市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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15.正反対、対照的、そして

「本日はー、見事な月でしてー。」

 

公園の真ん中で立ち止まり、芳乃は空を見上げた。

 

「……芳乃、実家に居たんじゃなかったの?」

 

夏休みに入ると、所属アイドルの殆どは実家に帰省することを選んだ。

私は、お父さんのところに行くこともできたけれど。

でも、やっぱり止めておいた。

なんだか、まだ、それは早いように思えたから。

今まで通り、たまに手紙を送るくらいが、私には心地良かった。

きらりも、当然のように私と一緒に暮らし続けた。

しかし芳乃は、間違いなく帰省を選んだ1人だった。

彼女の出身は鹿児島だ。そう簡単に来れる距離じゃない。

 

「はいー、電車を乗り継ぎ、つい先程到着致しましてー。」

 

電車。

飛行機ではなく、新幹線ですらなく、電車。

まさかガタンゴトンと揺られてきたのか。丸1日以上かかるぞ。

せめて普通列車ではなく急行であってくれ。

 

「……それで、何でわざわざ?」

 

私が問うと、彼女はこちらに振り返る。

着物の袖の、ふわりと浮かぶ姿が、月光に照らされて。

これまで何度この感想を抱いただろうか。

彼女は、まるで神様のようだった。

 

「悩みごとが、お有りでしょうー?」

 

芳乃は柔らかい笑みを浮かべる。

他者の気を読むことが出来る彼女。

趣味が石ころ集めと失せ物探し、そして悩み事解決の彼女。

彼女はきらりと仁奈に関する問題の為にここに居た。

 

「……助けて、くれるの?」

 

藁にも縋り付きたい状況だった。

仁奈とその母親との関係性が、異常だということは私にも理解できた。

正常にしなければならなくて。それはまだ、まだ手遅れではなくて。

でも、何が正常なのか。

何を以ってして、親子の関係は正常と判断されるのか。

この異常な関係性を、どうすれば正常に直せるのか。

一般的に異常とされるだろう家庭で育った私には、分からなかった。

きらりを頼るしか、思いつかなかった。

 

「……助けてよ。」

 

しかし、そのきらりにも問題が発生した。

きらりは、これまで避け続けていたことを。

自分は怪物であるという認識の。

確固たる証拠を得てしまった。

仁奈の母親は彼女の姿を見て逃げ出し。

仁奈にすらも、恐怖を覚えさせてしまった。

その事実を、認識してしまった。

 

「何とか、してよ……!」

 

どうすればいいんだよ。

だって、きらりは見てしまった。

恐怖に歪む仁奈の顔を。

例えそれが本人の意志によるものじゃないとしても。

それでも、見てしまったんだ。

もう彼女に励ましは通用しない。

もう彼女に、それは思い込みだと。

そう思い込ませることは、できない。

いくら私が弁明したって、事実は決して変わらない。

その事実を、彼女は決して軽視しない。

そんなの、どうすればいいんだよ。

 

「いいえー。

わたくしが出来ることなどー、ほんの少ししかありませんー。」

 

しかし芳乃は、ゆっくりと首を横に振る。

私が食い下がろうとする前に、彼女は言葉を続けた。

 

「ただ、思い出させて差し上げるのみー。」

 

ゆっくりと、美しさすら感じさせる動作で、芳乃は私の前へ歩み寄る。

その両手は私の頬に触れ、少しだけ持ち上げる。

 

「そなたに助けなど、最早必要ないということをー。」

 

小柄な、しかし私より12cm大きい少女。

その瞳と、目が合った。

 

「さあ、よく見てくださいませー。」

 

その瞳は、私の目を見てはいなかった。

私の目の、その奥にあるものを。

彼女の瞳は、それを映し出していた。

彼女の瞳を通して、私は私自身を見ていた。

 

「そなたはー、きらり殿をどうお思いでしてー?」

 

──優しいし、可愛いし、フリフリな服だって似合いそうだ。……というか、私服がフリフリだ。

 

「きらり殿はー、アイドルには向いていないと感じましてー?」

 

──確かにきらりには、アイドルはぴったりだと思う。

 

「きらり殿がそなたの元を離れても、そなたは何とも思いませんかー?」

 

──きらりが居ないのは、嫌だ。

 

「そなたが1人で歩けるならばー、そなたはきらり殿から離れましてー?」

 

──胸を張って、きらりに会いに行けるように。

 

「きらり殿が、もし怪物に成り果ててしまったならばー。

そなたはきらり殿を見捨てましてー?」

 

──どちらかが失敗したときには、どちらかが支えよう。

 

「きらり殿を救う方法が、もし何一つ思いつかなかったならばー。

そなたはきらり殿を諦めましてー?」

 

──思いっきり、我が儘を言ってやる。

 

「きらり殿とそなたはー、全てが異なる存在でしてー?」

 

──私と同じように、怖いのだと。

 

「それら全てをー。きらり殿は知っておいででしてー?」

 

──彼女の表情にあったのは、喜びだけではなかった。

 

「……そなたはー。きらり殿を、どうお思いでしてー?」

 

 

 

 

 

──これが、私の一番の親友。諸星きらりとの出会いだった。

 

 

 

 

 

「……できるかな。」

 

不安は、無かった。

 

「私に、できるかな。」

 

ついさっきまで、確かに私を蝕んでいたはずのそれは。

私を押し潰そうと躍起になっていたはずのそれは。

影も形もなく、消え失せていた。

 

「……わたくしはー、そなたのことを、ほんの少ししか知りませぬー。」

 

決意だけがあった。

助けなきゃ。助けられる。助けたい。

そのどれでもなかった。

きらりを、助ける。

その決意だけが、胸の底にずしりと鎮座していた。

 

「しかしー。ほたる殿を救おうとしたそなたはー。」

 

芳乃は私の頬から手を離し、私の右手を掴む。

それを2人の胸の前まで持ってくると、両手で包み込む。

 

「短い手足と知りながら、それでも必死に走り続けたそなたはー。」

 

その姿は、祈るようで。

 

「悩み続けたその先が、四方を囲まれ八方に塞がれていても。

それでも尚、もがき続けたそなたはー。」

 

その姿は、信じるようで。

 

「とても無様でー。矮小でー。痛々しくー。無力でー。」

 

その姿は、称えるようで。

 

 

 

「そして、格好良かったですよー。」

 

 

 

その姿は、勇気をくれた。

 

 

 

「……それ、気でも読んだ?」

 

軽く笑いながら、私は目の前の少女に問う。

彼女が私にかけた言葉は、的確に私を鼓舞したから。

私自身無自覚だった、欲しかった言葉をくれたから。

 

「内緒、でしてー。」

 

芳乃はただ、柔らかく笑った。

 

「芳乃。」

 

どちらでもよかった。

それが私の望むものだと分かっていたか。

彼女が放った言葉が、偶然私の望み通りだったのか。

そのどちらが正しいかなんて、どうでもいいことだった。

 

「でしてー?」

 

この言葉を伝えることを、心の底から望んでいた。

素直な感情を、素直に伝えたかった。

 

「助けてくれて、ありがとう。」

 

私は確かに、彼女に救われたのだから。

 

「……でしてー。」

 

芳乃は先程と同じように笑う。

その笑顔は、先程のものとは違っていた。

 

 

 

 

 

双葉杏がその場を去った後。

 

「そなたらはー。実に、実に奇異な気をしておりましてー。」

 

芳乃は再び空を仰いでいた。

 

「何もかもが異なりー、そして何もかもが同じー。」

 

その瞳は月を映し、月ではない何か別のものを見ていた。

 

「正反対で、対照的で、そして同一の存在ー。」

 

その何かに向けて、芳乃は1人呟く。

 

「……気付いて、おいでですかー。」

 

何もかも違うものを持って生まれ。

何もかも同じことを悩み。

何もかもを互いに求めた2人。

芳乃が見据えるその先は、果たして、そのどちらか。

 

 

 

 

 

「そなたはもう、かつて望んだ御姿に成られているのですよー。」

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