人も彼女と同じで数歩後ずさり、両肩を抱き合って震えている。

 

「うっ、わかったからそんなに睨まないで?」

 

睨んでねぇよ。イラついてるだけだ。

 

「この2人を連れて行っちゃだめかな?」

 

「ああ?さっき星もお前らについていくって出て行ったぞ?」

 

「うん、さっきそこで会って聞いたから知ってるよ」

 

じゃあ、言わせんなよ。本当にイラつくな。

 

「それでね、この2人を連れて行きたいと思ってるんだ。いいかな?」

 

「好きにしろ。それに見た感じじゃ、その2人は私たちに仕えたいんじゃなくてお前らに仕えたいようだしな」

 

 私がそう言うと諸葛亮と鳳統は肩を震わせながら劉備の後ろに隠れた。どうやら私がかなり怒っているのと勘違いしているのだろう。

 

まあ、当たらずにして遠からずってところだし。

 

「だがそんなに多くの指揮官級の人材を連れて行って、負傷したり死んだりしても私は責任を取らないからな」

 

 自分の身は自分自身の手で守れと言うと劉備たちは「わかってるよ」と言いたげな顔でこちらを睨みつけてきた。

 

「なら結構、早く準備を終わらせて行け。今のこの時間が賊を増長させる、だからその芽が芽吹く前に狩ってこい」

 

 そう最後に言い、私は劉備たちから視線を机の上にある竹簡に戻すと溜まっている仕事に取り掛かった。そしてそこからすぐに諸葛亮たちを連れて劉備が退出し、私は猫に渡す竹簡に再び新しい情報を載せる。

 それが書き終わったところで天井裏から一人の鴉の工作員が顔をのぞかし、無言で頷いて私の竹簡を受け取った。

 

「これが吉とでるか凶とでるか」

 

 とりあえずは計画が終わるまでに目の前にある仕事の山を終わらせるか。なんていったって計画の詳細が届くのは随分と先なのだから。

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

桃香Side

 

 私たち賊討伐部隊は今、賊がいるという山の麓に向かって進軍している真っ最中だ。敵が出やすい隊の先頭には愛紗ちゃんと鈴々ちゃんがいて、隊の一番後ろの警戒が難しい場所には星ちゃんがいる。そして今回の部隊長を務める私とご主人様、新たに私の仲間になった朱里ちゃんと雛里ちゃんが隊の中央にいる。

 

 進軍している間、私は朱里ちゃん達にいろいろと聞きたいことがあったのでお話ししている。周囲の警備は愛紗ちゃんたちがやってくれているので怖いとかそういう感情はまったくなかった。

 

こんなこと仲珪さんたちに知られたら緊張感がないって怒られちゃうかもしれないけど。

 

 そう思いつつも私は朱里ちゃんたちとのお話に夢中になっていた。私の隣にいるご主人様も同じように朱里ちゃんたちに積極的に話しかけている。

 

「それでね、朱里ちゃんたちは仲珪さんのことどう感じた?」

 

「えっと、とてつもなく怖い感じがしました」

 

「わ、私も同じ……です」

 

 どうやら朱里ちゃんたちは仲珪さんが常時発している微量の氣に充てられてしまったらしい。私も最初のころは怖かったが徐々に慣れてきたので最近ではあまり怖く感じなくなった。 

 

「そうだよね。私も初めて会ったとき怖かったもん」

 

「俺なんか顔のすぐそばに一撃入れられたからな、あの時は死んだかと思った」

 

 苦笑いしながらご主人様がそう言うと朱里ちゃんたちが心配そうな眼差しでご主人様の顔をまじまじ見ている。そしてそれに気が付いたご主人様が「大丈夫だよ」と言って二人を安心させている。

 

「それにしても最近の白蓮ちゃんたち忙しそうだよね」

 

「ああ、俺もそう思ってた。何か俺たちのことをかまってる暇なんてない感じだし」

 

「朱里ちゃんたちは啄郡で何か感じたかな?こう空気がピリピリしているとか」

 

 私が朱里ちゃんたちに聞くと二人はうーんと唸りながら考えている。そして数秒たった所で二人はお互いに頷き、朱里ちゃんが口を開いた。

 

「えっと、おそらく伯珪様たちは戦の準備をしているんだと思います」

 

「戦の準備を?どうして?もう大きい黄巾賊なんて幽州にはいないはずなのに」

 

「その理由はわかりませんが明らかに今の啄郡には常時必要ないほどの兵士さんたちが駐屯しています。まるでこれから大きな戦を始めるような規模で……。そして公孫家の最精鋭である『白馬義従』と『黒馬義従』に加えて『漢の入り口』と言われる国境の砦を守る子則様の直属部隊まで啄郡の外にいました」

 

 私がなんとなく思ったことを二人に聞いてみると朱里ちゃんが私の疑問にすぐさま答えてくれた。そして今の啄郡では私たちが思っていなかったほどの動きがあったことに朱里ちゃんの説明で初めて気が付いた。

 

「それって白蓮ちゃんの全戦力が集まってきてるってこと?」

 

「いえ、そう言うわけではないと思います。今の漢王朝の状況で北の国境を空けるのは危険ですし、それは幽州刺史様が、許さないでしょうから。そ、そうなると考えられることは、公孫家の最精鋭のみが啄郡に集まってきていると思われます。どうやら伯珪様たちはその準備で忙しいのか……と」

 

「それってまずくないか?」

 

「そうですね、もし伯珪様たちがあの戦力で啄郡、もしくは幽州を離れることがあるなら北方の匈奴、烏桓の反乱が怖いですし、間違いなく幽州の治安は悪くなるでしょう」

 

 朱里ちゃんが私たちにそう言うと彼女の隣にいる雛里ちゃんがその小さな頭をこくこくと大きく動かしながら頷いた。

 

 実際に幽州の治安という面で黒蓮たちが担っている役割はかなり大きい。彼女とその部隊がいるだけでも賊があまり目立たない様に行動を抑制するほどである。

 それは現幽州勅史である姓が劉、名が虞、字が伯安が幽州内の治安維持を名目に黒蓮たちを好きに動かしているからだった。

 そのため、啄郡の領域を超えた部隊の派遣がたびたび勅史の命で出される。それに加えて様々な幽州の要所に公孫の兵たちを置き、守護させてもいる。

 そういうことから、もし黒蓮や白蓮などが幽州から遠征でいなくなると賊が活発に動きだし、治安がこれまでになく悪化するだろう。幽州勅史の軍は黒蓮たちと比べると惰弱と言うしかなく、そのため白蓮は太守が通常持つ以上の兵の所有を許され、その軍の維持にも勅史から助成金が出されているほどだ。

 

 

「特に仲珪様はこの幽州でかなりの武名を広げています。それに先の黄巾賊討伐戦でその武名はさらに広がっているでしょう」

 

 それも他の州にまで届くぐらい、と朱里ちゃんは暗に説明する。私はそのことを聞いて本当にすごい人と一緒にいるんだということを身に染みて実感する。

 星ちゃんや愛紗ちゃんたちはその仲珪さんと互角に渡り合えるし、私より頭がいい朱里ちゃんたちは白蓮ちゃんと同じぐらい内政の腕がありそうだからだ。

 そうしみじみと感じているとふと何かを思い出した朱里ちゃんが私たちに向かって拗ねたような顔で口を開いた。

 

「それにしても桃香様たちは酷いです。いきなり仲珪様のところに行くなんて」

 

「そ、そうですぅ~。あの仲珪様と目が合った瞬間とても怖かったんですから~」

 

「あはは、ゴメンね?驚かせようと思って」

 

 私がそう言う二人はさっきよりも恨めしそうに見てくる。雛里ちゃんに至っては「驚くだけじゃ済まされなかったです」と半泣きだった。

 そう和やかに談笑していると隊の後ろを警戒していた星ちゃんが私たちに所までやってきた。

 

「お話が盛り上がるのもよろしいですがそろそろ目的地ですぞ?討伐の準備をした方がよろしいのでは?」

 

 そう私たちに告げた星ちゃんはそのまま真っ直ぐとその視線を前方へやった。私たちもその視線を追って前方を見るとその先には少し大きめの岩山と森が広がっていた。そしてその岩山の近くには物見やぐらが何個か見え、ここに賊がいることは明らかだった。

 

「全隊一旦止まって!!」

 

「斥候も出す!!騎兵は森の周辺を探ってくれ!!」

 

 私とご主人様がそう指示を出すと奇襲に合わない様に見晴らしのいい場所で小隊を止め、斥候のために騎兵たちが森へと向かって行った。そして残った私たちは軍議のために愛紗ちゃんと鈴々ちゃんを呼び寄せ、朱里ちゃんたちを中心にして集まる。

 

「情報によるとこの先の岩山周辺に賊の本拠地があるそうです」

 

「それにしても嫌な場所ですね。この場所じゃ伏兵も出そうですし」

 

 実際にこの賊のアジトであるこの場所は伏兵にもってこいの場所だった。賊がいるという岩山まで数百m森が続き、しかもその岩山まで行くには細い一本道しかない。そのため隊一団となって進軍することはできず、自然と隊列が伸びてしまう。

 

「他の道はないのかな?もうちょっと大きな道があればいいんだけど」

 

「そ、それはないと……思います」

 

「どうしてわかるの?雛里ちゃん」

 

「す、水鏡先生のところで、見た地図にはこの山道しかなかったから……です」

 

 どうやらこの小さな軍師さんたちは水鏡先生のところにあったこのあたりの地図を全部暗記しているらしい。朱里ちゃんにしろ、雛里ちゃんにしろ私たちより小さいのにはるかに頭がいいのは明らかだった。

 

少しだけ妬けてきちゃったな。

 

「なら後は斥候が戻ってくるまで待機するしかないですね」

 

「うん、隊のみんなを休ませてあげて。あと見張りを何人か選んでね?」

 

「御意」

「わかったのだ!」

 

 そう言って愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは隊の兵士たちに休憩を取らせに行った。周りの兵士さんたちは愛紗ちゃんの指示に従って一部の見張りの兵士たちを除いて次々と休憩をとっていく。

 その様子をご主人様たちと眺めているとまた朱里ちゃんたちが二人で悩み始めていた。そして私はなぜ二人が悩んでいるのかが気になって朱里ちゃんに聞いてみる。

 

「どうしたの?何か気になることでもあった?」

 

「あ、はい。今回の賊はちょっと不自然だなと思って」

 

「何が不自然なの?」

 

「通常の賊がこんな伏兵に適した場所に本拠地を置くものなのかと」

 

「普通の賊は違うのか?」

 

 ご主人様が不思議そうに朱里ちゃんたちにきいている。ご主人様はどうやら賊のことをよく知らないみたいだ。私もそんなに知っているというわけじゃないけど今まで討伐してきた賊なんかのことはよく知っている。

 彼らは普通廃墟と化した建物や見つかりにくい洞窟、森の中に本拠地を作る。それは安易に討伐軍が攻撃できないようにするためであり、見つからないようにするためでもあるからだ。

 そのためわざわざ自分たちの居場所を知らせるような目立つ場所に本拠地なんか作りはしないはずなのに今回の賊はそれをやっている。

 

「はい、普通の賊はそんなことを考えません。元兵士さんならわかりませんけど……」

 

「普通の賊は、みんな元農民などで、文字すら読めない人がほとんどです……から」

 

「そんなことを考えることはできない、か?」

 

「そうです。ましてや兵法なんて全く知らないはずのに」

 

「それにこんなに賊の数が、集まったりもしないはずです」

 

 さらに賊の数が増えれば増えるほどその賊の行動はその州の州牧や太守に知られる。そのため賊の規模を大きくするということは、すなわちその地域の為政者に喧嘩を売っているのと同じである。

 また、その増え方が不自然だったのだ。目立たない様に集まっているのではなく、声をかけたりしてその数を急激に多くしているのはおかしい。

 しかもここにいる賊は幽州一の武人がいる啄郡において賊の規模を大きくしているのに朱里たちは違和感を感じたのだ。

 ましてや黄巾賊討伐戦においてその名を華北に広めた公孫家が直接支配するこの場所で、ただの賊が真正面から喧嘩を売っているということはその賊の頭はよほどの馬鹿か、それともどこからか送り込まれた細作である可能性がある。

 そしてそれに気が付いた朱里たちは今回の賊は後者だと思っていた。ならばこんなに都合の良い場所に本拠地があるのにも頷けるし、そこに何らかの罠があってもおかしくはない。

 

 そう朱里たちが考えている中、さっき出した斥候が帰ってきたようだ。その斥候は森の中に入らずにその周りを見てきただけだという。

 

 そしてその斥候からの報告を聞くとますます今回の賊は不自然で朱里ちゃんたちの顔つきが鋭くなっていく。その斥候が持ち帰ってきた情報によると……。

 

1、この道以外に他の道はなく、賊の本拠地に行くには絶対に通らなければならない

 

2、その道の地面にはいくつかの痕跡があり。特に足跡が多く、何かを運び込んだ跡もあり、賊は予想以上にいる模様

 

3、この森はかなり茂っているため、木々の奥が見えづらく、伏兵にもってこいの場所である

 

4、道は細く、横陣では進めないため、縦陣でしか進めない

 

 これだけ都合の良い場所を本拠地にしている賊はどうやら只者ではないらしい。明らかにこの場所は攻めてきた相手を迎え撃つためにある場所である。

 

「これは確かに不自然ですね」

 

「うん、条件が良すぎると思うの」

 

「攻めれば……おそらくそれなりの被害が出ると思います」

 

「他に方法はないのか?」

 

 

 ご主人様や朱里ちゃんたちが次々に意見を述べていくが一向に次の方針が決まらない。なるべく被害が出ないようにしたい私とご主人様はあれこれと人並みの策を述べていくが朱里ちゃんたちはそれは無駄だと私とご主人様の策を一蹴する。

 なぜならこんなにも用意周到な相手がこちらの策にわざわざのる必要がないからだと言う。相手は私たちが森に入って来るのを待っているだけでいいのになぜ自分たちから危険な場所に飛び込む必要があるのか、と。

 

「では、どうするのですか?このまま待ち続けても時間の無駄ですぞ?」

 

 私たちがその場で迷っていると星ちゃんがこれ以上は時間の無駄だと言わんばかりの雰囲気でその言葉を発した。

 そこにいた誰もがその言葉で押し黙ってしまった。皆理解しているのだろう。進むか退くかの二つしか道はないことを。

 進むのならこちらの被害がそれなりに出るだろう。しかし、被害を覚悟していかなければ虎穴には入れもしない。

 逆に撤退すれば白蓮ちゃんの援軍が来るだろうがそれにはかなりの時間がかかるだろうし、賊が逃げてしまう可能性が出てくる。

 それに私たちは客将の立場であるのに撤退したら仲珪さんの指示に逆らうことになる。仲珪さんの指示はすなわち白蓮ちゃんの指示であるため、白蓮ちゃんを手伝いに来たのに逆に足手まといになるのはいやだった。

 

危険を冒してまで進むかそれともその犠牲を避けて撤退するか

 

 その答えはどちらだという判断を仰ぐために星ちゃんを含めた全員が私のことを見てくる。さらには私たちの近くでそのことを聞いていた兵士さんたちも私の決定を待っていた。

 そして私の判断を待つ彼らからの視線には無言の重圧が含まれていた。なぜなら彼らの命を危険にさらす、あるいは死に追いやるのは私の指示一つで決まってしまうからだ。

 私はその判断を下すのがとても重いと感じてしまう。なぜなら初めて私は私に着いてきてくれる仲間がこんなにも多く存在するからだった。

 今までは愛紗ちゃんや鈴々ちゃんたちしかいなかったけど今回は二〇〇人以上いる。それだけの人たちの運命を決めるのは初めてであり、正直に言うと怖かった。

 

人の上に立つということがこんなにも重いとは知らなかったな。

 

白蓮ちゃんたちから見れば二〇〇人という取るに足らない数だけれど……

 

たったこれだけの人達でも私は恐れてしまう。

 

私は弱い人間だ。

 

 そのことを理解した私は本当に白蓮ちゃんたちのことをすごい人たちだと感じた。内政の腕や武術の腕とかは関係なく、本気で啄郡の数十万人のために責任を果たす彼女らの精神力が凄い。

 

だから白蓮ちゃんたちはあんなにも強いんだね。

 

 そして私が言っていた『理想』がどれだけ難しいことなのかも初めて理解した。そのことを理解した瞬間、私は心が押しつぶされそうになる。身体中が震えだし、心臓の鼓動が大きく、そしてはっきりと私の耳に聞こえてくる。

 急に膝に力が入らなくなり、腰から地面にへたり込みそうになるのを必死にこらえる。そしてついに耐えられなくなって地面にへたり込みそうになると誰かがとっさに私のことを支えてくれた。それも一人や二人ではなく、もっと多くの人たちが私のことを支えてくれている。

 その私を支えてくれる手は今まで感じたことのないほど暖かく、それでいてとてもたくましく思えた。私はその手の主たちを探すために顔を上げるとそこには私を支えてくれるみんなの手と顔が見えてた。

 

「桃香さ、一人で背負わなくてもいいんだ」

 

と言いながらご主人様は私に笑いかけてくれて、その手で私を支えてくれる。

 

「そうですよ、桃香様。私も微力ながらお手伝いします」

 

愛紗ちゃんも私も逆側から同じように手を差し出してくれる。

 

「鈴々も頑張るのだ!!」

 

鈴々ちゃんも抱きついてきてくれて、その小さな体で応援してくれる。

 

「桃香様、私たちにもお手伝いさせてください」

 

「お願いします」

 

朱里ちゃんと雛里ちゃんも私に頭を下げてお願いし、私のことを手伝ってくれる。

 

「私もお供しますぞ?」

 

そして星ちゃんも私と一緒に来てくれる。

 

私にはこんなにたくさんの仲間がいてくれる!!

 

 それを理解した瞬間に私の膝の震えは止まり、さっきのような重圧がなくなった。そして再度私たちの『理想』を目指す活力が胸の奥から自然と生まれてきていた。

 

「うん、みんな……ありがとう!」

 

 私はうれし涙を目元に溜めながらみんなにそう言うと、全員が嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ならまずは目の前のことに集中しましょう。いかがなさいますか?」

 

「そうだね、愛紗ちゃん。進もう、困っている人たちがをこれ以上増やさないためにも」

 

「御意」

 

 私がそう言うとみんな納得し、大きく頷いてくれた。どうやら誰も私の判断に反対するものはいなかった。そして決まってからの隊の動きは速かった。もともと実戦経験が豊富な星ちゃんを筆頭に兵たちが隊列を組み始め、伏兵にあっても大丈夫なように朱里ちゃんたちが木の大盾を装備させる。

 さすがは公孫の兵たちですぐさま隊長の私とご主人様たちの指示を聞いて動き出す。最後には無駄なく一糸乱れぬ隊列になっていた。

 

「隊の先頭は突撃力のある鈴々ちゃん、桃香様、ご主人様の護衛と遊撃に愛紗さん、そして一番戦闘経験のある星さんは隊の後方でお願いします」

 

「わかった」

「任せるのだ!!」

「承知しましたぞ」

 

 そう言って三人はそれぞれの配置へと向かっていく。そして三人が所定の位置に着いたところで隊の進攻準備が整い、後は私とご主人様の声だけだった。

 ふと私は隣にいるご主人様と朱里ちゃんたちの顔を見ると三人とも黙って頷いた。そして私は大きく息を胸いっぱいに吸い込むと私たちの仲間に向かって口を開いた。

 

「全隊進んでっ!!困っている人をこれ以上出さないためにっ!!」

 

「「「「応っ!!」」」」

 

 そうして隊が前進し始める。罠の可能性も含んでいたことに気が付きながらも劉備たちは虎穴入ろうとしていた。

 

もっともその虎穴が猛獣の巣でなく、それよりも危険な場所だということを知らずに。

 

 

 

 


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