市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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13.分からない

「……ママと、会ったんでごぜーます。」

 

家に帰った後。

仁奈は、泣き続けた。

泣いて泣いて、泣いて。

赤い目で床を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始める頃には。

月が反射する淡い光が、窓を通して2人の横顔を撫でていた。

 

「ママは仁奈を、仁奈の家に連れて行こうとしてやがりました。

1人で外に居るのには、あぶねー時間でごぜーましたから。」

 

仁奈は一度、家の前まで辿り着き。

そして鍵を持っていないことに気が付いた。

それを無くすということが、どういうことか。

どれだけ重大なことなのか。

仁奈は、理解してしまっていた。

 

「でも、まだ、鍵を見付けてやがりませんでした。

でも、ママに言ったら、怒られちまいます。

だから、ママに引っ張られながら、探してたんでごぜーます。」

 

仁奈は自分の腕を掴む母親の力に逆らいながら、辺りを見回した。

自分が落とした鍵を探すために。

 

「きらりおねーさんはきっと、それを見たです。」

 

きらりはその場面を目撃した。

人の目の付かない路地裏で。

1人の大人が、少女を無理矢理に歩かせていた。

そして仁奈は、それに抵抗しているようだった。

そんなものを見たら。

 

「さらわれちまうと、思ったんでごぜーます。」

 

誘拐。

それ以外の可能性がどこにある。

仁奈が家の鍵を持っていないことを知らない彼女が。

仁奈の母親が、苦しみながら、それでも仁奈を愛そうとしていることを知らない彼女が。

それ以外を思いつく可能性が、どこにある。

 

「きらりおねーさんは、仁奈を助けてくれやがりました。

……助けてくれたんで、ごぜーます。」

 

きらりは選択を迫られた。

目の前の誘拐犯に対し、彼女が取れる行動は2つしか無かった。

助けを求めるか、自分が助けるか。

きらりは他者に暴力を振るえない。

だから、頼りになる誰か。

プロデューサーに連絡を取るのが、私のよく知るきらりだった。

しかし、きらりは意外にも、2つ目の行動を取った。

彼女は自ら、その脅威を退けようと立ちはだかった。

 

「助けてくれたんでごぜーます。仁奈のためでごぜーます。

だから仁奈は、ありがとうって、言わなきゃ。なのに。」

 

仁奈の安全のために、勇気を振り絞った行動だった。

それを仁奈は理解していた。

危機的状況にある自分を、救出しようとしたのだと。

 

「……なのに! 仁奈、怖くってっ!

やさしいきらりおねーさんなのに!

ぎゅってしてくれた、きらりおねーさんなのに!」

 

理解していたからこそ、感情との差異に困惑した。

目の前に居るのは、自分に安心をくれる存在だ。

そこに在るのは、自分を守ってくれた存在だ。

それに恐怖を感じる必要はない。

理性がそう訴えても、感情が否定する。

 

「なんで仁奈、怖かったんでやがりますか!?

きらりおねーさんは怖くねーです! 怖くねーんです!!

なのになんでっ! なんで仁奈は……!!」

 

それは救世主に対する、これ以上無い非礼だった。

仁奈は笑顔で礼を言わなければならない立場にあった。

しかし仁奈は、それに失敗した。

自らを救ってくれた存在を、感情が怪物と認識した。

 

「……仁奈を見て、きらりおねーさん、笑ってやがりました。

寂しそうに。兎さんみたいに。笑ってやがりました。

仁奈は、きらりおねーさんを、兎さんにしたんでごぜーます。」

 

仁奈の表情を見たきらりは、それを受け入れた。

仁奈に怪物と認識された事実を。

拒絶するでもなく。取り繕うでもなく。

ただ、寂しそうに受け入れた。

 

「きらりおねーさんもキグルミを着てるって。

そう言ってたんでごぜーます。」

 

ずっと明るく振舞って。

その裏に隠していたのは、怖がられることへの恐怖だった。

自分は背が高いから。

怖がられてしまうから。

優しい彼女は、他者に恐怖を与えることを恐怖した。

 

「きらりおねーさんは、隠してやがりました。

キグルミを着て。兎さんなんだってことを。

ずっと、ずっと隠してやがりました。」

 

しかし仁奈を助けるには、怖がられるしかなかった。

きらりは暴力を振るえない。

暴力的な語彙だって無い。

だから、明確な戦闘状態になる前に、敵を退けるしか。

彼女が取れる、彼女自身が仁奈を救う行動は。それしかなかった。

 

──出来ればキャラ作りで……いや、素であって欲しい。

 

初めて会った日のことを思い出す。

素なんかじゃなかった。

あの口調は、きらりが張った防衛線だった。

自分の姿を見ても、誰も怖がらないように。

きらりと関わる他者を、そしてきらり自身を。

守るために作ったキャラクターだったのだ。

 

「仁奈はそれを、脱がしたんでごぜーます。」

 

キャラクターを演じない自分は恐怖の対象である。

それはもう、単なる思い込みなどではない。

被害妄想ではあり得ない。

その確固たる証拠を、きらりは手に入れた。

演じていた時には確かに笑顔を向けてくれた少女は、同じ目で自分を見てはいなかった。

 

「……どうしよう。どうしよう。どうしよう。

杏おねーさん、どうしよう。

仁奈、どうしたらいいでやがりますか?

どうしたら、どうしたら……!」

 

仁奈が私に縋り付く。

どうしたら。

どうしたらこの状況を打破できる。

きらりと仁奈の問題を、どうやったら解決できる。

仁奈と仁奈の母親の関係性は、まだ完全には終わっていない。

まだ、取り返しがつく。

でも、その方法が分からない。

きらりに頼るしか、思いつかない。

しかし、きらりはそんな状況じゃない。

では、どうやって。

どうやって、きらりを助ける。

どうしたら、きらりを助けることができる。

 

「……まずは、少し寝よう。仁奈も私も、疲れてる。」

 

 

 

 

 

そんなの、分からない。分からないよ。きらり。

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