市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

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18.後ろ向きに前を向く

「……どうかな?」

 

私が話を締め括ると、目の前の少女は難しい顔をした。

 

杏ちゃんから、今私達が直面している問題についてを聞いた。

話を聞く限り、これが一番だと思う。

性急に解決を目指しては、かえって事態が悪化する。

腰を据えて、じっくりと向き合っていくべき問題のように見えた。

 

「……理にかなってる。

きっと、失敗することも無い。」

 

手はテキパキと私の足の応急処置を続けたまま。

目をつむって思考を巡らせた彼女は、私の提案をそう評価した。

 

「でも。……本当に、いいの?」

 

杏ちゃんが心配そうに、私の顔を覗き込む。

この方法は、『諸星きらり』にはできないことだから。

怖がられなければいけないことだから。

それを前提としたものだから。

 

「……うん。もう、大丈夫。」

 

だからこそ、やりたいと思った。

これは杏ちゃんにはできないことだから。

私の嫌いな私には、できることだから。

 

「私は、私にできることをしたいから。」

 

向き合うって、決めたから。

 

「だから、杏ちゃんは、仁奈ちゃんの側に居てあげて。」

 

それは今の私にはできないことだから。

髪が黒いままで仁奈ちゃんに会ったら。

きっとまた、傷付けてしまうから。

 

「……仁奈、泣いてたよ。」

 

彼女の手が動くたびに、足が固定されていく。

 

「うん。」

 

テープが巻かれていくたびに、痛みが消えていく。

 

「助けてくれたのに、怖がっちゃったって。」

 

言葉が包み込むたびに、不安が溶けていく。

 

「うん。」

 

彼女が居ると思えるたびに、身体が軽くなっていく。

 

「だから。抱きしめてあげて。」

 

終わったよ、と、足を軽く叩かれた。

 

「……うん。」

 

私はゆっくりと立ち上がる。

足元は確かだった。

ふらつきなどしなかった。

少し背伸びして上を見上げると、天井が髪を掠めた。

 

ずっと、上を見るのが嫌いだった。

遠くにあって当然のものが、すぐ近くにあったから。

でも。

今は不思議と、嫌じゃない。

 

これは杏ちゃんにはできないこと。

私にならできること。

私の憧れの、その助けになるのなら。

 

この大嫌いな身体も、存外悪くはない。

 

「ああ、ちょっと待って。」

 

声のする方を見ると、杏ちゃんが私を見上げていた。

可愛らしい手に、可愛らしい包装の袋を乗せて。

私へと差し出していた。

 

「……本当は、誕生日にあげるつもりだったけど。」

 

開けてもいいの? と聞くと、少女は頷いて。

私は促されるままに、その中身を手に取った。

 

「前のは、傷が付いちゃったでしょ。

……それ付けて、仁奈に会ってあげて。」

 

髪飾りだった。

パステルカラーの、可愛らしい髪飾り。

私が好きな色、私が好きな形の。

髪飾り、だった。

 

あの日落とした髪飾り。

拾えなかった髪飾り。

もう付けられないと思っていた髪飾り。

 

視界が、滲んだ。

 

「……何泣いてんのさ。」

 

杏ちゃんが、仕方ないなぁ、と笑う。

その声色が優しくて。

私は包みを抱きしめる。

強く、強く。

その感触を確かめるように。

もう落としてしまわないように。

 

「ごめん、ね、なんで、いまさら、」

 

今更、涙が止まらない。

 

「つけてて、いい、のかな。

変じゃ、ない、かな。」

 

今更、安心してしまう。

 

「選んだ私のセンスが悪いって?」

 

よかった。

 

「ううん、かわいい。かわいい、よ。

かわいくて、かわいいから、だから……っ」

 

よかった。

 

「うん。可愛いからさ。だから。」

 

よかった。

 

「……だから、似合うよ。きっと。」

 

 

 

 

 

私、可愛くても、いいんだ。

 

 

 

 

 

「……ただいま。」

 

家に帰ると、ぬいぐるみを抱えた仁奈が、角からぴょこりと顔を出した。

私しか居ないことに気付き、表情を曇らせる。

 

「きらりは、キグルミを着てから帰るってさ。」

 

本当は、それだけではないのだけれど。

仁奈がほっと顔を綻ばせながら、私の元へ駆け寄ってきたから。

それだけということにしておこう。

 

「ぬいぐるみ、大人しくしてた?」

 

仁奈が私にぬいぐるみを差し出す。

冗談のつもりでそんなことを言いながら、私はそれを受け取った。

 

「……ずっと、寂しそうにしてやがりました。」

しかし、仁奈が真面目な顔をして返すものだから。

少しだけ面食らってしまう。

 

「……そっか。寂しかった、か。」

 

うさぎの表情を見つめる。

ごめんね。

私は心の中で話しかける。

でも、できたよ。

私にも、できたんだ。

きらりを、助けられたよ。

 

フェルトで作られたぬいぐるみの、フェルトで作られた表情。

変わるはずのない、固定された表情。

一瞬だけ。

 

笑ったような、気がした。

 

「……ねえ、仁奈。」

 

うさぎから仁奈に視線を移す。

確認しなきゃならないことがあった。

仁奈は、例え嫌われていたとしても、母親の側に居たいと言った。

 

「仁奈のママが、仁奈をどう思っているか。

分かるとしたら、どうする?」

 

でも。もしもの話と、実際の話は違う。

嫌われていると仮定した上での選択と。

本当に嫌われているという事実を突きつけられるのは、違う。

 

「このまま、分からないままで居たい?

……それとも、正解が欲しい?」

 

このまま、不明瞭なまま。

あやふやなままで居ることもできる。

そうすれば、傷つくことはない。

希望を持ったままで。期待したままで。

前に、進めないままで。

 

「……わからねーです。」

 

答えを出せば。

正解を知れば。

理想が、手に入るかもしれない。

でも。傷つくかも、しれない。

 

「わからねーですよ。」

 

僅か9歳の少女には、あまりに酷な質問だった。

逃げたくて当然で。

逃げることが許されるべき年齢だった。

 

「今すぐに、分かるわけじゃないんだ。」

 

この正解が分かるのは、ずっと先。

1年後かもしれないし、10年後かもしれない。

でもいつか、確実に答えは出る。

 

「……うさぎさんなら、どうするでごぜーますか?」

 

仁奈はうさぎに問いかける。

失敗した双葉杏に。

私はぬいぐるみに口を押し当てる。

 

『……とても。とっても、怖いです。』

 

私は、逃げた。

お母さんからも、お父さんからも。

逃げて、独りで部屋の中。

見えないように、逃げていた。

 

『もし嫌われていたら。一生、愛されないとしたら。』

 

お母さんに、愛されることを失敗した。

私はお母さんに殺された。

そう思って生きていた。

私は確かに、拒絶されたから。

 

『でも。嫌われてなかったら。』

 

仁奈の母親のように。

お母さんも、悩んでいるのなら。

私のことで、悩んでくれているのなら。

また愛そうと、してくれるのなら。

 

『きっと、明るくて。きっと、暖かくて。』

 

お父さんの感触を思い出す。

不器用で。必死で。だからこそ。

 

『きっと、嬉しいから。』

 

ぬいぐるみから顔を離す。

きらりは、こうするべきだと言った。

きらりの言葉なら、信じられるから。

 

「……だから。」

 

確証なんて無い。

全部私の思い上がりで。

勝手に期待しているだけで。

ひどく自分を傷つけるだけかもしれない。

だから。

前向きになんて、なれそうにないから。

 

 

 

 

 

「駄目だったら、2人で泣こう。」

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