「背が高ければよかった。」
目の前の少女は、そう切り出した。
平坦な声。冷たい声で。
「って、思ったことはある?」
感情の篭もらない、濁った瞳が私を観る。
私はただ、その瞳を見続けた。
「私はずっと、小さくなりたかった。」
言いながら、少女は立ち上がる。
彼女の瞳が高くなり、私はそれを追いかけるように顔を上に向ける。
不透明な瞳が、私を見下ろしていた。
少女は、どうしようもなく大きかった。
「そこに居るだけで威圧感を与える身体が。
誰も近寄ろうと思わないこの身体が。
私はずっと、嫌いだった。」
怪物に成り切った少女が演説を続ける。
「私だけ違ってた。
気に入った服のサイズが無かった。
しゃがまなきゃフレームに入れなかった。
映画はいつも後ろの席だった。」
少女を見上げながら、きらりを見る。
きらりは私より、ずっと小さかった。
「ずっと憧れてた。
もっと小さければ、可愛い服が着られるのに。
もっと小さければ、怖がられずにいられるのに。
もっと小さければ、望み通りになれるのに。」
ちっとも怖くなんてなかった。
恐怖なんて覚えなかった。
「でも、小さくなんてなれないから。
私は、大きいから。
大きいのは、怖いから。
だから、せめて、怖がられないように。
どんな扱いでもいいから。怖がられないように。」
少女は表情を出さない。
「変人でいい。マトモじゃなくていい。
気が違っていると思われても構わない。
それでもいいから。側に居てほしかった。
独りは、嫌だった。」
磨りガラスを見ているようだった。
「あなたが今まで見てきたのは。
あなたが接してきたのは。
接して、いられたのは。
そんな『諸星きらり』なの。
『諸星きらり』は、偽物なの。」
それが本性であるなどと、思えるはずがなかった。
「ずっと羨ましかった。
ずっと妬ましかった。
小さいあなたが。
飾らずにいられるあなたが。
ずっとそれを、隠してきた。」
きらりは、暴力的になれないから。
「でも。『諸星きらり』はもうお終い。
もう私は、『諸星きらり』でいられない。
隠してなんていられない。」
大きい少女が私を睨む。
まるで威嚇するように。
まるで警告するように。
「だから。出ていって。」
まるで、恐れるように。
「私はあなたに憧れる。
私はあなたが羨ましい。
私はあなたが妬ましい。
……そんなもの、見ていたくないの。」
置いてきて、よかった。
うさぎを抱えたままでは、きっと怯えてしまっただろうから。
きっときらりを、見れなかっただろうから。
「だから。帰って。」
返す言葉は、決まっていた。
「帰らない。」
少女の瞳に、色が1つ。
驚愕の色。
磨りガラスの向こうに、ぼんやりとその色が見えた。
「……思ったことがあるかって?」
ああ。言ってやるよ。
「背が高ければよかった。」
私ははっきりとそう宣言する。
彼女に対する、宣戦布告を。
彼女が忌み嫌った自分の身体を、羨ましいと宣ってやる。
「ずっと、そう思ってた。」
笑えるくらいに分かってしまっていた。
彼女が何を望んでいるのか。
彼女が私をどうするつもりなのか。
この会話の目的は何なのか。
「小さいなんて、ロクなもんじゃない。
支えてやれない。守ってやれない。
満足に人を包み込むことすらできない。」
それをさせるわけにはいかなかった。
彼女を肯定するわけにはいかなかった。
「この手が大きければ。」
屋上から飛び降りようとするほたるを、しっかりと掴めていれば。
「この足が長ければ。」
落下した芳乃の元へ、素速く駆け込めていれば。
「何度そう思ったか。」
あれほど事態が悪化することは無いはずだった。
ほたるをああまで追い詰めることは、無かったはずだったのだ。
悩んだってどうしようもない話だ。
それで背が伸びるなら、私はとっくに巨人になっている。
きらりだって、とっくに小人になっている。
でも。私は小さくて。きらりは大きい。
いくら悩んでも、解決のしようがない悩み。
だからこそ、悩み続ける。
「全部話して嫌われよう。」
これまでの全部を遠ざけて。
ずっと独りで部屋の中。
そうすれば、逃げていられるから。
自分が見たくないものから。
向き合いたくない事実から。
「なんて思ってるんでしょ。」
させてやるものか。
そのやり方じゃ駄目だ。
駄目だったんだ。
目を向けられなかったそれは、どんどん形を歪めていく。
認識を歪めていく。
どこかで向き合わなきゃいけなかったんだ。
認めなきゃいけなかったんだ。
「何度だって言ってやる。」
あの時は、きらりが抱きしめてくれた。
きらりが、欲しかった言葉をくれた。
でも。私は小さいから。
きらりよりも、優しくはなれないから。
「私は。きらりみたいになりたかった。」
私は、彼女を否定する。
「失敗したって思ってた。」
やめようと思った。
何もしないでいようと思っていた。
「報われなかったから。駄目だったから。」
欲しかったものが貰えなかったから。
独りぼっちになってしまったから。
「でも、頑張ったって言ってくれたんだ。」
抱きしめてくれたんだ。
頭を撫でてくれたんだ。
報われなかった私の過去を、報わせてくれたんだ。
「その言葉があったから、頑張ろうって思えたんだ。」
全部、きらりのおかげなんだ。
きらりが居なきゃ、部屋から出ることすら無かったんだ。
掃除もしない。
洗濯もしない。
料理だってしない。
ずっと画面とにらめっこ。
楽しいかと自分に聞かれて、滅茶苦茶楽しいと言い聞かせる。
そんな毎日しか、きっと無かったんだ。
「その言葉があったから、歩けるようになったんだ。」
自分のためにも、他人のためにも頑張れて。
目指すものへと真っ直ぐに向かっていて。
誰にだって優しくて。
いつだって、キラキラ輝いてた。
そんな姿に、憧れたから。
「その言葉があったから、救われたような気がしたんだ。」
許してやるものか。
認めてやるものか。
私を救ったあの言葉を。
私を救った『諸星きらり』を。
「その言葉があったから、 『諸星きらり』に憧れたんだ。」
否定されてたまるものか。
「怖がってなんかやらない。
ちっとも怖くなんかない。
可愛いものに憧れて。
怖がられるのが怖くて。
キグルミの中に閉じこもってしまえるような人間を。
誰が怖がってなんてやるものか。
……怯えてなんてやるものか!」
だから。何度だって言ってやる。
「あの言葉が嘘だなんて認めない!」
きらりが自分を否定するのなら。
私が憧れた姿を。私を救った姿を。『諸星きらり』を。
それでも否定するのなら。
「『諸星きらり』が嘘だなんて認めない!!」
私は彼女を否定する。
何度だって否定してやる。
「きらりは私の憧れだ!! 憧れなんだ!!
それを否定なんてさせるものか!! 許してなんてやるものか!!!」
認めない。認めない、認めない!
「絶対に! 絶対に!! 」
思い切り息を吸い込む。
身体がくの字に曲がる。
ぎゅっと目をつむる。
口を目一杯大きく開ける。
小さい身体の全部を使って、感情を叫ぶ。
「認めてなんてやるものか!!!」
部屋全体が、ビリビリと震えた。
きらりを助ける方法なんて、何一つ分からなかった。
ただ、言いたいことを言っただけだ。
抱えていた感情を、全部ぶちまけただけだ。
その反動か、やけに静寂が耳をつんざいた。
こうするべきだと思った。
こうしなければならないと思った。
その結果、何が起こるかなんて分からないけれど。
それでも、伝えなきゃ。
ふらり。身体が揺れる。
足に力が入っていないんだ。ぼんやりと、そう考える。
反射的に手をつこうとするが、それもやはり力が入らない。
そういえば、最近運動してなかったもんなぁ、なんて。
そのまま、前のめりに倒れ込む。
柔らかい感触に、包まれた。
「……大きくなっても、いいことなんてないよ?」
きらりだった。
その少女は、きらりだった。
怪物になりきってなどいなかった。
キグルミに閉じこもってなどいなかった。
「……その言葉、そっくり、返す、よ。」
喉が痛い。
「杏ちゃんは小さいの、嫌い?」
酸素が足りない。
「大っ嫌い、だよ。」
頭すら、がんがんと警鐘を鳴らしていた。
「……そっか。」
ちょっと大声を出しただけでこれだ。
「きらりだって、そう、でしょ。」
本当に、この身体にはうんざりする。
「……そうだね。」
でも。きらりはこんなものが良いと言った。
「……ねえ、きらり。」
思ったようにいかなくて。不便ばかりで。本当に嫌になる。
「嫌いなままでいい。無理に好きになんて、ならなくていいからさ。」
そんなものでも、望む人がいるのなら。
「否定だけは、しないでよ。」
少女は、小さく頷いた。
真っ直ぐに互いを見つめ合う。
どちらともなく、言葉を紡いだ。
「大きくなりたかった。」
「小さくなりたかった。」
私はきらりに憧れた。
きらりは私に憧れた。
「優しくなりたかった。」
「強くなりたかった。」
どうしようもない自分だけど。
大嫌いな自分だけど。
それでも、憧れている人がいる。
「格好良くなりたかった。」
「可愛くなりたかった。」
なら。否定するのはもうやめよう。
きらりの憧れを。私の憧れを。
そんな2人の感情を。
否定しあうのは、やめにしよう。
「「私はずっと。」」
この言葉は、その一歩。
この言葉は、その証。
この言葉は、その誓い。
この言葉を、互いに刻む。
嫌いな自分と、向き合うために。
「「あなたみたいになりたかった。」」