市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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17.私はずっと。

「背が高ければよかった。」

 

目の前の少女は、そう切り出した。

平坦な声。冷たい声で。

 

「って、思ったことはある?」

 

感情の篭もらない、濁った瞳が私を観る。

私はただ、その瞳を見続けた。

 

「私はずっと、小さくなりたかった。」

 

言いながら、少女は立ち上がる。

彼女の瞳が高くなり、私はそれを追いかけるように顔を上に向ける。

不透明な瞳が、私を見下ろしていた。

少女は、どうしようもなく大きかった。

 

「そこに居るだけで威圧感を与える身体が。

誰も近寄ろうと思わないこの身体が。

私はずっと、嫌いだった。」

 

怪物に成り切った少女が演説を続ける。

 

「私だけ違ってた。

気に入った服のサイズが無かった。

しゃがまなきゃフレームに入れなかった。

映画はいつも後ろの席だった。」

 

少女を見上げながら、きらりを見る。

きらりは私より、ずっと小さかった。

 

「ずっと憧れてた。

もっと小さければ、可愛い服が着られるのに。

もっと小さければ、怖がられずにいられるのに。

もっと小さければ、望み通りになれるのに。」

 

ちっとも怖くなんてなかった。

恐怖なんて覚えなかった。

 

「でも、小さくなんてなれないから。

私は、大きいから。

大きいのは、怖いから。

だから、せめて、怖がられないように。

どんな扱いでもいいから。怖がられないように。」

 

少女は表情を出さない。

 

「変人でいい。マトモじゃなくていい。

気が違っていると思われても構わない。

それでもいいから。側に居てほしかった。

独りは、嫌だった。」

 

磨りガラスを見ているようだった。

 

「あなたが今まで見てきたのは。

あなたが接してきたのは。

接して、いられたのは。

そんな『諸星きらり』なの。

『諸星きらり』は、偽物なの。」

 

それが本性であるなどと、思えるはずがなかった。

 

「ずっと羨ましかった。

ずっと妬ましかった。

小さいあなたが。

飾らずにいられるあなたが。

ずっとそれを、隠してきた。」

 

きらりは、暴力的になれないから。

 

「でも。『諸星きらり』はもうお終い。

もう私は、『諸星きらり』でいられない。

隠してなんていられない。」

 

大きい少女が私を睨む。

まるで威嚇するように。

まるで警告するように。

 

「だから。出ていって。」

 

まるで、恐れるように。

 

「私はあなたに憧れる。

私はあなたが羨ましい。

私はあなたが妬ましい。

……そんなもの、見ていたくないの。」

 

置いてきて、よかった。

うさぎを抱えたままでは、きっと怯えてしまっただろうから。

きっときらりを、見れなかっただろうから。

 

「だから。帰って。」

 

返す言葉は、決まっていた。

 

 

 

「帰らない。」

 

 

 

少女の瞳に、色が1つ。

驚愕の色。

磨りガラスの向こうに、ぼんやりとその色が見えた。

 

「……思ったことがあるかって?」

 

ああ。言ってやるよ。

 

「背が高ければよかった。」

 

私ははっきりとそう宣言する。

彼女に対する、宣戦布告を。

彼女が忌み嫌った自分の身体を、羨ましいと宣ってやる。

 

「ずっと、そう思ってた。」

 

笑えるくらいに分かってしまっていた。

彼女が何を望んでいるのか。

彼女が私をどうするつもりなのか。

この会話の目的は何なのか。

 

「小さいなんて、ロクなもんじゃない。

支えてやれない。守ってやれない。

満足に人を包み込むことすらできない。」

 

それをさせるわけにはいかなかった。

彼女を肯定するわけにはいかなかった。

 

「この手が大きければ。」

 

屋上から飛び降りようとするほたるを、しっかりと掴めていれば。

 

「この足が長ければ。」

 

落下した芳乃の元へ、素速く駆け込めていれば。

 

「何度そう思ったか。」

 

あれほど事態が悪化することは無いはずだった。

ほたるをああまで追い詰めることは、無かったはずだったのだ。

 

悩んだってどうしようもない話だ。

それで背が伸びるなら、私はとっくに巨人になっている。

きらりだって、とっくに小人になっている。

でも。私は小さくて。きらりは大きい。

いくら悩んでも、解決のしようがない悩み。

だからこそ、悩み続ける。

 

「全部話して嫌われよう。」

 

これまでの全部を遠ざけて。

ずっと独りで部屋の中。

そうすれば、逃げていられるから。

自分が見たくないものから。

向き合いたくない事実から。

 

「なんて思ってるんでしょ。」

 

させてやるものか。

そのやり方じゃ駄目だ。

駄目だったんだ。

目を向けられなかったそれは、どんどん形を歪めていく。

認識を歪めていく。

どこかで向き合わなきゃいけなかったんだ。

認めなきゃいけなかったんだ。

 

「何度だって言ってやる。」

 

あの時は、きらりが抱きしめてくれた。

きらりが、欲しかった言葉をくれた。

でも。私は小さいから。

きらりよりも、優しくはなれないから。

 

「私は。きらりみたいになりたかった。」

 

私は、彼女を否定する。

 

「失敗したって思ってた。」

 

やめようと思った。

何もしないでいようと思っていた。

 

「報われなかったから。駄目だったから。」

 

欲しかったものが貰えなかったから。

独りぼっちになってしまったから。

 

「でも、頑張ったって言ってくれたんだ。」

 

抱きしめてくれたんだ。

頭を撫でてくれたんだ。

報われなかった私の過去を、報わせてくれたんだ。

 

「その言葉があったから、頑張ろうって思えたんだ。」

 

全部、きらりのおかげなんだ。

きらりが居なきゃ、部屋から出ることすら無かったんだ。

掃除もしない。

洗濯もしない。

料理だってしない。

ずっと画面とにらめっこ。

楽しいかと自分に聞かれて、滅茶苦茶楽しいと言い聞かせる。

そんな毎日しか、きっと無かったんだ。

 

「その言葉があったから、歩けるようになったんだ。」

 

自分のためにも、他人のためにも頑張れて。

目指すものへと真っ直ぐに向かっていて。

誰にだって優しくて。

いつだって、キラキラ輝いてた。

そんな姿に、憧れたから。

 

「その言葉があったから、救われたような気がしたんだ。」

 

許してやるものか。

認めてやるものか。

私を救ったあの言葉を。

私を救った『諸星きらり』を。

 

「その言葉があったから、 『諸星きらり』に憧れたんだ。」

 

否定されてたまるものか。

 

「怖がってなんかやらない。

ちっとも怖くなんかない。

可愛いものに憧れて。

怖がられるのが怖くて。

キグルミの中に閉じこもってしまえるような人間を。

誰が怖がってなんてやるものか。

……怯えてなんてやるものか!」

 

だから。何度だって言ってやる。

 

「あの言葉が嘘だなんて認めない!」

 

きらりが自分を否定するのなら。

私が憧れた姿を。私を救った姿を。『諸星きらり』を。

それでも否定するのなら。

 

「『諸星きらり』が嘘だなんて認めない!!」

 

私は彼女を否定する。

何度だって否定してやる。

 

「きらりは私の憧れだ!! 憧れなんだ!!

それを否定なんてさせるものか!! 許してなんてやるものか!!!」

 

認めない。認めない、認めない!

 

「絶対に! 絶対に!! 」

 

思い切り息を吸い込む。

身体がくの字に曲がる。

ぎゅっと目をつむる。

口を目一杯大きく開ける。

小さい身体の全部を使って、感情を叫ぶ。

 

 

 

「認めてなんてやるものか!!!」

 

 

 

部屋全体が、ビリビリと震えた。

 

きらりを助ける方法なんて、何一つ分からなかった。

ただ、言いたいことを言っただけだ。

抱えていた感情を、全部ぶちまけただけだ。

 

その反動か、やけに静寂が耳をつんざいた。

 

こうするべきだと思った。

こうしなければならないと思った。

その結果、何が起こるかなんて分からないけれど。

それでも、伝えなきゃ。

 

ふらり。身体が揺れる。

足に力が入っていないんだ。ぼんやりと、そう考える。

反射的に手をつこうとするが、それもやはり力が入らない。

そういえば、最近運動してなかったもんなぁ、なんて。

そのまま、前のめりに倒れ込む。

 

柔らかい感触に、包まれた。

 

「……大きくなっても、いいことなんてないよ?」

 

きらりだった。

その少女は、きらりだった。

怪物になりきってなどいなかった。

キグルミに閉じこもってなどいなかった。

 

「……その言葉、そっくり、返す、よ。」

 

喉が痛い。

 

「杏ちゃんは小さいの、嫌い?」

 

酸素が足りない。

 

「大っ嫌い、だよ。」

 

頭すら、がんがんと警鐘を鳴らしていた。

 

「……そっか。」

 

ちょっと大声を出しただけでこれだ。

 

「きらりだって、そう、でしょ。」

 

本当に、この身体にはうんざりする。

 

「……そうだね。」

 

でも。きらりはこんなものが良いと言った。

 

「……ねえ、きらり。」

 

思ったようにいかなくて。不便ばかりで。本当に嫌になる。

 

「嫌いなままでいい。無理に好きになんて、ならなくていいからさ。」

 

そんなものでも、望む人がいるのなら。

 

「否定だけは、しないでよ。」

 

少女は、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

真っ直ぐに互いを見つめ合う。

どちらともなく、言葉を紡いだ。

 

「大きくなりたかった。」

「小さくなりたかった。」

 

私はきらりに憧れた。

きらりは私に憧れた。

 

「優しくなりたかった。」

「強くなりたかった。」

 

どうしようもない自分だけど。

大嫌いな自分だけど。

それでも、憧れている人がいる。

 

「格好良くなりたかった。」

「可愛くなりたかった。」

 

なら。否定するのはもうやめよう。

きらりの憧れを。私の憧れを。

そんな2人の感情を。

否定しあうのは、やめにしよう。

 

「「私はずっと。」」

 

この言葉は、その一歩。

この言葉は、その証。

この言葉は、その誓い。

この言葉を、互いに刻む。

嫌いな自分と、向き合うために。

 

 

 

 

 

「「あなたみたいになりたかった。」」

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