真・恋姫で地味ヒロインの妹してます   作:千仭

23 / 28
最近、勉強で忙しいです。

毎日8時間以上の中でやっと投稿することができました。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。


黄巾賊 前哨戦(2)

黒蓮side

 

私たちが敵の後方に突撃して、向かってくる敵を相手にしていると、陣の奥から一人の男がこちらに向かってきた。何もかもが燃え上がるようなこの戦場という場所で彼のいる所だけが常温に近い温度を保っていた。そしていかにも只者ではない雰囲気を醸し出す彼が来ると、敵兵たちは道を黙って開けた。

 

「あんたが将か?」

 

「ああ、確かに私がそうだが。お前は誰だ」

 

私の目の前で立ち止まり、確認するように聞いてきた。とりあえず、攻撃の手を止めて私はその問に答える。

 

「悪いな、俺はこの軍の大将、張曼成だ」

 

「ほう、お前がか?」

 

彼の言葉に私は素直に驚いた。この包囲を破って逃げるかと考えていたのだが、まさか自分の方からこっちにやってくるとは思ってもみなかったからだ。潔いよいのか、ただの馬鹿なのか、それとも本気で私の頸を取り来たのだろうか。

 

「ならば一度だけは聞く、投降しろ」

 

「それは無理だな」

 

そう私に返した彼の言葉には力があった。彼の眼はこの場で死を覚悟しているのがわかった。それと同時にいかなることも跳ね返すようなはっきりとした強い意志も。それは彼がここに来た目的が何なのかをはっきりと示していた。

 

私を倒すということを。

 

そしてこの窮地においても決して諦めていないということを。

 

自らのためではなく、仲間のためにこうも簡単に命を賭けるということを。

 

私は驚いていた。ただの黄巾賊という農民の集団の中で、こんな男が存在していたことに。

 

……おしい、こっちに寝返ってくれないかね~。

 

素直にそう思う。普段の私ならそんなことを思わずに慌てふためく敵を斬っていただろう。意志の弱く、そして苦し紛れに略奪などを繰り返す弱い奴らに。

 

だが彼と彼の兵は違う。

 

私は彼から目を外し、近くにいる敵兵を見ると皆、覚悟を決めた眼をしていた。彼の命令で無理矢理連れてこられたわけでも、状況に流されたわけでもなく、自らが望んでここにいることを選んだ覚悟を決めた力強い眼だった。彼らは最後までこの男についていくのだろう。それが死なのか、生なのかは関係ない。張曼成という男がいる場所こそが、彼らの居場所だからだ。

 

それをわかってしまったことが、余計に彼をおしい人物だと私に思わせた。

 

この乱世で一体どれだけの人間がこんな大勢の人に自らの命を賭けられるまで慕われるのというのか。そんな人間が数多くいればこんな世にはならなかったはずだ。だからこそ今の世では本当に貴重な人間だと思う。

 

それと同時にどんなことにも屈せず、自らの意思を曲げずに前に進もうとしている男の意志に引き寄せられた。わかっていたのだろう、体験してきたのだろう。官軍や周りの諸侯が本気になれば容易く死地に踏み込むであろうことが。でもこの男はそれを承知の上で今まで官軍と戦って、それらの苦難を悉く破ってきたのだ。そして今回もそれを全く諦めていない。

 

ただ言うは易く、そして行うは難し。

 

それを実際に最前線で行っているからこそ本当におしいと思った。だからこそ私は彼に本音を明かす。

 

「お前はおしい人間だ、殺したくはない」

 

「ほぅ、そんな冗談みたいなこと言えるようには見えないけどな」

 

「冗談だと思っているのか?」

 

私は彼の眼を真っ直ぐに見る。自分の眼が嘘を言っていないことわからせるために。

 

「……冗談じゃないんだな」

 

「ああ、もし投降するなら部下の命だけではなく、生活も保障しよう。お前に着いていきたいのならうちでまるごと雇う」

 

私がそう言うと彼は驚いたように目を見開いた。そして周りにいた兵たちもそのことに声を上げて驚いている。それほどまでに私が彼に出した案が逸脱していたからだ。

 

「破格の条件だな、本当に」

 

「それだけお前が死ぬにはおしい人間だと思っている」

 

できれば投降して、公孫のための士官になってほしかった。それだけの器を目の前にいる男は持っているように感じたのだ。でなければ私はこの男とそれに従う彼らを生かそうとはしない。

 

こう言っちゃなんだが、多分女?の勘だと思う。それに曹操は黄巾賊を受け入れ、精兵に育てたという史実もある。

 

「その提案はとてもありがたい、でも俺らは官軍の下にはつきたくはないんだよ」

 

そう愚痴っぽく彼は私の誘いを蹴った。俺たちは黄巾賊として戦って、そして最後まで黄巾賊として死ぬ、そう言ったのだ。

 

だからと言ってその答えが私を諦らめさせる理由にはならない。

 

「なら私たち公孫の下にくればいい。従うのは官軍ではない、私と姉さんに、だ」

 

なおも諦めきれない私に彼は疑問をぶつけるように聞いてくる。

 

「……どうしてそこまで俺を評価してくれたんだ?」

 

「お前は……いや、お前たちならもっと輝けると思ったからだ」

 

それが私の本心であった。人のために進んで命を捨てられるような馬鹿みたいなやつらがこれだけの人数いるのだ。しかもそれが農民たちから出てきている。地位の弱かったものが、官軍を打倒するまで泥を啜りながら這い上がってきた。

 

それだけの努力、それだけの執念、それだけの想い、そしてそれだけの意志。

 

認めよう、彼と彼に従う兵たちは強い。それもそこら辺の兵たちよりもずっと。

 

そんな者たちがこの場で死んでいくのはもったいないし、彼らが私たち公孫家に仕えてくれるのならば、かなりの戦力の増加になる。後はただ調練するだけで新しく精鋭部隊が出来上がるだろう。それがわかっていたから史実の曹操は黄巾賊を受け入れたのか。

 

だが私は何よりも彼らを率いている張曼成という男にひどく惹かれたからだった。

 

この場で誰より強い想いを持ち、多少の難……いや、並大抵では越えられない苦難でさえ乗り越えようとする迷いがない真っ直ぐな意志。その意志をどんな壁でさえ貫き通そうとする覚悟。そのためだけに矛を持ち、そのためだけに戦い、そしてそのためだけに自らの命を容易く賭けて、堂々と恐れずに目の前の死地に入るような馬鹿に私は惹かれたのだった。

 

その者たちがこの三国志という……いや、乱世というこの最高に熱い舞台で、こんなにも簡単に散ってしまっていいのだろうか。ちゃんとした調練をし、最高の武具を持ち、技を鍛え、激しくその尊い命を燃やせば……今よりはきっと輝けるはずだ。

 

「俺たちならもっと輝ける……か」

 

「ああ、だから投降しろ」

 

敵兵が彼の答えを待っている。その答えによってはこの場が彼らにとって死地と化すのか、それともこの戦いが終わるのかが決まるからだ。どちらをとっても彼の兵はこの男の答えに従うだろう。

 

「……だがそれはできん」

 

「なぜ?」

 

「今まで死んでいった奴らに顔向けできないからな。それにあいつらが死ぬ時に俺は誓ったんだよ、この命果てるまで黄巾として戦い続ける、とな」

 

彼の言葉に重みが増し、そして彼の雰囲気が一気に変わる。

 

「あいつらの悲しみを、苦しみを、恨みを、怒りを、このくそったれな世の中とそれを作った奴らにわからせてやるんだと」

 

私に向かって彼は直槍の刃を向け、そして私の眼を見てくる。

 

「俺たちは一蓮托生だ。笑うことも、泣くことも、怒ることも、喜ぶことも、悲しむことも、戦うことも、そして……死ぬことも」

 

たった1年にも満たない闘いの中で、彼らは様々な経験をしてきたのだろう。彼らは軍のように誇りでも、規律でも、大義でもなく、絆によって繋がっているのだ。だからこそ、自ら戦友のために命を賭けられる。

 

「だからこそ俺は、今、この場から逃げ出すことはできない。できるはずがない、それをしてしまったら今まで死んでいった戦友に、家族に嘘をつくことになる」

 

彼らは食うに困ったただ農民でも、略奪するだけの黄巾賊でも、命令されて戦うただの兵士でもない。

 

「それに俺は何よりも腐りきった役人のように自分自身を偽ることはしたくない」

 

彼らは仲間を、戦友を、家族のために戦う『戦士』である。

 

「自分の意志を曲げるのは絶対に嫌だ、戦って死ぬよりもな」

 

この目の前の男もそうである。

 

「だから悪いがその誘いは受け入れられない」

 

それは力強く、迷いのまったくない真っ直ぐな眼をして堂々と私に言った。

 

「いい『戦士』だな……お前は」

 

故におしい。

 

「ありがとうよ。……こんな戦場(ばしょ)で出会わなきゃ、あんたときっとうまい酒が飲めただろうに」

 

「同感だな……だがそれはもう過ぎたる思いだ」

 

お互いに見つめ合い、笑う。どうもこの男とは気が合うような気がした。だがそれと同時にもうこの男を説得するのは無理だとも感じた。だからこそ、その覚悟に、その意思に私は敬意を払い、馬を下りて戦斧を構えた。

 

その行動は他の場所が戦闘中なのに不思議と時が止まってしまったこの場所で何よりも私とこの男との決別を示したのだった。

 

お互いの兵が戦意を満たせ、今にも襲い掛かろうとしている。もはや、この場では言葉は不要なものでしかなかった。

 

「貴様の頸、この張曼成が貰い受けるッ!!!」

 

「良かろうッ!この公孫仲珪が頸、取れるものなら取ってみろッ!!!」

 

そして私は彼に向かって戦斧を振り落した。それが再びこの場で戦いの火を再燃させた合図であった。

 

白蓮side

 

私に向かって少し痩せ細った一人の男が馬に乗ってやってきた。

 

「あなたがこの軍の総大将、公孫賛ですか?」

 

「ああ、私が幽州啄郡太守、公孫伯珪だ。」

 

「そうですか、私はこの軍を率いる張曼成様の副将、趙弘。悪いですがあなたの頸を頂戴しに参りました」

 

そう正直に言った彼の眼が私を射抜くように鋭く細められた。それはまるで痩せ狼が獲物を狙うように似ている。

 

こういうのはうちの妹の役目なんだが……。

 

「投降はしないのか?」

 

「ええ、私たちの大将は諦めていませんから」

 

全くためらいなく答えた彼の眼には迷いはなく、私はその意思を少しも揺るがすことはできなかったと悟る

 

全く……、少しも楽をさせてはくれないな。

 

「無駄な血を流すことになるぞ」

 

「元より承知の上、だからこそ私たちは武器をこの手に取ってこの場にいるのです」

 

「……考えは変わらないか?」

 

「はい、私たちはもう言葉では止まりませんよ」

 

降伏は絶対にしない、か。

 

私は彼に付き従う兵たちを見た。誰もが目の前の男と同じような死を覚悟した眼をしている。

 

その眼から伝わることはただ一つ、死ぬまで諦めずに戦い続けると言う意志のみだった。

 

仕方がないな。

 

私はこの場で彼らを斬ることを決める。手に持っていた槍を捨て、腰に下げている刃が反り返った片刃の剣を抜いた。

 

「なら来るが良い、この公孫伯珪の頸がほしければなッ!!」

 

「ええ、その頸、私たちが頂戴しますッ!!」

 

私は愛馬の腹を蹴り、目の前の男に斬りかかった。

 

黒蓮side

 

上段から振り下ろした私の戦斧が張曼成の直槍とぶつかりあい、互いに火花を散らしながらそのまま数合打ち合う。

 

突きの回転数が高い。こいつは速さを主軸に置くタイプか、星と同じだな。

 

私はその連続で放たれる突きを戦斧の柄でほとんど受けきり、カウンターを狙って石突きを繰り出そうとすると彼は一旦後方に距離を取った。

 

「む、どうしたんだ」

 

私はいきなり距離を取った彼に訝しげに問う。まだ全然体勢も崩れてはいないし、そこまで距離を置くことはないはずなのに。

 

「今ので掠り傷一つもつかないなんて、さすがだな。俺が戦った中で一番強い」

 

当たり前だろ、お前より迅い奴を私は知っているんでな。

 

対処法はすでに用意している。それは今まで共に鍛錬してきた星のおかげであった。彼女は鍛錬と言えど、その身がぶれるほどのスピードで私と組み合う。それを何度も繰り返した私は自然と彼女の速さを対処法を生み出していた。

 

それはつまり、相手のスピードに自分が合わせるのではなく、私の土俵に相手を引きずり込むのだ。私は剛のタイプだ、だから一撃はそこまで速くはない。でもその代わり一撃の威力は跳ね上がる。

 

そのため、私はじっと構えて待ち、カウンター一発で相手の足を潰すようになっていたのだ。最低限の動きで相手の素早い攻撃を弾き、少しでも体勢が崩れればカウンターを狙う。体に掠ればそれだけで痣になるような氣を込めた一撃だ、それで足が止まった後に相手と真正面から打ち合い、こちらの土俵に引きずり込む。

 

これが私の生み出した速いタイプの武将の攻略方法だ。しかし、これは星みたいな馬鹿のように早く、搦め手を使う奴と戦うと持久戦になってしまう。相手の搦め手を含めた攻撃を弾き続けるために集中し続ける精神力と相手を振り切るために加速し続け、フェイントを使い、防御を突破しようとする体力との持久戦。

 

そして一撃でも当てれば即座にそのスピードが殺されるため、私は必死にカウンターを狙い続け、相手はそのカウンターを避けながら私を傷つけようとする。たった一撃ですべてが決まるような緊張感はごりごりと精神力が削られる作業だった。最終的に星はその緊張感を楽しむように最高にハイになっていたのは悪夢かと思ったけど。

 

だから今回も私はその方法で対処した。

 

「次は本気で行くぞ」

 

「始めからそうしておけば、無駄な体力は使わずに済んだぞ」

 

「あんたが強いのは知ってたが、まさかこんなに強いとは思ってなかったのさ」

 

「そうか、ならさっさと来い」

 

「言われずともッ」

 

そう言い終わる前に彼が動き出した。右足を深く踏み込み、ただ真っ直ぐとこちらに突っ込んでくる。私は身体を半歩ずらし、戦斧の柄で切っ先を受け流す。体重とスピードが乗った突きは、激しい火花を散らしながら私の後ろへと受け流される。

 

「すげぇな!あんたッ」

 

彼は受け流された力を利用し、片足を軸にしてそのまま再び私に突っ込んでくる。だが私はそのことを予想済みなのでまた素直に後方に受け流した。

 

やはり、星よりは速くない。それにトリッキーな動きもない。

 

そうわかれば後は簡単にカウンターを取れるはずだ。相手は速さに物を言わせた攻撃、常人ならば簡単に突き殺せるほどの速さとキレを持っている。だがそれ故にどうしても攻撃は直線的になりやすく、単純になってしまう。

 

それをどうにかしてくるのが星だったんだけど。己の体の柔軟性や早さ、思考、様々なことを織り交ぜながら、時には大胆に、またある時には針を通すような繊細な動きでこちらを揺さぶってきた。

 

だが今回の敵はそれがない、だからと言って手ごわくないことはない。速さなら星に追いつくことがなくてもそれに近いくらいはあるが、威力は彼の方が上だった。そしてその突きは馬鹿が付くほど真っ直ぐであった。

 

故に彼はただ真正面から単純に突っ込んでくる。自分を偽ることを嫌い、ただ真っ直ぐであろうとする彼の意志がその突きには込められていた。

 

本当に言葉通りの奴だ。

 

私はただ相手の単調な突きを受け流す。だがそうしてもさっきのように彼が止まることはなかった。柄を少しだけ持ち上げ、相手の槍を受け流す。それと同時に身体を入れ替えて正面に彼を見据え、構える。

 

また彼が単純に突っ込んでくる。私が受け流す。

 

また。

 

繰り返す。

 

また。

 

そろそろ彼のスピードに慣れてきた、だからこそ次を狙う。そう思った私はすぐさま次の行動に移ろうと体勢を整え、そして彼が再び突っ込んでくると同時に私の方から距離を詰めた。地面を強く踏み込んで相手との距離をつぶし、直槍の間合いへと自ら深く踏み込む。

 

直槍の刃が私のこめかみのすぐそばを音を立てて通り過ぎる。幾度となく星との鍛錬で体験した、いやそれ以上の音だった。

 

空気を切り裂く、まるで弾丸のような鋭さ。

 

だがそれでも私には慣れたものであった。だからこそ、踏み込むことに一瞬の迷いもなかった。

 

「なにッ!?」

 

彼の驚くような声がすぐ近くから聞こえてくる。私は彼の懐に入り込み、戦斧で直槍を跳ね上げ、相手の体勢を崩す。

 

「ぐっ!?」

 

それと同時に全身の関節を捻り、至近距離からの近接打を彼の横腹へと氣と共に打ち込んだ。それを受けた張曼成はその威力に後方へと吹き飛んで無造作に地面に転がった。

 

やったのか!?と周りの部下たちが戦いの最中にも関わらずその手を止め、私が吹き飛ばした相手を見る。

 

それはいかん、いらんフラグを立てるな!

 

と思いつつ、私は相手を殴った自分の手を見る。どう考えても殴ったような重い感触ではなく、軽い感触だった。

 

そう確信していた私は戦斧を構えると、彼は口から流れ出た血を唾液と共に無造作に地面へと吐き出し、殴られた場所を抑えながら立ち上がった。

 

「……すげぇ一撃だったぜ」

 

「自分から後方へ跳んだんだからそこまで痛くはないはずだろう?」

 

「いや、めっちゃくちゃいてぇし」

 

そう顔を歪ませながら彼は答えた。

 

これでさっきまでのスピードはでないはずだろう。彼の足を潰したから。

 

「でもまだだ。まだ戦える」

 

だが、彼はそんな状態でも全く諦めていなかった。なおも衰えずに力強い眼で再び私に槍を向ける。

 

「だから、戦う」

 

そして再び彼が大地を強く踏み込みこんだ。あまりの踏み込みの強さに、地面が割れ、足跡がはっきりと刻まれる。

 

その一瞬で残像が生まれる。

 

彼の姿が一瞬で間近に迫ってきていた。

 

驚愕と共に刹那の停滞、それが命取りだと私はわかっていた。だからこそ、その一瞬に私は身構えていた。

 

油断はない、この男にそんな余裕は一切できない。

 

そう思っていたからこそ、私は今の一撃をぎりぎりで受け流すことができた。受け流しと共に思わず安堵の息を吐く。

 

「まだ……終わってないッ!!」

 

だが、彼は止まらなかった。無理に体勢を立て直し、再び私は彼と相対すると自らの身を顧みず、突っ込んできている彼と交差する。

 

捨て身の攻撃、自ら私の間合いへと踏み込んで連撃を繰り出す彼に、徐々に押され始める。

 

矛と戦斧がぶつかり合い、激しい火花が宙を舞う。

 

それと同時に私の戦斧が削られ、彼の矛も欠け始める。その小さな破片が、互いの肌を浅く傷つけ、大量の火花が皮膚や服を焦がす。

 

もはや加速し続ける彼を止められる者はこの戦場に私しかいなかった。それは星の連撃を受け続けた故の確信。確かに彼は速く、その突きは重かった。この戦場で誰よりも。

 

でも、彼女(せい)ほどではない。

 

そして攻撃も単調、速さを活かした連撃だからそこは仕方がない。私は迫りくる幾つもの刃を弾きながら始めて星に感謝をした。それと同時に自分の運の良さも。

 

運も実力の内……か。

 

連撃の合間に、張曼成と目が合う。その双眸には激しく燃え上がる気焔が見えた。

 

ここでお前を倒し、この死地から皆と脱する、と。

 

明確な『想い』を昇華させた絶対的な『意志』を持つこの男は強い。それだけは断言できる。

 

迫りくる矛を無造作に私は払い、力づくに彼を引き離す。吹き飛ばされた相手は体勢を整え、軽やかに着地した。

 

もう終わりにしよう。

 

肺の空気を全部吐き出し、ゆっくりと全身に空気が行きわたるように吸う。そして次第に私は全身に『意志』と共に練った氣を走らせる。

 

丹田から生み出された氣が全身に淀みなく走り、全身を覆うと妙な安心感を私に与えた。それは自らの氣に包みこまれた私に自分の迷いが一切ないことからだ。

 

その濃い氣は私の『意志』を雄弁に示しており、戦場を闘氣が覆う。

 

「おいおいマジかよ」

 

だが、彼は少しも驚いていない顔で私のことを見つめた。

 

「別に驚くことないだろ?」

 

私は彼に軽く問う。

 

「ああ、あんたの『意志』が強いのはわかっていた。」

 

そうすると彼は微塵の恐れも、迷いもなく、そして私の『意志』答えるように己の身体に氣を走らせた。

 

「だがな、俺だって負けられないんだよ」

 

その雄弁な氣ははっきりと私の氣と対立していた。そして私は彼の氣の発する『意志』を理解する。

 

相手も次の一撃で終わらせるつもりだということに。

 

氣と氣がぶつかり合う。

 

私の氣と彼の氣が触れ合った瞬間、大地に衝撃が走り、空気を震わす。それは私の『意志』と彼の『意志』がぶつかり合った瞬間でもあった。

 

「終わりにしよう」

 

「おうとも」

 

簡潔に発した私の最後を告げる言葉に、軽く返事をするように彼は一言で答えた。

 

私と彼は戦斧と直槍を構えて再び対峙した。三度の対峙、私は集中力を高め、彼だけを見つめた。

 

段々彼の周りが、いや彼以外の景色が真っ白に見え、音がなくなり始める。

 

この感覚は一度だけ味わったことがあった。

 

生前に一度だけだ。

 

それは初めてのレースだった。ただ前を向き、ひたすら目の前のゴールに相棒の馬と共に走った。結果は大差をつけて勝利したが、その時の記憶は曖昧だった。でもこの感覚は覚えている。

 

だからこそ、私はこの感覚に身を委ねた。心臓の鼓動が耳元で激しく高鳴る。

 

全身に氣を巡らせた私たちは渾身の一撃を放つため、共に大地を強く踏み込んだ。

 

白蓮side

 

私と趙弘、お互いの馬がすれすれで交差する。

 

「はあッ!!」

「ふッ」

 

その勢いで迫りくる趙弘の剣を私は湾曲する刃で受け止め、そこから滑らすように受け流し、すぐさま返す刃で彼の身体を切り裂く。

 

「ぐッ!?」

 

やはり私にこの曲剣は合っている。

 

そう私は何度目かわからないを確信した。この剣の名はカットラス?というもので、妹の黒蓮が私に薦めてきたものだった。黒蓮曰く、私は小手先の技が秀でていて、いつもの大剣は剣同士やその他の武器との戦いではあまり適していないらしい。だから大剣は馬上で雑魚だけに使い、その他の武将などにはこれを使えとのことだった。

 

ちょうど私の力でも十分に扱える代物であるし、私よりも力のある相手の一撃も簡単にいなせるので調度良かった。以前、黒蓮の一撃を大剣で受けたが、数合で腕が痺れてしまい、剣を落としてしまっていたのだ。だがこれに変えてからは真正面から受けることはなく、力を外に逃がすため、厳しい鍛錬の末簡単にいなすことができるようになった。

 

またこの湾曲した刃がちょうど相手を斬りやすいので、即座に反撃できるところを私は気に入っていた。ただ、馬で速度をつけなければ人体深くまで切り裂けないために手数が増えるという弱点はあるが、私みたいな者には似合っている。

 

そう考えながら今も力強く、上から迫りくる趙弘の剣を右にいなし、彼の横腹を鎧の上から切り裂く。だがそれでも彼の勢いを削ぐことはできず、彼は全身血まみれになりながらも私に向かってきた。

 

「せあッ!」

「はッ!」

 

私は彼が馬と共に斬りかかってきた瞬間、馬の腹を蹴り、自らその距離を詰めて懐深く入り込む。そして迫りくる刃を身を低くして避け、彼の利き腕を斬り飛ばす。

 

「ッ!?」

 

鮮血を撒きながら彼の腕は剣と共に戦場へと飛んで行く。そしてこの手に残る確かな手応えに私はそこで自分の勝利を確信した。

 

「これで終わりだ、まだやるか?」

 

そう私は利き腕のない趙弘に問うと、彼は自らの服を歯と残った腕で切り裂き、自分の傷に縛り付けた。

 

「……まだ、ですよ」

 

そう血まみれの身体で彼ははっきりとした声で私に答えた。それと同時に近くにいた兵から剣を受け取る。

 

「……うちの大将が、あなたの妹を討つかもしれないのです。なら……私も諦めるわけにはいきません、あなたの頸を、絶対にもらいます」

 

「悪いがそれは無理だ」

 

「……どうしてです?」

 

激しく肩で息をしながら、苦しそうに彼は私に問う。私は吐き出すように彼の問いに答えた。

 

「背負っている物がお前たちよりずっと重いんだ。この身が押しつぶされそうなほどに」

 

かつてのこの身と心を襲った全身を斬り裂くような鋭い痛みを思い出す。自分の無力さの故に多くの命を救えなかったときのことを。

 

「あんな想いはもうしたくない」

 

だからこそ。

 

嫌いな人殺しをしてまで。

 

大を生かすために小を殺してまで。

 

この手を真っ赤に染めてまで。

 

そして何よりも。

 

自分を曲げてまでも。

 

この場所に来たんだ。

 

「だから私はこの場所にいるんだよ」

 

彼は私の言葉を一言も逃さないように耳を傾けていた。

 

「私たちは……、いや、私は絶対に負けられない」

 

あの何もなかったころとは違う。誰かを救えるような地位にやっと私はたどり着いたんだ。

 

啄郡の人々が私に声をかけてくれた。

 

その言葉に私は励まされた。

 

嬉しそうに話している人々の姿が町で見えた。

 

その姿に喜びをもらった。

 

広大な土地が実り迎えた。

 

その光景に感動をもらった。

 

政策が失敗し、後ろ指を指されることもあった。

 

その度に悔しい想いもした

 

誰かに期待され、誰かに失望され、それでもそんなことが私にとって心地よい物だった。

 

それは私が多くの人々の命を支えている何よりも証拠だったから。

 

それと同時に多くの人々の命を背負ったことでもあった。

 

それを感じない者がいるかもしれない。

 

それを必要としない者がいるかもしれない。

 

それを邪魔だと言い投げ捨てる者がいるかもしれない。

 

それが重すぎて逃げ出す者もいるかもしない。

 

 

でもその背負った重みが――

 

 

私にとって

 

 

 

とても

 

 

 

 

とても

 

 

 

 

何よりも――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこの大切な物を誰かに奪わせるわけにはいかない、投げ出すことも、逃げることも。

 

逃げ出すことは簡単だ、黒蓮たちに後を任せればいい。投げ出すことも同じ。

 

だけどそれだけは絶対に嫌だった。

 

だからこそ私はこの場で逃げ出さずに戦っている。

 

故に死ねない。

 

この公孫伯珪の頸は絶対にやれない。

 

やるわけにはいかない。

 

「だから私がお前を討つ」

 

「……そうですか、でも私も負けらないんです」

 

そして私たちは再び敵へと向かって駆け出した。

 




誤字脱字等ありますがよろしくお願いします。

リアルの方でかなり忙しいことになっています。

公務員の勉強とかこんなに必要なくね!?

と思いながら奮闘中です。

まぁ、ブラックには入りたくないし、休み欲しいし、

自分の時間が確保できてなおかつ安定の公務員が妥当かなと思ってます。

なので投稿がさらに不定期かつ長時間放置になるかもしれません。

といことなのでよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。