「我が儘、ちゃんと言えた?」
お家に帰ると、きらりおねーさんが居ました。
いつものきらりおねーさんでした。
キグルミを着た、きらりおねーさんでした。
「あの、ごめ……っ、」
仁奈は謝らなきゃいけません。
だから、口を開きました。
でも、きらりおねーさんは仁奈の口に人差し指を当てて。
ゆっくりと、首を横に振りました。
「仁奈ちゃんは、悪くないにぃ。」
そう言ってくれるのは、きっと、きらりおねーさんが優しいからです。
仁奈は確かに、悪いことをしてしまいました。
でも。きらりおねーさんの顔を見ていると。
謝るのは、かえっていけないことのように思えました。
何故なら。きらりおねーさんも、謝りたそうにしていたのです。
だから。お互いに、謝りたくて。
お互いに、謝られたくないから。
お互いに、謝らないでいよう、って。
お互いに、そっと頷きました。
「ちゃんと、言えたですよ。」
靴を脱ぎ、きらりおねーさんの後を追います。
ふわり。いい匂いが、台所から。
今日のご飯は、オムライスのようです。
「そっか。」
きらりおねーさんは、それ以上何も言いません。
何も、聞いてきません。
それもきっと、きらりおねーさんが優しいからです。
「……笑って。」
でも。
仁奈は、聞いてほしかったのです。
「んゆ?」
何をお願いしたの、って、聞いてほしかったのです。
「笑ってくだせー、って。お願いしたです。」
仁奈は、いけない子です。
我が儘を言ったのに。
「仁奈、ママに笑ってほしくて。」
ママにしてほしいことを、ちゃんと言ったのに。
「でも、抱きしめてほしかった。」
それでもまだ、満足できないのです。
「側に居てほしかった。」
あれにすればよかったかな。
「遊んでほしかった。」
それにすればよかったかな。
「優しくしてほしかった。」
これで本当に、よかったのかな。
「いつか、迎えに来てほしかった。」
そんなことばかりを、考えてしまうのです。
「……してほしいこと、いっぱいあったです。」
考えてしまって、仕方がないのです。
「いっぱい、あったのに。もう、言えねーです。」
きらりおねーさんは、そっとしゃがみ込んで。
仁奈を、抱きしめてくれました。
「……ごめんね。」
仁奈がこう言えば、そうしてくれるって分かっていました。
だから。仁奈は悪い子です。
「きらりは、こうすることしかできないけど。」
きらりおねーさんも、あったかいです。
あったかいのに、どうしてでしょう。
ママとは、ぜんぜん違うのです。
寂しくて、仕方がないのです。
「でも。いつでも、こうしてあげるから。」
寂しくて寂しくて、寂しくて。
仁奈はまた、泣き出してしまいました。
服をぎゅっと掴んで。
顔を思い切り押し当てて。
「だから。泣くのは。」
嫌だ。
ママに会えないなんて嫌だ。
離れ離れになってしまうなんて嫌だ。
もう抱きしめてもらえないなんて嫌だ。
愛してもらえないなんて嫌だ。
ずっと寂しいままなんて、嫌だ。
「泣くのだけは、我慢しないで。」
涙が止まってくれません。
仁奈はわんわんと声を吐き続けます。
ママが抱きしめてくれたとき、なんで泣いてしまったのか。
やっと、分かったような気がしました。
「……ゃ、だよ、」
怖かったのです。
あの感触が消えてしまうのが。
もう二度と手に入らないのが。
「やだ、よ……! いやだ……!」
ママに、笑ってほしかった。
でも。それと同じくらいに。
ママと、一緒にいたかった。
「こわいよ、やだよ……っ!!」
でも。もう我が儘は言いました。
仁奈はもう、待つことしかできません。
ママが仁奈を選んでくれるのを。
それを待つことしか、できないのです。
「……っ。」
きらりおねーさんは、何も言いません。
ただ、仁奈を。
強く。強く。抱きしめます。
寂しいけれど。少しだけ、安心します。
「ぁあ、ぁ……っ!! 」
なんだか、ふわふわしているのです。
どこかへ飛んでいってしまいそうなのです。
でも。抱きしめてくれるから。
飛ばされないって思えるのです。
ここには、居てもいいんだ、って。
なんだか、そう思えるのです。
仁奈がやっと泣き止んだ頃。
作ってくれたオムライスは、冷めてしまいました。
なので、電子レンジで温めました。
くるくる回りながら温かくなっていくオムライス。
それを見ていると、何故だか羨ましくて。
だから。思いきり大きく口を開けて食べました。
「……よし。」
赤いポストの前に立ち、私は手紙を見つめていた。
送り先に間違いは、無い。
切手の額も、十分。
私の住所も、大丈夫。
仁奈は、ちゃんと向き合った。
とても。とっても、怖かったはずだ。
でも、向き合った。
なら。私だって、できるはずで。
私だって、やらなくちゃ。
手紙を書く手が震えて、何度も何度も書き直した。
内容に満足いかなくて、何度も何度も書き直した。
何度も、何度も。
そうして書き上げた、ただ一枚の短い手紙。
封筒に入れて。シールを貼って。
そうして完成した、私の我が儘。
それを、ポストへと。
ゆっくり、ゆっくり、押し込む。
そうして、数十秒かけて。
半分以上を入れたところで、残りを重力に吸い込まれた。
「……。」
これで、私も仁奈と同じ。
後は答えを待ち続けるだけだ。
それしか、私達にできることは無い。
仁奈を、羨ましく思う。
それは私が、日記のことを知っているから。
仁奈の母親が、仁奈を愛そうとしていることを。
迎えに来てくれる可能性が、私よりは高いことを。
それを、知っているから。
仁奈はいつか、愛されるのだろうか。
それはまだ。まだ、分からない。
でも。私はきっと、愛されることは無いだろう。
私はずっと待ち続けるのだろう。
それでも待ち続けるのだろう。
いつまでも。いつまでも。
なんだか、その方が腑に落ちるのだ。
納得できるのだ。
受け入れられてしまうのだ。
空を見上げる。
太陽が眩しくて。
青はどこまでも綺麗で。
雲は1つとして無くて。
風が心地よく吹いていた。
家に帰ろう。
帰って、思いっきり泣こう。
きっと仁奈も、そうしているだろうから。
『お母さんへ。
元気ですか。私は元気です。
友達も居ます。やりたいこともできました。
でも。少し、寂しいです。
うさぎのぬいぐるみが、ほつれてしまいました。
だから、いつか。気が向いたらでいいです。
いつか、直しに来てください。
ずっと、待っています。
双葉杏より。』