市原仁奈の寵愛法   作:maron5650

22 / 23
21.いつか愛してくれますか

「我が儘、ちゃんと言えた?」

 

お家に帰ると、きらりおねーさんが居ました。

いつものきらりおねーさんでした。

キグルミを着た、きらりおねーさんでした。

 

「あの、ごめ……っ、」

 

仁奈は謝らなきゃいけません。

だから、口を開きました。

でも、きらりおねーさんは仁奈の口に人差し指を当てて。

ゆっくりと、首を横に振りました。

 

「仁奈ちゃんは、悪くないにぃ。」

 

そう言ってくれるのは、きっと、きらりおねーさんが優しいからです。

仁奈は確かに、悪いことをしてしまいました。

でも。きらりおねーさんの顔を見ていると。

謝るのは、かえっていけないことのように思えました。

何故なら。きらりおねーさんも、謝りたそうにしていたのです。

 

だから。お互いに、謝りたくて。

お互いに、謝られたくないから。

お互いに、謝らないでいよう、って。

お互いに、そっと頷きました。

 

「ちゃんと、言えたですよ。」

 

靴を脱ぎ、きらりおねーさんの後を追います。

ふわり。いい匂いが、台所から。

今日のご飯は、オムライスのようです。

 

「そっか。」

 

きらりおねーさんは、それ以上何も言いません。

何も、聞いてきません。

それもきっと、きらりおねーさんが優しいからです。

 

「……笑って。」

 

でも。

仁奈は、聞いてほしかったのです。

 

「んゆ?」

 

何をお願いしたの、って、聞いてほしかったのです。

 

「笑ってくだせー、って。お願いしたです。」

 

仁奈は、いけない子です。

我が儘を言ったのに。

 

「仁奈、ママに笑ってほしくて。」

 

ママにしてほしいことを、ちゃんと言ったのに。

 

「でも、抱きしめてほしかった。」

 

それでもまだ、満足できないのです。

 

「側に居てほしかった。」

 

あれにすればよかったかな。

 

「遊んでほしかった。」

 

それにすればよかったかな。

 

「優しくしてほしかった。」

 

これで本当に、よかったのかな。

 

「いつか、迎えに来てほしかった。」

 

そんなことばかりを、考えてしまうのです。

 

「……してほしいこと、いっぱいあったです。」

 

考えてしまって、仕方がないのです。

 

「いっぱい、あったのに。もう、言えねーです。」

 

きらりおねーさんは、そっとしゃがみ込んで。

仁奈を、抱きしめてくれました。

 

「……ごめんね。」

 

仁奈がこう言えば、そうしてくれるって分かっていました。

だから。仁奈は悪い子です。

 

「きらりは、こうすることしかできないけど。」

 

きらりおねーさんも、あったかいです。

あったかいのに、どうしてでしょう。

ママとは、ぜんぜん違うのです。

寂しくて、仕方がないのです。

 

「でも。いつでも、こうしてあげるから。」

 

寂しくて寂しくて、寂しくて。

仁奈はまた、泣き出してしまいました。

服をぎゅっと掴んで。

顔を思い切り押し当てて。

 

「だから。泣くのは。」

 

嫌だ。

ママに会えないなんて嫌だ。

離れ離れになってしまうなんて嫌だ。

もう抱きしめてもらえないなんて嫌だ。

愛してもらえないなんて嫌だ。

ずっと寂しいままなんて、嫌だ。

 

「泣くのだけは、我慢しないで。」

 

涙が止まってくれません。

仁奈はわんわんと声を吐き続けます。

ママが抱きしめてくれたとき、なんで泣いてしまったのか。

やっと、分かったような気がしました。

 

「……ゃ、だよ、」

 

怖かったのです。

あの感触が消えてしまうのが。

もう二度と手に入らないのが。

 

「やだ、よ……! いやだ……!」

 

ママに、笑ってほしかった。

でも。それと同じくらいに。

ママと、一緒にいたかった。

 

「こわいよ、やだよ……っ!!」

 

でも。もう我が儘は言いました。

仁奈はもう、待つことしかできません。

ママが仁奈を選んでくれるのを。

それを待つことしか、できないのです。

 

「……っ。」

 

きらりおねーさんは、何も言いません。

ただ、仁奈を。

強く。強く。抱きしめます。

寂しいけれど。少しだけ、安心します。

 

「ぁあ、ぁ……っ!! 」

 

なんだか、ふわふわしているのです。

どこかへ飛んでいってしまいそうなのです。

でも。抱きしめてくれるから。

飛ばされないって思えるのです。

ここには、居てもいいんだ、って。

なんだか、そう思えるのです。

 

 

 

仁奈がやっと泣き止んだ頃。

作ってくれたオムライスは、冷めてしまいました。

なので、電子レンジで温めました。

くるくる回りながら温かくなっていくオムライス。

それを見ていると、何故だか羨ましくて。

だから。思いきり大きく口を開けて食べました。

 

 

 

 

 

「……よし。」

 

赤いポストの前に立ち、私は手紙を見つめていた。

送り先に間違いは、無い。

切手の額も、十分。

私の住所も、大丈夫。

 

仁奈は、ちゃんと向き合った。

とても。とっても、怖かったはずだ。

でも、向き合った。

なら。私だって、できるはずで。

私だって、やらなくちゃ。

 

手紙を書く手が震えて、何度も何度も書き直した。

内容に満足いかなくて、何度も何度も書き直した。

何度も、何度も。

そうして書き上げた、ただ一枚の短い手紙。

封筒に入れて。シールを貼って。

そうして完成した、私の我が儘。

 

それを、ポストへと。

ゆっくり、ゆっくり、押し込む。

そうして、数十秒かけて。

半分以上を入れたところで、残りを重力に吸い込まれた。

 

「……。」

 

これで、私も仁奈と同じ。

後は答えを待ち続けるだけだ。

それしか、私達にできることは無い。

 

仁奈を、羨ましく思う。

それは私が、日記のことを知っているから。

仁奈の母親が、仁奈を愛そうとしていることを。

迎えに来てくれる可能性が、私よりは高いことを。

それを、知っているから。

 

仁奈はいつか、愛されるのだろうか。

それはまだ。まだ、分からない。

でも。私はきっと、愛されることは無いだろう。

私はずっと待ち続けるのだろう。

それでも待ち続けるのだろう。

いつまでも。いつまでも。

なんだか、その方が腑に落ちるのだ。

納得できるのだ。

受け入れられてしまうのだ。

 

空を見上げる。

太陽が眩しくて。

青はどこまでも綺麗で。

雲は1つとして無くて。

風が心地よく吹いていた。

 

家に帰ろう。

帰って、思いっきり泣こう。

きっと仁奈も、そうしているだろうから。

 

 

 

 

 

『お母さんへ。

 

 

 

元気ですか。私は元気です。

 

友達も居ます。やりたいこともできました。

 

でも。少し、寂しいです。

 

うさぎのぬいぐるみが、ほつれてしまいました。

 

だから、いつか。気が向いたらでいいです。

 

いつか、直しに来てください。

 

ずっと、待っています。

 

 

 

               双葉杏より。』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。