リゼロ短編集 作:コーンスナック菓子
askを読む“前”に妄想していた内容です。みごと打ち砕かれました。
墓所の最初の試練、スバルが異世界の記憶を思い出したところから唐突に始まります。
「ーー好きな子、できたよ。だから俺はもう大丈夫だ」
そう言うとスバルの目つきが変わった。
さっきまでの具合の悪さも、迷いも、嘘のように消えて、今までの甘えていた子供の顔ではなくなっていた。
「……そうかよ」
俺は驚いたが平静を装って聞く体制を整えた。
スバルは、人よりも逃げるのが上手な子供だった。
それをいいことに、いつもはぐらかして嫌なことから逃げることも多かった。
そんなスバルが俺に、そして自分自身に向き合っている。
スバルは情けないぐらい情けない顔をして、それでも決して逃げ出さずにその心内を吐き出してくれた。
じっくりと、まるで自分の本心を探る長い独白のようだった。
俺はそれを一言も聞き逃さないように黙って聞いた。そして、
「アホだな」
すべて聞き終わると、俺にはそんな感想しかでてこなかった。
本当アホだ。なにが見捨ててほしいだ。お前を嫌いになんてなるわけないだろ。俺も菜穂子もお前のことをこんなに愛しているのに、なんでそんな考えになるんだよ。
踵落としを受けて涙目になっているスバルに、俺はどれだけ愛しているのかを長い独白のお返しとばかりに話した。
思い込みとはいえ俺のせいでスバルが問題を抱え、しかもこの愛情が通じていなかったことが悔しかった。
本当は、このままスバルのアホな考えと根性を徹底的に叩き直してやりたかったのだが……どうやら、それは先を越されたらしい。
スバルはすでにへし折れて、立ち直った後だった。
へこんでも立ち直らせてくれる誰かがいる。俺たちじゃない誰かがスバルの力になってくれている。
いつの間にかスバルは、俺たちがいなくても生きていける人間になっていたことを知った。
「でも、これでちったぁ肩の荷が下りたかな。あとはこっからだ、こっから」
言いたいことも言い終わり、俺は息を吐いた。
「うん。えっと、迷惑かけて本当に……」
「それをごめんって思えるなら、ちゃーんと恩返ししてくれればいいさ。将来は養ってくれよ、長男」
まだ謝ろうとするスバルの言葉を俺は遮って、できるだけ気楽な雰囲気で言った。
最近は体力の衰えを感じ始めた。このまま歳をとれば、スバルに支えてもらわなければいけない面もでてくるだろう。
だから、いつまでも過去のことでくよくよしてないで、未来で返してくれればいい。
自分を責める必要も、俺たちに謝る必要もない。
スバルに終わった話を引きずっていないで、前を向いてほしかった。
「……っう」
しかし、俺の思いとは裏腹に、スバルはくしゃりと顔を歪ませて大粒の涙を流す。
「ご……ごべんなさい」
「……昴?」
「ごめっ、ごめんなさい……俺、俺ぇ……もう二人に……ごめんなざいぃ……」
突然のことに俺は困惑しつつ、崩れ落ちそうになるスバルの体を支えた。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら謝り続けるスバル。
スバルの背をさすりながら、その途切れ途切れの言葉を聞くうちに、ストンっと俺の胸中になにかが落ちた。
なにもわからないが、それでもひとつ理解した。
お前はもう、帰ってこないんだな。
泣き崩れるスバルの体を支えながら、俺の目にも熱いものがこみ上げる。
「ーーいつまで経ってもお前は手のかかる息子だよ。まったく」
長いようで短かった十七年間。
最後の時間を後悔しないように、俺はありったけの愛情をこめてスバルを抱きしめた。
忘れるなよ。
遠く離れていても、お前のことを愛している人間が、ここに二人もいることを、忘れるな。
スバルが泣き止み、必然的にやってきた別れ。
泣きすぎで目が赤くなっているスバルと、カピカピになった俺のシャツ。
心配なことはたくさんあるが、不思議と不安な気持ちはない。
立派に成長した自慢の子を笑って送り出してやりたかった。
「頑張れよ。期待してるぜ、息子」
「ああ、任せとけよ。父ちゃん」
スバルの後ろ姿は頼もしく、キラキラと輝いて見えた。
いつの間にこんなに大きくなったのか。
笑う俺の前を、振り返らずしっかりとした足取りで歩くスバル。
かっこつけてるのはバレバレだが、男の門出は少し見栄を張るくらいがちょうどいい。
こんなに変われるほど、お前には大切なものも、やりたいこともできたんだ。
だから、
「ーー行ってこい」
俺は、その背中を祝福しながら見送った。
* * * * * * * *
スバルが行方不明になって約二か月。
賢一と菜穂子は不思議な夢を見た。
夢にしては、やけにはっきりと内容を覚えている。
腕に抱き寄せたスバルの感触やぬくもりまでリアルで、まるで現実のような夢だった。
本当に夢だったのか?
味噌汁を作りながら首をかしげる賢一に、
夢じゃないよ。
菜穂子は笑ってそう言った。
サラダとハニートーストと豆腐の味噌汁。そして、山盛りのグリンピース。
テーブルの上には夢で食べた朝食がならんでいた。
最後の仕上げに、菜穂子は冷蔵庫からキャップに大きく『ス』と書かれたマヨネーズを取り出して、中身をお皿に盛る。
「じゃあ、食べよっか」
少ないマヨネーズを分け合いながら食べた朝食。
グリンピースが嫌いな二人は緑の森を互いに押し付け合いながら、それでも全てを食べきった。
「七百七十七個、おめでとう」
押し入れに保管された、大量の『ス』と書かれたい赤いキャップ。 そこに、先ほど食べ終わったマヨネーズのキャップを加えた。
夢の中でされたスバルのお願いを叶え、賢一と菜穂子は晴れやかに笑いあう。
それは自慢の息子の巣立ちを見送ったかような、晴々しい笑顔だった。
今日はグリンピース記念日。
朝食に嫌いなグリンピースを食べて、口直しにマヨネーズとシュークリームを買いに行った、ただそれだけの日。
だけど、それだけじゃない日。