リゼロ短編集 作:コーンスナック菓子
舐めプしないレグルスなんてレグルスさんじゃない!ありえない!と思われる方はご注意ください。
しかしレグルス語は難しい。似てる気がしません。
ーー君に構っている暇はなくなった。
そう一方的にスバルに告げると、レグルスはエミリアを抱えたままどこかへと歩き出す。
「待て、この野郎! 勝手に話を進めんな! その子は置いていけ! でないと……」
エミリアが連れさらわれる。そう焦ったスバルはレグルスを呼び止めようとした。
それが間違いだったことに、余裕をなくしたスバルは気が付かない。
「君に一つ言いたいことがあるんだけどさ」
「ーー!?」
足を止めたレグルスがこちらに振り向いて言い放つ。
その言葉に込められた殺気に、スバルは息を呑んで硬直してしまった。
「さっき僕は君に構ってる暇がないって言ったよね? 君は人の話を聞かないタイプの人間なのかい? それとも僕が急いでいると分かっていて呼び止めたのかな? どちらにしても君の行いは褒められたことじゃない。人の大事な時間を奪う、それは未来の権利の侵害だ。そんなこと、いくら寛容な僕でも許せないな」
軽く、レグルスが爪先で石畳を叩く。
まるで履いている靴の心地を確かめるような仕草。だが彼の爪先はまるで柔らかい土をシャベルで抉るように石畳を掬い飛ばし、
ーー土の散弾でスバルを貫いた。
* * * * * * * *
それはベアトリスにとって全ての感情が吹き飛ぶような衝撃だった。
認めたくない、何かが起こったのだ。
捕らわれていた感情の嵐から解放されたベアトリスは、地面に投げだされた身体を起こし、急いでスバルのもとに駆け寄る。
見てはいけないと頭の中で鳴り響く警報を無視し、スバルの傷を癒そうと手をかざした。
そして、気付いてしまった。
「ーーーー」
スバルの胸にぽっかりと穴が空いていることに。
「あ……ああスバ、スバル……?」
光を失った瞳が、止まった呼吸が、流れ落ちる血が、スバルが死んだという現実をベアトリスに容赦なく突きつけてくる。
視界の隅に何かが映り込みそちらに顔を向ければ、かつて自分を連れ出してくれた右腕が本来の所有者から遠く離れた場所に転がっていた。
「ーー礼はいらないよ」
呆然とするベアトリスに男が話しかける。
「結婚する気のない女性の気をひく気はないんだ。こう見えても僕には愛する妻達がいるからね。ただ僕は彼に、他人から奪おうとする人間は自分も奪われる覚悟が必要なことを教えだけさ。それが君の未来まで守る結果になった。君は僕に礼をしたいと思っているだろうけど、これは君のためにしたことじゃない。だから、その感謝の気持ちだけ受け取っておくよ」
強欲の大罪司教はベアトリスの様子など気にもせず、尊大な態度で淡々と喋っている。
言っていることが理解できない。いや、理解する必要もない。
ベアトリスの心の奥底から黒い渦のような重く暗い感情が湧き上がった。
黙れ。未来を奪ったのはお前だ。お前が死ね。お前が消えろ。殺してやる。
「エル・ミー……」
ベアトリスの激情にとらわれた言葉が途中で止まった。
レグルスを殺そうと動いた瞬間、ドレスの裾が何かに引っかかったのだ。
「……スバル?」
ベアトリスは自分を引き止めた人間の名前を呼んだ。
スバルが生きていたわけではない。 ただ、スバルの左手がベアトリスのドレスに引っかかっただけだ。
しかし、それだけのことがベアトリスにはスバルに引き戻されたように感じた。
周囲を見渡せば沢山の人間が死んでいた。
スバルと同じ傷。同じ死に方。 この惨状さえ今まで気がつかなかった。
ベアトリスは、立ち去ろうとするレグルスの背を見る。 そしてレグルスの腕にエミリアが抱かれていることを思い出した。
スバルが止めなければレグルスごと全てを消し飛ばそうと魔法を使っていただろう。
ベアトリスは自分が何も見えなくなっていたことを知った。
こんな感情に捕らわれてはいけない。これは呪術にも似たよくないものだ。
ベアトリスは息を大きく吸って黒い感情を空気をともにそれを吐き出す。
ーーもう大丈夫なのよ。
引き止めていたスバルの左手をそっと握った。
右も左も死体の山。誰も助からない。
スバルももういない。どう足掻いても遅いのだ。ならばせめて、
「その娘を返すかしら!」
スバルの意思を、守りたかった者を守るーー
* * * * * * * *
戦いの跡と残されたのは死体の山。
誰もいなくなった場所。そこにベアトリスは残されていた。
その身体は淡く光り、光の粒となってゆっくりと消えていく。 ベアトリスの命も長くは持たないだろう。
「ーースバル、ごめんなのよ」
ベアトリスは命を削って戦った。 だが、その攻撃がレグルスに届くことは決してなかった。
悔しいほどの完敗だった。
「ごめんなさい。ごめんなさいかしら……」
何度も何度もベアトリスは謝る。
その声が誰にも届かないとわかっていても。
なんの解決にもならないとわかっていても。
「ごめんなさいなのよ、エミリア」
かつて半端者と呼んだ娘を名前で呼ぶようになったのはいつからだっただろうか。今まで関わろうともしなかった相手を大切に思える日が来るとは思ってもいなかった。
助けられなくて、ごめんなさい。
「スバル……」
残り少ない命を引きずってベアトリスはスバルを探す。
四百年ずっと一人だった。寂しかった。死にたかった。でも、そんなベアトリスをスバルは連れ出してくれた。
からっぽだったベアトリスを満たしてくれた。
この一年で味わった鮮烈な日々。
いつも賑やかで息をつく暇もない。時には鬱陶しくて煩わしいと思うこともあったが、そんな時間ほど色鮮やかに輝いていた。
「ペトラ……」
過ごしてきた日々を思い出し、ベアトリスは少女の名を呟いた。
彼女はかつての友達に少し、ほんの少しだけ似ている。
初めの頃、しつこく追いかけてくる彼女にベアトリスは逃げてばかりいたが、心の中では嬉しく思っていた。
そのことを口で言うことはなかったけれど、彼女とちゃんと友達になれていただろうか?
「おかあ、さま……」
強欲の魔女。スバルが現れるまでベアトリスのすべてだった存在。
なぜ今、母を呼んだのか。
言葉にできない感情がこみ上げてきて声が詰まる。
「……あ」
もうダメだと諦めかけた時、ベアトリスはスバルの右腕を見つけた。
火傷の跡がわずかに残るスバルの右手。
ーー俺を選べ
それはベアトリスの人生を変えた言葉。
白紙のページを染め上げた色。
ベアトリスの始まりの日。
その手を握ろうと、ベアトリスは透きとおる手を伸ばす。
幸せだった。四百年の孤独を忘れさせるほど楽しかった。
生きていてよかったと思えるようになった。
「ありがとなのよ……」
あの時、この手を握れて本当にーー